13.僕、感動する
翌日僕は早速、執事のダニエルさんとその息子だというミハエルさんに連れられ、厩舎にやってきた。ちなみにレイは奥様に媚を売って餌を貰っていてついて来なかった。あとで叱っておこう。
屋敷の巨大な庭の一部に沢山の馬がいる厩舎があり、その隣にその聖なる馬がいるという。
ギシギシと固く閉ざされた扉をダニエルさんが開けると、そこには白い身体と翼とキラキラと金に輝くユニコーンペガサスがじっと立っていた。
ーーーなんて美しいんだろう。
「と、とても気性が荒いので気をつけてください」
「わかりました。少し近づいてみます」
ダニエルさんとミハエルさんは扉を開けた時点で怯えて震えている。見た感じはとても大人しそうなのだが、近づいてみよう。
ユニコーンペガサスはじっと僕を見ている。
「凄いな…綺麗な羽根だぁ」
〈…それ以上近づいてきたら蹴り殺す〉
「近づかないよ。でも見ててもいいかな?」
〈…それならまぁ…〉
なんだこの子普通に話せるじゃないか。そういえば僕レイの時も普通に話せてたし、いつの間にか動物と話せるようになったのかも?
僕は意外に話がわかるユニコーンペガサスの周りに散らばる、ぬけた羽が綺麗だったから手に取って眺める。
〈ぬ?!お、おいちょっと待て!お前我の言葉がわかるのか?!〉
「ん?うん。だから近づいてないでしょ?」
〈そんな人間は見たことがないぞ!信じられん!!〉
「あはは。そうかもね」
ブルルッと口を震わせて、ユニコーンペガサスはスタスタと僕の前にやってきた。
その瞳が金色で、まるで宝石みたいだ。そっと手を伸ばしてユニコーンペガサスの首に触ってみた。不思議と、嫌がる様子はない。
ーーーなんだ。大人しいじゃないか。
僕は笑ってよしよしと撫でる。そろそろ本題に入ってみよう。
「ところで…君のことを殿下…えっと、ご主人様が心配しているんだ。食事をとらないこととか、あんまり外に出たがらないこととか。どうしたの?」
〈!! そうだ!お前に頼みがあるのだ!我は…我には沢山の魔力が必要なんだ!!!〉
「えっ魔力?なんで?」
〈仔を産むからに決まってるだろう!!!〉
ぽかん、と僕は口を開けてしまった。まず雌だったの?それに、お腹も膨れてないし。
〈このままでは仔が死んでしまう!!〉
「ま、待って待って!妊娠しているの?今のままだと赤ちゃんが死んじゃうの?」
〈そうだ!妊娠しておるというのに、魔力のない草や水ばかり。外に出ないのは出ないわけではなく魔力が不足して出れんのだ!頼むッ!我はどうなっても良い!!無事に仔が産まれたならば使い魔にでも、殺処分でも好きにするがいい!だがこの仔だけは…〉
僕は自分の無知さと浅慮を痛感した。
このユニコーンペガサスは雌で、妊娠していた。そこを捕らえられ、ここに来たのだ。ユニコーンペガサスは聖なる馬とはいえ魔物だ。だから、魔力がないと生きていけない。この子は子供を守るために人を寄せ付けずジッとしていたのだ。
腹が膨れていないのは子供に魔力を与えられず、発育が遅れているのだろう。よく見れば、母体の魔力も僅かだ。必死に子供に魔力を与えているのだろう。
すぐに僕は、僕自身の魔力を与えることにした。
「大丈夫。僕が君たちを死なせやしない」
〈あ…ま、魔力…魔力をくれるのか!〉
「頑張ったな…沢山あげるから、少し休んで。すぐにいいご飯を用意するからね」
〈う、うう……うう…!〉
僕は涙を零すこの子から更になんの草がいいのか、何が食べたいのかを聞いた。急いで用意してもらおう。
魔力を与えながら撫でていると、ぐったりと身体を横たわらせた。眠りにつくようだ。
ーーー急ごう!
「ダニエルさん!今から僕が言うものをすぐに買ってきてください!ありったけです!!」
「は、はい!?」
ダニエルさんとミハエルさんに買い出しを任せ、僕は殿下に状況を説明した。
殿下と奥様はとても驚いたようで、僕と同じようにあちこちに使用人を走らせた。
ーーー絶対に回復させてやるからな!
僕はそう決心しながら、ユニコーンペガサスのもとに走った。
◇
「だいぶお腹が大きくなったねぇ〜。よしよし」
〈うむ。順調に育っているぞ〉
それから、何日も僕は自分の魔力を与え食事も魔力がたっぷり含まれた果実と野菜に変えた。
ようやく彼女は魔力を回復し、子供にも魔力が沢山行き渡った様でみるみるお腹が膨らんだ。そのおかげで、彼女自身も精神的に安定したのだろう。誰にでも身体を触らせるようになった。
「今日の調子はどうだい?」
「あ、殿下!順調だと言ってますよ」
〈主人か。ウィリアムのおかげで我は安心している〉
殿下にもそれは例外ではなく、殿下が首筋を撫でると嬉しそうにする。最近は殿下を乗せてカポカポとその辺を散歩しているくらいだ。
僕の最近の仕事は体調管理と出産準備だ。何しろ、ユニコーンペガサスの出産なんてどんな使用人も知らないのだから。なんとかして無事に産ませてやりたい。
「ウィリアム、何か必要なものはないかい?何でも用意してあげるから、遠慮なく言いなさい」
「だって。何かいる?」
〈十分だ。本当に感謝している〉
殿下は出産を楽しみにしていると同時に、とても心配しているのだ。
彼女は、もし何かあったら子供を優先しろと言うばかりで特に欲しいものや特別なものは要らないのだそうだ。母強し、ってやつかな?
いつ産まれるのかは彼女にもわからないそうで、それでももういつ産まれてもいいくらいには育っているらしい。
「ウィリアムのことを兄上に話したら、いたく感激していてね。今度会ってみたいって言っていたよ」
「陛下が?僕に?……で、できれば会いたくないですね…」
「ははっ、私がウィリアムのことを褒め過ぎちゃったんだ。でもまぁ、会うことになると思うけどね」
「ないですよ〜僕はただの冒険者ですから」
毎日こんな風に殿下と話をしながらユニコーンペガサスの世話をするのは本当に楽しい。殿下とは親友のようで、兄のようで大家さんでという不思議な感じだ。
僕には家族がどんなものか分からないけれど、きっとこんな感じなんだろうなと思う。
「少し休憩でもしよう。ルナとレイのお茶の時間だからね」
「そうですね」
「ダニエル、ルナに行くって伝えて」
「はい旦那様」
そのあと僕はみんなでお茶をして、まるでこの家の猫みたいになっているレイをもふもふ。レイは昼間は奥様と一緒にいるが、夜には僕の部屋に入ってきて堂々とベッドに寝ている。
僕は数ある部屋のうち、一番小さい部屋を貰った。屋敷の一番端にある部屋だが、一人で過ごすにはかなり広い。ベッドとソファーと本棚とクローゼットだけだったのにいつのまにか色々な家具が増えていてびっくりする。
殿下夫妻は僕専属の使用人としてダニエルさんの息子のミハエルさんを用意してくれた。正直僕には不要だったが、ミハエルさんは意外と嫌じゃないみたい。
「うーん、次は『スペルワールド』に行って…東亜国に行くなら途中に『三種の神器』と『海底神殿』にも行っておきたいな」
僕が唯一夫妻に頼んだ物がある。『世界ダンジョン図鑑』という分厚い本だ。この世界にある発見されている全てのダンジョンを記した図鑑で、それぞれのダンジョンについて詳細に書いてある。
ユニコーンペガサスの出産を終えたら、次はこの国にあるもう一つのダンジョン『スペルワールド』に行くつもりだ。
ーーーどんなダンジョンでどんなムジナに会えるのかな?
パタン、と僕はダンジョン図鑑を閉じた。さあ寝ようと、動き出した時。
「ウィリアム様!始まりました!!」
「! わかりました、すぐに行きます!」
ミハエルさんがノックも忘れて僕の部屋に飛び込んできた。
ーーー産気づいたみたいだ!!
僕達は急いでユニコーンペガサスの元に向かう。彼女は既に陣痛が始まっているのか厩舎の部屋をうろうろしている。
専門家ではない僕ができることは見守ることと水や藁を万端に整えることしかできない。じきに、獣医さんがくる手筈になっている。
〈まだ出てくるまでしばらくかかりそうだねぇ〉
「レイ。わかるのか?」
〈なんとなく?ボク雄だからはっきり言えないけど…〉
「そっか」
寝ていたはずのレイも、僕と一緒に出産を見守るつもりのようだ。
それからは殿下夫妻が来て、獣医さんが来てと急に慌ただしくなり、みんなそわそわと誕生を待つことしかできない。
一晩中そうしているうちに、獣医さんの表情が曇った。
「お産に時間がかかり過ぎています。このままだと胎児が危険です!」
「そ、そんな!どうしたらいいんですか?」
「恐らく、翼が引っかかってしまっているんです。出ている後脚を引っ張ってみましょう」
普通の馬とは違い、翼と角を持つユニコーンペガサスだから翼が引っかかって出てこれないのかも、と獣医さんはなんとか胎児を出そうとするようだ。
母馬の彼女もそれは理解していたのだろう。
〈仔が死んでしまう…!!〉
「頑張れッ、せーのっ!せーのっ!!」
〈ぐ、ぐぅうぅ…!?〉
格闘すること数十分。僕達は祈るような気持ちで、仔馬の誕生を今か今かと待ちわびる。
獣医さんの「出たぞ!」という言葉に、ホッと安堵した。仔馬は動き出し、ヨロヨロと立ち上がる。
ーーーよかった!本当によかったよ!!
「よかった…ぐす……無事に産まれてくれて本当に良かったっ」
〈ウィル泣いてるの?〉
「だって感動して…!凄く頑張って産まれてくれたんだよ!」
感動して泣く僕に、レイが不思議そうな顔をしている。こんなに素晴らしい出来事に泣かない方が不思議だよ!
あとは獣医さんに任せることになり、僕達は朝になってようやく眠りにつくことができたのだった。
ダンジョンにしばらく行けないウィリアム君
なんだかジワジワとブクマが…?!何卒評価もお願い致します。
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