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12.僕、居候になる



 商会から馬車に乗ること十分ほど。なぜか馬車は商会のある街中を抜け、富裕層が暮らす城に近い場所へ入っていく。


 この街は、ざっくりとだが皇帝が暮らす城を中心に、周りに貴族や富裕層の屋敷があり、その更に外側に平民が暮らす城下町がある。


 これは昔戦争があった時代の名残らしい。最近は貴族も特に気にせずに町中に家や屋敷を持っているが、それは本当に一部分だ。


 ーーー城にドンドン近づいている。もしかして、城に…?!


 僕はドキドキしながら、馬車の外を眺めていることしかできない。馬車が動きを止めたとき、城ではなかったことに安堵したのは秘密だ。


「着きましたよ。ここが、リアム様にお勧めしたい物件です」

「ちょっ、ロイドさん!ここは屋敷じゃないですか!」

〈すご〜い!でっかい庭だねぇ〜〉


 現れたのは城…に近いくらいの屋敷だ。ロータリーに馬車をつけるため、執事さんが屋敷の門番らしき人に取り次いでいるようだ。チラッと周りを見ると、たくさんの魔法で敷地全体を守っている。


 レイも珍しいものを見たからか起きてきて、屋敷の脇にある広い庭に感動している。ちなみにロイドさんより執事さんがレイにメロメロで撫でたくてそわそわしていたりする。


「…心配はしていないのですが、くれぐれも怒りを買うようなことはしないでくださいね」

「はい?!」


 不意にロイドさんがそんなことを言った。


 ーーーどういうことだ?!


 馬車から降りるとき、ロイドさんが言った言葉の意味を理解するまもなく、ロイドさんはスタスタと先に行ってしまう。


 大きな扉が開くと、広い玄関。ずらりと並ぶ使用人。どうやら貴族の屋敷のようだ。壮年の執事がロイドさんに近づいて、頭を下げた。


「これはロイド様…と、そちらは?」

「ええ。彼はウィリアム様です。殿下には、例の冒険者だとお伝えくだされば」

「かしこまりました。しばらくお待ちを」


 僕はロイドさんとこの屋敷の執事の話を聞くこともなく、屋敷の豪華さに気を取られていた。あのでっかい絵とか花瓶とかいくらなんだろう?使用人何人いるのかな?と言った感じに。


 使用人達は、メイドや執事の格好の人が多い。だからだろうか、若い人はほとんどいないようだ。


 レイと僕はキョロキョロと辺りを見回してしまう。


「ロイド。出迎えが遅くなってすまないね」

「ごめんなさいね。わたくしの支度が遅くなってしまったの」


 目の前の豪華な階段から、美しい二人の男女が降りてきた。どちらも若く見えるが、おそらく初老くらいの年齢だろう。そばには先程の執事さんがいる。


 僕はへえ〜と何気なく二人を見ていたが、ロイドさんは素早く片膝をついて礼をした。


「殿下。奥様。ご機嫌よう」

「はえ?で、殿下?殿下?!」


 ーーー今、ロイドさんは殿下と言わなかったか?!


 慌てて僕もロイドさんと同じように片膝をついて頭を下げる。殿下といえば、とても高貴な身分に使われる敬称だ。訳のわからぬまま、冷や汗をかいてしまう。


「殿下、この者が例の優秀な冒険者でございます。彼ならば、お二人のお力になれると存じます」

「二人とも、そんなに畏まらなくてもいいよ。私達はもう引退した身だし、あんまりそういうのは好きじゃないからね。…それで、君の名前は?」


 僕はふぅっと僅かに息を吐く。困った時こそ冷静にだ。オキナさんの教えはいつだって僕を助けてくれる。


 ジッとして様子を伺っていると、殿下が僕に近づいて右手を差し出した。なるほど、挨拶をしろということか。


「初めまして。冒険者のウィリアムと申します」


 自分も殿下に右手をだし、握手を交わす。


「ウィリアム君か。私はアーロン・フォン・アランデール。こっちは妻のルナ。…ロイドからいつも話を聞いているよ。あえて嬉しいな」

「ルナですわ。私もあえて嬉しいですわ!」

「ウィリアム様、この方は我が国の皇帝陛下の弟君ですよ」

「お、おおお王弟殿下…?!えっえっ?えええぇぇぇぇ!?」


 優雅ににっこり微笑むこの目の前の男性は、貴族は貴族でもなんと皇帝の弟君だった!僕の驚いた様子に、夫婦二人して笑っている。


 ーーー何これ?僕どうしたらいいの?!


 殿下は僕達を立たせ、別の部屋に案内してくれる様だった。二人とロイドさんはお互いに楽しげに話しながら、階段を登る。


「二人とも、お茶でも飲みながら話をしないかい?ダニエル、支度を」

「はい旦那様。すぐにご用意致します」


 どうしよう。完全にこれは場違いなところに来てしまったぞ。大体、僕の今の服は見た目こそ普通だが魔法使いのローブだし、僕もレイもダンジョンを出てすぐだから叩けばホコリが舞うくらいには汚い。


 それでも、殿下達は気にする様子もなく壮年の執事ことダニエルさんにお茶の用意をさせた。


 そう言えば、さっきロイドさんが「二人の力に」とか話していたな。もしかして、何か僕に頼みたいことがあるのかも。


「ウィリアム君、ロイドから聞いたけど『デリシャスアイランド』に行ったんだって?美味しかったかい?」

「はい!行ってきました!ミルクの実も、クロコフロッグも虹色サーモンもすっごく美味しくてっ!たくさんとってきちゃいましたよ〜あはは」

「虹色サーモン?!ウィリアム君、虹色サーモンを持っているのかい?」


 所変わって、僕たちは穏やかな日差しが差し込む部屋で紅茶を頂いている。僕には紅茶の善し悪しはわからないけれど、この紅茶がとんでもなく高価で美味しいだろうことはわかる。


 ロイドさんは僕がダンジョンに行ったことを殿下に話していたらしく、殿下も奥様も僕の話に興味津々だ。


「私は虹色サーモンが大好物でね。是非買い取らせてくれないかい?」

「まぁ、私もミルクの実が欲しいわ!食べても美味しいのですけれど、美容にもとってもいいのよ」

「いやいや、差し上げますよ!僕達だけじゃ食べきれないし…」


 もちろんレイがいるから確実に食べ切れるのだが、それは秘密にしておこう。お金を受け取ってもいいが、今現在お金に困っていないし、押し売りみたいでなんか嫌だったのだ。


 僕は、虹色サーモンとミルクの実をあるだけ異空間から取り出した。ざっと50匹のサーモンと十個の実が殿下の前に置かれた。


 殿下達は大層喜んでくれた。よかった!


〈食べたい!〉

「しっ、大人しくしてろ!」

〈お腹空いてるんだよぉ〜〉

「我慢しなさい!」


 腹を空かせたレイが騒ぎ始めた。僕は小声で叱り、むんずと膝に座らせて無理やり大人しくさせた。


 そんな様子を奥様はジッと見ている。どうしたのだろう?


「ウィリアム君は猫と話ができるのかい?可愛い猫だねぇ〜ルナは猫が好きだから、触らせてやってくれないかい?」

「一応?使い魔なので、何となく言っていることがわかるんです。レイ、噛み付いたりしちゃダメだからね?」

〈そんなことしないってば〜クッキーにゃん?にゃぁあん♡〉

「まあまあ可愛い子!レイちゃんおいでなさい。クッキーをあげましょう」


 レイは奥様に抱っこされ満足げにクッキーを食べ、隣にいた殿下からもちゃっかりクッキーをもらっている。何という図々しい猫だ。


 そんなことをしているうちに、小一時間が過ぎた。そろそろなんのために来たのかを忘れはじめた頃。


「殿下、例の話を…」

「あ、ごめんごめん。忘れていたよ」


 ロイドさんがそろそろ、といった様子で話に入ってきた。


 ーーーそういえば僕、物件を探してたんだよな。


 その話かなぁと思っていると。


「君はとても優秀な冒険者だとロイドから聞いたよ。それに、冒険者ギルドのグランドマスター『常勝無敗のアッシュ』に勝ったって話も聞く」

「いえ…そんな。アッシュさんが手加減してくださったから…」

「ふふ。じゃあ、S級のワイバーンを倒したことはどうだろう?」

「それもたまたま…」


 まさかロイドさんそんなことまで話したのか。なんだか恥ずかしいな…。


 僕はぽりぽりとこめかみを掻きながら、苦笑いで誤魔化した。


 確かに、アッシュさんと戦って勝ったけどそれはアッシュさんが手を抜いてくれたからだし、ワイバーンを倒したのも成り行きだ。おまけにあのワイバーンは弱い個体に決まっているしね。


「そんな君の実力を見込んで、お願いしたいことがあるんだ」

「お願い?」

「そう。実は、つい最近ようやく城仕えをやめて引退してね。引退したのはいいんだけど、兄上から厄介な…いや、大変なもらいものをしてね」

「はぁ…厄介なって、どんなものですか?」


 殿下は皇帝の弟として主に財政を担当していたらしい。それをなんとか引き継いで、悠々自適の隠居暮らしを始めることにしたのだそう。


 皇帝陛下は引退の栄誉と記念に大切なモノをくれたのだそうだが、どうもそれが手に負えないらしい。


「聖なる馬『ユニコーンペガサス』だよ」

「へぇ…そんな馬がいるんですねぇ」

「…今時子供でも知ってるくらいには有名なんだけど…ま、まぁいいか。その馬はとにかく世話が大変なんだ!食べ物も水も滅多にとらないし、外にも出ないし誰にも懐かないんだ。陛下からの贈り物の手前、死なせるわけにもいかないし」


 『ユニコーンペガサス』は額に大きな角を持ち、その身体に美しい翼のついた馬である。魔物ではあるが知性があり、この国では初代皇帝アランデールが所持していたのだという。


 この国では密かにユニコーンペガサスを探す部署があり、代々皇帝が即位した時に使い魔にするのだそうだ。


 今代の皇帝陛下は弟であるアーロン殿下にもその聖なる馬を贈ったのだ。


「あの…それで僕にどうしろと?」

「その子のテイムをお願いしたいんだ。そのかわり、報酬も弾むし、今後この屋敷を好きに使ってくれていい。成功したら更に報酬を支払うよ」

「テイム?僕が?無理ですよ!僕よりテイマーの専門家とかに頼んだ方が…」


 僕はぶんぶんと頭を振って、恐れ多いと断った。


「そうか〜困ったなぁ。うまく行ったら、東亜国に紹介状を書いてあげるつもりだったのに…」

「ウィリアム様、東亜国は小さい故に唯一冒険者ギルドがない国ですから、ダンジョンは国が管理しています」

「え?つ、つまり…!」


 ーーー東亜のダンジョンに行けるってこと?!


 東亜国は小さな島国で、エルフが住むという謎多き国だ。基本的には一般人の往来は輸入船に限られており、詳しい話がわからない不思議な国なのだ。恐らく、この世界で一番行くのが難しいダンジョンだと思う。


 殿下と奥様はにっこりと、いや悪魔の様に微笑んでいらっしゃる。ロイドさんもニヤニヤしているところを見ると、これは絶対に僕は嵌められた!


 しかし僕は願ってもない報酬に、本当に、本当に仕方なく!依頼を受ける決心をした。


「し、仕方ないですねぇ…ロイドさんの紹介じゃ断れないなぁ〜」

「おやおや」

「よかった!受けてくれるんだね?嬉しいよ!!やっぱり君は素晴らしい冒険者だね!」

「グッ…なんか悔しい……」


 こうして僕は、アランデールの皇弟殿下夫妻の屋敷に居候することになったのである。


 




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