表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第四章 比翼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/105

29.王の交代

 不思議な空間に喬は居た。

 周りは濁った闇に包まれており、視界は効かない。

 直前の行動を思い返してみるが、ここがどこなのかはわからなかった。


 呼び出した精霊を助けようと、その腕をつかんだところは覚えている。

 その後、何とかまだわずかに残っていた輝きを切り離すことはできたのに、結局何もできないまま意識を飲み込まれたのだ。


 このままこの輝きが穢れに取り込まれてしまえば、あの精霊が精霊としての清浄さを取り戻すことは二度とないだろう。

 それは直感的にわかっている。

 だがどうしたらよいかはわからなかった。

 思案に暮れている間にも、喬の手足も徐々に穢れの浸食が進んでいた。


 もっと力があったならば、この穢れを払い、精霊を助けることができるのに。

 現実は、己の身すら守れず、精霊の最期を延ばしただけだった。

 喬自身が取り込まれるのとどちらが先か。

 ここまで来て、何もできない無力さが悲しかった。


 それでも思いつくことは全て試した。

 けれど、どうあがこうと、精霊が呼んだ穢れの方が強い。

 もうここで終わりかと、喬も諦めかけた時だった。

 穢れに満ちた空間を、薫風が駆け抜けた。


 初夏の日差しの下、健やかに天に枝を伸ばす若葉の匂い。

 もう随分遠い日のことのように思える、やさしい風の気配。


 一陣の風は駆け抜けたかと思うと、喬を飲み込もうとしていた穢れを払った。

 そのまま風は喬を守るように包み込む。

 最初は、玄水が何かしてくれたのかと思った。

 だが気配が違う。

 心当たりを探してずいぶん長いこと考えていたが、慶黄国を出発する直前に、璃桜に心を許した精霊から加護を授かったことを思い出した。


 おそらくは、彼女の加護なのだ。

 ありがたいことだった。

 いつまでこの加護が続くのかわからないが、何ができるか考える時間は与えられた。

 己は無理でも、せめて精霊は助けたい。

 喬は一人、あがき続けた。



  *  *  *



 玄水は、視界を覆う闇の向こうに必死で喬の気配を探した。

 膨れ上がった穢れた気配は、喬を飲み込んだ後、一旦その膨張をやめた。

 しかし、膨張をやめただけで、濁った闇は依然としてその質量を減らさない。

 時々、思い出したように闇は蠢き、ところどころ固く質感を変える。


 神官や立ち並んでいた他の人間は、息を殺してそれを見ている。

 そうしていれば、まるでこの目の前に顕現している不吉なものから見逃してもらえるとでも思っているかのようだった。


 喬との絆は切れていないが、酷く細くなっている。

 玄水にさえ、喬があの闇のどこにいるのかわからぬほどに儚いものに変わっていた。

 あの闇から助けることは、玄水では難しい。

 それどころか、安易な介入は玄水もあの闇に引きずり込むだろう。

 結果として、玄水も彼らと同じくその変化を見守ることしかできなかった。


 どれくらいそうしていただろうか。

 徐々に闇は収束していった。

 光が、戻ってくる。

 闇の中央に、誰かが立っている姿が見えた。

 喬だった。

 何故か髪の色が変わっている。

 白髪は黒銀に色を変えていた。

 さらに、むき出しの腕に、硬質な闇がまだらに残っているのが見えた。


 玄水との絆は、薄くではあるが、まだ繋がっている。

 だから、それは、喬でしかありえないのに。

 玄水はなぜかその者を喬とは認めたくはなかった。


 足元に首と胴体が分かれた変わり果てた姿の王が倒れていた。

 それを無感動に眺め、喬が一歩を踏み出した。


「喬……?」


 静かな部屋に、玄水の呟きが落ちる。

 その声は、確かに届いたはずだった。

 しかし、喬は玄水に目を向けた後、怪訝な顔をした。

 喬が何かを言う前に、王が信頼を置き、いつもそばにおいていた侍従がかすれた声をあげる。


「へい、か……?」


 喬の意識が、声を上げた侍従の方に向く。

 明らかな敵意を含んでいた。


「それは誰のことだ?」


 聞いたことのないほど冷たい声音だった。


「人の世では、王を弑したものが次の王ではないのか?」


 王がいていた剣を持ったまま、喬が侍従の方に一歩、近づいた。

 殺気は全くない。

 だが侍従の返答如何によっては、その切っ先が彼に向けられるのだと予感された。


「――――ひっ」


 侍従は、短く悲鳴をあげ、その場にひれ伏す。


「なんだ、つまらん」


 そう言うと、喬の形をとったものはは身を翻し、神殿を出ていこうとする。


「陛下……どこに、伺われるのですか?」


 神官の長と思われる、落ち着いた老人がこの場の誰もが思っていた疑問を口にした。


「このまま、あの者の血族をすべて屠る」


 返答に、場が凍るが、疑問を口にした老人に動揺はない。


「王宮を不自由なく進まれるために、私もお連れください。

 陛下の即位は、まだこの場にいる者しか知りません。

 私が先ぶれになりましょう」


 老人の言葉に喬が首を傾げた。


「人の世のことはわからんが、嘘は言っていないようだな。良い、任せる」


 そして近くにいる神官に抱えられている玄水に目を留めた。


「そうだ。忘れていた」


 虚空を見て、精霊の言葉を唱える。


「――――これより、精霊、闇珠の名において全ての精霊の解放を命じる」


 その一言で、空気が変わった。

 神殿は蝋燭のみが使われているので影響がない。

 だが窓の外、庭の向こうに見えていた王宮の光は、そのほとんどが消えてしまったようだ。

 そのまま、喬は不思議そうな顔をして玄水を見つめた。


「そなたは、好きでそこにおるのか?」


 明らかに知らない人に向ける言葉だった。


「…………そうじゃよ」


 絞り出すように答えた声に、喬の姿をした別人が頷く。


「ならば良い。

 だが、ここはそのうち穢れが広まるだろう。

 気が済むまでいるのも構わないが、私のようにはなるなよ」


 そして神官に導かれ、喬の姿をした何者かは夜の王宮を血で染めに行った。



  *  *  *



 ふと、薫風の加護が揺れた。

 長い時間と、加護の力を借りることで、喬は一旦、穢れの浸食を止めることに成功したはずだった。

 闇を払うことは無理だったが、せめて終局までの時間は延ばせたと思っていた。

 だが、その状態が崩れて来ていた。


 何かが起きている。

 ひとつひとつ理由となりそうなことを考えていき、喬はある可能性を思いついた。


 喬と闇の精霊は一つに入り混じっている。

 喬の意識はここで穢れの浸食を抑えることにかかりきりだ。

 闇の精霊もあれだけ穢れに浸食されていたのだ。

 意識はもうないと思っていた。

 ゆえに、喬の肉体は昏睡状態であろうと予想していた。

 だが違うのかもしれない。

 

 肉体を闇の精霊が操っているとするなら。

 その状態で、さらに罪を重ね穢れを呼んでいるというのなら、この状態も納得がいった。


 精霊の怒りも、悲しみも、喬にはわからない。


「私は、あなたを助けたいのに」


 このままではいずれ喬も限界が来て良くないことになる。

 呟きは虚空に飲み込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ