東雲曙⑧
おいなに世界終わってんのにいちゃついてんだこいつら。さっさとバトるなりkillるなりしろよ(逆切れ)。
《side:壱埼ひとみ》
今、私は、間違いなく幸せだ。
視線を上げれば、そこにはずっと気になっていた少年の、ぎこちない笑顔がある。慣れてないのが丸わかりな、それでもこちらに思いを伝えようとしてくれている、優しい笑顔。
視線を下げれば、そこにはつながった二つの手がある。それは、私と彼の関係が変わった証。
私のものよりも大きな彼の手は、壊れ物でも扱うかのような繊細さで、私の手を包み込んでいる。思ったよりもごつごつしていて、男の人の手なんだってことが分かってしまう。
ああ、また一つ、彼の―――東雲曙くんのことを、理解することが出来た。
そのことが、嬉しくてたまらない。曖昧だったものが確かに形を持つことが、望んで止まなかったものが手に入ったことが、私の心を歓喜で埋め尽くす。
もう一度、彼の顔に視線を移す。……やっぱり、曙くんってかっこいいの。
艶やかな黒髪はサラサラだし、顎のラインはすらっとしてるし、目つきはちょっと鋭いけど、私としてはそっちの方が好みだったりする。
いつもはむすっとしていて、それが崩れることが無い筋金入りの無愛想さん。
今、彼の顔に浮かんでいるのは、笑み。私だけに向けられた、私のための笑み。
この場において、私だけが彼の笑みを向けてもらえているということに、優越感を覚え、さらに幸せな気持ちなる。気になっている人が、自分だけを見てくれるなんて、女の子としてこれほどの幸福は無いんじゃないかな。
あはは、気になっているというか……多分だけど、私は、曙くんのことが好きになってる。
それは、友愛の感情であり……それ以上の、恋愛の感情も多大に含んでいる。むしろ、ソッチがメインなの。
もともと気になってはいたから、その時から若干、そっちの感情が私の中ではぐくまれていたのだろう。
それが、今回の件で止めを刺されたって感じかな。守って貰って、かっこいいところをいっぱい見せつけられて、不器用で優しいところを見て……完璧に、堕ちた。
考えるだけで、鼓動がどっくん、どっくんって早くなる。異性にこんな感情を抱くのは、実は初めてだったり……告白されることは何度もあったけど、その相手を好きになったことはなかったから……これは、私の『初恋』、なの。
そう考えると、自然と曙くんを見つめる瞳に熱がこもる。頬が熱くなっているのが分かってしまう。
口元、にやけてないかな? いきなり目の前でにやにやしだしたら、変な子だと思われちゃう。気を抜くと緩んでしまいそうなので、意識してきゅっと口元を引き締めた。
そして、曙くんを……って、駄目だ。曙くんの顔を見たり、曙くんのこと考えたりするだけで、どうしてもにやにやしそうになっちゃう……。
と、というか、私はいつまで曙くんの手を握ってるの!? そろそろ不自然というか、いろいろ自覚しちゃったせいで緊張しまくりだから手汗とかかいちゃうかもしてないっていうか……。
わたわたと慌て始めた私を見て、不思議そうな顔をする曙くん。うん、だよね! いきなり目の前でこんな風に変な反応したら、そんな顔もするよね!
「どうかしたのか、ひとみ?」
はぅ! 名前呼び!
曙くんの中では、『名前で呼ぶ=友達』ということになっているのか、こうして私のことを呼び捨てで呼んでくれるらしい。
なんというか、親密度がとってもアップしてる感じなの……すっごく嬉しくて、きゅんきゅんしちゃうよぉ……。
……って、そうじゃない! 名前で呼んでもらえるのは嬉しいけど、今は曙くんに大丈夫って言わないと……。
「う、うん。なんでもにゃいの…………………………はぅ!」
か、噛んだぁああああああ!? 私、何してるの!? 普通に大失態なのぉ……。
恥ずかしさに真っ赤になり、思わずその場にしゃがみこんでしまう。上から「ひ、ひとみ?」と曙くんの困惑した声が聞こえてくる。
けど、羞恥心の津波に襲われた私の心は、言葉を返す余裕があるほど強くはなく。
「ひゃ、ひゃいじょうぶ……」
一分ほど掛けて、そう返事をするのが精いっぱいだった。
《side:東雲曙》
……なんだろうか、この可愛い生き物。
俺は、目の前で真っ赤になってうずくまるひとみを見て、そう正直な感想を思い浮かべた。
互いに「よろしくお願いします」と言って、正式に友人関係を結んだ後、なんとなくタイミングを逃して手を握ったまま視線を合わせていた俺とひとみ。
『高校最初の友人が出来たけど、まずは何を話したらいい?』みたいな状態の俺は、そのコミュ力の無さをいかんなく発揮し、連休の高速道路の如く言葉に詰まっていた。
「なにか……なにか言わなければ……!」と俺が焦っていると、ひとみがいきなりキョロキョロしだしたり、かと思えば顔を赤くして俺の方を見つめてきたり、によによとにやけたり、かと思ったら表情を引き締めて、一瞬のうちに崩れたり……うん、なんか百面相していた。
野郎が異性の前で同じことをしたら、真面目に通報されかねんが、ひとみのような美少女がやるとそれもまた可愛いというか……うん、可愛い女の子が最強の存在ってのは本当なんだな。
ただ、なんで百面相をし始めたかは分からなかったので、「どうした?」と聞いてみたのだが……。
そこで、ひとみは、噛んだ。それはもう、盛大に。
「なんでもにゃい」って言ったんだぞコイツ。なんだそれ、あざとい。実にあざとい。
そして、あざといひとみちゃんはそのまま羞恥に沈み、今は俺の足元でカリスマガード状態になり、うーうー唸っている。ちょっと待っていると、「ひゃいじょうぶ……」と返事があったので大丈夫なのだろう。
そして、ひとみの復活を待つこと約三分。
「……いろいろごめんなさい」
「いや、うん。別に謝ることじゃない。俺は気にしてないから大丈夫だ」
「私の精神ダメージ的に大丈夫じゃないの……」
そう言ってガックリと項垂れるひとみ。うん、本当に気にしなくていいんだぞ? あの程度、俺とかあの人の普段の行動に比べたら奇行のうちにも入らん。
まぁ、この話を引っ張っても互いに良いことないし、別の話に移ろう。
「さて、これでお礼云々の話は済んだわけだが……」
「……うん。曙くんは、もう行っちゃうんだよね?」
と、ひとみは少し寂しそうに言った。……おん?
「行くところがあるって言ってたし……うん、いいよ。曙くんには、曙くんのやるべきことがあるんだよね。だったら、そっちを優先してほしいの」
「いやいや、待て待て」
すごく物分かりの良いことを言ってくれるひとみを慌てて止める。
「はぁ……ひとみの気持ちは嬉しいが、俺にはこの場でやるべきことがもう一つ出来た。俺が出ていくのはそのあとだ」
「ふえ? や、やることって……何?」
「決まってるだろ? ひとみに、今起きていることについて、できる限りのことを教える」
「……! 待って! 私は別に……!」
「分かってる。ひとみがそれを目的にしてないってことは、重々承知してる。……だからこれは、ただ俺がそうしたいだけなんだ。せっかく友人になれた相手を死なせたくないって思うのが、そんなにおかしなことか?」
「……ううん。ごめんね、曙くん」
「謝ってくれるな。こういう場合は、謝罪の言葉よりも、感謝の言葉が欲しい」
「……うん! じゃあ、ありがとう!」
にこっ、と笑顔になり、感謝を口にするひとみ。ああ、そうだ。お前には、そういう表情が一番似合っている。
見ているだけで心が温かくなりそうな彼女の笑顔。それを守りたいと、失いたくないと思ってしまったのだ。ならば、俺にできることは全てやる。
俺が後悔したくないからやるのだ。ひとみが負い目を感じることなんて何一つないんだが……まぁ、根っこから葉先まで善性で構成されているようなヤツだからな。ちゃんと、気にする必要はないということを伝えておかなくては。
後は……。
「おい、そこのやつら」
くるりと振り返り、俺が声を掛けたのは、何故か教室の隅から移動せず、ジッとしているクラスメイト共。
しかし、なんでこいつらは俺とひとみを凝視したまま動かないんだ……? 女子生徒は微妙に顔が赤いような気もするし、男共は妙に殺気立ってるな……?
「……うわぁ、ひとみちゃんも東雲くんもすごい……。なんかもう……すごい……」
「何アレ映画のワンシーンかなにか? というか東雲くんって笑うとあんな感じなんだ……結構可愛いかも」
「はぁ……たまにはNLもアリね……。正統派美少女のひとみちゃんと無愛想系イケメンの東雲くん。中々に捗る組み合わせだわ……!」
「ひとみちゃん、完全に堕ちてるよね。あれは完全に恋する乙女の顔だった」
「東雲ェ……! 貴様ァ……!」
「なに壱埼さんとイチャコラしてんだよ……! 羨ましいんだよ……! 変われよそこ……! 変わってくださいお願いします……!」
「壱埼さんのテレ顔マジカワユス。それを引き出したことだけは評価してやろう。だが、ギルティだ」
「ギルティ」
「ギルティ」
「ギルティ」
「ギルティ」
「裁判長、刑は何にいたしましょうか」
「そりゃ勿論…………死☆刑」
「「「「「ひゃっほうッ! 血祭りじゃぁああああああああッ!!!」」」」」
……なんか、男子共がすさまじく元気になっている。そして、俺に向けられる視線が殺気立ちすぎていて怖い。非日常的空間が日頃の俺の態度に対する彼らの不満を浮彫にしたのか……?
ともあれ、話を聞いてもらえないと困るので、ちょっと静かにしてもらおう。
では、スキルの発動を意識して……。
「―――『静かに』」
スキルの効果の乗った命令が響き、その場にいた全員が口を閉ざす。教室に静寂が訪れる。
ふむ、使うのは二度目だが……やはり、あまり気分の良い物ではないな。
――――スキル《超人体質》
神ガチャで手に入れたチートスキルの一つ。基本効果は自分のステータスへの大幅な補正、成長速度上昇、スキル効果上昇などの常時発動系の能力強化だ。
これだけでもだいぶ強力なのだが、ここにさらにいくつもの能力が付随してくる。
その内の一つが、『命令支配』。
それは、他者に対する絶対命令権だ。
この能力を発動してした発言を聞いた者は、その内容を何が何でも実行しようとする。恐るべき精神支配系能力の最上位。
俺の言葉が、命令を下した相手の意志を完全に上塗りしてしまうのだ。俺の言葉一つで、なんでもする奴隷が一瞬で出来上がるわけである。そんなものを積極的に使いたいと思うワケがない。
何より恐ろしいのは、この『命令支配』、使用に必要なコストが皆無というところだ。俺の精神ダメージ以外、MPもHPも消費せず、回数制限は無し。
……流石、神ガチャの景品というべきだろうか。何故ベストを尽くしてしまったのか。
俺だって、話を早急に進めなければならないこんな状況や、一回目の緊急事態じゃなければ使いたいなんてこれっぽっちも思わない。
ステータスの精神がよほど高ければ抵抗できるらしいのだが……。俺の精神ステとの抵抗ロールだからなぁ……俺、精神無駄に高いからなぁ……。
まぁ、その話は置いておき、まずは黙らせたこいつらに要件を伝えよう。
「……今から、俺はひとみに今起きていることについて、知っている限りの情報を渡す。聞きたいなら勝手にしろ。……言っておくが、『嘘』だの『冗談』だの騒いだ場合は今みたいに強制的に黙らせるからな? 質問も禁止だ。以上」
「……ふふっ」
クラスメイト共に一方的な通達をした途端、隣から思わず噴き出したような笑い声が聞こえてきた。……言うまでもなく、ひとみである。
そちらに視線を向けると、ひとみは優しい……というか、温かい目で俺のことを見ていた。……何だろう、すさまじく嫌な予感がする。
「……何かおかしかったか、ひとみ?」
「ふふっ、ううん。やっぱり曙くんは曙くんだなって思っただけなの」
「何か引っかかる言い方だな……言いたいことがあるならはっきり言っていいぞ?」
「優しいね、曙くん」
……優しい? 俺が?
ひとみに言われたことがよく分からず、首をかしげる。……優しい? それは一体どこの曙くんの話だ?
「もちろん、私の目の前にいる、私の友達のことだよ」
心を読まれた!?
一体いつからひとみは読心系能力者に……って、そうじゃない。どっかいけ厨二病。
それにしても……今の行動のどこに優しさがあった?
強制的に黙らせて、一方的な要求を突き付けた。ただそれだけだぞ?
「うんうん、その様子だと、曙くんに自覚はないんだろうね。けど、曙くんはクラスのみんなにも情報も聞かせてあげようとしてるんだよね? 『赤の他人』って言ってた、クラスのみんなに」
「それは……アレだ。ひとみへの説明中に横からぐだぐだ言われるのが嫌だっただけだ。先に行っとけば、その心配もなくなるだろ?」
「ふふっ、そうだね。うん、曙くんはそれでいいと思うよ」
……何だろう、このひとみの手のひらの上で踊らされている感じは。
こう言うのをコミュ力の差と言うのだろうか? 俺とひとみとじゃあ、対人能力……特に、他者を理解する能力なんかの出来が違うのだろう。
何か反論をしようとしたが、ニコニコと俺に笑顔を向けているひとみを見たら、何の言葉も出てこなかった。何を言っても無駄ということを、本能が理解したのだろう。
代わりに口から漏れ出たのは、ため息。深く、いろんな感情を込めたため息を吐き、それで頭を切り替える。
そうだ、せっかく友人から優しいという高評価をもらえたんだ。それを素直に喜べばいいんだ。わーいやったーうれしいなー……はい、これでこの話は終わり!
こほん、と咳払いを一つ。表情を引き締め、視線をまっすぐひとみへ向ける。
「これから話すのは、『この世界がどう変わってしまったのか』ということ。そして、その変わった世界において、俺たちは『どう変わっていかなければならないのか』ということだ。……とりあえず、最後まで聞いてくれ」
「……うん」
ひとみも神妙な表情になり、こくりと頷く。ちらりと視線を横に逸らすと、クラスメイト共も固唾をのんで俺たちの話に耳を傾けていた。
崩れた教室に、痛いほどの静寂が訪れる。
俺は一度目を閉じ、頭の中で話す内容をまとめる。それを一通り確認したのちに、目を開いた。
すべての準備は整った。
「―――――――では、始めよう。『終わりなき終焉』という名のゲームの話を……」
そう前置き、俺は話を始めるのだった。
男のツンデレとか誰得だよ。
ワイ(ドヤァ)




