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オープン・ドアーズ・チルドレン

作者: シブヤユウコ

 窓の下、校庭は今日も廃墟である。

 見渡すかぎりの淡褐色で構成された世界は、雑然とした「前の時代」の風景よりはずっと美しいのに、そんなことにも気づかないほど、大人たちは感傷的だ。

ところどころに崩れた円錐形の塔が立つ黄土色の地平に、巨大な金色の輪が輝いている。

今日は空気中にちりが多いので、太陽の光が円環現象を起こしているのだ。

空を見ると、灰色の鳥が、ほんのいっとき太陽を蝕して、飛び去って行った。

鐘が鳴って、僕たちは、この土を固めて作った円柱状の校舎のらせん階段を、先を争って転げ落ちるように右回りに駆け下りいく。大勢の子供たちに右回りにかくはんされて、校舎の空間はみるみる緩んでいく。(昼過ぎの始業の時間には、みんなでらせん階段を左回りに昇って、校舎の空間を締め上げていくってわけだ。)

高くうがたれた窓から、西陽が射していて、陽射しの金色の柱がほこりっぽい階段の空間を、斜めに傾いて何本も伸びている。

「コーチャ、日が暮れるまでに林に行って、キノコを採ってこないか。僕、昨日、くぬぎの根元に、びっしり生えているのを見つけたんだよ。早く行かないと取られちまうし」

 僕に声をかけたのは、友だちのデニス・リジューエフだ。

 ぼさぼさの短い黒い髪の下に、黒い目がいかにも聡明そうに、生き生きと光っていて、そばかすの散った、とても感じのよい顔をしている。

 デニスは、クラスで一番勉強ができる生徒だ。

 気のいい奴なので、みんなに好かれている。

 僕も彼が好きで、よく二人でつるんでいる。

 僕たちは、いつも一緒に帰るか、一緒に寄り道をする。寄り道は、何か食べることのできるものを採りに行くことが多いけど、時には、時間を忘れて遊びほうけることもあるし、川原に並んで腰かけたり、気持ちのいい乾いた落ち葉の上に寝そべったりして、話をしているだけのこともある。

「うん、行こう」

 言ったところで僕は思い直す。

「昼に学校に来る前、母さんの調子があまりよくなさそうだったから、いっぺん様子を見に戻ってから行くよ」

 デニスとは家もそんなに離れていないので、母さんの様子を見てから、デニスの家に寄って誘いに行くことにした。


 家に帰って、入り口に掛かっている麻布をめくり上げると、母さんは地べたにしゃがみこんで裁縫をしていた。絵の具をぶちまけたみたいなその色彩の洪水の中に母さんは座って、一心不乱に針を運んでいた。

 僕の母さんは、気がふれている。

 僕が物心ついたときからよく泣いていて、怒ると手におえなくなったけど、母さんの言動のわけの分からなさ、理不尽さは僕が年を重ねるごとにだんだんとその度合いを増していった。

 昔、母さんはお針子の仕事をしていて評判が良かった。だけどそれも、母さんがみんなにわけの分からないことを言ったり、仕事の期日はいつもきっちりと守るのに、できあがった服がめちゃくちゃな仕上がりだったりするようになって、今では母さんに服を注文する人は誰もいなくなっていた。それでも母さんは、いつも色とりどりの布切れを取り出して、血走ってとろんとした目でただただ際限なくその布たちを縫い合わせている。縫い目でびっしりになった布をずたずたに切ってまた縫い合わせてゆくから、母さんの「作品」はもはやほとんど見事なまでにめくらめっぽうにからまりあった糸の塊と化している。その色合わせは、何か母さんの頭の中のこだわりによって厳密に選ばれているらしくて、その作品たちはいかにも「狂気」のトーンをかもし出しているのだ。

「ただいま、母さん」

 と、僕が声をかけると、母さんは顔を上げて、しばらく呆然と僕の顔を見ていたけど、その顔に、見る見る泣き出しそうな表情が拡がった。

「コーチャ! 私のコーチャ! どこに行ってたんだい! まあ、いったいどうしたっていうんだい、こんな遅くまで…」

「遅くなんかないよ、いつもどおり、学校に行ってすぐに帰ってきたんだよ」

 だけど母さんは僕の声なんか耳に入らない。縫っていたものを床に落として、僕にかけ寄ると、赤ちゃんにするように僕を抱いて頭をなでた。

「おお、コーチャ、私のコーチャ、お前の髪はなんてきれいなんだろう、深い深い、甘い紅茶色。紅茶の中でも、中国だけで取れる、上等のキーマンの色だよ」

 機嫌のいいとき、母はよくそう言って僕の髪をなでる。でもそれも、いつもキーマンなわけではなくて、日によってアッサムだったり、ニルギリだったり、アールグレイだったりするのだけれど。光の加減で僕の髪の色が違って見えるせいなのか、それらすべてが、母さんの頭の中のことなのかは分からない。

「紅茶ってどんな飲み物? 橙茶と似てる?」

「違うわ、あんな毒草の根をくだいて溶かしただけの、臭い錆湯みたいなのじゃないの」

「マキニカリスは毒草じゃないよ。鉄分がたっぷりだし、風味だって悪くないよ」

「もう、絶滅してしまって、どこにもないけど、昔「茶」っていう植物があってね」

 今日は機嫌がいいみたいだ。母さんの機嫌のいい日はあまりない。

 母さんがいったん荒れ狂ってしまうと、もうどうしようもない。家の中をめくらめっぽうにめちゃくちゃにしてしまうのだ。そういう時は、僕は少しでも母さんの神経をいらだたせないですむように、毛布を持って家を出て、外で寝ることにしている。だから僕は、星にはとてもくわしいのだ。

 空気の澄んだ夜、大人たちには見えない、色とりどりの光るらせんが星空から降り注ぐときがある。それは北極星や、他の星のほうから降ってきて、右回りのエネルギーや、左回りのエネルギーが、僕の体を渦を巻いて取り囲む。それらの光は素粒子よりも小さい、有機的なエネルギーで、すべての命の元になっている星空いっぱいに満ちているエネルギーと共鳴現象を起こす。そんな夜は、僕は毛布を払いのけて起き上がり、寒さも忘れて降ってくるらせんと戯れて遊ぶんだ。

 右回りや左回りのらせんが、僕の指や腕をその微かなエネルギーで巻きこむたびに、血液が「じん」として、そのらせんと星空のエネルギーとに共振してざわめく。

 その快い波は胸の中に広がって、腹を熱くして、全身をつきぬける。僕を容れ物にして、宇宙が遊んでいるんだ。その快感が、やがて僕たちが相手とめぐり合ってする恋愛の快感と同じだということを僕たちは知っている。宇宙のエネルギーと溶け合うために、僕たちは生きているのだ。


 はっと気がつくと、母さんの目が険しくなっていた。

「聞いてるの? コーチャ、なんだってあんたはいつもそんななの!」

 ああ、と僕は胸の中で溜め息をついた。

「ああそうだ、お前はいつもそうだよ、お前なんか、私の気持ちなんかちっとも分かりゃしないんだよ。お前なんか産むんじゃなかった! 恐ろしい子! なんて目だ、恐ろしい!」

 母さんは近くにあった水差しを僕に向かって投げつけた。そして母さんの「作品」たちを引き裂いて糸を無理矢理にひきちぎって、いつものように激しく泣き始めた。僕は近寄って、母さんの震える肩に手をかけた。

「母さん、ごめん、僕が悪かったよ、母さん、話を聞いてないなんてそんなことうそさ。僕は母さんを愛してるよ、誰よりも愛してるよ」

「おお、ごめんなさいコーチャ、お前を傷つけたりして、ごめんなさい、どうして私はこうなんだろう…」

 母さんは布に顔を埋めたまますすり泣き始めた。

 母さんの中にいるのは自らの幻影を作り出して、恐怖に怯える幼な児。今日も自分を閉じ込める檻の中から僕を見る。大人たちがこの世界に拒否されているように感じるのは、大人たちがこの世界を拒否しているからだ。

「大丈夫だよ、母さん、僕は傷ついたりしてないよ。母さんは誰も傷つけてないよ。母さんが僕を大事に思ってくれてること、僕はよくわかってるよ」

「おおコーチャ、愛してるよ。大切なのは、この世でお前だけだよ。ああ、コーチャ、お前の髪の色、幸せだった頃を思い出すよ」

 母さんは顔を上げてうっとりと目を泳がせた。

「中庭でね、ショパンを聞きながら、お父さんとお母さんと、紅茶を飲んだの。庭には大きなレモンの樹があってね、そこからとりたてのレモンを切って、ぱあっといい匂いが広がるの、輪切りにして、お茶に入れて、レモンの葉っぱは濃い、濃い緑色でね。お日様の光が当たって、葉っぱが一枚一枚宝石みたいに光ってね、本当に、あの庭で、みんなで紅茶を飲むのが好きだった…。」

 そう言って目を輝かせていたかと思うと、母さんはふと無表情になって、

「紅茶」

とひとこと呟いた。

「お前の紅茶、コーチャ、お前の髪の色…」

 母さんはぶつぶつとつぶやき始めた。こうなってしまうと、母さんは自分の世界に入ってしまって、もう会話はできなくなるのだ。

「夕方までには帰ってくるからね」

と、僕の声の届かない母さんに呼びかけて、僕はデニスを誘いに家を出た。


          *


 学校の始業が昼過ぎなのは、子供たちだって、食べていくために働かなければいけないからだ。午前中、僕はナージャおばさんが一人でやってるパン屋で働かせてもらっている。毎朝早朝からダーシャおばさんの店に行って、村の人たちに必要なパンを一軒一軒配達するのだ。配達から帰ると、パン生地をこねたり、生地を分けて丸めたり、かまどに入れたりしておばさんの手伝いをする。結構な重労働だ。学校に行く頃にはへとへとになってしまう。それでも八才くらいのときにこの仕事にありついて、三年以上やっていると、体力もついてきて、働き始めた頃ほど、くたびれ果てたりはしなくなった。

 今日もいつものように仕事を終えて、昼食に分けてもらったパンをほおばり、(朝はいつも、僕は食べない)学校へかけつけた。

 学校で僕たちは先生に、「前の時代」の本を読まされる。前の時代の国語、前の時代の文化、前の時代の地理、前の時代の歴史。

 大人たちは「前の時代」の精神を、僕たちに伝えることにやっきになっているのだ。でも僕たちは、それらの本にあまり共感しない。なんて言っていいのか分からない。ただ思うのは、前の時代の本はすべて、あるひとつのとても大きな幻想にとっぷりと浸かっていて、そしてそこだけで息をしていて、その幻想の外の世界を見ないでいるように思う。

 でも、学校で読まされる本は、大人たちの心を理解するには役に立つ。

 学校の勉強を一生懸命する生徒はあんまりいない。僕も、その一人なんだけど。前の時代の本は、そこに書かれている内容が、あまりにも僕たちのシステムとは違っているんだ。

 デニスはクラスで一番勉強ができる生徒だ。先生はデニスをずいぶん気に入っているが、子供の世界では、勉強ができるからといって、尊敬されることもなければ軽蔑されることもない。

 子供たちは、それは、デニスのひとつの傾向に過ぎないということをよく分かっているからだ。

 それなのに、とてもよくないことに、先生はデニスをひいきする。二十人ばかり子供たちが集まっている教室で、一人だけが尊重されると、その場の空間が、磁石で集められたみたいに歪んで、ひずんでしまう。空間が歪むと、そこにいる人間たちのエネルギーが片寄ってしまい、放っておくと、みんなの気流が枯渇して、ひいきされるデニスだって、過度なエネルギーに疲れてしまう。大人たちはそんなことも分かっていない。

 子供たちは、デニスがひいきされるたびに、歪んでしまう空間を立てなおそうとする。子供たち全員が心を合わせて、空間の歪みを直そうとするけれど、ひいきされた当のデニスが空間のゆがみを直すのに、一番エネルギーがいるはずだ。先生はデニスが可愛くて誉めてるつもりで、結局デニスに負担ばかりかけている。だから、ひいきされればされるほど、デニスは先生にうんざりし、大好きな勉強を一人でやりたがるようになるのだ。

 デニスの家はとても裕福だ。僕たちのこの時代では、裕福というのは、お金なんかたくさん持っていることではなくて、家にいろんな貴重なものをたくさん持っているということだ。

 大人たちのもっとも大切な財産は、「前の時代」の書物だ。前の時代の立派な書物は、もう決して出版されることのない、貴重品なのだ。デニスは小さな頃から本が好きで、学者であるお父さんの蔵書を片っ端から読みあさっているので、学校の先生よりもずっと知識が広いのだ。


 学校の休み時間に、僕はミカに相談を持ちかけた。

 ミカというのは同じクラスの女の子だ。ミカもまた、デニスと同じように成績のよい生徒で、彼女の商才と取引の公正さには、大人たちも一目置いている。

「ちょっとお願いがあるんだけど」

 僕は切り出した。

「紅茶が欲しいんだけど、ミカの持ってる中から質が悪くなってるのでいいから一杯分だけ、分けてもらえないかな」

「紅茶? なんだって紅茶なんかいるの? お母さんに?」

「うん、ちょっと最近調子が悪いしそれに…」

「紅茶なんか、気がふれてる人に、ほんのいっときの気休めにしかならないわよ。そんなことなんにも意味がないわよ」

「うん、分かってる、だけどちょっと僕も、紅茶を飲ませてあげたくなってね」

 ミカはしばらく腕組みをして考えていた。

 紅茶やコーヒー、煙草のたぐいは、本なんかよりもよっぽど高い品物なのだ。コーヒーや煙草はまだ絶滅していないけど、紅茶の葉っぱはもう完全に絶滅してしまっていてこの地上にもう二度と生えることはない。「前の時代」から残っている保存の良い紅茶の葉っぱはだからとんでもなく高い値段がついているのだ。

 ミカは財産家だ。ミカのお父さんが何年も各地を歩いて、死ぬまでに集めた膨大な財産があるからだ。(本当の父さんかどうか分からないけど、ミカを七才まで育てた大人の男の人なので、便宜上、ミカの父さんということになっているのかもしれない)ミカはそれらのものを洞窟の奥深くに保管している。大人たちはミカが小さな女の子なのをいいことに、なんとかしてミカの財産を盗もうとするから、決して大人の体では入れないところに隠してあるのだ。ミカは用心深いので、子供だって滅多にそこには入らせない。

「そうね、こういう条件なら、取引してもいいわ」

 ミカが言った。

「南の荒れ地を越えて半日がかりで歩いたところに林があるわ。その林を抜けたところに誰のものでもない葡萄の木があるの。それがうまくするとそろそろ熟している頃よ。その葡萄の実をしょい籠一杯取って来てくれたら、紅茶一杯分と交換よ、どう?」

「紅茶一杯で、それはフェアな取引じゃないと思うな」

 と、聞いていたデニスが言った。

「でも、葡萄は毎年なるけれど、紅茶は少なくなるばっかりなのよ」

と少しふくれてミカが言った。

 デニスは気付いてないけど、ミカはデニスのことが好きなのだ。でも男の子を好きになったりして、心が弱くなってはいけないと、ミカは必死でその気持ちを押し殺している。そうやって一生懸命生きているミカを、僕はいじらしく思う。七才のときからたったひとりで生きている十一才のミカには、今はまだ、こうやって残された財産を利用して生活していくしかないのだ。ミカの提案した取引には、これまでずっと価値の交換で生きてきたミカの適正さが感じられた。

「ありがとう、ミカ。僕、行ってくるよ」

と、僕はミカにお礼を言った。


          *


 僕は翌日学校を休んで、パン屋の仕事が終わった後に、しょい籠に毛布を入れてミカのくれた地図を見ながら南の荒れ地を歩き始めた。

 荒れ地は焼き尽くされ、汚染されて、草木一本はえていない。汚れた食物を食べて、汚れた水を飲んで、僕たちは生きていくしかない。学校の図鑑で見ただけで、葡萄なんてものがまだ世界のどこかにあるなんて思わなかった。

 話を聞いて、デニスが同じようにしょい籠を背負って一緒に来てくれた。

「それにしても、ミカってほんとにがめついよね。まあ、僕は、コーチャとこうして葡萄を取りにいくのが楽しみで来たんだけど」

「ミカはがめつくなんかないよ。これで紅茶が手に入るんなら安いくらいだよ」

 僕たちは話しながらてくてくと砂漠を歩き続けた。

「母さん、紅茶、喜んでくれるといいね」

 デニスは続けた。

「それにしても大人たちって、みんな、気がふれたり、信心にすがったり、いつも死にたがったり、前の時代ってよっぽど楽で、甘ちゃんで生きたこられたからなのかな」

 大人たちと僕たちとの違いは、その意識のあり方、システムの違いにある。

 大人たちは、見たくないもの、目をそらしておきたいものを、心の底のドアのもっと下、扉のずっと奥のほうに閉じ込めておける。そういう便利なドアを持っている。でも、そのドアの奥に押し込められたものはいつまでもいつまでもまぎれもなく血が通っていて、熱く熱くたぎってゆく。溢れ出して、その「想い」たちも意識の選別を逃れて「生き」ようとする。そういった「想い」たちで溢れかえり、開きかけそうになるそのドアを、慢心の力をこめて押さえて、押さえ続けて、とうとうその「想い」たちに負けてドアが開いてしまうとき、溢れ出た「想い」たちに飲み込まれて人は気がふれてしまうのだ。

 大人たちから見れば、僕たちは扉が開いちゃっている状態なんだろう。大人たちは、僕たちとちゃんと目を合わせることを好まない。僕たちの目を覗きこむと、そこに、自分たちが見ないようにしているものすべてが、無防備に、ごろんと放り出されて、累々とひろがっているから。

 「世界が終わったあと」に生まれた子供たちは、もう、そんなドアを必要としない。心の中で僕は大人たちにたずねる。一体何がそんなに怖いの? 生きるってことは、「こんなもん」なんだよ。

 だけど、あんなにおびえている人たちに、そんなことをたずねてはいけない。あの人たちの魂は、あまりにもおびえていて、石よりも固く、中性子の星のかけらのように重くなっているのだから。あんまりにも凝縮してしまって、密度がつまって凝り固まっているために、ほんの小石くらいの大きさに縮こまった魂さえも、その身で支えきれないくらいに重いんだ。重みのあまり、持つ手の皮と肉を突き破って、骨を砕いてしまうほどに重いんだ。

 「世界が終わったあと」というのはもちろん大人たちの言葉だ。「世界が終わったあと」に生まれ育った僕たちには、この「廃墟」(もちろんこれも大人たちの言葉だが)が世界であり、故郷なのだから。でも、大人たちを見ていると、何か本当に大きなものが終わったんだという気はする。今の時代は、僕に言わせると、その「巨大なもの」から解き放たれた、本当の、空っぽの、無法地帯なのだ。


「あのね、僕の隣の家のおじいさん、ずっと長いこと寝たきりだっただろ、昨日の夜、息を引き取ったんだ」

「そうなんだ、亡くなったんだ…」

 僕たちは二人そのことを考えながら、しばらく黙って歩いた。

 僕たちは、人が死ぬ前に長く苦しむのを気の毒には思わない。人が死に向かって生きていて、苦しいのは当たり前だからだ。苦しむ人を見て僕たちが平静でいるわけではないんだ。

シンパシイ

同調といえばいいのかな。痛い人を見るのは、僕たちだって痛いんだ。ただ、痛いのをつらいとは思わない。生きているかぎり、痛いのは当たり前のことだからだ。そこらへんの感じ方も、僕たちは大人たちとは違うようだ。そんな風な僕たちを見て、大人たちは言う。かわいそうに、「世界が終わったあと」に生まれた子供たちはやっぱり汚染の影響で知能が低いようだねって。僕たちは自分たちが大人たちとは違ったシステムを持っているとは感じるけど、どちらの知能が高いのか、低いのか、そんなことは分からない。

 苦しんで死ぬ人は、死んだあと、魂の粒子がとても細かくなっていることがある。苦しみ抜いて死んだ人の魂の粒子は、とても細かいか、とても固くてとがっているかのどちらかだ。落石の下敷きになったりなんかして苦しむ間もなくあっという間に死んだ人は、魂の粒子がざらついている。宇宙の空気に溶けこむには、粒子が粗すぎるので、しばらく、少しずつ粒子が細かくなるまで、あたりを漂っているのだ。僕たちはそれを感じているので、死ぬのにも、準備期間が必要なんじゃないかと思っている。だから、苦しんで死ぬのを、良いことだとは考えないけど、きっと、悪いことでもない、と僕たちは思うのだ。


 僕は大人たちが夢中になっている宗教をあまり信じない。宗教で語られる世界観は、この世界の現実に比べてあまりにも分かりやすすぎるように思える。僕は、他の人が見つけた法則に頼って生きていくつもりはない。この世の中には分からないことがいっぱいあるのが当然のことなのに、なんでも分かりやすくしなければ我慢できないという気の短さが、宗教という体系を欲しているように思う。

 分からないことは分からないままに放置しておいて、気長に、気長に、幾年も生活していれば、あるとき、すとんと自分の力で納得できる時が来るのだと思う。今まで僕が得た知識と言えるものは、全部そうやって得た知識だからだ。そういう時が来ないなら、来ないでいいし、自分の力で納得できたならきっとそれが、僕にとっての真実ということだ。分からないならば分からないで、それもやっぱり僕の真実なのだ。事実は一つしかないけど、真実は生きている人間の数だけあるのだと僕は思う。

「僕はコーチャの考えは、とても正しいと思うよ」

 デニスは言う。

「でも、いろんないいヒントに触れて、外側からの力でそういう納得が、より早くくることだってあると思うんだよ。「いい宗教」だったらそういう働きを、きっと持っていると思うんだ。僕はコーチャのそういうところ好きだ。でも僕は違う。分からないことを何もかも早く知りたくてたまらないんだ。少しでも早く」

 それがデニスの傾向なのだ。僕はデニスのそういうところも嫌いじゃない。

 人の魂は死んでもなくならないということを、僕たちは肌で知っている。それは事実であって、宗教じゃない。でも、どうしてそうなのか、それが何を意味するのか、なんてことは僕には分からない。分からない、ということが僕の真実だ、今は。


「ねえ、「世界が終わったあと」って大人たちは言うけど、僕はその「世界が終わった時」から年号を数えたいね」

 学校の歴史の時間に習ったことには、大人たちは、前の世紀をBCとADに分けて考えているそうだ。BCはビフォークライストのことだけど、ADっていうのは、ラテン語の、「アンノ・ドミニ」の略なんだ、とデニスが言った。

「この世界はもう、A・Dから解き放たれた世界なんだと思うもの」

 デニスとは、よく、こんな話をするけど、大人たちの前では決してこんな話はしない。大人たちがどんなにA・Dの支配を大切に思っているか僕たちは知っているからだ。だからずっと大人たちの頭の中は、A・Dのままなのだ。そう思いたいと思うように、人は世界を見るものだから。


 僕たちはこんなふうに思いつくままのことを話しながら、南の荒地を歩いた。

 僕たちがようやく林にたどり着いたのは、もうすっかり日が暮れ落ちてしまった頃だった。

 何もない石ころだらけの荒れ地ばかり歩いていた僕たちは、木や草が生えているのを見てほっとした。そして、林の中から枯れ落ちた細い小枝を拾い集め、たくさんの枯草を取ってきて火をつけた。

 もう秋もすっかり深まっていて、夜になるとさすがに寒さがこたえた。僕たちは焚き火を囲んで毛布にくるまり、乾し肉を水でもどしてパンを食べ、持ってきた水を飲んだ。

 棒のような脚とすっかり疲れ果てた背中の痛みが、すうっとやわらいでいくのを感じながら、僕たちはぱちぱちと燃える炎を見つめていた。

 少し落ち着いて、僕たちは火を絶やさないように焚き火に気を配りながら、毛布にくるまって仰向けに寝転がり、満天の星を眺めた。

 「世界が終わる」前、田舎のほうでは今ほど空気が汚れてなくて、もっとずっとたくさんの数の星が見えたそうだ。でも、たぶん僕たちには、大人たちに見えない星も見えている。晴れた夜の空には、本当にたくさんの星たちがちりばめられていて、ささやきをかわしあっているみたいにまたたいているのが見えるもの。

「こんな話を知ってる?」

 デニスが切り出した。

「夜空にある星は、狩人たちが夜に燃やしているかがり火なんじゃないかって、昔の人は思ったそうだよ」

 デニスは続けた。

「その人の考えでは、空は、卵の殻を半分に割ったみたいなおわん形をしていて、遠く離れたかがり火を囲んでいる人たちは、僕たちを見下ろしているんだろうってね」

「じゃあ、その狩人たちには、僕たちの火が、星に見えるってわけだね」

「そうだよ。僕たちは、その狩人たちの空にいるんだ」

 僕たちは星空を見上げながら、夜空がおわん型で、星に見えているものは、そこここで狩人たちが焚き火を焚いているのだと想像してみた。

 いつしか、デニスが軽い寝息を立てていた。

 いつのまにか、僕も眠りに落ちていた。


*


 翌朝早く、僕たちは寒さで目を覚ました。

 燃え尽きて、すっかり「おき」になってしまっている焚き火に、枯草や枝を入れて再び火を起こし、僕たちは暖を取った。

 ようやく体が暖まると、僕たちは残り少なくなった水だけを飲んで、毛布を丸めてしょい籠に入れ、林の中へと歩き始めた。

 僕たちは林の中を進んだ。

 葉っぱが、赤や黄色になっていて、とてもきれいだった。

 途中で僕たちは小さな小川を見つけ、草の根を掘り起こしてその水で洗って食べた。ありがたいことに、どんぐりや、椎の実や、そのほかの名前を知らない木の実たちがたくさん落ちていて、木の根元や草の間に、キノコまで生えていた。

 僕たちは小川の側でまた火を起こし、小川で小さな巻貝もたくさん見つけて、木の実やキノコと一緒に焼いて食べた。持ってきた水筒に、水もいっぱいに入れることができた。

 朝からお腹がすいていたので、その自然の恵み物のおかげで、僕たちはありがたく満腹し、また林を歩き続けることができた。

 僕たちは、林の中に、一軒の朽ちかけた家を見つけた。二階建ての、けっこう大きな家だった。誰も住んでいる気配がなかったので、もしかしたら金目の物が残されているかもしれないと思い、僕たちはドアを押してその家に入った。

「もし、もしもだよ。この家のどこかに、財宝が残されていたらどうする?」

「世界が終わった後」には、空家なんかはどれも完全に荒らされ尽していて、財宝なんか残っているわけはないことは百も承知で、僕たちはそんな話をして楽しんだ。

「財宝が見つかったら山分けだね」

「もちろんさ、どんなものがあるかな」

「デニスだったら、その財宝、なんに使う?」

「そうだなあ、やっぱり本だなあ、読みたい本がいっぱいあるから。コーチャなら、何と取り替える?」

「僕はねえ、」

 僕はちょっと考えてみたけど、とりたてて欲しいものは何も思い浮かばなかった。

 母さんの病気は財宝なんかで治せやしないのだし。


 朽ちかけた空家に一歩足を踏み入れたとたん、ひんやりとしたほこりっぽい空気が僕たちを包んだ。ネズミが一匹、ものすごい勢いで僕の足元をかけ抜けて行った。

 ぎしぎしいう階段を昇って二階に行くと、部屋の隅に、人間の死体が転がっていた。死んでからもう随分経つらしく、屍は白骨化して、ほとんど匂いもしなかった。

 僕たちは二人とも黙りこくって外へ出て、しばらく林の中を南に向かって歩き続けた。

「自殺だったね」

「…うん」

「世界が終わったあと」に生まれてきた僕たちはみんな、死んだ人の魂を感じ取ることができる。でも,死んだ人の魂の中でも、自殺だけは特別なのだ。僕たちは「自殺」ということをとても恐れる。

 なぜなら「世界が終ったあと」に生まれた僕たちは、確かに感じるんだ。自殺した人間の魂が消えるのを。

 死んだ人間の魂は、消えたりしない。別のものに変質するだけだ。でも自殺した人の魂は、思念だけを残して、消えるのだ。主人を失った後も焼きつけられた影のように、その思念だけは、永遠に残るのではないかと思われるほど、幾年も幾年も、変わらない。

 「存在」は姿を変えることはあっても、決してなくなったりしないことを、僕たちは肌で知っている。けれど、その唯一の例外が、自殺した人の魂なのだ。

 今まで確かにあったものが、なくなる、というその奈落のような事実におののき、震え、僕たちは自殺を恐れる。

そのまま、僕たちは言葉を無くしてしまい、もくもくと歩きつづけた。

 ただひたすら歩いていると、とうとう林を抜けたところに、ミカの言ったとおり、葡萄の樹があった。

 葡萄の樹は、ものすごく立派な大木にからみついていて、紫色の宝石のような実をたわわに実らせていた。

 僕たちはその房から実を一粒取って、味見をしてみた。甘い、本当に生まれて初めて食べるような舌がとろけるようなおいしい実だった。

 僕たちは、せっせと葡萄の房を根元から小刀で切り取り、しょい籠に入れていった。しょい籠はすぐにいっぱいになった。僕たち二人のしょい籠がいっぱいになっても、手の届くところにまだ葡萄の実が残っていたので、僕たちは好きなだけ、そのお菓子のような丸い実を頬張ることができた。

 手の届かない、高い高いところにまで葡萄はこぼれ落ちるように実っていて、まるで図書の時間に学校で見たフランス王朝のシャンデリアが、天空を彩っているみたいだった。葡萄の実の紫はきらきらと輝き、空は高く、抜けるようにあくまでも青かった。

 僕たちはしばらく葡萄の樹の根元の草の上に寝そべって、流れてゆく雲を眺めながら、まるで天国にいるような気分を味わっていたけれど、そうそうゆっくりもしていられなかった。なぜって村に帰るまで、まだ、半日も歩かなければならないのだから。僕たちは身を起こしてまた歩き始めた。

 

 村に着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていたので、僕たちは葡萄のつまったしょい籠を背負って急いでミカの家に向かった。

 ミカが一人で住んでいる小さな小屋の中から、明かりが漏れていた。とんとん、と僕たちがミカのドアをノックして、

「僕たちだよ、コーチャとデニスだよ」

 と声をかけると、ミカはドアチェーンをかけたまま少しだけドアを開け、僕たちを確かめると、チェーンを外して僕たちを中に招き入れた。ミカはとても用心深いのだ。

 ミカは、僕たちに、熱い橙茶を淹れてくれた。

「悪くないわね」

 と、僕たちのしょってきた籠の中の葡萄を点検しながらミカは言った。

「ありがとう、紅茶は明日にする?」

「うん、もう遅いから、明日学校が終わった後に」

 ミカはうなずいて僕たちを送り出してくれた。ミカの淹れてくれた橙茶のおかげで少し体がくつろいで、僕たちはそれぞれの家路についた。

 家に着くと、母さんは眠っていた。

 母さんの眉間には、深い、深いしわが刻まれていた。

 僕はそっと母さんの毛布をなおした。

 覚えている。

 母さんのお腹の中にいるとき、僕の体にはいつも、臍緒を通して、苦い、苦い、ひりつくような痛みが、どくどくと送りこまれていた。それは、胎盤からもじわじわとにじみ出してきて子宮をみたし、羊水を苦くした。

 母さんの体を通して感じられていた外の世界は、あまりにも痛みに満ちていた。僕はこれから、そんな修羅のただなかに生まれていくんだな、と思った。そして、なんのために? なんのために僕はこれから生まれていくのだろう? と苦い羊水の中で僕はずっと考えていた。それなのになぜ、心臓は脈打ち、臍の緒から物を吸い、一秒ごとに、生まれ出ることだけを、全身をかけて自分は目指しているのか、僕はずっと考えていた。その答えも見つからないまま、ある日僕はいきなり激しいうねりに巻き込まれて、圧迫され、死ぬかと思うほど強く締め付けられ、やがて押し出されて突然、目がくらむほどまぶしい白い光を見たんだ。


初めて母さんに抱かれて外に出たとき、地表いっぱいに太陽が輝いていた。太陽の光に満ち溢れたその世界を見たとき、僕の体中に世界中に対する感謝がいっぱいに満ちて、溢れ出て、僕は泣き出しそうになりながら、

「ありがとう」

 と言っていたよ。言葉はまだ知らなかったけれど。

 僕たちは、生きていることが、ただ今日も命があるということが、何よりも素晴らしい唯一のことだということを知っているけれど、大人たちはそうじゃない。

 母さんの気がふれてしまって、僕たちがものごとをありのままに感じ、見つめることができるのはなぜかということを僕は知っている。

 母さんに抱かれて空を見上げるといつも、なんのさえぎるものもない地平線いっぱいに、頭の上にも広がる空いっぱいに、巨大なひとつの目があった。僕がその目を覗きこむと、そこには確かに僕が映っていた。

 僕は、その目を覗きこんで問いかける。僕はどうして生まれてきたの? いったいどうやって生きていくのがベストなの? 僕を守ってくれているこの女の人は、どうして、何に怯えて、こんなに不安定な目をしているの? 問いはいつもそのままの形で、自分に戻ってくるだけなのだけど、僕と、僕を見守るもうひとつの存在があった。その存在はいつも安定していてそこにあった。その瞳は、確かに僕を映していて、決してその像が揺らぐことはなかった。

 母さんたち大人にはきっと、その目が見えなかったのだと思う。頼りにするものといえば、赤ちゃんの自分を抱いている、自分の母親の目だけ。だけどその瞳には、確かに赤ちゃんを見つめる自分の姿が映っているとは限らない。僕の母さんの瞳がそうだったみたいに。

 僕の母さんが、母さんの母さんの胸に抱かれていたとき、その母さんの目に、僕の母さんの姿が映っていなかっただろうことが僕には想像できる。彼女は赤ちゃんを見つめながら、その瞳に赤ちゃんを映さずに、自分の内側ばかり見ていたのだ。赤ちゃんだった母さんには、自分をいつも映していてくれる安定した瞳がなかったから、そのことに怯え、とまどい、不安に感じていたのだろうと思う。きっと母さんが生まれたときに覗きこんだ、その不安定な一人の人間である母親の目を、唯一の絶対的な絆だと思いこんでしまったことが、母さんのすべての不安と恐怖の始まりだったのだ。

 たぶん人類を何億年もの間つないできた鎖、親の腕に抱かれて、愛と注目を失わないことと引き換えに、恐れや、拒絶や、さげすみや、強制や、自分の悲しみを守るための攻撃や、ヒステリックな支配欲や、そういったものを否応なく口いっぱいに流し込まれるという鎖。

 僕というひとつの輪は、その人類の怯えの鎖とは結ばずに、あの空に浮かんだ巨大な目と結んだのだと思う。その巨大な一つの目は、澄んでいて、僕が見つめるのを妨げるものは何もなかった。だから僕は、ただ、見つめているということができたのだと思う。

 僕がもし生まれたときに、その鎖を母さんの瞳と結んでいたら、母さんが心の底では僕のことを、母さんの足手まといになるばっかりの僕のことを憎んでいるという事実に耐えられずに、ドアを閉ざしてしまったかもしれない。

 だけど母さんは僕の最愛の人であって、世界そのものではなかった。母さんに憎まれることが、世界から締め出されること、つまり、僕という個人の死を意味しなかったので、僕にとって全世界を保証していたのは、母の瞳ではなくて、あの空の一つ目だったので、母さんに憎まれているという認識は、その胸の張り裂けそうな悲しみは、ドアの向こうに姿を隠してしまわないで、いつも僕とともにあった。

 母さんの瞳にだけではない。憎しみと殺意と攻撃性はこの地表全部を覆いつくしている。その憎しみと殺意は、すべて、言葉を奪われたものたちの「助けて」の悲鳴だ。ありとあらゆる場所が、声にならない声の、切実な「助けて」で満ちている。その「助けて」を見ないようにしている、人間たちが何重にも塗りこめてきたまやかしの化粧を、地球が目をさまして起き上がるときに伸びをして払い落とすように、きっとそんなふうに、「世界は終わった」のだと思う。

「もう、時が来たのだ」

 きっとそんな感じで。

 

 怯えないで、気がついて。誰も助けになんかこないよ。あなたたちの怖がっているのは幻だもの。落ち着いて、自分が自分でいることに専念して。ほら、あの空の一つ目が、誰一人絶対に拒絶するわけがないあの存在が、僕たちを見つめてる。


 あの目が考えているのか、僕が考えているのか、もう、分からなくなってしまった。


 でも、つながってる感じが、しない?

 樹の根っこは僕の脚だ。地下深く埋まった動物の骨や鉄筋やコンクリートのかけらを、分岐した何十本もの足の指でしっかりとつかむ、ひんやりとした感触。 暗く、土に抱かれている極小の水の粒を僕の脚から延びる細い根っこたちで捜しあてて吸い上げる。

 こずえは僕の指だ。髪だ。風がうなじを吹き抜けて髪を揺らすのを感じる。

 夜には腕を伸ばして、冷たく輝く星々の撒き散らす光の粒が、らせんを描いてやってきて、僕の腕のうぶ毛を揺らす。


 (明日、母さんに紅茶を飲ませてあげられる…)

 そんなことを考えながら、僕は幸福な気持ちで眠りについた。


 翌日、いつものようにパン屋の仕事を終えて、学校が終わったあと、ミカは僕を彼女の「洞窟」に連れて行ってくれた。

 ミカの「洞窟」は、南の荒れ地につながっている西の山にある。もとは巨大なビルディングが立ち並んでいたところだそうで、それらが崩れ落ちた瓦礫の上に土が積もり、子供なら腹ばいになって通り抜けられるくらいの通り道がいくつかあるのだ。

「ついてきて」

 ミカはそう言って、瓦礫の陰に隠れているほら穴の入り口に入って行った。

 中に入ると穴の中は上も下もコンクリートのかたまりだった。ミカはその狭い穴の中を腹ばいになってどんどん進んでいく。分かれ道がいくつもあって、ミカについて行かなければ絶対に迷ってしまいそうだった。

「すごいところだね」

「そうよ」

「こういうところに財産を隠しておくのは、今は一番いい方法だと思うけど、ミカが大人になったらどうするの?」

「それをあたしも考えてるの」

 狭い穴を腹ばいで進みながらミカが言った。

「そのへんに倉を建てて、鍵をかけとくんじゃだめなの。もちろんあたしは鍵をいくつも持ってるけど、そしたら大人たちはあたしを殺して鍵を奪うわ」

 ミカは財産を持っている分、他のどんな子供たちよりも、大人の醜い部分をいっぱい見てきたのだ。

「ミカが大きくなる前に、ぼくが大きくなるよ」

 僕は言った。

「そしてなるべく早く、デニスと一緒に、うまい方法を考えてあげるよ」

「ありがとう」

 ミカは振り返って僕を見て言った。

「でもあたし、大きくなったら、きっと、財産を捨てて、別の生き方を考えると思う。財産は、あたしよりもっと大変な思いをして生きていかなくちゃいけない子供たちに、あたしよりももっと年下の、後から生まれてくる子供たちに譲ろうと思うの。だから大きくなる前に、どうやったら生きていけるか、あたし、考えておくの」

 少し考えて僕はうなずいた。

「それがいいかもしれないね」

 富は危険を呼びすぎる。

 ミカがこの「洞窟」を通れなくなる前に、ミカならば、べつの生き方を見つけるだろう。

「じゃあ、別の生き方を考える時に、僕やデニスに相談してよね、いつでも」

「うん」

 と言って、ミカはうつむいた。

  

 だいぶん進んでほど良く疲れた頃、僕たちは狭い横穴から、小さな家一軒分くらいの広さの場所に出た。そこには彼女の財産がぎっしりと納まっていて、そんなたくさんの貴重な品物を見たのは初めてだった。

 品物の中には、前の時代の本も多かった。きれいな装丁の、小説や哲学書や聖書やそんな本たちだ。本好きのデニスが見たら、よだれをたらしそうな光景だった。

「ミカはこの本を読むの?」

「あたしは読まないけど、大人たちが欲しがるからね」

 ミカは奥のほうの、さまざまな紅茶の缶の中から、

「これがいいわ」

 と、つやつやした紫色の小袋を一つ取り出した。「DARJEELING」と書いてあった。

「これはおまけよ」と言って、ミカは、砂糖の塊のかけらをつけてくれた。

「ありがとう、恩に着るよ」とお礼を言って、僕はその小さな紅茶の袋と砂糖の塊を、セーターの下のシャツの胸ポケットに大切にしまった。

「それにしても、前の時代の大人たちって、煙草やら、コーヒーやら、紅茶やら、そういった類の嗜好品が、本当に、好きね」

「ミカはそういうの、飲んだり吸ったりする?」

「全然」

 ミカは首をすくめて言った。

「そういうの、ちっとも興味ないわ。なんだって、大人たちは、そういうくだらないものが好きなのかしら」

「昔、アメリカのインディアンが、神聖な夢を見るために、煙草を吸ったそうだよ」

「夢なんて…」

 ふっと笑ってミカは言った。

「バカバカしいわね」

「しょうがないか。大人たちはみんな、「幸せ中毒」だもんね。夢を見て、自分たちがドアを押さえていることを忘れられる息抜きの時間がどうしても必要なんだもんね、あの人たちは」

 ミカは続けた。

「あんなに怖がってないで、ドアなんて、思い切って開けちゃえばいいのよ。そうすれば、なんだって見えるようになるのにね。あんなに本当の事を見ないようにして、自分を自分じゃない人にする努力ばっかりで、なんのために生きてるんだろ、あの人たち、そう思わない? コーチャ」

「だって、僕たちのシステムには、初めからドアなんてなかったもの。大人たちが持ってるみたいな便利なドアがあったら、僕だって、一回くらいは、閉めちゃいたいって思うかもしれないし。一回閉めちゃったらきっと、ドアを閉めたときに、筋肉が固まっちゃって、凍りついて、簡単には動かなくなっちゃうんだよ、きっと。守りつづけるしかなくなっちゃうんだよきっと」

「いいえ、もともと無いところからだって、あの人たちは自分でドアを作り出したわ」

 澄んだ目で僕を見つめてミカは言った。

「開いておくことを選んだの。私たち、みんな。大人たちが死なないために、かろうじて生き延びるために閉めたドアを、本当に生きるために、開いておくほうを選んだの」

ミカのそんな目に見つめられると、僕はどぎまぎしてしまう。だけど僕には、大人たちのシステムと僕たちのシステムが「どうして」違うかなんて分からない。あるいはミカの言うことが正しいのかもしれない。ミカの言葉が真実から大きく外れることはまずないのだ。

 僕たちは、来たときと同じようにミカを先にして、時間をかけて「洞窟」からはい出した。外はもう暗くなっていた。


 家に帰ると、母さんが、とろんとした目をして座っていた。よくない兆候だ、と僕は思う。ヒステリーをおこしているときはたいへんだけど、でもあれは生き物の生命のあらわれなのだから、こんなふうにどんよりと、生気なく沈んでいる母さんの方が心配だ。

 僕は急いで水を入れた鍋を火にかけ、乾し肉といらくさのスープを作り、パンを切り分けた。母さんはそれをほとんど食べなかった。

「驚かないでね、母さん、今日は、紅茶があるんだよ」

 母さんの反応はなかった。

 僕はセーターの下のシャツの胸ポケットから、紅茶の袋と砂糖のかたまりを取り出し、紅茶の袋を開けた。中が銀色になっている袋の中から、かぐわしい匂いがたちのぼった。紅茶の葉は、細かく砕かれていて、薄くて粗い、布みたいなものに包まれていて、その袋に、先に小さな四角い紙のついた糸がくっつけられていた。

 僕はその紅茶の袋をカップに入れて、お湯を沸かし、そのぐらぐら煮え立ったお湯をカップに注ぎこんだ。お湯はみるみる深い茶色に染まり、お香のような香りが家いっぱいに広がった。

 母さんの目に輝きがともった。

「…紅茶」

「そうだよ、紅茶だよ。レモンは無いけど、砂糖のかけらをもらってきたよ。これを入れて、さあ、飲んで、母さん」

 母さんの顔は見る見る正気に戻った。そして、すいと立ち上がると、

「紅茶は、ふたをして蒸らすといいのよ」

と言って、お皿を伏せてカップにふたをした。

「出しすぎはよくないのよ。ほどよい時間が大切なの」

 そう言って、母さんは、慣れた手つきで糸についた小さな紙をつまみ、紅茶の袋をそっと引き上げた。そして紅茶の中に、砂糖のかたまりを入れて、スプーンでゆっくりとかきまぜた。母さんがやすらかな顔をしている。とても幸せな空間がそこにあった。

「コーチャ、お前が先にお飲み、おいしいよ」

「ううん、母さんのために手に入れてきた紅茶だもん。母さんが全部飲みなよ」

 母さんは目をうるませて、下を向いて指で涙をぬぐった。

「お前はほんとにいい子だねえ、いいからお飲み」

 差し出されたカップを受け取って、僕はひとくち紅茶を口に含んだ。甘い、幻のような味がした。僕は母さんにカップを返して、母さんに紅茶を飲むようにうながした。母さんは、食卓のいすに腰掛けて、ひとくちゆっくりと紅茶を飲むと、はあー、と大きく息をついた。

「おいしいねえ、生きかえるようだよ」

 母さんはゆったりとほほえみ、僕もほほえみを返した。


             *


 母さんが死んだのは、それから二ヶ月あまりのことだった。

 自殺だった。

 遺体は共同墓地に埋葬された。僕は、本当に、ひとりぼっちになってしまったのだ。

 デニスと彼の両親が、家においでと言ってくれたけど、しばらくは母さんのそばにいたかった。母さんと暮らした家で一人で暮らして、母さんの不在を肌身に感じ切ることが、僕には必要な気がした。

 もう、学校から帰っても、裁縫をしていたり、怒って金切り声をあげたりする母さんがいない。しんと静まり返った部屋。ひとりぼっちの部屋では会話も無い。

僕は毎日、共同墓地に埋葬されている母さんに会いに行く。墓石の前でひざまずいて母さんのことを考える。

 自分の生命を否定しなければならないほど生命力が病んでしまうというのは、とても苦しいことだよね。それは、太陽の語りかける声も、月の声も、鳥の声も、大地の声も、聞こえなくなってしまうということだ。ただ、狭い肉体の中だけに閉じ込められて、すべての本来的な交流は遮断されて、どんなにかそれは、一人ぼっちな感覚だろう。

 人が死ぬのは悲しいけれど、人が自殺するのは全然違う。悲しいことは同じだけど、人が自殺して死ぬのは、本当に、本当に、悔しくて、つらくて、淋しいよね。自分で自分の命を絶つことは、命の法則に反することだよね。僕たちは、誰に教えられなくても、生まれたときから自然に、体中でそのことを知っているけれど、「前の時代」の人たちはそうじゃない。きっと、いろんなものに取り囲まれて、誰もが毎日忙しくて、お祭りみたいな生活をしているうちに、そういう本当の感覚を、忘れてしまったんだよね。

 命の法則から外れて一生を終えてしまったら、もう二度と、元には戻れないことを僕たちは知っている。死んで、体が無くなって、細かい、細かい微粒子になって、世界に溶けて、溶けこんで、宇宙の命に環ることができなくなるよね。それがどんなに、悔しくて、つらくて、宇宙のなかで自分がたったひとりぼっちの命になってしまったような、淋しいことかと思うよ。

「うん、でもさ、最近僕は思うんだけど」

 とデニスは言った。

「自然の法則は、自殺した人の命を、法則に反するからといってはじき出すほど、ちゃちなものじゃないんじゃないかな。いつか、遠回りでも、誰の命も、きっと、宇宙に環るのかもしれない。自殺するっていうのは、ただちょっと疲れて引き返しちゃっただけのことで、つまり…」

 デニスは少し考えてから言った。

「惑星だって時には逆行するじゃないか。自然の法則なんてさ、なんでもありだよ」

 それはデニスのやさしい考え方だった。見えなくなったからといってなくなったとは限らない、それは光るのをやめただけかもしれない。聞こえなくなたからといって、それがなくなったとは限らない。それはひっそりと黙っているだけかもしれない。感じられなくなったからといって、なくなったとは限らない。ただ隠れているだけかもしれない。

母さんの魂は、固い、固い殻に身を隠して、じっと自分を守りつづけているのかもしれない。


 土曜日の放課後、西日の当たる学校の踊り場で、僕はもう一度ミカに頼みごとをした。

「また紅茶なの? コーチャもよくやるわね。あんたのお母さんはもう死んじまったのよ。もう紅茶を飲みたがる人なんて、あんたのうちにはいないのよ。まさか、あなたが、紅茶を飲みたいわけじゃないでしょう?」

「うん、分かってるんだけど、どうしても、お墓に供えてあげたくなったんだ」

 ミカは腕組みをして、しょうがないわね、というように首をすくめた。

「わかったわ」

 ミカの提案はこうだった。

「海へ行って、カレイを四匹釣ってきてちょうだい。今度は泊りがけじゃなくて、うまくすれば半日仕事よ」

「ありがとう、ミカ」

 ミカは本当に、やさしい子だ。


 日曜日、今度も僕はデニスと二人で、釣り竿を持って、東の海辺に向かった。

 うららかで、よい天気だった。ちょっとした行楽気分だ。

「今は、潮の状態がいいから、カレイもよく釣れるね」

「そうさ、葡萄狩りよりはいくらか楽な取引だよね。葡萄狩りも楽しかったけど、何しろ脚が棒になったよ」

「ミカはそういうこと、今カレイがよく釣れるってこと分かってて、こんな取引をしてくれたんだよ。デニスはミカのことをがめついって言うけど、そんなことないよ、ミカはいい子だよ、本当にやさしいいい子だよ。ミカのこと、悪く言わないでやっておくれよ」

 デニスは首をすくめて言った。

「僕とは合わないと思うけどね、考え方やら感覚やらが」

「そんなこと言っちゃ、ミカがかわいそうじゃないか、だって、ミカはデニスが好きなんだから」

 デニスはあきれた顔をしてまじまじと僕の顔を見た。

「ばかだな、ミカが好きなのは、僕じゃない。お前だよ、コーチャ。そんなの、みんな知ってるよ」

 僕はなんて言ってよいか分からないまま、みるみる頬が赤く染まっていくのを感じた。

「だって、ミカは…」

 もうそれ以上、僕はなにも言えなかった。


 海に近づいていくにつれて、デニスが身震いをはじめた。

 「世界が終わったあと」の子供たちは、海をあまり好きじゃない。というのは、海には魂の浄化作用があるから、浄化されない魂がたくさん集まってきて、その数は海の浄化作用でも追いつかなくて、海にはウミガメの卵みたいに、ごろごろと死んだ人たちの魂が転がっているからだ。

「やっぱりあまりいい気はしないね」

 デニスが言った。

 海が見えた。

 青い海と広がる空は、目には果てしなく美しいのに。

 あまりにも激しく悲嘆にくれている魂に出会うと、僕たちはやっぱり、祈らずにはいられない。地下の水脈で全ての水が出会って混ざり合うみたいに、全ての痛みが自分の存在の底の部分と地続きなのが分かるから。

 今日が良い日でありますように。

 全ての痛みが軽くなりますように。

 粒子が細かくなりますように。

 悲しい魂を覆う殻の欠けどころが、今日こそは見つかりますように。


「あのね、コーチャ」

「うん? なに?」

「僕はずっと考えているんだけど、僕は前の時代の本じゃなくて、「僕たちの本」を書こうと思うんだ」

「ふうん」

 と僕は返事をする。

 僕が興味があるのは、目で見て、触って、感じられることだけだ。そういうものを、うまく書けば本の中に閉じ込めることができるんだよ、とデニスは言う。でもそんなのはしょせんダミーだ、と僕は思う。人間の内界にいったん取りこまれて、発酵した外の世界の影だ。それはもうすでにその人間の持ち物であって、まっさらな素の世界とは違うものだ。だけども僕はデニスが好きだから、デニスの世界なら読んでみてもいいな、と思い、

「楽しみだな」

 と付け加えた。

 釣り竿に確かな手応えがあった。糸を巻き上げてみると、よく脂の乗ったカレイがかかっていた。こううまくいくと気持ちの良いものだ。

 僕はまた海に針を投げ入れた。今度はデニスの竿にあたりがあった。僕のよりも大きなカレイが釣れた。僕たちは顔を見合わせて声を出して笑った。


「あのね、デニス」

「なに? コーチャ」

「母さんが死んで、母さんの持ち物を片付けたときに分かったんだけど、僕の本当の名前、カズヤっていうみたいなんだ」

 デニスは心底驚いた顔をして僕を見た。

「コーチャって、日系だったの。そりゃコーチャのお母さんは日本人だったけど、僕、絶対にコーチャはロシア系で、本当はコンスタンチンとかって名前なんだと思ってたよ」

「うん」

 僕は、はにかんで笑った。

「日本人みたいなんだ」

 

 僕のお父さんは、日本人だったんだろうか。お母さんは「世界が終わった」時、どんな目に遭って、僕を産んで育ててきたんだろう、それはどんなにか、お嬢さん育ちの母さんには血のにじむような毎日だっただろう。時には僕の寝ている間に僕を殺そうとしたこともあったね。

 母さん、僕を愛していたの? 殺してしまいたいくらい激しく、憎まずにいられないくらい強く? 母さんはそんなふうに世界を愛していたの? 僕は母さんにとって、そんなにも世界の全てだった? 

 母さんは、自分の父さんを憎んでた? 自分の母さんを憎んでた? 僕の父さんを憎んでた? 愛していないものをそんなふうに憎むことなんてできないんだよ。母さんは、自分の両親を、僕の父さんを、とても愛していたんだよ。母さんがみんなをどんなに好きだったかってことを、母さんのドアに閉じ込めてしまっても、僕にはみんな透けて見えたよ

「でも、やっぱり、君のこと、コーチャって呼んでいい? 今までどおり」

「もちろんさ、僕そう呼ばれるの、好きだもの」

 僕も笑って、デニスも笑った。

 デニスの笑顔は、とてもチャーミングだ。


 カレイを四匹、釣って帰ると、ミカが紅茶といっしょに白いバラをくれた。

「おまけでこれをあげる。お茶会のときは花を飾るんでしょ? 花びらを一枚、カップに浮かべると、とても良い匂いよ」

 僕はミカのくれた紅茶と、バラと、熱く沸かしたお湯の入ったやかんを持って、今日も母さんのお墓に行く。母さんのお墓の前で、少し冷めてしまったお湯で紅茶を淹れて、ミカの教えてくれたとおり、バラの花びらを一枚紅茶に浮かべて、母さんの墓石の前に置いた。

 母さん、今どうしてる? 本当に、永遠に、消えてしまったの? 

 神様は、母さんを救わなかった。もっとも神様に人間を救うことなんてできやしないのかもしれない。母さんが遂に自殺を完遂させたというそのことが、むしろ、僕には、神様が僕たちに寄り添ってそこにあるように思えた。

 神様は、人間を救いたいという自分の気持ちよりも、もうこれ以上、決して何物ともつながっていたくないという、自分の生命とすらつながっていたくないという、人間の意志のほうを尊重したのじゃないか? だって、そこが、自由意志こそが人間の聖域なのだから。

 神様は、言葉のない声でこう思うのだろう。

「あなたがすべてを拒絶しても、私はあなたを愛します」

 だけど、もし、神様に肉体があるとしたら、愛する人がすべてを拒絶した時に、それはどんなにか、体が引き裂かれるような、つらい思いがすることだろう。

 僕は墓石の前にひざまずき、両手を組んで、心の中で思わずつぶやく。

「あなたがすべてを拒絶しても、僕はあなたを、」

 頬を涙が伝った。

「あなたのことを、本当に好きです」


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