朱音夕①
更新だおらん!
この回から、視点が曙くんから変わる……というか、曙くんがほとんどでなくなります。
では、『朱音夕』編、スタートです。
《side:朱音夕》
「……不愉快だ」
いきなり胸中に湧き上がって来た正体不明のモヤモヤ。
私――――朱音夕は、それを振り払うように、そう吐き捨てた。
なんだろう。非常にイライラする。
具体的には、どこぞの誰かが私よりも私以外の馬の骨を優先した時に感じるようなイライラだ。
……うん、こういう場合、私の直感は大体あってる。つまり、私がそれなりに大変な目に遭っているというのに、あの馬鹿は……!
「非常に……不愉快だッ!!」
まったく! 今は! それどころじゃ! 無いというのにっ!!
湧きあがる怒りをまき散らすように、私は両手に握る二本の剣を振り回した。
右手に握る純白の剣が、前方にいる化物の首を跳ね、左手に握る漆黒の剣がその隣にいるもう一匹の化物を袈裟に斬り捨てる。
耳障りな悲鳴を上げて倒れ伏す化物の体を蹴り飛ばし、迫っていた別の化物にぶち当てる。ひるんだ隙を狙い、接敵。一刀のもとに斬り伏せた。
五秒とかからず三匹を屠ったのはいいのだが……いかんせん、敵の数が多すぎる。今殺したのを含めればすでに十体以上化物の死体をこしらえているが、未だに視界から敵影がなくなる気配がない。
今私がいる場所は、木々の生い茂る森の中。密集とまではいかないが、それなりの密度で木が生えているため、結構戦いにくい。
私が相対している化物……見た目は、小学校低学年くらいの子供。だが、尖った耳に鉤鼻、薄汚れた緑色の肌をしている。
そう、ファンタジー世界の雑魚モンスター代表、ゴブリン。ゲームや物語の中にしか存在しないはずの化物が、確かな形を以て私の前に立ちふさがっていた。
「グギャッ! グギャギャギャッ! グギャアーーーー!!」
「ええい! ぐぎゃぐぎゃうるさ奴らめ! すぐに斬り捨ててやるから大人しくしておれっ!!」
《……いや、斬り捨てられるって分かってたら大人しくはしないんじゃない?》
唐突に、私のものでもゴブリンのものでもない声が聞こえた。
ゴブリンに向けて吐き捨てた言葉に対して、ツッコミを入れる声。甘露の如き少女の声音で紡がれるその声は、私の頭の中で直接響いていた。
……ええい! ゴブリンもうるさいが、こっちはこっちでうるさいぞ!
「いちいちツッコむでない、ターニャ!」
《くすくす。はーい、ごめんなさい》
まるで反省してない声での謝罪に、私は声の主――――私の左手に握られた漆黒の剣を睨む。そう、先程から聞こえる声は、この剣が発したモノなのだ。
長さ八十センチほどの片刃直剣。黒曜石の如き艶やかな刀身は美術品のように美しく、その表面にうっすらと同色のオーラを纏っている。鍔の部分には茨の装飾が絡みついており、その中央には真紅の薔薇の紋章が刻まれている。美しくも、どこか妖し気な雰囲気を持つ剣だ。
私の主武器の片割れであるこの漆黒の剣は、『意志ある武器』だ。簡単に言えば、武器の中に人格が宿っている存在である。
なので、こうして会話が出来たりもするのだが……こやつ、どうにも性格が生意気で困る。まったく、もう一人を見習ってほしいものだ。
《……ターニャ、貴女はまた! マスターの迷惑になることはやめなさいとあれほど言ったでしょう!》
おっと、噂をすればなんとやら。私の頭の中に、ターニャのものではない少女の声が響いた。こちらも耳に心地よい綺麗な声をしているが、ターニャのとは異なり凛々しい感じだ。
こっちの声は、私が右手で持っている純白の剣から発せられている。
長さはターニャとほぼ同じな細身の両刃直剣。刀身は穢れなき純白で、うっすらと同色のオーラを纏っている。全体的に無機質な印象が強いが、それ以上に見ているだけで心が落ち着くような清廉さを放っている。鍔の部分に蒼穹のような青に輝く宝石が埋め込まれている。武器というより、儀式に使う祭具を彷彿とさせる剣だ。
こちらは話はするがターニャのような『意志ある武器』ではないらしく、人格を持つほど高位の聖霊が宿っている剣……『高位聖霊武具』なんだとか。……違いはよく分かっていない。
《ふーんだ。シアってばお堅いわねー。ユウはこんなことじゃ怒らないわ。スキンシップよ、スキンシップ》
《なーにがスキンシップですかこのワガママ娘! その奔放な性格をどうにかしなさい!》
《いーやーよ。シアこそ、そのクソ真面目をどうにかしたら? 硬いだけの剣って、意外と脆いのよ? ちゃんと柔軟性も持ち合わせてなきゃ》
《そんなこと言ったら、ターニャなんて硬さの欠片もないふにゃふにゃじゃないですか! ウレタン剣の方がまだ硬いんじゃないですか?》
《むっ、言ったわね。この石頭!》
《うるさいですよ、あんぽんたんっ!》
《何よ!》
《何ですかっ!》
《《むぎぎぎぎ……!》》
……今一応、大量の敵を相手取ってるということを忘れてるんじゃないか、この駄武器ども。というか、人の頭の中で喧嘩をするな。うるさくてかなわん。
というわけで、こいつらを一発で静かにさせるとっておきを使うとしよう。
「……ターニャ、シア。そのくらいにしないと、別の武器を使うぞ?」
《っ! だ、駄目! それだけは絶対にダメだからね!? ごめんなさい!》
《申し訳ございません、マスター。反省しますから、それだけはどうか……》
どうやらターニャもシアも、私が彼女ら以外の武器を使うことがどうしても許せないらしく、ちょっとそれをにおわせただけでご覧の通りだ。
「ならば、少し静かにしていろ。今は戦闘中だ」
《《はい、ユウ(マスター)》》
素直に返事をする二人に、はぁとため息。最初からそうであってほしかったよ。全く、なんで私の武器は無駄に元気なのだろうか。
「……さて」
二人の脳内喧嘩を聞いている間にも、敵から意識を外したりはしない。視線を巡らせ数えたゴブリンの数は、十五。
……ステータス的に、私が負けることはないだろう。しかし、私の敗北条件は、私が負けることだけではないのだ。
意識をゴブリンたちに向けたまま、視線をちらりと後方に向ける。そちらには、周りの木々に比べると幹が太く、枝が多く飛び出ている一本の木があった。
そして、その木の上では、学校指定のジャージ姿の女子生徒が三人、涙目で肩を寄せ合っている。
彼女たちは、バラバラになってしまったクラスメイトたちの中で、なんとか見つけることが出来た三人だ。
……あの三人を守り抜き、ゴブリンを殲滅する。それが、私の勝利条件。木々が生い茂る森の中で、複数いるゴブリンを一匹も通さずに倒すとなると中々に厳しいが、まぁ、やるしかない。
《……優しいわね、ユウは。足手まといなんて見捨ててしまえばいいのに》
《ちょっ……! なんてこと言うんですか、ターニャ! そんなの駄目です!》
《何でよ。わたしたちがまず優先すべきは、ユウの安全でしょ? 後ろの三人がいなければ、この程度の相手にユウが苦戦するなんてありえないのよ?》
《そ、それはそうですが……けれど、見捨てると言うのはあまりにも……》
……ははっ。ターニャよ、中々に魅惑的な提案をしてくれるじゃないか。
確かに、あの三人は特に親しいというわけでもない、まさに『クラスメイト』でしかない連中だ。見捨てたところで、私の心は一ミリも揺るがんよ。
だが……私は、弱者を見捨てるわけにはいかないのだ。
それは、私が私であるための絶対条件なんだ。……正確には、私が、『あいつの側にいる私』でいるための、な。
そこを違えてしまえば、私は私でなくなるし、二度とあいつの側に立つことも出来ない。
「……だから、絶対に救うぞ。この程度の困難、鼻歌混じりに蹴飛ばせなくてどうする」
《そうです! それでこそ、私のマスターです! カッコいいっ!》
《……ふん。まぁ、ユウがそこまで言うなら、分かったわよ》
私の言葉に、シアは喜々として、ターニャは渋々といった様子で従ってくれた。
「ああ、お前らがそう言ってくれると心強いよ。……では、行くぞ!」
《はい!》
《ええっ!》
今もこちらを窺っているゴブリンどもを強く睨みつけ、私は両手に持つ二振りの剣を静かに構えた。
右手には純白の剣、シア――――『聖剣メサイア』。
左手には漆黒の剣、ターニャ――――『魔剣タナトス』。
「はぁああああああああああああああっ!!」
聖剣と魔剣。相反する二振りを手に、私はゴブリンどもを殲滅するべく力強く地面を蹴った。
剣を振るい、ゴブリンを一匹、また一匹と屠りながら、思う。
なぜ、今日の今日まで平和に学園生活を謳歌していた私が、こんな状況下にいるのか、と。
ゴブリンのような幻想の化物が現れ、聖剣や魔剣なんてものが私の手の中にあって、こうして戦いに身を投じている。そんな状況に、どうしてなってしまったのか、と。
始まりは……約二時間前。
唐突に聞こえた『神』からの、一方的な宣告。それがすべての始まりだった。
私はその時――――
聖剣と魔剣の二刀流はロマン。異論は認める。
『ソロ神官』もよろしくね!
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