第10話 ニーナ
ルシフさんとガレアスさんと最後に会ってからだいたい一か月くらい経った。
あれからCランクの依頼を恐る恐る三人で受けてみたら、驚くくらい簡単に討伐達成できてしまった。
ルシフさんたちに手伝ってもらった謎の荒野だと、今考えたら不思議なくらい自分と敵の強さの差がほとんど変わらなかったので、実感として自分がどのくらい強くなったのかいまいちわかってなかったのね。
ルシフさんたちと一緒に行った下位のバジリスクの討伐も、あっさりと達成できた。
他にもオーガやトロルなど、今までなら考えられないような相手でも余裕を持って討伐できた。
冒険者ランクもすぐにBにあがり、Aだってそう遠い話ではない気がしてくる。
約束のSランクだって、言うほど無理じゃないのかも。
そう考えるだけで嬉しくなるけど、強くなっていいことばっかりってわけじゃなかった。
強くなってというか、いきなり強くなりすぎちゃったからだけど。
今までのあたしたちを知っている冒険者たちが顔を見るたびにどうやって強くなったのか聞いてくるようになってしまったの。
そのたびにあたしたちは「モンスターをいっぱい倒しました。」って答えてたら、そのうち聞いてこなくなったからいいけどね。
一応嘘は言ってないし、仮にホントのことを全部話したってどこまで信じてくれるのかわからないし。
もちろん全部話すつもりはなかった。
ルシフさんは軽く教えてくれたけど、たぶんあれはきっと大事な秘伝の技術とかそんなものに違いないとあたしたちは思っていたし、みんな口には出さないけどルシフさんたちが普通の人じゃないってわかってたと思う。
でも、悪い人じゃないってことも十分あたしたちは知ってたから、あえて広めるようなことはしたくないって思ってた。
だから多少の注目を集めることくらい、鍛えてくれた恩に比べたらなんでもなかった。
あたしたちが速く強くなればなるほど、あたしたちの力で救える人たちが増える。
そう思ってまずはAランク目指していつものように依頼を終えて宿に戻ろうとしたとき、一人の男が話しかけてきた。
「はじめまして、ロイさん、ウィルさん、ニーナさん。僕の名前はマルク。ルシフさんの知り合いです。」
「ルシフさんの知り合い…ですか?」
「はい。昔お世話になったことがありまして、それ以来情報収集などお手伝いさせてもらっています。」
マルクという男はニコリと笑いながらそう言った。
「そうなんですか。それで、何か御用ですか?」
正直信じていいのかよくわからないので、ロイが困惑気味に問いかける。
「ええ、実はルシフさんから伝言がありまして。今二人はグラストン帝国にいるんですが、少し手が必要になったということで、お三方を呼んできてほしいということでした。」
「ルシフさんたちが?あの人たちなら二人でなんでもできそうだけど…。」
「ええ、それが…」とマルクは少し声を抑えて「ルシフさんたちは不思議な力を持っていますが、今回は目立たないように行動したいみたいなんです。それで、あなたたちと一緒なら多少人目がまぎれるだろうと言っていました。」
ルシフさんの力を知っているような口ぶりに、あたしたちは若干気を許してしまったみたい。
「そういうことでしたら、わかりました。とりあえずいったん落ち着いて話を聞かせてください。」
そうロイが言うと、「それでは…。」と少し考えた素振りをして密談のしやすい裏通りの店に行きましょうと言ってきた。
完全に信用したわけではなかったけど、今のあたしたちなら話を聞くくらいしたってどうってことないって少し慢心していたのと、本当の話だったら絶対ルシフさんたちの力になりたいって思ったから、素直について行ってしまった。
その後人気の少ない裏通りにある小さな飲み屋みたいなところで、軽くお茶を飲みながら話を聞いていたんだけど、途中からだんだん頭がボーっとしてきて眠くなっちゃったの。
ロイとウィルも同じだったみたいで、意識がなくなる直前にみんな嵌められたことに気づいたけど、その時にはもうどうしようもなかった。
レベルがあがってステータスはあがったけど、状態異常の耐性なんてあたしたちは持ってなかったのだから。
次に目覚めてからはあんまり思い出したくもない。
三人とも暗い部屋で太い鎖でつながれて椅子に座らされていた。
知らない男が何人もいて、「短期間で力をつける方法を放せ。」とか「ルシフたちについて知っていることを教えろ。」とかいろいろ聞かれた。
こんな問答無用で手荒な真似をする人たちにルシフさんたちに教えてもらった世界の理について教えたらどんなことに悪用するかわかったもんじゃないし、あたしたちは「ただモンスターを倒して経験を積んだだけだ。」としか言わなかった。
実際にレベルアップについては話したところでルシフさんたちの協力がなければできないことなので、それをあたしたちが話してしまったら今度はルシフさんたちがこの人たちに狙われることになってしまう。
ぜんぜん話さないあたしたちに苛立って男たちが殴ったり蹴ったりしてきたけど、レベルに差があるのか男たちが思ったよりあたしたちを傷つけることはできなかった。
鎖さえなければ、と思ったけど、なぜだか体に力が入らなくて鎖をちぎることは難しかった。
部屋に甘い匂いがただよっていたので、なにかの毒だったのかもしれない。
ロイとウィルは何度も「ニーナだけは解放しろ!」と男たちを睨みつけて言ってくれていたけど、そんなこと聞いてくれるはずないってわかってた。
そのうち男たちのうちの一人が部屋から出て行ったかと思ったら、怪しい小瓶を持って戻ってきた。
「俺たちもこんなことしたくはなかったんだが、話してくれないお前らが悪いんだぜ?」
戻ってきた男がから小瓶を受け取ったもう一人の男がそう言いながら無理やりウィルの口に小瓶を押しあてた。
小瓶の中身を飲まされたウィルは見るからに苦しそうな表情になり、うめき声をあげ始めた。
「これは西の砂漠にいる猛毒のサソリから採取した毒なんだが、すぐに解毒剤を飲まないとあっと言う間に死んじまうんだ。お前らが話してくれないと、こいつが死ぬぞ?」
小瓶を持ってきた男がニヤニヤと汚い笑みで説明してきた。
どうせ解毒剤なんて飲ませないくせに!
「ウィル!!」ってあたしもロイも叫んだけど、男の言った通りウィルは顔色がどんどん青くなってきて血を吐いたと思ったらそれっきり動かなくなってしまったの。
「あーあ。お前らがなんにも話してくれないからお友達が死んじまったぞ?どうせお前らが話さなくとも例のルシフとガレアスとか言う奴らも捕まえて聞くことになるだけだ。ちょっとばかり早く教えてくれたったいいと思うが?」
「ルシフさんたちがあなたたちなんかに捕まるはずないわ!」
「それはどうだかな。いくら強いって言っても人間なんだ。油断したところで薬を使えばお前らみたいに捕まえるくらい簡単なことだろうよ。」
そう言って笑いながら今度はロイの口に小瓶を当てようとした。
ロイも抵抗はしたけど、手足が鎖で縛られてる上に薬で体が思ったように動かないんだから、男たちにとってはたいして障害にはならなくてすぐに飲まされてしまった。
「さぁ、お嬢ちゃんが話さないとこいつもすぐにうごかなくなっちまうぜ?」
口元がニヤっと吊り上がってくる男とは逆にロイの顔はどんどん苦しそうに歪んでいく。
どうせ解毒薬なんて使うつもりがないことはわかってたけど、あたしは見てられなくて口を開きかけた時、「ニー…ナ…ダメ…だ…。」とロイが呻いた。
結局あたしは何もできずにいる間にロイは動かなくなってしまった。
「やっぱりなにか秘密がありそうだなぁ。ま、それさえわかればあとはルシフとガレアスに聞けばいいってもんだぜ。お嬢ちゃんは話してくれる気はないみたいだし、万が一暴れられても厄介だ。早いとこお友達のところに送ってやるよ。」
男たちは最初からあたし達から詳しい話を聞けるとは思ってなかったみたいだ。
もう抵抗する気力はなかったけど、せめてもの口に小瓶を当ててきた男を睨みつけてやった。
小瓶の中身が喉の奥に流れ込んだと思った瞬間には呼吸ができなくなり、今まで経験したことがないほど苦しくなったけど、あたしは意地で男たちを睨み続けた。
苦しさと痛みで朦朧とする意識の中で、最後に頭に浮かんだのはルシフさんのことだった。
ニーナの意識が闇に沈んだあとで、「一応女の死体だけは交渉に使えるかもしれん。傷まないように氷漬けにして保管するか。」と男たちの声が地下室に響いた。




