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10.僕、運動する



 レイを穴から引っ張り出した僕は、デリシャスアイランドを出ることにした。このデブ猫、全然穴から出てこなくて感動のお別れだったのに一度戻った。


 当然、僕がいない間数億年はここにいたわけで。倍くらいに太っていた。信じられない。


 もはやデブ猫通り越して豚に近いかもしれない。


「ぶはっ!子猫になってもおデブ!あはは」

〈なっ!!猫じゃなーい!!デブじゃなーい!!!〉

「はいはい。ちょっと太めの豹ね」

〈ふ、太くないもん…〉


 レイに子猫のサイズになってもらったのだが、あのすらっとした可愛い子猫はもういない。いるのは太々しい太めの猫だ。


 ーーー早くダイエットさせないと!


 ちょうどいい。入り口に戻るならレイに乗せていってもらうとしよう。痩せるには適度な運動と適度な食事制限ってわけだ。


「運動しよう。僕を入り口まで運んでくれる?」

〈え〜?ヤダよ〉

「レイ?」

〈な、なんだよう〉

「レイ」

〈……わ、わかったよぉ〜!!乗せればいいんでしょ!〉


 運動したがらないレイに、無言の圧をかける。渋々といった感じでレイは僕を上に乗せてくれた。なんか乗り心地が…やっぱり運動させよう。


 いくらおデブになったとはいえ、レイはやっぱり軽やかだった。濡れたくないレイは、風を纏って軽やかに水面を走り抜ける。風魔法で沈んだり濡れたりしないようにしてるんだね。


 あっという間に浜辺に着くと、そこから先は地面だ。ピュンと加速して、次に視界が定まった時には既に入り口に戻ってきていた。


 冒険者達が何故かギョッとしているけれど、僕たちは気にせずに外に出た。


〈疲れたぁ〜お腹空いたよぉ〉

「いっぱい食べたんだからしばらくご飯なし」

〈酷い!ウィルの鬼!悪魔!〉

「なんとでも〜はっはっは」


 レイは早速文句を言っているが、運動しただけマシだろう。ちょっとは痩せるといいけど。僕はそんなことを思いながら、子猫になったレイをフードに入れた。


 にゃん、と言うレイは可愛いがフードはいつもより重い。首が痛くなっちゃうよ。


 外に出ると、ちょうど朝日が登るところみたいだ。僕がダンジョンに入る時には昼だったから、半日ちょっとで出てきたことになる。


「ギルド職員さんにカードを見せなきゃね」


 ダンジョンに入る時に出して、帰ってきたらまた出す。ギルド側が生死を確認するためだ。


 前のダンジョン『精霊の泉』で僕が死んだことにされたのは帰りのギルドカードが出されなかったことが理由だ。もちろん、王子達が帰ってきた時点で騒ぎになっていたけれど。


 僕はダンジョンの入り口にいる職員さんに声をかけた。


「リアムさん!戻られたんですね!踏破しちゃったりしました?!」

「いやぁ、浜辺に行って帰って来ちゃいました!このダンジョン、宝箱とか無いんですかね?」


 ダンジョンには既に誰かが攻略してダンジョンの宝や魔物、マップなどの詳細がわかっているものと、未だに踏破されないところがある。この『デリシャスアイランド』はその一つなのだ。


 実は、ダンジョンを初めて踏破した冒険者にはランクアップと報奨金が支払われる。そのダンジョンの難易度が高ければ高いほど、報奨金は高くなる。


 しかし、踏破を報告するということはダンジョン攻略の全てを冒険者ギルドに公開しなくてはならない。僕の場合は穴のことも含めて話す気がないので踏破しても言うことはないだろう。


「それがわかったら億万長者になれますよ!あはは」

「そうですねぇ〜いやぁ、残念だったなぁ」


 ちなみに、このダンジョンの最後の宝箱の中身は『ミルクの実の種』である。これがわかったら多分奪い合いになるな。


 今まで踏破されたことがないのは、このダンジョンの場合踏破=ムジナ化なので、「外に出られない」から踏破した報告がないのだろう。


 黙ってニコニコしていると、ギルド職員さんが言った。


「やっぱり…このダンジョン、簡単な割に踏破されないんだよなぁ」

「ダンジョンって奥が深いんですよねぇ」

「えーっと、あ、カードお返しします!あ、そうだ。ロトラの街でワイバーンが確認されました。もし近くを通る時は気をつけてくださいね!」

〈ワイバーンは美味しくない…〉


 ロトラの街と聞いても僕にはさっぱりだ。へぇ、と頷いた時、急に雲が僕の上に来たのか少し暗くなった。


 チラッと上を見上げると。


「ええっと、もしかしてアレ、ワイバーンだったりします?」

「へっ?!」


 僕は長年冒険者をやっているが、ワイバーンを見たことはない。ワイバーンの魔物ランクはA〜S級と言われている。D級冒険者だった僕には縁がなかったのだ。


 ワイバーンはドラゴンに似た姿をしているらしいが、ドラゴンと違って知性がそれほど高くないとか。そもそも僕、ドラゴンを見たことがないからそれすらよくわからない。


 感想としては…意外と大きいんだなぁ、くらいだ。大きくなったレイくらいはあるかな?


 そんな大きなワイバーンがちょうど太陽を背中に飛んでいる。あと少しでこのダンジョンがある街に来るだろう。


「ぎゃあああ!!!に、逃げろー!!!」

「え?」

「ギルド本部に連絡しろ!」

「急げ!!ダンジョンの中にいる冒険者達に知らせろー!」

「えっ?ええ?!そんなに強いんですかアレ?」


 ギルド職員さんとダンジョンの入り口付近にたむろしていた冒険者達が騒ぎはじめる。どうやら相当やばい事態らしい。


 レイはワイバーンに興味がないようで寝ているし、僕自身あまり脅威を感じてはいないのだが。


「この時期のワイバーンは繁殖のために気性が荒くなるんです!ロトラの街も散々暴れて食料を奪われた上に怪我人が出ているみたいなんです!!リアムさんも早く逃げましょうッ!」

「それは酷いな…」

「さあ早く!!」


 騒ぎを聞いた冒険者達が次々に逃げ出す中、僕はじっとワイバーンを見上げる。


 クックさん曰く、


『食材を無駄にする奴にはちゃんとわからせてやらねばなんね。粗末にする奴おったら、ぶっ飛ばしちまうんだど!!』


 という料理人の矜恃を持たねばならないといけない。


 ーーー食材を粗末にするワイバーンはぶっ飛ばさないとな!


「食材を粗末にするなんて悪い子だなぁ…えい!」


 まだ少し距離はあったが、僕はワイバーンにお仕置きすることにした。


 魔力で作った紐状の縄を、上空のワイバーン目掛けて放つ。ロープという魔法だ。僕はその縄をグイッと自分に引き寄せる。


 ワイバーンはジタバタしながら、僕の上空まで引っ張られた。そのまま僕の前に墜とす!これで攻撃しやすくなったな。


 ズドォン!と凄い音を立ててワイバーンが墜落した。


「皆さん危ないから下がっていてくださいね〜」


 言うと同時に、僕はアース・ランスを三つ作ってワイバーン目掛けて放つ。土の槍を下から突き刺されたワイバーンだったが、その程度では死ななかった。


 咆哮を上げて、ワイバーン最大の攻撃であるブレスを吐いてくる。煌々とした炎が僕を襲う。


 ーーーええ?こんな弱々しいブレスなの?


 その強力なブレスとやらは、僕が作った保護結界に弾かれた。単純保護結界というのはいわゆる身を守るバリアのことだが、単純とある通り一層だけ魔力を使った層を自分の周囲に張る魔法だ。


 そんな簡単な魔法で防げてしまうブレスって…ワイバーンの魔物ランクは正しくなさそうだ。


 僕は未だに暴れてブレスを吐くワイバーンに、とどめの一撃。


「悪い子にはお仕置き!」

「GYAOOOON!?」


 アイスロックで瞬間冷凍だ。アイスロックという魔法はその名の通り氷の岩を作りだす魔法だ。それでワイバーンを丸ごと氷漬けにしてやった。


 パキパキと音を立てて凍てつくワイバーン。


 そういえば、ワイバーンの素材って売れるのかな?ギルド職員さんに聞いてみるか。


「ああ、職員さん。ワイバーンって売れます?」

「ひぇっ!?も、ももも勿論ですよ!」

「へぇ。じゃあ貰って行こう」


 僕の後ろで何故か尻餅をついて震えているギルド職員さんに、ワイバーンが売れるのか聞いてみた。よくよく聞いたら、その肉以外はなんでも売れるそうで、特に皮は高く売れるそうだ。


 僕は異空間を開いて、ワイバーン(氷漬け)をひょいと持ち上げて収納した。


 ーーーそういえば、虹色サーモンもいっぱい獲ったんだった。ロイドさんに渡しにいかないとな。


「じゃ、僕アランデールに戻ります。また気が向いたら来ますね〜!」

「は、はい…お気をつけて…」


 レイを叩き起こして、アランデールまで行くぞ!と言ったら眠そうだったけれど、ちゃんと乗せて走ってくれた。


 アランデールに着いたとき、あんなに太っていたレイが元に戻っていて驚いた。解せぬ…なぜ急に…痩せ体質か?!


 こうして僕はレイのダイエットに成功したのだった。







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