乱戦
乱戦に入ってまず真っ先に活躍したのがケトシだった。
「ノクティス・ルーナエ・カルメン!(敵全体へ睡眠&敵対心低下)
ルーナエ・ルーメン!(敵全体へ思考速度低下)
ルーシース!(敵全体へ方向感覚を見失わせる効果)
ルーナエ・ノヴァエ!(敵全体に暗闇付与)」
最初の魔法で眠りこけた敵は五人だけ、
この時点で敵に弱体レジストの全体魔法が掛かってるのを把握したが、
全ての弱体を一通り入れ切った。
それにより眠らなかった敵の内、半数の動きが鈍った。
次にケンジャ様がケトシの魔法から逃れた敵に、
「…Lv2風閉鎖、…Lv2パラライズ、…Lv2大地氷結」
と追加で魔法発動。
この三種の魔法は全て範囲の行動阻害魔法だ、一気に八人の身動きを封じる。
続いてチマがレイピアと風刃で敵を着実に倒していく。
「こいつら大したことないぞ」とチマが言うが、
ケトシの魔法で敵が弱っていることまで注意がいっていなかった。
初めて人を切った感触が不快で集中を妨げていたのだ。
「バカモノ~、そいつはケトシが弱らせているだけだぁ、
こいつら強いぞ~、気をつけるのだ~」
チマと背中合わせのケンジャ様がチマに釘を刺す。
ケンジャ様は魔道士であるがチマと同じく風衣を唱えて、
チマの援護として敵集団の中へと入っている。
増援が続々と来る中、マジックバリアーは解くべきではなかったと思う。
バリアー系は土塁壁を除いて常時魔力が消費されるので消してしまったのだ。
「……Lv3爆轟塵!」と援軍を吹き飛ばして、
戦闘は優位に進めると思ったのだが、援軍の増強はやまない。
高速詠唱を人以上に素早く詠唱でき、杖を器用に使い攻撃を防ぎ、
ケトシの詠唱速度上昇もあるので接近戦でも不都合なく戦闘をこなしている。
「痛~いっ!」ケンジャ様に言われた途端にチマが左腕に傷を負う。
痛みでようやく注意力を取り戻し、切りつけてきた敵に反撃する。
敵の剣をレイピアで器用に受け流し「‥Lv1風刃」と至近から魔法を放つ。
敵は腹に魔法を受け叫んでうずくまる。
即死ではないが致命傷だと判断しチマは次の敵に備える。
後ろのケンジャ様は阻害魔法を逃れた敵にレベル一の土魔法つぶてを当てる。
つぶては即死性はないが風刃よりも詠唱が短いため接近戦で有効になる。
岩を飛ばす破砕岩とは違い握りこぶし位の大きさの石を飛ばす魔法だが、
破砕岩と比べ高速で飛ぶので体のどこに当たっても戦闘不能にできる威力がある。
動き回るチマの背中を守るように位置取りをしながら的確に敵を倒していく。
もちろん自分の背中もチマに任せるつもりだったのだが、
元々素早いチマの動きに合わせるのが次第に厳しくなる。
フレヤは上空に滞空して浮き砲台となりつつ、
敵の中にいるであろう魔道士を探していたが、
敵は全員が剣を持ち魔法を使う素振りを見せる者はいなかった。
チマとケンジャ様の間が開き始めるのを見てケンジャ様の補助に入る。
ズキとローレンツはステラと侍女を守るので手が離せない。
ローレンツはステラを後ろに、ズキは侍女を後ろに戦っている。
「‥Lv1土塁壁!」
ズキが防御魔法を発動すると一方向に壁ができ、防御方向を限定した。
「女性二人は壁を背に!」ズキがステラと侍女に言うと二人とも慌てて移動する。
「ズキ殿、正門方面からの増援が止まりませぬ、このままでは…」
正門方面から次々と敵がやって来ている。
「ケトシが弱体化した敵はフレヤが倒したのに兵が減らない、
増援分は弱体化していない分敵が手強くなってきたな、
ケトシ、もう一度弱体魔法を頼む!」
ズキにそう言われケトシが一通りの弱体魔法をかけ直すが、
今度は前回よりもレジストした人数の割合が格段に多く大した効果が得られない。
「にゃん~、弱体耐性の敵数が増えてるにゃん」
「魔法を使ってる人いないよ! これは魔道具の効果だね!」とフレヤが言う。
「魔道具を持っているのがぁ複数いるのぉ」話を聞いていたケンジャ様が答えた。
「攻撃に参加してない奴がいるんじゃないかフレヤ!?」
敵の攻撃を受け流しながらズキがフレヤに叫ぶ。
「敵は万遍なく攻撃に参加してるよ!」
「ではぁ、強めの敵を狙うのだ~」ケンジャ様がフレヤに命じる。
「でもフレヤのサポートがないとあたし持たないわよ!?」
チマが二人を相手に防戦を繰り広げている。
「チマ離れすぎるなぁ、‥Lv1つぶて」
ケンジャ様はチマが相手している一人を倒す。
「それじゃジリ貧よ!」
チマが顔をしかめながらもう一人の敵に向かって手の仕込み矢を放つ。
チマは小手に三本ずつ両手に計六本の矢を仕込んでいる。
矢は敵のみぞおちに刺さり敵は崩れ落ちる。
「耐えるしかない~姫が抜けたぁ援軍を待つのだ」
ケンジャ様はそう言いながら隙きを見てチマに近づく。
ウンディーネは貫通魔法特化なので乱戦には向かず、
なんと剣を持って戦っていて、それもかなり戦い慣れた様子。
安定した動きから見て正式な剣術を修めているのが分かる。
孤立して戦っているのに囲まれないように上手く立ち回っている。
「ぬるい、ぬるいぞ! この時代にまともな戦士はいないのか!?」
ウンディーネのその言葉に一人の敵が反応した。
「女のくせに言うじゃないか、私が相手をしよう」
無精髭の大男が出てきてウンディーネに立ちふさがる。
言うや否やウンディーネに斬りかかり、ウンディーネが剣で相手の攻撃を弾く。
ウンディーネの予想以上の膂力にバランスを崩し一瞬慌てるが即座に立て直す。
「名乗りを上げた割りには力が足りないな」
「なあにちょっとした挨拶よ、こいつは俺に任せて全隊エルフを包囲せよ!」
(全隊? こいつ中隊長クラスか?)ウンディーネが台詞から推測する。
敵の隊長と思われる男は三連突きから始まり、
円を描き流れるような剣さばきを見せ、ウンディーネは素早さを頼りに避ける。
剣を空振りさせれば隙きが生まれそうなものだが、
男の剣は短めで∞の字を描くように動くので絶え間なく素早い攻撃が続く。
(こいつ強い、掛かり切りになれば味方が不利になる)
次第にウンディーネは避け切ることができなくなり剣を受け流そうとするが、
受けようとする度に男は剣を寝かせウンディーネの剣を逆に受け流す。
そして男は袈裟斬りを仕掛けウンディーネがバックステップで下がった時、
男は更に一歩踏み込んだ、袈裟斬りがフェイントでウンディーネの腿を切る。
続けて男が逆袈裟斬りの様子を見せた瞬間にウンディーネが足払いをする。
軸足まで届くかと思われた足払いは男のバックステップで避けられる。
そのままウンディーネは左逆袈裟斬りの態勢に入る。
男はその左逆袈裟斬りを真っ向斬りで叩き落としそのまま突きを繰り出す。
ウンディーネは半身になって躱すが男の突きは流れるように抜き胴に変化し、
ウンディーネの横腹を斬りつけた、突きがまたもやフェイントだったのだ。
「この斬り応えの無さは人間ではないな? 血も出ていないようだしな」
「ふん、ダメージは受けているぞ? 精霊なので死にはせぬがな」
ウンディーネは隙きを見て水槍を使いたいのだが男はチマ達を背にしている。
男は乱戦前にウンディーネが水槍を無詠唱で撃つのを見て警戒していたのだ。
男が切り下げた瞬間を狙ってウンディーネが男の右腕に突きを入れ傷をつける。
それにより男の剣筋が少し鈍りウンディーネと互角並の動きになる。
そしてこの二人は膠着状態となったのである。
遠隔防御特化のアーダは乱戦では役に立たない。
更に適時敵の増援が来て疲弊し全員の傷が増えてきた。
ケトシが全体回復と強化魔法を唱えるがジリ貧に陥り始めていた。
「言った通りジリ貧じゃん! 体中痛いぞ、傷が残ったらどうするのよ!」
チマは傷だらけになりながらもまだ愚痴る余裕はあるようだが魔力はもうない。
「敵の増援はなくなったみたいだぞぉ?」
とは言えまだ敵は二十人以上はいそうである。
それでも耐えられているのはフレヤの牽制攻撃とケトシの防御魔法のお陰である。
だが残った敵はやり手ばかりでフレヤのほぼ透明の風刃を避けている。
「もう魔力もないし風衣の効果が切れちゃったよ、油断したらレイピア折れる!」
「防戦に集中~、わたしがそちらも攻撃する~、…Lv2マジックバリア~」
ケンジャ様はチマから見て左側に半透明の壁を作り敵の攻撃方向を限定する。
ズキと同様の戦法を真似してみたのだ。
「ズキ達と大分離れちゃったよ、意図的に分断しに来てる!」チマが焦る。
「ズキとローレンツは優勢に事を運んでる~、こっちにだけ集中~」
「それにしてもケンジャ様接近戦強すぎ、杖削れないの?」
「ほっほ、伊達に三百年以上生きてないぞぉ」ケンジャ様は笑う余地がある様だ。
「ケンジャ様ずるいんだね! フレヤが補助してるから楽できてるのに!」
そう言いつつも笑っているようなのでフレヤなりの冗談なのだろう。
しかしフレヤの笑い顔と言うのはどうしても分かりにくい。
「あたしもフレヤのサポート受けてるけれど怪我だらけよ!」
「わたしも怪我してるぞ~?」
「ってか助かったとしてこのズタボロの服どうするのよ!」
フレヤと出会った日に貰った近衛服が今回の戦闘で切り裂かれてしまっていた。
チマもケンジャ様も複数の強者を相手しているのに平然と会話を続ける。
ただでさえ強かったチマは暇を見てはズキと対戦を八年も繰り返していたので、
エルディーの近衛隊の中でも上位の強さにまで育っていた。
他方無言で連携を取っている覆面の敵は、
話しながらも攻撃を受け流し続けるチマに苛つきを感じる。
「‥Lv1つぶて~」その苛つきを見逃さずケンジャ様が攻撃をする。
ケンジャ様のつぶてを胸に受けた敵は肺が潰れ呼吸ができずに崩れ落ちる。
が、後ろに控えていた敵が即座に隊列の穴を埋める。
それを見たケンジャ様が眉を顰めた。
ケトシの体力回復魔法は体力が湧く訳ではなく底力を出す魔法なので、
限界がありその限界も見え始めたので最早使えない。
今ある体力でやり繰りしなければいけず、
一番体力のないケンジャ様は自分が先に脱落する可能性に至る。
(アーダを帰還させてロータルをよぶかぁ?)
ケンジャ様が考えているが良い手が浮かばない。
乱戦から十分程戦っていただろうか、そろそろ体力の限界に近づいてきた時、
フレヤが遂に左手に小さな杖を持っている敵を見つける。
小さな杖を魔道具と判断したフレヤはその敵に狙いを定めた。
「‥Lv1風刃!」とフレヤはその敵に向かって魔法を放った。
その敵は敏感でフレヤの攻撃を間一髪避けた。
ほぼ透明に近い風の刃を見切る辺り、最初からフレヤを警戒していたのだろう。
だがその時に左手に持っていた杖をフレヤの風刃が掠った。
「ぎゃ~っ! 瞬動のワンドが~~~っ!」とその敵が叫んだ。
ケンジャ様がその声の方を見ると敵の杖が鈍く光り始めていた。
「いかん! ウンディーネ帰還、召喚シュピーゲル! フレヤ、ズキを掴め!」
ケンジャ様とは思えない早口で叫ぶと自身もチマの袖を掴んだ。
次の瞬間、杖の光が周囲を包み込み敵も味方も消えてしまった。
戦闘の喧騒は一瞬で消え去り遺体までもが無くなっている。
恐怖で震えていた近隣の家の者達が外を覗き見るが、
静かな暗闇が広がるばかりで、まるで騒ぎが夢だった如く思えるだけだった。
時は少々戻り、ステラ邸の壁の穴付近で意を決して魔法を唱えるフェリクス。
最初に迎賓館の窓から出てきた敵四人は既に倒し二発目を詠唱している。
(これで魔力が尽きるか…、ステラ様は助かっただろうか…)
詠唱を終えかけた時に大きく澄んだ声が聞こえた。
「止めよフェリクス!」
(この声、聞いたことが…)
声の主は敷地内を正門の方から歩いてきていた。六人が声の主に同行している。
「お前はもう十分に戦った、第六位宮廷魔道士にしては大した腕前だ」
覆面の男がフェリクスの前に立ってそう言った。
そして覆面を外し始める。
覆面の中から出てきたのは黒髪の凛々しい壮年の男の顔だった。
「あ、貴方様は…!」見覚えのある顔に驚くフェリクス。
「みなまで言うな、怪我の手当をしてやる、おい本館まで運んでやれ!」
周りの者にそう命じると二人の覆面がフェリクスを挟んで肩に抱き上げ、
敷地中央の大きな建物へとゆっくり連れて行った。
男はその後姿を眺める。
迎賓館から覆面の男達が次々と壁の穴を抜け通りに出ていく。
「ふぅ、ステラ王女がエルフの集団を招いているとは運が悪かった、
小隊が全滅するとは…、急ぎ次の策を立てねばな…」
男が空を見上げると雲ひとつ無い満天の星空が目に映った。