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18.僕、怒られる



 てし、てし、といつものようにレイの肉球が僕の頬に触れている。レイはこうして僕を起こしてくれるのだ。それでも起きないと、今度は強烈な猫パンチが!


「レイ……猫パンチ…むにゃむにゃ」

〈!! 起きた?起きたの?!ウィル〜!!〉

「…わかったわかった…起きるって…」


 僕の猫は僕の顔にもふもふの顔をスリスリする。さてはこいつ腹が減っているんだな?仕方ないやつだ。


 ゆっくりと僕は目を開ける。ぼやけた視界に広がるのはいつもの寝室で。柔らかな朝日がレースのカーテンから入り込んでいる。


「あれ…僕…?」

〈ウィルったら三日も起きないんだよ?もうボク死んでるのかと思って何回か食べそうになったよぉ〜全くもう〉

「え?三日も?!いや待てよお前僕が死んだら食う気か?!」

〈冗談だよぉ〜〉


 お前今、目が本気だったぞ!白々しく寝たフリをするんじゃない!!このクソ猫が!もふもふの刑に処す!


 僕が起き上がると、レイは珍しく大声で「にゃぁあん!」と鳴く。その途端、廊下をバタバタ走る音がして、ノックもなしにミハエルさんが入ってきた。


「…ウィリアム様!!」

「あれ?ミハエルさん。どうしたんですか?そんなに慌てて」

「あ、貴方という人は!!私がどれほど心配したと思っているんです!さぁまだ起きてはいけません!!さっさと横になってください!!」

「えっ?!今起きたばっかりだけどッ?!」


 ミハエルさんは僕を再びベッドに寝かしつけ、メイドを呼びつけて沢山の使用人にあれこれと指示を出しはじめた。なんだかさっきより楽しそうなのは何故?


 数分もたたないうちに、ノックの音が聞こえる。入ってきたのは、殿下夫妻と…シャノン様?


「ウィリアム!よかった!目が覚めたんだねっ」

「ああっ、生きてるわ!あなた、ウィリアムが生きてる!!」

「ウィリアム様ッ!!」


 三人はベッドに横たわる僕の元に駆け寄り、僕の顔を覗き込む。


 そこで僕は漸く、モカの毒を受けて昏倒し、たった今目を覚ましたのだと思い出した。


 ーーーそうか、僕…死にかけてたんだった。


「…ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですよ」


 僕が笑ってそう言ったのに、三人はどこか怒っているような雰囲気だ。


 あれ?と思ったら、奥様のルナ様が僕の頬をぶにっと抓る。


 ーーーじ、地味に痛い!


「よぉくお聞きなさい!いいこと?ウィリアム!」

「は、はひ…」

「確かに私達は貴方を護衛やらテイマーとして雇ったわ。けれど、今はもう貴方をそんな風には思っていないわ。我が家の一員…実の息子みたいに思っているのよ」

「へ…?」

「どれほど私達が心配したと思っているの?!もうっ!二度とこんなことしないでちょうだい!!」


 奥様は僕の頬を更にギュッと抓って、おまけにボロボロ泣きはじめてしまった。


 ーーー今、僕を"息子"って言った…?!


 あまりの衝撃に僕は言葉を失い、ぽかんと口を開けることしか出来ない。


「ウィリアム、君のやったことは本当に素晴らしいし、君はシャノンの護衛を任されたのだから当然だろう。それに、君は優秀だから何かを感じてシャノンの元に行ったんだろう。だけどね…君一人なら仕方ないけれど、私達がいる。君はまず私達に話すべきだった。そうしたら、他の結果になっていたかもしれない」

「で、ですが…」

「わかっているよ。シャノンと私達を護ってくれて、ありがとう。でも、ウィリアムが死んだら何にもならないよ。お願いだから、今度は絶対に無茶をしないこと。いいね?」

「……はい。すみませんでした」


 殿下と奥様から怒られてしまった。本当に二人は心配してくれていたのだろう。二人とも眼の下に隈が出来ていて、少し痩せてしまったようにも見える。


 二人は僕を褒めた一方で、やり方を考えて護衛しろと言っているのだ。自らの命を落とすようなことをするな、と叱ってくれているのである。


 よかった、と繰り返し涙する殿下夫妻をみて、思わず僕も泣いてしまった。しばらく抱き合って泣いていると、モジモジとしているシャノン様に気がついた。


「ウィリアム様、改めて私からも御礼を申し上げますわ。私を護っていただいたこと、本当に…本当に感謝しております。ウィリアム様が居なかったら、今頃私は……」

「ははは。僕はシャノン様の護衛でしたから。当然のことをしたまでです。あなたが無事でよかった」

「それでも、です!本来なら、式典が終わった時点で私の護衛の任はなくなっていましたし、自らの身体を呈してまで助けていただいたのですから!感謝してもしきれませんわッ」


 顔を赤らめて、おまけに瞳に涙をためたシャノン様は僕の手を両手で握りしめて僕を見つめている。


 そんなシャノン様があまりにも綺麗で可愛くて、僕はふふふと思わず笑ってしまった。なんだかあんまりにも必死で、それがたまらなく可愛い。


 多分、次に同じことがあっても僕はまた同じことをするだろう。


「わ、笑わないでください…」

「すみません、あまりにも可愛かったので」

「は?はわ?!はわわわ!!??」

「あはは。あははは」


 シャノン様は更に顔を真っ赤にして、あわあわしている。ちょっとからかいすぎたかな?


 殿下はクックッと笑っているし、奥様は何故か頭を抱えている。


「アーロンに似てタラシになったらどうしましょう」

「心外だなぁ。昔から愛妻家じゃないか?」

「ほら、そういうところですよ!」


 なんの話だろう?と首を傾げつつ、僕は気になっていることを聞くことにした。


 まず一つは、僕があの後どうなったか。二つ目は、なんの毒だったのか。そして三つ目は、モカがどうなったか、だ。


「あの…僕はどうなったんですか?毒は?あの令嬢は?」

「ああ、それはね…」


 殿下曰く。


 僕は倒れた後、シャル様とシャノン様の回復魔法によってなんとか一命をとりとめた。しかし、毒の周りが思ったよりも早く、魔法で取り除いた後も意識が戻らなかったのだそうだ。


 毒は、不明。宮廷の医官に見せても、今まで見たことがない種類の毒なのだそうだ。なのに、モカは毒を手に塗っていても平気だったのだから、治療薬あるいは耐性があるのだろう。というのが医官の見解だ。


「あの令嬢…モカとかいったかな。私が衛兵に突き出したあと、見事に逃げおおせてね。今はどこにいるかわからないんだ。私の力及ばず、すまない。多分もうこの国にはいないと思う」

「そう…ですか」

「でも、一応あの日までの彼女の調べはついたんだ」


 モカ・テイラー。テイロブフェアリ王国の公爵家の妾の子だ。数多くいる兄弟姉妹の中でも特に容姿が優れており、魔法使いとしてもそこそこの才能があったのだそうだ。


 その容姿を生かし、テイラー公爵は娘モカを王国の王子の誰かに嫁がせようと考えた。その作戦は功を奏し、第三王子レオンが側に置くようになったのだ。しかし、だ。


 レオン王子はダンジョン攻略に失敗し、父である国王から王位継承権を剥奪された。


 レオン王子の失敗は、モカの失敗にも繋がった。レオン王子と懇意にしていた令嬢を側に置く王子はいない上に、テイラー公爵家への風当たりも強かったのだそうだ。


「そこで、モカは考えた。隣国に行って、隣国の王子を骨抜きにすればいい、ってね。兄上には二人皇子がいるから、どちらかに重用して貰えればと思ったんじゃない?でもうちの皇子達はそんなに馬鹿じゃないんだ」


 この国の皇子は、友好国や中立国から姫を娶るのが慣例でそれぞれ既に婚約者がいるのだそうだ。更に、どちらも大変仲睦まじいカップルなのだとか。そりゃモカに勝ち目はないな。


 モカにはもう何も残されていなかった。これに失敗したら、テイラー公爵家から支援は得られないだろう。そんな時に、シャノンの存在を知った。


 この国にいれば、いつでも教会の話題やシャノン様の話題が入ってくる。シャノン様が恨めしかったのだろう、と殿下は言ったが。


 ーーー多分、ダンジョンでのやり取りを知るシャノン様の口封じの方だと思うけど。


「ところで、ウィル。そのモカから、面白いことを聞いたよ。モカが捕まる前、君を見て『生きていたの?!』って言ったんだよね」

「!!」


 ハッとした。僕はとんでもないミスを犯したかもしれない。どうして思い至らなかったのだろう!


 ーーー僕がモカを覚えているのに、モカが覚えていないなんてこと、ない。


 僕は言い淀み、殿下から目を逸らした。どうしよう。どう説明したらいい?!


「あの…ウィリアム様。実は、私が殿下にお話ししてしまったのです。あの時、あのダンジョンで何があったのかを説明しなければ、モカさんとの関係を説明出来なかったのです」

「……そう、でしたか…」

「貴方は…あの時の、サポーターの『ウィル・ホッパー』様なのですね?」


 シャノン様が、申し訳なさそうに僕に教えてくれた。恐らく、モカの言葉から僕のことを思い出したのだ。


 ーーーこれはもうどうにも出来ないな。


 僕はため息をついて、ゆっくりと頷いた。


「…事情は聞いたよ。酷い目にあったね。可哀想に」

「なんて王子と女!ウィルになんて酷いことをするのかしら!」

「ああっ!よかった!!ずっと貴方を置き去りにしたことを後悔していたのです……ぐす、ぐす…よがったぁあ!!」


 ーーーあ、あれ?思ったのと違うな?!


 もっと、嘘つき!騙したな!みたいな感じなのかと想像していたのである。ちょっと拍子抜けだ。


 メソメソ泣いているシャノン様が言うには、毎日のように僕を置き去りにしてきたことを繰り返し夢に見るほどの罪悪感があったのだと言う。


「ですが…その、失礼ですが今とは全く違うというか…正直とても生き残れるとは思ってなかったのです。一体あの後、何があったのですか?」

「あ〜、ん〜、その、レイが…」

「レイ?この、もふもふの猫ちゃん?」


 千年考えた言い訳だが、果たして信じてもらえるだろうか?


「レイが助けてくれたんです。レイは珍しい霊豹と呼ばれる獣で、精霊と相性がいい。そして、僕は精霊と相性がよかったらしくて…精霊がレイを僕の元に連れてきてくれたんです」


 嘘ではないけど、本当でもない。だがこれ以上にいい説明もないと思う。


 殿下と奥様はレイをよく知っているから、うんうんと信じてくれている。ええい、こうなったら!


「レイ、元の大きさに戻ってシャノン様に挨拶して」

〈んにゃ?ンン〜〉


 レイにお願いすると、小さかったレイはみるみる大きくなり、僕の部屋一杯になるくらいまでになった。


 シャノン様も他の人も、流石にびっくりしたのかぽかんと口を開けている。


「レイ、挨拶!」

【ボクはレイ。猫じゃなくて豹だからね!】

「というわけでレイがキメラを食べてくれて、ってあれ?」


 みんな僕の周りにいたのに、既にみんなレイの周りで必死に話しかけたりレイを抱きしめたりしているじゃないか。


 ーーーあ、あれぇ?


「レイちゃん!あなたお話できたの?!」

「凄いなぁ!豹だったのかい?こんなに身体が大きいならもっとごはんが必要だよね?ダニエル〜」

「はわわわ!!!か、可愛い〜!!!」


 と、とにかく、僕の嘘はバレずに済んだ。なんか納得いかないけど。


「ま、一件落着ってことで」


 僕は思わず微笑むと、ゆっくりと眠りに落ちるのだった。

 



 


これでアランデール編終了です。次からは舞台が別の国に移ります。


ここまでお付き合いいただき、また評価やブクマをいただきありがとうございます!!!本当に嬉しくて…頑張れます!


この後は現在執筆中のため、週1回程度の不定期更新予定です。

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