占いをしてみよう!
翌朝一番に目覚めたのはゆじゅだった。
ゆじゅは目が覚めると部屋の窓を開けた。
「天気が良いのじゃあ、今日はお買い物にお出かけなのじゃ!」
「んん~、さすが子供、朝が早いわね…」目を擦りながらチマも起き上がった。
大部屋では半分くらいの人達が既に起きていて、
剣を磨いたり食料の確認をしたりと自分達の日課をこなしていた。
「鼾と言うものを体験できなかったのお」
「体験したくないわよ…」
ゆじゅが窓を開け部屋に明かりが差したので残りの者達も順次目を覚ます。
「ゆじゅ、おはよう!」フレヤは『姫』を口に出さないよう気をつけて挨拶した。
昨晩宿に入る時にフレヤは「ペットお断り」と言われひと悶着あったのだが、
ケンジャ様が説得してなんとか泊めてもらうことができた。
そのケンジャ様は部屋で最後まで眠り続けていた。
「ケ、ケンジャ様…服がめくれてお腹がでておるぞよ…」
「ケンジャ様は寝相が悪かったのね、あたしも知らなかったわ」
ケンジャ様の姿を見たズキが「ケンジャ様起きて下さい」と言って揺り起こす。
「んむむぅ」何とか起きたが目がショボショボしていて寝ぼけ眼の様子。
「おぉ、朝かぁ、熟睡してしまったぁ」と言って首をポリポリと掻く。
「ケンジャ様早めに朝食を食いに行きましょう、席がなくなってしまいますよ?」
「そうだのぉ…、よっこいしょっ…」
「ケンジャ様、ババ臭い台詞ね…」チマがツッコむ。
「ほっほっほ、ババァだからのぉ」
「さて一階に降りようぞ!」ゆじゅが元気よく部屋を出ていく。
一階の食堂へ降りるとまだテーブルは二つほどしか埋まっていなかった。
大きめのテーブルに五人が席に着き話し出す。
「昨日の夕食の羊のステーキは妾の国と変わらぬメニューであったのお」
「でん…、ゆじゅさん、まだ隣の国ですし対して代わり映えありませんよ、
ですが、そこに朝のメニューで白身魚のサンドイッチと書いてありますが、
あれは食べてみる価値ありますよ、酸っぱめのタルタルソースというのが、
大いに食欲を唆るんです」
「ほぉ、濃い味かえ?」
「はい、濃い味ですよ」ズキが答えてくれる。
「おっちゃん、朝食五人前頼むぞい!」とゆじゅが言う。
おっちゃんと呼ばれた店主が「あいよ」と準備を始めた。
数分でサンドイッチとマテバ茶がテーブルに運ばれてきた。
「大きなサンドイッチじゃのお、食べごたえがありそうじゃあ」
「宿屋に泊まるのはみんな旅人だからね、ガッツリと食べる人ばかりなのよ」
チマがそう言いながらサンドイッチを手に取った。
ゆじゅも一口カプッと齧りつく。飲み込むと感想を語った。
「んのぉ、これは不思議な味じゃのお、
酸っぱくてシャキシャキした歯ごたえがあるぞよ?」
「シャキシャキはぁ玉ねぎだぁ」
「玉ねぎ? 生のかえ? 全然辛くないぞよ?」
「丁寧に下ごしらえして辛味を抜いてあるのよ」とチマが言う。
「料理長の出すサラダの玉ねぎは辛かったのお…」
「あの料理長は辛党だからね」
「凄く美味しかったよ!」フレヤが過去形で言った。
「美味しかった? お主もう全部食べたのかえ?」
「うん! フレヤ口大きいから!」そう言ってフレヤはマテバ茶を器用に飲んだ。
「そう言えばケンジャ様、昨日の話だけれど裏ギルドって何?」チマが問う。
「ギルドと呼ばれてはいるがぁ、非合法の犯罪集団のことだぞぉ、
小さなものはぁ泥棒の集まりから~、大きなモノは国政にまで入り込んでる~、
普通に生きているならぁ、出会うこともない世界の話だ~」
「ケンジャ様何か知ってそうね」
「さてのぉ、ほっほっ」
「あ~! それは知ってる反応ね?」
「知らないほうがいいこともあるぞぉ」
「ずるいってばさ!」
「まぁ、本当に必要になったら言うであろう~」
「チマちゃん大人げないぞよ、はしたないのじゃ、
関係ないことに頭突っ込むととばっちり喰らうぞえ?」
「きゃ~、ガキに諭されてしまった~! くやし~!」
そんなこんなで朝食が終わり、丸一日自由時間になった。
荷物は宿屋に預かってもらい一行は財布だけを持ち外へと出る。
「さて、これから自由時間だがぁわたしは旅の支度をするのでズキを借りるぞ~、
チマ達にはアーダとケトシをぉ付けておくので大丈夫であろ~、
一国の首都だからなぁ、何かあっても喧嘩くらいだろ~、さらば~」
と言ってケンジャ様はズキを連れてさっさと去って行ってしまった。
「行っちゃったわね」
「うむ、妾達はどうするのじゃ? 市場でも見に行ってみるかえ?」
「市場行ってみたい!」フレヤが興味を持ったらしくて大きな声で返した。
「フレヤは何を見たいのじゃ?」ゆじゅがそう聞くと、
「ん~、食べ物?」とフレヤは首を傾げる。
「今食べたところじゃろ…」
「ドラゴンは食べ貯めることができるんだよ!」
「食べ貯めるとは?」ゆじゅが不思議そうに聞いた。
「いっぺんに一月分くらい食べると、
次の日には体がちょっとおっきくなってるんだ!」
「いらない無駄知識が増えてしまったのじゃ…」
「ケトシちゃん、今日はあんたお喋り禁止ね、うるさいから黙ってなさい」
ゆじゅの肩にぶら下がってるケトシにチマが言った。
「ひどいにゃん…」
そして市場へと向かい午前中を使ってゆっくりと歩いて回った。
お昼は市場でゆじゅの選んだジャンクフードを食べ、
ゆったりと食後の休息を取っている時だった。
「のお、あの看板に書いてある占い屋ってなんじゃ?」
少し遠くにある建物の看板を見てゆじゅが尋ねた。
「占いっていうのは人相、手相や星座で未来を言い当てようって言うモノよ」
チマの答えにゆじゅの瞳がキラリとする。
「なんじゃあ、面白そうなのじゃ、行ってみようぞ」
「うん、フレヤも行ってみたいよ!」
「あたしも行ったことないから興味はあるわね」
さっそくその占い屋へと向かい建物へ入って行った。
扉を開けるとチリンチリンと扉についている鈴の音がなり来客を知らせる。
扉の向かいにある小机の向こうにいる四十代ほどの痩せた女性が入口を見た。
机は紫のテーブルクロスが敷かれ数本のロウソクがついている燭台があった。
「これはこれはいらっしゃいませお嬢様方」
二人に続いて入ってきたフレヤに女性は一瞬驚いた顔をしたが、
すぐに表情を戻し接客に努めた。
「お年頃のお嬢様方ですと、やはり恋占いをご所望で?」
「むむむ、恋占い! そうじゃの、妾がこの旅で恋をするのか知りたいのじゃ」
「お一人様に付き銅貨三枚になりますが宜しいかな?」
「三枚なら妾のお小遣いで何とかなるぞよ、是非とも頼むのじゃ」
「では向かいの椅子にお座りくださいな」
言われたゆじゅは机の向かいにある椅子へと座る。
「まずはお名前と生年月日を教えて貰いましょうか」
「妾の名前はゆじゅ、七四〇年一月二十日生まれじゃ」
「旅中に恋をするかですね、早速占ってしんぜましょう」
占い師の女性はそう言うと目を閉じて小声で何やら呟き始めた。
二分程その呟きが続いていた。
ゆじゅはその雰囲気にわくわくが止まらず占い師をじっと見つめていた。
占い師の呟きが止まったかと思うと、占い師が小刻みに震えだした。
始めは小さく横に揺れていたのだが、
次第に動きが大きくなり座っていた椅子の上を飛び跳ねる感じになった。
「ち、チマちゃん、様子がおかしくないかえ?」
「え~、占いってこういうんじゃないの?」
二人が小声でそう話していた時占い師の動きが止まり、
その口から何やら白いものが出てきた。
「げっ! お餅ゲロじゃ、占い師様は体の調子が良くなかったのじゃ!」
「違うわ! あれは噂に聞いたエクトプラズムよ!」
「え、えくとぷらずむ?」
「霊魂が姿を変えて具現化したものだって聞いたわ」
占い師はピクリとも動かず気を失っているように見えた。
チマがエクトプラズムと呼んだ白い物体は占い師を伝って下へ流れていたが、
突然に膨らみだしたかと思うと占い師の横にあっという間に人の姿を形どった。
その形はしわしわの老婆の姿をしており、ゆじゅを一瞥したように見えた。
そして、そのエクトプラズムの老婆が声を出し喋りだした。
「…わ、わしはの…」
「わ、わしは?」とゆじゅが聞き返す。
「…、イ、イタコのシムスと申す…」
「い、いたこって何じゃ??」
「イタコとは身の内に死者の霊を呼び寄せ霊と話をするための霊媒者じゃ、
さて、どなたを呼び出しなさるのか?」
「…幽霊が幽霊を呼び出すのかえ??
なあ、チマちゃん、妾はこの先の展開が見えた気がするのじゃが…」
「あははは…、あたしも思ったぞ…」チマが苦笑いをした。
「フレヤは分かんないよ!?」とフレヤは楽しげに先を期待していた。
「うっ」とエクトプラズムの老婆が言い俯向くと、
エクトプラズムの老婆の口からエクトプラズムが流れ出した。
そのエクトプラズムは痩せ細った男の姿をかたちどった。
「「やっぱり…」」と二人の声が揃う。
「…私は、二元教の司祭マージ、貴方方のために祈りを捧げましょう…」
「い、いや、妾は恋占いをして欲しいのじゃが…」
占い師の口から出ているエクトプラズムのイタコの口から出ている、
エクトプラズムの司祭はゆじゅの言葉を無視して祈りを捧げ始めた。
祈りの最中にマージと名乗ったエクトプラズムは「うっ」と言って俯いた。
占い師の口から出ているエクトプラズムのイタコの口から出ている、
エクトプラズムの司祭は口からエクトプラズムを吐き出した。
「そろそろ帰ろっか…」と呆れたチマが言った。
「そうじゃのお…」
ゆじゅ達の反応に気がついたエクトプラズムは慌てて人の形をとった。
「待て、待つのだっ!
お前たちを占ってやろうと態々来てやったのだ、その態度はないであろう」
「で、お主は何者じゃ?」
「私は霊能者のエステバン、このウィジャ盤で旅中の恋を占おうぞ!」
「そのウィジャ盤とはなんぞや? どうやって使うのじゃ?」
「うむ、聞いて驚くなよ、このウィジャ盤を使うとな、
霊と交信をすることができるのだっ!!」
「…呆れて驚いたわい…」顔をしかめ軽蔑の眼差しでゆじゅが見た。
「何だその反応は!? さては霊の存在を信じとらんな!」
「はいはい、信じてますよ、目の前にいるじゃない…」チマが言った。
「いいや信じとらん! 見よこのウィジャ盤を!
そら指が勝手に動く、動いているぞ~!」
「今までの中では芸風が新しいのお、面白いではないか一寸見ていこうぞ」
「芸風とはなんだ芸風とは! これはイカサマなどではな…うっ…!」
と言うと苦しそうに胸を掻き毟り始めた。
「「またかいっ!!」」二人が同時にツッコんだ。
フレヤとケトシは満面の笑みでワクワクと目を輝かせて見ている。
「いい加減にしてよ! ただでさえ狭い部屋なの…」
チマは文句を言おうとしたが途中で言葉が止まった。
予想とは違い新しいエクトプラズムはでてこず、
その代わりにエクトプラズムが一つに合体し、
背が低く目付きの鋭い、恐ろしい表情の男の姿へと形を変えた。
そのエクトプラズムの男が口を開いた。
「兄の匂いがするな…」
声は低く、嫌悪感を感じさせる声だった。
「兄って誰じゃ? ここに男はおらぬぞえ?」
「お前たちから兄テスタの匂いを感じるぞ、知っているな?
言え、テスタは何処だ!?」
「な、かってに探せばいいじゃない! 私たちは一寸一緒に歩いただけで、
なんにも知らないわよ!」チマが気後れしながらも言い返す。
「あいつは周囲に対魔結界を張っていて分からぬのだ、さあ言え!」
「あの人が今何処にいるのかなんて知らないわ!」
「人? その程度の認識、…ふん、無駄足か…、ロアキンの子が人なものか!」
そう言い放つとエクトプラズムは形を崩し、占い師の体の中へと消え去った。
「ロアキンの子?」チマはそれが消え去った後、呆然としながら呟いた。
「ほえぇ、あの量を餅食い大会のように丸呑みにしてしまったのじゃあ」
ゆじゅなりの安堵の言葉だったのだろうが緊張していたチマを逆なでした。
「バカ!」と言ってゆじゅの頭を引っ叩く。
「痛ひのじゃあ、ん? あれはなんじゃ?」
ゆじゅの言葉を聞いてチマはゆじゅの視線を辿った。
視線の先には鈍く白く光る十センチ位の玉が浮いて漂っていた。
「んぎゃ~~! 爆轟塵よゆじゅ逃げて!」
チマの早口の叫びと同時にゆじゅは真っ先に逃げ出していた。
惚れ惚れしてしまうような逃げ足の速さであった。
チマとフレヤも占い師を担ぐと急いで建物の外へと逃げ出す。
チマが建物の外へ出た瞬間光の玉が破裂し建物が粉々に吹き飛ぶ。
平屋だった占い師の館はレンガを撒き散らしながら消滅した。
チマとフレヤは玄関の目の前にいたので、
範囲外の爆風を少し受けて転んだだけで済んだが、
真っ先に逃げたゆじゅの頭には屋根の破片が直撃した。
「クリティカルヒット! なの、じゃあ…」
バタリとゆじゅは気絶してしまったのだった。
ゆじゅが目覚めた時は既に夜で、場所は憲兵所の一室だった。
「殿下が目をお覚ましです」ゆじゅの様子を窺っていたズキがみんなに伝えた。
ゆじゅは部屋の壁際にあるベッドに寝かされていた。
「ん、こ、ここはどこじゃあ?」ゆじゅは辺りを見回しながら聞いた。
部屋には一行の他に制服姿の見知らぬ男が二人立っていた。
「ここは憲兵所の中よ」と別のベッドに座っていたチマがゆじゅに答えた。
「憲兵所? 何故そんな場所にいるのじゃ?」
「あたし達が占い屋爆発の容疑者になっているのよ」
「ぬはあ、濡れ衣じゃ…」
「みんなこれ以上不必要な口は利かないように」と見知らぬ男が言った。
その男が続けて言う。
「私はこの首都の憲兵長のツィックラーと言う者です、
他の者達からは一通り話を聞いたのですが、
整合性を確かめるために殿下からも出来事を聴取致しますので、
昨日から覚えているまでの事をお聞かせ願いますか?」
憲兵長と名乗った男の口ぶりから、
自分の身分は把握されているのだろうとゆじゅは判断し忌憚なく語った。
チマの語った内容と寸分違わず同じことをゆじゅから聞かされ、
憲兵長の表情は曇った。
「ふう…、西の大賢者と言われるテスタがロアキンの子だとは、
信じたくないものだが…」
「え、ツィックラーさんはアイツのこと知ってるの?」驚いたチマが聞いた。
「数日前に陛下に謁見した折りに私も立ち会いましたし、
名前自体も以前から耳にしてはいました、大陸西方のトロワイヤ王国にある、
キジジ・チャ・メアドウと言う村に昔から住んでいた隠者で、
医者に見放された者達を魔法で治療していると言う噂です」
「魔法で治療? 神聖魔法が使えるのだのぉ~、
だがぁ解毒の魔法は習得していなかったのかぁ?」とケンジャ様が言う。
神聖魔法は創世神聖教国が魔導書を独占しているので使える人は殆どいない。
なので賢者という称号を持つ者はほぼ全て創世神聖教国が関わっている。
「ロアキンの子ということはケンジャ様くらいの年齢だと言うことじゃの?」
「そうね」チマが相槌を打つ。
「なんじゃ、そやつも化け物ではないかえ、
旅で初めに会った者がそんな者達であったとは、旅って危険ではないかえ…」
「ゆじゅ姫の運が凄く悪いんだね!」フレヤが空気を読まずに言った。
「はうぅっ」
「ツィックラーさん、あの三人に追っ手は出したの?」
「いえチマ殿、その三人が今回のことを仕出かした訳ではないので、
捕まえる理由はありませんよ、今頃はもう隣国でしょうし、
抑々我々憲兵では太刀打ちできるかどうかも怪しい」
直接迷惑を被ったチマはそう聞かされても納得いかない様子であった。
暫く部屋に沈黙が漂ったが重い空気の中、突然部屋の一角の空間が歪んだ。
「ケトシが帰ってきたな~」ケンジャ様がその歪みを見て言った。
「にゃんにゃん、戻ったにゃ~、調べてきたにょ、
この建物から右に二二八メートル進んで、
右折して更に三四五メートル行った宿屋さんに泊まっていたにゃ、
テスタはお医者さんだそうだにゃ、宿屋さんがこの本を貰ったそうにゃ、
お薬を百倍楽しむ方法!」と言って一冊の本を掲げた。
「わたしはぁ町を出てからどの方向へ行ったかぁ調べろと言ったのだが~…」
「わからなかったにゃ~」
「それだけのことにぃ六時間もかかったのかぁバカ猫めが~…」
ケンジャ様が諦めた顔でため息をついた。
「ツィックラーさん、そろそろ休みたいんだけれど」疲れた顔のチマが言う。
「わかりました、ですが今日はこの建物からは出ないで頂きたい、
この仮眠室の前に見張りも付けさせて貰います、
そうそう、占い屋から伝言がありました、
『旅の途中に身近な人の恋が破れる』だそうです」
そう言うとツィックラー憲兵長とその部下らしき男は部屋から出ていった。
「ズキのことね」チマがズキを見ながら言う。
「ズキだのぉ」「ズキじゃな」ケンジャ様とゆじゅも続く。
「ひ、ひどい…」ズキは仮眠室のベッドの一つに座ると、
少し俯いて昔のことを思い出している感じだった。
「昨日今日の出来事は我々の手には負えぬ事態であるし~、
様子から察するにぃ姫が狙われることも多分もうないだろぅ、
今日のことは過ぎた事としてぇ、忘れてしまおぅ」
ケンジャ様もそう言うと空いているベッドに向かう。
(忘れてしまおうって…)チマは心の中で愚痴りつつ布団に入るのだった。
「寝るって…、妾は今まで寝ておったんじゃぞ?」
ゆじゅは三人の顔をキョロキョロと見渡した。
「ケトシ」とケンジャ様が一言。
「あいあいにゃ~、ノクティス・ルーナエ・カルメン!」
ケトシの睡眠魔法で問答無用に眠らされてしまうゆじゅであった。
その後、部屋の見張りの憲兵は一晩中、
ケトシに『お薬を百倍楽しむ方法』を朗読されることとなった。
翌日の夕方、一行はここクトー王国とアガタ国の国境に来ていた。
アガタ国は白金竜伝説で有名なルミナスを都とする国である。
クトー王国から幌馬車が貸し出されて国境まで一気に移動できた。
ツィックラー憲兵長も同行したことから、
一行には早く国から出ていって欲しいと言う意図が垣間見える。
馬車の揺れが収まったので一同が馬車の前を見ると長い国境線の石垣が見えた。
「お疲れ様です、国境に着きましたよ」と憲兵長が馬上から話しかける。
「いえいえ~、此方こそお疲れ様と言わねばいけぬのぉ」
ケンジャ様が馬車から降りながら言った。
ズキとチマもケンジャ様の後に憲兵長に軽く会釈して馬車から降り始める。
ゆじゅ、フレヤと続けて降りて行く。
フレヤもちゃっかりと馬車に乗り込んでいたのである。
国境線にある石垣は高さが四メートル程もあり、
見張り台付きの関門は高さ十メートルにも及びそうであった。
「俺が巡礼した時も思ったが、すっげ~国境だよな」
ズキが感心しながら見渡していた。
「この国境線は三百年前にロアキンが築いたと伝わっております」と憲兵長。
「わたしがぁ、ルミナスを旅立ったときには~、既にできていたな~」
ケンジャ様が昔を思い出すような口調で言った。
「馬車を貸してくれたから日程を二日は短縮できたわね、憲兵長感謝しますわ」
御機嫌な様子のチマが本心から謝意を述べる。
「憲兵長の時間をこれ以上取らせるのも迷惑だろぉ、早速国境を越えるぞぉ、
憲兵長、迷惑をかけたのぉ」ケンジャ様は言い深々とお辞儀をした。
そして国境の門へと歩き始める。
後ろを振り返りながらケンジャ様が皆に続けた。
「国境を越えた所にコトブスの町があるからぁ、今晩は其処に泊まるぞぉ、
クトー王国よ暫しさらばだぁ」
ツィックラー憲兵長は一行が門をくぐるのを見届けてから、
パールの町へと戻って行ったのだった。
憲兵隊は通常兵隊を取り締まる組織ですが、
クトー王国は徴兵制で警察組織も軍隊が担っていて一般警察と軍警察を兼任しています。
軍警察と警察機構はトップ以外は組織分化されていますが部署異動で隊員は組織を移動するので、
軍人を取り締まっていた人が通常警察に異動するので、
通常警察の人員が高圧的な性格になってしまうのが社会問題になっている。