17.僕、護衛する Ⅱ
「帰りたい…」
僕は殿下夫妻と再びアランデール城を訪れていた。先程は衛兵に城門前で待たされたので、中に入るのは初めてだ。
「あはは。ウィリアムは私達の食客ってことになっているから、丁重に扱われこそすれ、無碍にする人はいないよ」
「うふふ。大丈夫よ。私達のコだってひと目でわかるわ」
「ああ、そうだね。わかりやすいはずさ」
殿下夫妻は、馬車の中でそんなことを言っていた。僕は二人の家に居候している高貴な身分のお客様ということになっているらしい。もちろんみんな僕が平民だと知っているらしいけど、殿下が黒といえば黒なんだろう。
わかりやすい、というのは色だ。殿下夫妻と僕は色合いこそ違うがみんな緑を着ている。緑を身につけることができるのは殿下夫妻をおいていないのだそうだ。
つまり、僕は二人の『もちもの』だよ、とアピールしているのだ。ちょっと恥ずかしいな。
「アーロン殿下、ご夫人!ようこそいらっしゃいました。そちらは…?」
「ん?私達の大事なコだよ。ちゃんと許可あるから。はい、招待状」
「は、ハッ!失礼致しました!!どうぞお楽しみください!」
「ご苦労。さぁ行こうかみんな」
殿下にかかれば衛兵なんてなんのその。僕を怪しんだ衛兵も殿下に睨まれれば否とは言えない。
僕は二人に連れられ、殿下のお屋敷より数百倍は煌びやかな城をキョロキョロ眺めながら、会場へやってきた。
会場に一歩足を踏み入れると、そこは僕が今まで見たことがないような食事や服に調度品。全てがきらめいていて豪奢で美しかった。
殿下夫妻が入場した途端、あちこちに散らばっていた貴族達がまるで波のように襲ってくる。
「ああ財務大臣殿。お噂はかねがね…ああ、彼は私の大切な客人でね。今後ともよろしく頼むよ」
「私の大切なお客様なんですの。うふふ、皆様、お手柔らかに頼みますわね?」
殿下曰く、僕がすることは、作り笑いと堂々としているように見せることだけだそうだ。僕が喋らなくても、二人が勝手に対応してくれる。
そんなわけで、僕は二人の側をつかず離れずしていた。そろそろ食事をしたいけど、どうしたらいいかな?なんてぼんやり思っていた、そんな時。
「シャル様よっ!!」
「今日も麗しいわぁ…」
「シャノン様もいらしたわ!美しいわねぇ」
女性陣の黄色い声とともに、新たな入場者がやってきたようだ。つい先程まで護衛をしていたシャル様とシャノン様だ。
シャル様は黒い上品な礼装を優雅に着こなし、シャノン様は薄い黄色のドレスをこれまた優雅に着ている。先程の格式高い神官服とは違い、どちらもどことなくセクシーというか…色気がある。
あっという間にシャル様は若い令嬢やご婦人に囲まれている。シャノン様には若い令息が群がって行く。
「あれ…?変だなぁ」
シャル様とシャノン様の周りに光の精霊がほとんどいない。夜だからかな?
そんなことを思っていると、僕の前に忘れもしない人が現れた。
「王弟殿下。ご機嫌よう」
「ご機嫌ようレディ。見かけない顔だね?どちらのご令嬢かな?」
「お初にお目にかかりますわ。私、テイロブフェアリ王国のテイラー公爵家が次女、モカにございます。この国に留学をしている間、ランデル伯爵家にお世話になっておりますの。今後とも是非お見知り置きを」
ーーーモカ!?あの冷徹女じゃないか!!!
僕がはじめてのダンジョンでキメラに襲われた時に、僕を囮にして「私達の為に死ねて喜びなさい、平民」と言ったあの女だ。
あの時とは違い、今は驚くほど可憐に殿下に微笑んでいる。大きく胸元の開いた黒いドレスが可憐というより妖艶に見せている。
ーーー思い出したら腹が立ってきた!とはいえ、今ここでどうすることもできないけどさ…。
「ほほお、ランデル家にね…」
「? 何か?」
「いやいや。こちらこそどうぞよろしくレディ・モカ」
殿下にこの女の対応を任せ、僕はシャル様のところに行くことにした。見ていたら悪態をついてしまいそうだったし。
シャル様は、僕とチラリと目を合わせる。僕のことに気がついたようだ。もちろんすぐに視線は対話している人に向かっていたけれど、感触は悪くない。
僕はシャル様というより、精霊に用事があったので後ろに回り数少ない光の精霊をちょいちょいと呼んだ。
〈……なぁに?〉
「昼間より数が減ってるよね?どうしたの?」
〈…あんまり、いい気が流れてないから…ちょっと苦しいの……〉
「僕の周りの精霊は平気そうだけど…そうか。ありがとう、戻っていいよ」
コソコソと聞こえない程度に精霊と会話してみた。
どうやら、光の精霊にとって良くない場所のようだ。「気」というのは、精霊にとって居心地のいい魔力や清められたところを指す。街中よりもダンジョンの方が魔力が多いから、精霊も多いのだ。
確かに、なんとなく居心地の悪さはある。多分、魔力よりも人が出す負の感情が良くないんだと思う。光の精霊は特にそうした感情が嫌いだからなのだろう。
「ご機嫌よう」
僕は思わずその声の方を見る。その声の主ーーーモカは、シャノン様へと声を掛けている。
気づかれないようにさり気なく二人に近寄って行く。
〈ホッパー!何かやな感じ!〉〈変なの〜〉〈嫌な匂いする〉
僕の周りの精霊達がモカに近づくと騒ぎはじめた。どうにも嫌な感じがするらしい。
ーーーもしかして、光の精霊がいない原因はコイツか?
シャノン様はそんなことにはもちろん気がついていないので、モカに笑顔で対応し始める。
「ご機嫌よう」
「神官シャノン様にお会い出来て光栄ですわ!」
「ま、まぁ…お初にお目にかかります…」
「あらぁ?初めてだったかしらぁ?」
シャノン様がはじめましてと挨拶をすると、モカはとてもわざとらしく返した。
恐らく、シャノン様もモカもあの時あの場にいたことを覚えているのだ。僕はともかく、二人は地上まで一緒に出たはずだ。覚えていて当然かもしれない。
ピリッとした空気になったが、シャノン様はにっこり笑って「はじめましてですね」と改めていい直した。
「シャノン様、今後ともどうぞよろしく」
モカが負けず劣らずにっこり笑いながら、赤ワインを給仕からとって。
ーーーなんだか嫌な予感がする。
僕はするりとシャノン様の前に割り込んだ。きっと、二人の目には留まらないくらいの早さだ。
次の瞬間、モカはヨロリと脚を縺れさせた。
「あっ…?!」
「おっと」
パシャっ、と僕の服に赤ワインが溢れ、余り触られたくはなかったがモカの手や身体が僕の手や腕に触れた。僅かだが、モカに触られた所がヒリヒリする。
「きゃあっ!?あっ、ウィリアム様?!」
シャノン様が可愛らしい声をあげる一方、驚いた表情をしているモカ。これはこれで滑稽だけど。
そこで僕は漸くモカの本来の意図に気がついた。モカが初めからこの会に来たのは、自分の悪行を知るシャノンに口封じをすることだ。
ーーーこの女、ワインを掛けるだけじゃなくて毒殺する気か!
僕は素早く触られた手を背中に回して見えないように隠す。ヒリヒリを通り越して痛い。
周りが騒ぎはじめ、呆然とするモカとシャノン様。
「ウ、ウィリアム様!!ワインがッ」
「ど、どうして…!?」
「レディ、お気になさらず。私なら…大丈夫だ…」
僕の腕は今頃ジリジリと焼けつくように赤くなっているはずだ。後ろにいるシャノン様がそれに気がつかないはずはない。きっと僕の意図に気がついたはずだ。
それに、僕とシャノン様が注目された時点で。
「シャノン!どうしたんだい?」
「ウィリアム?おや、どうやらトラブルのようだね」
「お、お兄様…こ、これ…」
シャノン様が近づいてきたシャル様に素早く僕の腕を見せている。
殿下がすぐにやってきて、モカの前に立ちはだかる。シャル様も殿下も僕を一瞥すると、シャル様は僕とシャノン様をすぐに会場から連れ出し、殿下はモカに対応。
どんな話をしているかはわからないが、会場の空気が少しずつひんやりしているのを感じた後、僕の意識は朦朧としてきた。
ただ熱い。腕がひどく熱い。シャノン様に寄りかからないともう歩けない。
「ウィリアム様!ウィリアム様、お気を確かに!!」
「チッ、光の精霊が少な過ぎる!!庭に出て治療しよう」
「はいお兄様!」
僕はシャル様に抱えられ、王城の中庭に連れて行かれたらしい。なんとなく、光の精霊が集まってきている気がする。
遠のく意識の中、僕が唯一思ったのは…ジーナさんとオキナさんにもう一度会いたかった、ということ。レイにも、謝らなくちゃ…もっとあいつと旅をしたかった…
「ウィリアム!しっかりしろ!!神よ!彼の者を疾く癒したまえ!ーーーファスト・ヒール!」
「神よ!彼の者の毒を癒してくださいませっーーーポイズン・キュア!!」
意識がなくなる直前に聞いたのは、二人の僕の名を呼ぶ声と殿下の声だった。
多分貴族は手袋とかしていると思いますが、そこはご愛嬌ということで…
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