ズキの幼少期
ズキ編はギャグがないです、次のチマ編からギャグパートがでてきます。
重い話が苦手な方はズキ編は飛ばしちゃっても支障はないかも~。
時は創世七百九年、エルフが支配するエルディー国の首都マッサ郊外で、
父イグー、母ムトの元に元気なエルフの男の子が産まれズキと名付けられた。
赤毛と金髪の間のような色合いの髪の毛で、
目はアーモンド型で将来は美形になるであろう容姿の子供だった。
父母ともに子を溺愛し優しく接していて、
それは過度な優しさとも言える程であったが、
両親はズキが生まれる前からズキの将来設計を考えていた。
エルディー国は人口が少ないので、
エルフは男女ともに徴兵に就くことになっている。
なので士官学校へと進学できる幼年軍学校に入ることができれば、
軍役時代にも退役後にも生活が優遇されるために、
両親共にズキを幼年軍学校へと入れたがっていた。
通常は士官になるためには幼年軍学校へ入るしか方法はないのだ。
幼年軍学校とはエルディー国が運営する公営の剣士育成小学校である。
将来士官になることを条件に教育費が無料になる制度だ。
幼年軍学校、少年士官学校、士官学校とエスカレーター式に進学する。
かなりの優遇なので幼年軍学校の入学の倍率は高く入学は運頼みであったが。
国民には人間族や他の種もいるが、
現在の所は幼年軍学校へ入れるのはエルフのみの特権だ。
まぁ、その代わりにエルフ以外の兵役は免除されているのだが。
エルフは男だと十五歳程、女だと十三歳程で、
成人の儀という通過儀礼を受ける旅に出て、
遠く離れた神樹の森と呼ばれるエルフの聖地で洗礼を受ける。
もちろんのこと複数の護衛が旅の友として帯同する。
士官学校の間は軍属として給料を貰える。
成人の儀で女性のが二年程早くなるのは男に比べて早熟だからである。
女性は徴兵も二年早くされることになるのだが、
その二年は基礎体力の向上と武術の基礎を養うことに費やされ、
最終的には男と同じ年齢で兵役に合流することになる。
男は子供時代から狩りに連れて行かれたり、父親に剣や弓を教えられるので、
体力や武術で女性より先行しているので、
通常の女性は基礎を二年かけて行いようやく男性と同じスタートラインに立てる。
また徴兵は女性二十八歳まで男性三十五歳まで務めることになり、
士官ともなれば職業軍人として生涯を過ごす。
五体のシルバードラゴンが守護すると言われるエルディー国だが、
国体はドラゴンに頼らず自前で国の防衛をしている。
ドラゴンは常日頃国政に興味を持っておらず、
エルディー国上層部にとっては、
いざという時にドラゴンが国防に関わってくれるのかは未知数で、
そのためにエルフ自身で国防を担う必要があるからの徴兵制だ。
人口十万人程の弱小国なので防衛には特に気を使っているのだ。
またエルフ以外の国民も兵卒からとしてならば職業軍人になることができる。
ズキを幼年軍学校へ入れたい両親は、だがしかし一抹の不安を覚えいた。
ハイハイや立っちなどは普通にできていたのだが、
そこから言葉を話し始めるのが他の子供より遅れて二歳程になっていた。
イグーは元近衛隊の出自であったのでちょっとしたコネクションを持っていた。
そこでそのコネクションを使い宮廷魔道士のケンジャ様を教師として迎えた。
称号としての賢者ではなくケンジャという名前の人物だ。
ケンジャ様は見た目は十四~五歳程の少女で、
エルフとしては極めて凡庸な容姿であまり記憶に残らない程だった。
だがゆっくりと間延びした独特の話し方をするので、
一回会話をすれば十分記憶に残るであろう。
ケンジャ様は三百年以上にわたって、
エルディー国の宮廷魔道士をしているハイエルフである。
ハイエルフは加齢の束縛から逃れ、通常のエルフよりも遥かに長生きする。
通常のエルフとは違い病気にもなりにくい。
王の住む宮殿はちょっとした大国の豪商の家よりも小さく、
権威などとは無縁の王族で、王自ら直領の町などを視察している程である。
なので宮廷魔道士などと言っても全くといっていい程仕事はなく、
意外と簡単に国王からケンジャ様の借り受けの許可を得ることができた。
ちなみにイグーは長年近衛隊を努めていたが、
仕事中に事故に見舞われたことで手足に不自由をきたし引退した。
そして近衛隊退官後も年金でなんとか家族で質素に暮らしていた。
仲の悪い隣国はあれども建国以来戦争になったことはなく、
三百五十年前のロアキン世界大戦と呼ばれた大乱においても戦禍を免れ、
平和に慣れたこの国の国民にとって、
兵とは時折り野盗と小競り合いがあるくらいの認識だ。
そんな平和を享受できたのは先にも述べた通りドラゴンの存在だ。
エルディー国の正式名称はエルフとドラゴンによる合議国といい、
五体のシルバードラゴンが守護している。
そのことが兵役に対する不安感を和らげていて、
幼年軍学校も将来に対する学費免除位にしか考えていないのは、
イグー達夫婦も他の国民と同様だった。
ケンジャ様は子供は好きだが、さすがに二歳程の子供を教えたことはなく、
育児もしたことがないために多少戸惑ったが、それも経験だと割り切った。
ただ、ズキは時折り周りから見ると意味不明な発声を繰り返すことが多かった。
ケンジャ様が通いの教育係としてイグーの家にやってくると、
ズキはいつもどおり謎な発音を繰り返していた。
ケンジャ様はズキの意味不明な発声を聞くと「おぉ」と一言。
ズキの両親は発声に意味があるのかと興味津々にケンジャ様に聞いたが、
「わたしの口癖ぇ、これから育成する子供を見てぇ言ってみただけなのだ~」
と、両親を落胆させてしまうのであった。
実はズキの発声に意味があることをケンジャ様は気付いたのだが、
今回の場合はそれを内緒にしておくというのがケンジャ様の判断だった。
なぜならばズキの発声していた言葉は火の精霊の使う言語で、
エルフは熱属性魔法を毛嫌いしている文化的背景があるからだ。
ズキが熱属性の火の精霊の言葉を使っていたと言うことは、
火の精霊と親和性が非常に高く、
火の精霊から日常的に話しかけられていると言うことを示唆している。
それは熱属性魔法への適性と火の精霊召喚の素質を持っていることと言える。
一般にはエルフは風と水属性に適正があるとされているのだが、
それは全くの迷信で熱属性方面に適正がある個人も本来は多々いるのである。
しかし熱属性を学ぶ機会のないエルフはその才能に気づかずに終わってしまう。
元々は乾燥気味の森林地帯に居を構えるエルフ族が、
火に対して危機感を持ったことが熱属性魔法を毛嫌いする理由なのだろう。
ケンジャ様は三百年以上エルフの国に住んでいた教訓で内情を把握して、
その辺りの事情に配慮してズキの適性を黙っていることにした。
そして万が一にも火の精霊を呼び出さないようにと、
ズキが寝ている間に熱属性封印の魔法陣をズキの背中に書き込み封印をした。
この封印は精霊の言葉が聞こえなくなる程度のもので、
ケンジャ様が魔力を最大限に込めればズキが成年するまでは保つはずだ。
そして成年する頃には安易な召喚の危険性も解るだろうとの判断だ。
封印は見た目には透明なのでそこに魔方陣が書かれているかどうかは、
魔力を敏感に感じ取る感受性のある人でなければ無理であろう。
そう思いつつ作業を終えたケンジャ様であったが、
その判断が数年後に致命的なミスを引き起こすことになる。
ズキの発声の意味を理解していたケンジャ様には、
ズキに会話を教えるのは存外楽だった。
内緒にしているがケンジャ様も熱属性の適正者だったからである。
ケンジャ様は火の精霊の言葉を翻訳する感じでズキに言葉を教えたのだった。
五歳の頃には、ズキは内気だが普通の会話などはできるようになっていた。
夫婦はこれで息子を幼年軍学校に送ることができると安心した。
会話は少なめなのだが行動力は結構あり、
食後の皿洗いなどは足場にする椅子の上に立ち積極的に率先している。
母親のムトは「そんなに頑張らなくてもいいのよ、ズキったら働きすぎよ」
などと嬉しそうに言ったりしている。
ズキは他にも料理、洗濯や裁縫など何でも興味を持ち真似をしたがる。
かなりの時間を母親の服の裾をつかんで動き回っている。
かと言って母親っ子というわけでもない。
父親とは首都の外れに流れる川へ頻繁に釣りに出かけている。
「パパ、フナが釣れたよ」と抑揚の少ない言葉を話すのだが、
ズキが嬉しがっているのがイグーには肌身に感じる。
「よし、パパも沢山釣れたから持って帰ってフナの煮酢漬けにしよう」
そう言ってイグーはズキに自慢するように魚籠の中身を見せる。
その自慢するような表情はイグーを子供っぽく見せていた。
釣りを終えて家に帰るとまず母のムトが魚をさばくことから始める。
釣って帰るのは大抵の場合フナなので、
エルディー国の郷土料理であるフナの煮酢漬けという保存食を作る。
切り身にしたフナを熱が通るまで煮込んでから塩酢に漬けるだけの食料である。
「僕もする」と例にもれずズキも作るのを手伝う。
とは言っても酢を張った四角い箱にフナの身を並べ蓋をするだけだが。
両親のズキに対する扱いは上手で着実に基礎を積んでいった。
そんなこんなでズキは行動力はあったのだが、
一人で外出することは少なく同年代の友だちは未だにできていなかった。
ズキの住む家は首都郊外にあり人口が密集しているわけではなかったが、
それでも同年代の子供達は近所に何人も住んではいるのである。
たまに夕食を共にするケンジャ様は、
その日もイグーと共にフナの煮酢漬けを酒の肴にして飲んでいた。
イグーとケンジャ様は数十年にわたる友人で、毎度昔話で盛り上がっていた。
ケンジャ様がイグーの幼年軍学校時代の話題に触れるとイグーは少しうつ向いた。
「なあケンジャ様、あの内気なズキは軍学校でやっていけるのかな?
軍学校じゃなくとも普通の学校でもズキは馴染まないのではと思ってるんだ」
イグーはそう言うと酒を一杯仰ぐ。
ケンジャ様はピクルスをポリポリとかじりながら返す。
「まぁそうであろうの、でも友だちは出来難いかもしれないが、
いじめられる性格でもない~、やられたらやり返すだろ~。
後は実際にぃ入学してみてからぁ反応を見てみてはどうだろうか~。
対応はそれからでも十分だと思うのだが~。入学まではまだ一年もあるのだし」
それを聞いてイグーが軽く笑った。
「そうだな、今のうちに喧嘩の仕方を教えておくとするか」
そういいながら肴を手に取った。
ケンジャ様はまだポリポリしながら言った。
「ズキが嫌がらなければぁそれもいいのであろ~」
実際の所ズキは体を動かすのが好きなので、
その手の話もありだとケンジャ様は思った。
「それでは遊び半分で剣術ごっこでも考えておこう」
イグーは酒徳利からお酒を注ごうとして空なのに気づいた。
「あらあら、怪我をさせるのだけは勘弁してくださいよ」
絶妙のタイミングでお酒のおかわりを持ってきたムトがイグーにそう言う。
ズキも自分のことを話してると知って聞きに来る。
そんなズキにイグーが「ズキ、剣術を習ってみないか?」と尋ねた。
ズキは釣りの最中に巡回している兵士達と、
その兵士達が腰に帯びている剣のことが好きだった。
「やってみたい」ズキはそう言っただけだったがイグーの顔がほころんだ。
「それじゃぁ、明日にでも早速子供用の木剣を買いに行こうな」
ズキも少し顔が緩んで「約束だよ!」と言う。
「ママも明日は街に買い物に行くから途中まで一緒しましょ」
と空になった酒徳利を回収しながら二人に語りかけるムト。
ケンジャ様は酔い冷ましの水を飲みながら家族の団らんを眺める。
(一人場違いだなぁ)と思いつつ。
翌日、早速木剣を買ってくるとズキは早速イグーに挑みかかったが、
怪我で引退したとはいえイグーは元近衛隊、
ズキが背後に回り込んでも後ろ手に剣を回して受け止めてしまう。
そのうちにズキが背後に回る最中に横っ腹に一発を与え始める。
何度かその行動を繰り返してズキも回り込むのは効率が悪いと気がつき、
正面から堂々と打ち合うのが一番だと知る。
イグーはまず型も振り方も教えず好きなようにさせていた。
そのうちイグーの仕草を真似てそれなりに動けるようになるとの算段だ。
母のムトが買い物から帰ってくる頃にはズキは疲れ果て庭に横たわっていた。
ズキは力を使い切ったせいかその晩の食事を今までで一番美味しく感じた。