東雲曙③
主人公のステータスはちょっと待ってね。
まだ決まってないから。
《side:東雲曙》
来た。
俺の時代が、ついに来た。
「神よ……感謝します……」
自然と、その言葉が口から出た。今なら宗教に傾倒してしまう人の気持ちが分かる。
この胸中にて渦巻く歓喜の感情が、神のおかげなら、信仰を捧げることもやぶさかではない。
……まぁ、ガチャのおかげで得た信仰とか、欲にまみれすぎて意味が無さそうだがな。
俺の反応からなんとなく分かると思うが、『神ガチャ』の結果はそりゃもう素晴らしいものだった。神の名に恥じない、最高を俺にもたらしてくれた。もしかするとこのガチャは、引いた者が望んでいるアイテムやスキルが出てくるのかもしれない。
……ガチャから出てきたアイテムやスキルは、俺を俺の『憧憬』に近づけてくれるモノだった。ずっと憧れていた『あの人』に……。
さぁて、手に入れたアイテムやスキルを元にステータスを完成させるとするか。それが終わったら……そうだな、一度魔物との戦闘をやってみたのち、あの人と合流するとしようか。
というわけで、ステータス画面をポチポチやりながら初期設定を終わらせようとしていたのだが……。
「なぁ、東雲。ちょっといいか?」
ふと、そんな声が上から聞こえてきた。男子生徒のもので、まぁ、一応聞き覚えのある声だ。聞き覚えがあると言っても、親しい間柄の人間とかそういうわけではない。この教室にいると嫌でも聞くことの多い声だというだけだ。
視線はステータス画面に固定したまま、「……なんだ?」と返事をする。すると、声がした方から狼狽えた気配が伝わってくる。
「……えっと、話をしたいから、こっちを向いてくれないか?」
「断る。話ならこの状態でもできるだろう」
「大事な話なんだ。頼むよ」
……面倒だ。非常に面倒だ。
俺は、しぶしぶと……。本当に、「しょうがないから向いてやるよ」感をありありと出しながら、緩慢な動きで、俺に話しかけてきたヤツに視線を向ける。
……やっぱりこいつか。日向祥吾。
こいつはまぁ、アレだ。このクラスの中心的人物。クラスカーストの最上位にいるイケメン優等生サマってヤツだ。俺のようなクラスカースト最下位どころか、カースト外にいるような人間の真反対にいる人種である。
話がしたいと言うのは、『終わりなき終焉』についてだろう。窓の外を少し見れば、おかしな現象が起こっていることに気づけるだろう。
それで、さっきから変な行動(俺にだって自覚くらいある)をとっている俺に、何か知らないかを尋ねに来たというわけか。
俺がこいつの質問にわざわざ応じてやる必要なんざどこにも無い。ステータスの初期設定に忙しいし、集中してやりたい。
よし、拒否だな。
「では、言い方を変えよう。今、俺は大切な作業をしている。なのでお前に構っている暇はない」
「大切な作業……? その、何も無いところで指を動かしているのがそうなのか?」
「……………」
「む、無視するなよ! 東雲!」
ダンッ! と俺の机が叩かれる。……はぁ、このまま相手をせずに放置する方がめんどくさいことになりそうだな。だが、ステータスの設定を途中でやめるのは嫌だし……。
「……とりあえず、今やっていることがひと段落したら話を聞いてやる。それまで待っていろ」
「駄目だ。こちらを優先してくれ。皆が困ってるんだ」
「……………」
皆、ねぇ。
ちらりと教室を見渡してみると、全員が俺と日向の方を見ていた。そして、そいつらは皆、何かに怯えるような表情をしている。
「よく分からない声が聞こえた後から、何かがおかしくなってるんだ。外には化物がいるし、校舎の中からは悲鳴が聞こえてくる。東雲はこの状況について知ってることがあるんじゃないか?」
ふぅん、魔物の存在には気づいているのか。だったらさっさとステータスを開いて自衛手段を手に入れるなりなんなりすればいい。
悲鳴が校舎の中から聞こえてきたということは、建物の中にも魔物が現れたのだろう。事態は刻一刻と悪い方向に進んでいるのだろう。
……だから、なんだ?
皆が困っている。まぁ、そうだろうな。この状況で困ってないヤツなんて、俺の入れてほんの一握りだろうよ。この学校内なら、俺とアノ人くらいだろうし。
けど、それが俺に何の関係がある? 困っているなら困らないように頑張れ。俺が『他人』に言えるのはそれだけだ。
それに……こいつらに説明して何になる? 「現実世界は神サマの手によってロープレ風なゲームに改変されました。ステータスチェックして後は各々頑張れ」とでも言ってみろ。途端に「嘘つけ」だの「適当なことを言うな」だの言ってくるに違いない。
頭っからこっちを信じる気のないヤツは、どんなに丁寧に説明しても無駄なのだ。それが、こういった超常現象ならなおさらである。幽霊の存在を一切信じていない奴に、どれほど霊的存在が実在していることを説明しても、「そんなのあるわけない」とバッサリ否定されて終わるのと同じことだ。
説明する義理も義務もない上、説明自体が無駄骨になることが目に見えているこの状況で、どうやってやる気を出せと? 労力と結果が釣り合っていないのにもほどがある。
なので。
「……いや、何も知らないな。一体なにを言っているんだ、お前は?」
と、さらりと嘘を吐いた。
それで完全に赤の他人どもへの関心を失った俺は、いまだに何かを言っている日向を無視してステータスの設定を進める。職業は決め終わったから、後はスキルだな……。
そして、五分後。ついに俺のステータスが完成した。
完璧なる我がステータスを見て、満足げに頷いた俺は、ずっと展開しっぱなしだったそれを消した。ちなみに、ステータス画面を出したり消したりするのは、声に出さずとも頭に思い浮かべるだけで大丈夫なようだ。
さて……ステータスの設定も終わったことだ。力を試し、俺が戦えるかを確かめるために、魔物との戦いを体験しに行くとするか。
ずっとステータス画面を見つめていたことで凝った肩をほぐしながら、席を立つ。ガタン、と椅子が鳴り、その音に反応して周りの席のヤツらが肩をこわばらせた。
机の横にかけて置いたリュックサックを手に、教室を出る……前に、誰かに腕を掴まれた。
たくっ、一体誰なんだ、俺の邪魔をするやつは……まぁ、候補は一人しかいないんだが。
そう思って振り返ると、案の定、俺の腕を掴んでいたのは日向だった。端正な顔に不信と怒りの感情が入り混じったような表情を浮かべ、こちらを睨んでいる。
日向は、俺を睨んだまま、口を開いた。
「東雲、どこに行こうとしてるんだ?」
「別に、どこでもいいだろう。俺には俺のやることがある」
そっけなくそう返してやると、日向は分かりやすく顔を歪ませた。
「今起きていることが理解できないのか!? 外には化物がいて、人が襲われている! 外だけじゃなく、この校舎内にも侵入している可能性がある! 警察や消防に連絡しようとしたけど、携帯は使い物にならないッ!! 非常に危険な状況なんだ!」
「……だから?」
「……ッ! ……分からないのか? この状況をどうにかするには、皆の力を合わせなくてはいけない! 勝手な行動をとられると困るんだ!」
「……何故俺が、お前の決定に従わないといけないんだ? それに、その皆の力を合わせなくてはいけないという言葉の根拠は? どうにかすると言ったが、具体的にどうするんだ?」
「そ、それは……。そ、それをこれから皆で考えるんだ。だから、東雲も……」
「話にならんな」
クソみたいな理論を展開する日向を、俺は感情のこもっていない声で切り捨てた。それはもうバッサリと、容赦なく。
「今の状況を分かっていないのはお前の方だな。仲良しごっこがしたいなら勝手にやってろ。俺を巻き込むな」
「な、仲良しごっこ……?」
「それ以外になんて言えばいいんだ?」
戦わなければ生きていけない。力が無ければ自分を守ることも出来ない。そんな世界になったというのに、『皆』なんてモノに執着するのは愚かとしか言いようが無い。
もう、こいつに付き合っているのも疲れたな。現実が見えていないアホを相手にする余裕なんざ、今の俺には一フェムトすらない。
というわけで、俺の腕を掴む日向の手を強引に払いのける。ステータスを手に入れた俺と生身の日向とでは素の身体能力にも差が生じているので、日向の手は簡単に外れた。
俺の膂力が予想外に高いことに驚きの表情を浮かべる日向に一瞥もくれず、教室の扉に向かおうとして――――――――スキルに、魔物の反応が引っかかった。
急いで反応があった方へと視線を向ける。場所は……廊下!
俺が視線を向けたのとほぼ同時に、廊下側の壁に取り付けられている窓に、影が映る。大きさにして二メートル半はありそうな、巨大な影。
その影は、手に持っているナニカをゆっくりと振り上げた。影が何をしようとしているのかが、簡単に理解できてしまう。
くそっ、このままじゃ廊下側の席に座ってるヤツらの命が危ない。赤の他人とはいえ、目の前で死なれるのは流石に勘弁願いたい。
「オイ、そっちのやつらッ!! すぐにその場から離れろッ!!」
そう叫ぶも、誰一人として動くことはなく、いきなり大声を上げた俺に対して、驚いたような顔を向けるだけだった。
「東雲、いったいなにが……ッ!?」
日向のヤツも、廊下にいる魔物の影に気づいたようで、その場に固まった。チッ、コイツの言葉ならあいつらも動くと思うんだが……役に立たねぇ。
そうこうしているうちに、魔物の影が手にしたナニカが、限界まで振り上げられた。あとは力いっぱい振り下ろすだけですってか!?
迷っている暇はなかった。俺は制服の内ポケットから一本のペンを取り出す。右手で握りしめた銀色に輝くそのペンの上部分、そこに取り付けられている蒼い宝石を親指でノックし、叫ぶ。
「『ヴァイスシュテルン』、起動せよ!」
《システムオールグリーン。魔導杖『純白の光星』、起動します》
俺の叫びに呼応して、無機質な声が響く。その声は俺の持つペンから発せられていた。
蒼光が、溢れる。
《戦闘衣『夜闇を纏うもの』、展開》
再度声が響き、複雑な文様と文字で構成された光の帯が、俺の体を包み込む。
それは、一瞬の出来事だった。光に包まれた俺に、変化が訪れる。
所要時間、ゼロコンマ一秒。外側からは、俺の体がほんの刹那、輝いただけに見えただろう。
だが……準備はもう、終わっている。
「そこをどけッ!」
俺の進路上にいたクラスメイト共にそう言い捨て、踏み出す。
瞬間、感じる加速。俺の体は瞬きする間もないほどの速さで、廊下側の壁とその一番近くにいた女子生徒との間に割り込んだ。
それとほぼ同時に、窓に映る化物の影が、手にしたナニカを振り下ろしてきた。
廊下側の壁に取り付けられた不透明な窓をたたき割りながら姿を見せたのは、赤いモノが付着している金属の塊。鋭い棘が付いた球体に棒が突き刺さっているようなそれは、所謂『モーニングスター』という鈍器の一種だった。
……あの凶悪なヘッドに付着している赤いモノは、十中八九誰かの血液だろう。そして、その誰かはもう……。
その凶器が、割り込んだ俺の頭上に迫る。このまま何もしなければ、俺もモーニングスターに付着した血液の持ち主さんと同じ末路をたどることになるだろう。
それは、何もしなければの話だ。
俺は、右手に握っている銀の装飾がなされた長杖の先をモーニングスターに向け、叫ぶ。
「[フォースシールド]ッ!!」
《[フォースシールド]、発動》
ガァンッ!!
硬い物同士がぶつかり合う音が響き渡った。
俺の頭蓋をカチ割ろうとしていたモーニングスターは、杖の先に展開された複雑な文様が内側に描かれた円――――魔法陣に受け止められていた。
「……ッ! ハハッ、マジか……!」
使えた。魔法が、使えてしまった。自分でそう設定したとはいえ、驚きが隠せない。
魔法を使う。そんな長年の夢が叶ったことに、思わず体が震えてしまうほどの興奮と歓喜が、全身を駆け巡る。それと同じくらい、上手くいったことに安堵する。
……ぶっつけ本番で、よく失敗しなかったな、俺。イメージトレーニングは完璧だったとはいえ、一歩間違えればミンチに……うん、考えないでおこう。
俺の発動した魔法、[フォースシールド]。任意の場所に盾の役割を持つ魔法陣を展開するこの魔法によって、モーニングスターを止めることには成功した。
だが、モーニングスターの持ち主はそんなことであきらめる気などサラサラないようで、侵入を拒んでいる壁を壊そうとしているのが盾越しに確認できた。
「さて……ん?」
[フォースシールド]越しのモーニングスターが、拒む盾を壊そうと強く押し込まれる感覚に抵抗し、この後どうするかを考えていた俺の足に、何かがぶつかった。
なんだ? と、肩越し振り返る。そこには、床にへたり込んで呆けた表情で俺を見上げる女子生徒がいた。……ああ、廊下側の壁に一番近いところにいたヤツか。俺が半分突き飛ばす感じで割り込んだせいで転んで、そのまま動けなくなった……ってところか?
ちっ、ここにいられると邪魔だな。退かすか。
「オイ、お前。はやく教室の隅に逃げろ」
「え? え? え?」
「早くしろ……ここにいると、死ぬぞ?」
「は、はいっ!? すぐに逃げます!」
混乱の極み、といった様子だったが、ちと低めの声で促してやればさっさと逃げていった。うむ、それでいい。後は……。
「お前らもだ! 俺の邪魔にならないように隅に避けてろッ!」
「し、東雲? 一体、何が……」
「黙れ! さっさと言う通りにしろっ!!」
教室内にいる連中に、できるだけ巻き込まれないような位置に行くように言うが……駄目だ、反応が鈍い。指示に従ってくれたのは数名だけ。
現状が理解できていないのか、理解できていて動かないのか……どっちにしろ、邪魔なことには変わりがない。
こうなったは仕方がないか……あまりやりたくない方法だが、ガチャで手に入った力をさっそく使わせてもらおう。
俺は、スキルの発動を意識しながら、『命令』を口にした。
「もう一度言う――――『邪魔だ、退け』」
「「「「「…………はい、わかりました」」」」」
スキルの力が籠った俺の言葉に、うろたえるだけだったクラスメイト共が途端に静かになる。そして、訓練でもしたのかと疑いたくなるほど鮮やかな動きで、俺の命令通り隅っこの方へと移動した。
……ほぼ、マインドコントロールだな、このスキル。流石は『神ガチャ』と言ったところか?
だが、他者を自分の思い通りに動かすと言うのは、あまり気分の良い物ではなかった。
誰かを動かすとか、命令するとか、俺にはそういうのが向いていないんだろう。やむを得ない状況だったとはいえ、罪悪感のようなもやもやが湧き上がってくるのをはっきりと感じた。
しかし、俺にそんな風に感傷に浸るような余裕はないらしい。
ドゴォッ!! という轟音と共に、目の前の壁が崩れ去った。飛んでくる破片が[フォースシールド]に弾かれ、あたりに散らばる。
それを踏み砕きながら姿を見せたのは、モーニングスターの持ち主。
「グフッ、ニンゲン、イタ……♪」
―――そいつは、不気味な顔を歪ませて、嗤った。
自分が強者であることを疑っていない者だけが浮かべることのできる笑み。そして、こちらのことを弱者だと疑わぬ嘲り。
その二つが合わさった、どこまでも醜悪な笑みだった。
そいつの外見を観察した俺の頭の中に、そいつの情報が流れ込んでくる。これも、『神ガチャ』で手に入れたスキルの力だ。
赤銅色の肌、筋骨隆々な巨体、天に向いた日本の黒角、ギラギラとした深紅の目。
身に着けている物は、革製の腰巻のみ。その姿を一言で表すなら――――鬼。
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【名前】:グズール
【種族】:ハイオーガ
【状態】:正常
【Lv】25
【HP】3000/3000
【MP】200/200
【筋力】300+30
【耐久】300+10
【敏捷】50
【知力】20
【精神】20
【器用】10
【スキル】:《殴打Lv3》《強撃Lv4》《棍棒Lv1》《暴走Lv2》
【称号】:《ネームドモンスター》
【装備】:モーニングスター、革の腰巻
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「ニンゲン、オソウ。ニンゲン、ナグル。ニンゲン、コロス」
物騒なことを言い始めた鬼―――ハイオーガのグズール。
そいつがモーニングスターを引き戻したのと同時に[フォースシールド]を解除し、後ろに飛び退いて長杖―――『ヴァイスシュテルン』を構えた俺は、頭に入ってきた情報を瞬時に『把握』し……思わず、頬を引き攣らせた。
ハイオーガ。レベル25。バカ高い筋力と耐久。《ネームドモンスター》の称号。
これまで、いくつものロープレで遊び、異世界ファンタジーモノの小説を読み漁った俺には分かる。
コイツ、強いヤツやん。絶対、強いヤツやん。
……俺の初バトルは、中々に厳しいモノになりそうだった。
東雲曙って名前めっちゃ気に入ってんだけど。
黒髪眼鏡のイケメンっていいよね。




