東雲曙②
こんなオタクいねぇよ! というツッコミは受け付けておりませぬ。
あと、テスト期間はまだおわっておらぬ。
《side:東雲曙》
まず、この状況は十中八九、『現実世界にファンタジーが侵食してきたんだが、どうすればいいだろうか?』だろう。ラノベのタイトルみたくしたのはなんとなくだ。他意はない。
いつも通りの日常。そこに割り込んできたのは、ありえない幻想と血に濡れた理不尽。戦いなんて知らずに過ごしてきた平和な日々はどこかに消え去り、否応なしに幻想の化物との戦いに身を投じさせられる。己の命を、大切なものを守るため、人々は闘争にその身をゆだねるのであった……的な。
要するに、戦わなければ生きていけない世界になってしまったということだ。そうしなければ、すぐにでも人間を襲う存在……魔物に殺されてしまう。
ふと、視線を左に向けた。教室の一番後ろ、一番窓際が俺の席であり、この教室は三階にある。ここからはグラウンドや街の景色が一望でき、授業中、退屈なときには景色を眺めて退屈を紛らわしているのだが……。
「………いるな」
魔物、発見。
なんか、デカい犬っぽいヤツがグラウンドをうろついていた。姿形は灰色のお犬様だが、その大きさは小型の車くらいある。それが、三匹。
今の時間はどのクラスも体育でグラウンドを使用していないのか、人影はない。もし、あの場に誰かがいたならば、あっさりとあのデカワンコどもの餌になっていただろう。
他にもいないかな? と視線を町の方に向けると……電柱に乗っかる極彩色でこれまたデカい鳥を発見。それ以外にも、TVゲームなんかでしか見たことのないようなモンスターがちらほらと…………あっ、通行人が襲われて……死んだ。……死んで、しまった。
どうしようもない無力感のようなモノが湧き上がってくるが、ぐっと堪える。窓の外から視線を引きはがし、思考に戻る。
ふぅ、これで魔物がいることも証明されたわけだ。そして、その魔物が人を襲い、容赦なく殺すことも。今殺された見知らぬ人間に形だけの黙禱を捧げ、俺は思考を加速させる。
あの神が言っていたことの大半が真実味を帯びたな。あと疑わしい部分は、レベルカンストで願いを叶えてくれるという部分くらいか。
……さて。
――――ここを間違えていては何も始まらないから、今一度しっかりと確認する。
この世界は、変わった。平和な日常、保たれていた秩序。そういったものは、すべからく消え去った。
理不尽に奪われたそれらの代わりに、俺たちに与えられたの力。この冗談のような……それでいて、冗談では済まない現実を生き抜くために、戦う力。
ならば、俺がするべきことは何か。
……考えるまでもない、死なないために『戦う』。それ以外の選択肢は存在しない。
そのためには、力が必要だ。敵を倒す力、自分の身を守る力、大切なモノを守る力。そして、この世界を生きていく力。
……と、言うわけで。
―――――――ガチャの、時間だァッ!!
《side:???》
――――東雲曙は、オタクである。
アニメ漫画ラノベにゲーム、ボ〇ロにフィギュアにその他諸々。節操なく手を出しまくるオールラウンダーオタク。広く浅く、たまに深く。様々なモノを愛する趣味人間。それが曙だ。
彼がこの異常事態に簡単に順応しているのは、単にネット小説とかで似たような状況になる作品を読み漁っていたからだ。それだけで順応とかできるの? という疑問はあるが、曙にとってはそれで十分なのだ。
根っからのオタクである曙は、冷静に現状を考察しているように見えて、実は内心でわくわくしっぱなしだった。
神を名乗る存在。目の前に浮かぶステータス画面。街を徘徊する魔物。変わってしまった現実。
曙がいつかに妄想した世界が、ここに実現したのだ。これでテンションが上がらなかったらオタクじゃない。
そして、オタクなら……いや、オタクじゃなくても『絶対当たる宝くじ』と言えば気分が上がるであろう『神ガチャ』の存在を前にして、曙のテンションは頂天に達していた。
これまで誰よりも冷静に、そして正しく現状認識が出来ていた曙。力を付け、この世界で生きていくための方法を真剣に模索していた曙。
そんな彼がまず真っ先に手を付けた行動は、ガチャだった。……前後の行動の落差が酷い。
とはいえ、曙の『力を入れる=ガチャを引く』理論もあながち間違っているわけではない。
『神ガチャ』は、絶対に最高レアのアイテムやスキルが手に入るトンデモ仕様。そして、ここで手に入るアイテムやスキルは、そのまま曙の『力』になってくれる可能性が高い。第一職業や初期スキルは、このガチャの結果を見てから決めればいい。それが曙の考えだった。
曙は、ステータス画面の【特殊】の部分に残った『最速行動者特別特典! 神ガチャ十連プレゼント!』を震える指でタップする。
画面が切り替わり、『神ガチャを十回引きますか?』というメッセージと、『Yes/No』の選択肢が出現する。
ソシャゲのガチャで欲しいキャラを手に入れるために何万円も課金した記憶が曙の頭をよぎった。
(ああ、そんな苦々しい記憶とも、これでオサラバできる……! 何度でも言うぞ……神サマありがとう……!)
曙は涙を流す勢いで神への感謝を捧げ、万感の思いを込めて、『Yes』を押した。
『ちゃらららっらら~~~~ッ!!! 最高レアアイテム&スキルを必ずゲットできちゃう大チャンスッ!! 神ガチャ、すたぁとぉ~~~~ッ!!!!!』
キンキンと甲高い女の声が、その場に響き渡った。
その声は、曙だけでなく彼と同じ教室の中にいた者たちにも聞こえたようで、皆一斉に声の発生源である曙の方を見る。
「お、おい。今のなんだよ?」「アイテム? スキル? な、何のこと……?」「もしかして、さっきの声も……?」「だ、誰か聞いて来いよ!」「お、お前が行けよ! お前が言い出したんだろ!?」「いや、でも……東雲だぞ?」「う……」
……なんとなく、曙のこのクラスでの扱いが分かるやり取りが、教室のあちこちで繰り広げられていた。
曙は、周りのざわめきと耳元で響いたキンキン声に、「うるさいな」と顔を一瞬だけしかめる。
「し、東雲くん? い、今は授業中ですし、ゲームとかは……」
「は?」
「あ、いえ。なんでもないです……」
授業をしていた女教師(今年で二年目)が教師らしく曙を注意するが、表情を消した曙の「は?」の前にあっけなく敗れた。
曙はすぐに不気味なほど機嫌がいい笑顔に戻り、再度切り替わった画面の『TOUCH!!』と書かれ、ピカピカと自己主張激しく点滅しているボタンを押した。
画面が切り替わった。虹色に光り輝く裏向きのカードが、横一列に十枚並んでいる。
『ひとつめッ!』
声の合図で、一番左にあるカードがひっくり返る。そこに書かれた内容を素早く読み取った曙は、「おおっ!」歓喜の滲んだ声を漏らした。
そして、
『ふたつめッ!』
「おおお……!」
『みっつめッ!』
「な、何だと!?」
『よっつめッ!』
「こ、これは……!」
『いつつめッ!』
「そ、そんなものまで!?」
『むっつめ、ななつめ、やっつめ、ここのつめッ!!』
「こ、こんなことが許されるというのか……ッ!!」
『ラスト……とうッ!!』
「…………あ、ありがとうございましたァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
教室に、曙の歓喜の雄叫びが響き渡った。
あっはっはっは、テスト勉強とかしたくねぇ