初めてのお買い物
初めての狩りと前後する位の思い出で、
七歳になるかどうかの頃だったと思うのじゃが、
初めて市場でお買い物をすることになったのじゃ。
とある日、チマちゃんと一緒に朝ごはんを食べていたら、
(妾とチマちゃんはルームメイトなのじゃ)
チマちゃんがいきなり話を切り出したのじゃ。
「ご飯を食べ終わったらすぐに市場に買い物に出かけるわよ」
「ほぉ、いってらっしゃいませませ」
「あんたも行くのよ、て言うかあんたが一人で買い物をするの!」
「ほぇ? 何をじゃ? 妾は別にほしいものなぞないぞよ?」
「行ってみれば分かるわよ。
並んでいる物を見たらあれも欲しいこれも欲しいってなるから。
とにかくゆじゅくらいの歳になるとみんな買い物を体験するのよ。
ゆじゅにも経験させておこうと思っていたの」
食事が終わったらチマちゃんが説明を始めたのじゃ。
「お金はこれ、メッシナー銀貨が二枚よ」
チマちゃんは丸いお金を二枚テーブルの上においたのじゃ。
「これをピッタリ全部使い切るのが今回の課題よ。
市場のいろんなお店を行ったり来たりして頭の中で値段を計算するの。
銀貨二枚は宿代も入れて十日は生活できる程に多い金額だから、
使い切るのはかなり難しいわよ。
お金はこの袋に入れておくから首にかけなさいね」
そう言うて長い紐のついた巾着を渡されたのじゃ。
「あと、買ったものは全て自分で持たないといけないわ。
だから大きさも考えて買わないとダメね。
それと、荷物やお金を盗まれても課題は失敗よ」
「いっぺんに色んなものは持てないぞよ?」
「勿論買った物を入れるカバンも自分で買うのよ。
お金の単位は習ったことあるわよね?
メッシナー銀貨一枚で大銅貨四枚と交換できます。
大銅貨一枚で銅貨五枚、銅貨一枚で錫貨五枚よ、
では今日使う銀貨二枚で錫貨何枚でしょう?」
「んと、…二百枚じゃ!」
「はい正解~、つまり今日は錫貨二百枚ピッタンコのお買い物です。
値段を見る時は錫貨で何枚になるか毎回計算して、
欲しいものがちょうど二百枚になる様にするのよ。
ってかあんた頭いいわね…。六歳で掛け算できるとは思わなかったわ」
思わなかったのなら問題をだすではないと思うたが口にはせなんだ。
お金は食べ物や道具と交換できる金属と習うておったのじゃが、
この時まで見たことは一度もなかったのじゃ。
市場というのも習ろうたことがあるだけじゃった。
とにかく人が多くて騒がしいと言うふうに聞いていたのじゃ。
今回は未知の分野なのでワクワクよりも不安の方が大きかった。
お城を出てから市場までドキドキしてチマちゃんの後を付いていった。
ズキは少し離れた後ろを私服で付いてきておった。
お城から続いておる仲道をずっと下って行ったのじゃ。
丘を降りきってから少し歩いたら道の右側の建物が途絶えていた。
そこまで連れて行かれると広大な広場に本当に沢山の人がおったのじゃ。
そんなに沢山の人を見るのは初めてじゃった。
エルフだけではない、人族もかなり見かけたし獣人もおった。
物を売っておる人、商品を見ておる人、歩うておる人、
そして、喧嘩してるものもおる……。
入り込んだら自分の居所が分からなくなりそうじゃった。
「ここが市場よ、ちょっと待ってね」
チマちゃんはそう言うと自分の手下げ鞄から紐を取り出して、
その紐を妾の腰に結びつけたのじゃ。
「何をしよるのじゃあ!」
「ゆじゅに何かあったらシャレにならないのよ。
打首になっちゃうわ、だからリードをつけさせてもらうわよ。
ちなみにこの紐は魔道具だからゆじゅの魔法、風刃でも切れないわよ」
「ペットになった気分じゃあ」
「ペットに失礼よ、あそこの犬に謝りなさい」
「む、むごいのじゃあ」
そうしてお買い物タイムがやってきたのじゃった。
ひとたび市場の中に入ってみると、
あっという間に自分のおる場所が分からなくなってしもうた。
初めは居場所が分からない不安感で市を見る余裕がなかったのじゃが、
チマちゃんが後ろを付いて来ているのを思い出して気楽になったのじゃ。
横を見てみると人族の老人が大風呂敷を敷いて上に物が並べてあった。
並んでいる物はどれも魔道具みたいで効果と値段が書いてあった。
「チマちゃん、この二百リットル入る水筒がピッタシ銀貨二枚じゃが、
これを買うのはありかえ?」
「別にいいけれど、後で欲しいものができても買えなくなるわよ?
まずは市場を一周りして売っている物を見るのを勧めるわ」
あっさりと答えられたのじゃ。
チマちゃんが駄目と言わずに素直に『いい』と言うたとなると、
市場という所はホントに欲しくなるものが見つかる場所なのじゃろうかの。
「おや、チマ殿じゃないか、最近は姿を見せなかったな」
と、魔道具屋の老人がチマちゃんに話しかけた。
「ム、ムサフィーリ教官! 何お店なんかやってるんですか!?」
「いやなに、ちょっと値段の張るものが欲しくなってな。
休日に小遣い稼ぎをしているのだよ」
「コレクション収集は相変わらずなんですね、
最近は野生児が大人しくなったので罠が必要なくなったんですよ」
「はは、やめられんよ、所でこのおチビちゃんは誰かな?」
「これ、これが件の野生児ですよ」
「ほぉ、これはゆじゅ殿下失礼致しました、初めて御拝謁致します。
士官学校で魔法教官をしているムサフィーリと申します。
魔道具でご入用の際は是非ともご相談下さい、よろしくお願い致します」
随分と礼儀正しく挨拶されたのじゃ。
というか、件の野生児で妾のことが分かるとはどんな噂をされておるのやら…。
いつかお仕置きせねば。
「よいよい、まほうきょうかんともうしたのお。
其方はケンジャ様とくらべて強さはどうなのじゃ?」
「はてさて、わしはケンジャ様とは種類の違う魔法使いでしてな。
あまり攻撃魔法は使えませぬのですが、
待ち伏せできる条件でしたら辛うじて勝てそうですな」
「ほぉ、何がとくいなのじゃ?」
「魔法陣魔法と申しまして、床や壁、人の体などに魔法陣を描き、
妨害や攻撃を行います、身体強化などもですな」
妾の目がきらりと光った。
「つまりわなの名人なのじゃな?」
「はは、そう言っても差し支えは御座らんでしょう」
「こんど妾にもおしえてたもれ♪」
『バチンッ!』
後ろからチマちゃんのビンタが飛んできたのじゃあ。
「あたしを嵌める技なんか覚えさせるもんですか!」
妾の考えがバレていたのじゃ。
「それでは教官、今はゆじゅの授業中ですのでこの辺で失礼」
「おお、いつでも相談に来て下さいな」
そうしてチマちゃんは妾の背中を押して移動を促した。
ちょっと歩いたら小さな建物が建っていて、
兵隊さんが二人入り口に立っていたのじゃ。
「チマちゃん、あのたて物はなんじゃ?」
「あれね、あれは両替所よ」
「てす~料はかかるのかえ?」
「あんた、手数料なんてよく知っているわね。
あそこは国営だから手数料は掛からないわよ」
そう聞くと妾は真っ直ぐに両替所へ向かい、
銀貨二枚を大銅貨四枚と銅貨二十枚に交換したのじゃ。
「あんたちゃっかりしてるわね、本当に買い物は初めてなの?」
「お金は小銭で持てとレコアのえいゆうたんっていう本で読んだのじゃ」
レコアの英雄譚とは魔王ロアキンに苦しむ人々を見て、
レコアが立ち上がった所からロアキンを倒し、
晩年に腕が衰え戦死してしまうまでの実話に基づく分厚い五冊の長編物語じゃ。
「その本ってそんな生活臭いことまで書いてあるのね…、なんか興味出たわ~」
「たいへんに面白いぞよ」
両替屋さんの正面で桃色のカバンを売っているのが見えたので、
そのカバンを見に近づいてみたのじゃ。
桃色のカバンは大人用のショルダーバッグじゃったが、
頭をくぐらせて斜めに付けてみるとちょうど良い高さになった。
迷わずそれを買うてみたのじゃ。
「おばちゃん、これをくだしゃれ」
「あ~ら可愛いお嬢ちゃん、それが欲しいのね。
本当は銅貨三枚なんだけど、銅貨二枚におまけしちゃうわね」
そう言われると妾は「ありがとぉ」と言うてお財布から銅貨を二枚、
にっこりとしながらおばちゃんに渡したのじゃ。
「あらあら、一人でお買い物できるのね~。
賢いわね~、飴ちゃんあげちゃいましょう」と言うて飴をくれた。
妾はおばちゃんにもう一度お礼を言うて立ち去ったのじゃ。
「くだしゃれ、ってなによ~」
チマちゃんがそう聞いた。
「あいそよくするとおまけしてくれるってえいゆうたんで読んだのじゃ」
「うぁ、中身は憎たらしいガキだわぁ」
最初の買い物がすんなりいったので自信が出てきて、
余裕もでき、動き回っているうちに地理も頭に入ってきたのじゃ。
そのまま市場を順に眺めて午前中をかけて一周したのじゃ。
「チマちゃん、お昼ごはんはゆじゅがおごるのじゃ」
「まぁ、ありがとう、元々私のお金だけどね」
チマちゃんは一言多いのお…。
「二つとなりの道にヤキトリのポト包みがあったのじゃ。
お昼ごはんはそれにしようぞ」
ポトというのは練った小麦粉を薄く焼いたものじゃ。
色んな料理のベースになる最も多用される食材なのじゃ。
焼き鳥のポト包みは一つ錫貨三枚じゃった。
二本分、銅貨二枚渡したら錫貨二枚しかお釣りが返ってこなかった。
「おっちゃん」
「なんでぃ、今忙しいんでぃ」
「王族のわらわにつりせんさぎしたら、うちくびじゃぞ」
『バチンッ!』
またビンタされたのじゃあ…。
「釣り銭詐欺くらいで打首にはなりません!」
「うぅ、おっちゃん、おつり錫貨二枚たりぬぞえ」
「お、おぅ…」ビンタに気圧されたおっちゃんが言うて不足分を返してもろうた。
大人のチマちゃんは一つだと足りなそうだったので、
イチゴクリームのポト包みも買ってあげたのじゃ、価格は銅貨一枚。
「う、あんた、もしかしてあたしがこれを好きなの知ってた?」
「侍女室でしょっちゅうイチゴポトをかいぐいしてるってきいたのじゃ」
「うあぁ、女の口は軽い~~!」
で、近くの花壇に座ってお昼を食べたのじゃ。
「こういうのをジャンクフードというんじゃろ?」
「ええそうよ」
「うちで食べるごはんよりおいしいのじゃ。
うちのごはんは味がうすいのじゃあ…。
前にりょうりちょうに味をこくしてほしいってたのんだらのお、
『オレの味がわからんのか~』ってデコピンされたのじゃ」
「ああ、あの味は分からないわね、ゆじゅと同感だわ。
じゃあ調味料とかも買っちゃいなさいよ。
部屋で味付けしちゃえばバレないわよ」
「それじゃ!、しお、こしょう、カラシソースを買っておくのじゃあ」
午後は調味料の価格を調べてから本格的にお買い物を始めた。
最初は一番高い物から買うと決めていたのじゃ。
まず桜金のイヤリング、子供が付けても諄くないデザインで、
大人になってからも付けられる様に子供っぽくない物を選んだ。
チマちゃんが「このマセガキ」とか言うておった。
値段は大銅貨五枚分じゃった。
銅の混ぜものが多くて金が少ないのでお手頃な値段じゃった。
その後、刺繍入りハンカチ、お人形やヌイグルミ、
そしてもちろん調味料も忘れなかったのじゃ。
最後に残った錫貨三枚で飴ちゃんを一袋買って今日は終わったのじゃった。
チマちゃんが今日の批評をしたのじゃ。
「内容は百点満点ね、あたしの想像を遥かに超えてちゃっかりしていたわ。
あたしからみた感じでは今日の授業は要らなかった気もするけれど、
ゆじゅにとってはかなり刺激的な経験になったことでしょう。
これからも定期的に買い物はしに来ますが、
リードは絶対にしますから!」
「はうぅ…」
その夜、さっそく辛子ソースを使ったら残り汁の色が変わり料理長にバレた。
二人揃ってデコピンを喰らったのじゃった。