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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第四章 比翼

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17.廃墟

 月明かりに廃墟が青白く照らされていた。

 もとは泉が湧いていたのだろう。

 大きな窪地の周りを囲むように廃屋が立ち並び、その家々を囲むように、固い地面から乾き果てた幹だけが伸びている。

 

 沙羅は廃墟の入口に立っている。

 意識はだいぶはっきりとしてきていた。

 遠目から見るだけでは気が付かなかったが、ここはもともと広い村だったようだ。

 村の中の道は入り組んでいる。

 しかも似たような建物が並び、すべてが砂と風で風化しており、目印となるものがないため、不用意に立ち入ると迷いそうだ。


 沙羅の前に、ほんの微かな、蛍火のような光が現れて、誘う様に揺れた。

 その光に着いて行くかどうか迷ったけれど、ひとまずは従うことにした。

 廃墟に立ち入らず逃げることも考えたが、沙羅は砂漠を渡る手段をもっていない。どちらにせよこの廃墟に足を踏み入れるしかないのだ。

 それに目の前の光は、桜火が小さきものと呼ぶあまり力をもたない精霊だと思われる。

 それなのに力を使って沙羅の前に現われるということは、彼らにとって何か重要なことがあるのだろう。

 沙羅とて助けを必要としているが、今まで彼らに力を貸してもらってきている。

 何ができるかはわからないが、彼らが沙羅の助けを必要とするならばついていこうと心を決めた。


 光の後に続き、廃墟となった村の最奥へと進んでいくと、枯れた泉のふちへと出た。

 もとは水際だったであろう段差の境目をしばらく進むと、大きな岩が見えてくる。

 光はその岩のところでふっと消えてしまった。用心しながら近づき、岩の下にかがみこむと、そこには沙羅の両手に乗るほどの亀が落ちていた。

 清月や桜火と同じように精霊が実体を持った姿に見えるのだが、ひどく弱っているようだった。


「あなたが、呼んだの?」


 亀は甲羅に首と手足をひっこめたままで、返事はない。

 ただ、風が優しくそよいでいた。

 少し迷った後、沙羅は亀を抱え上げ、魔力を注ぎだす。

 精霊石は作ることができなくなっていたが、魔力自体が消えたわけではないので、直接手で触れたものに魔力を注ぐことはできた。


 しばらくそうして魔力を注ぐ。

 前にもこんなことがあったなと、莱紅国でのことを思い出す。

 しかし今はあの時と違い、そばで助けてくれる清月はいない。

 そういえば、あの時は魔力を注ぎ過ぎて立てなくなったのだった。

 今回は注意しないと思った途端に、眩暈が襲った。

 気がつくのが遅かったかもしれない。そう思う間もなく力が抜け、そのまま意識を失った。



  *  *  *



 気がつくと岩のそばに横たわっていた。

 手の中にいたはずの亀はいなくなっている。


「こんなところに、いらしたのですか」


 星藍の声が聞こえ、薄く目を開ける。

 魔力の使い過ぎで気持ちが悪く、体を動かすことができなかった。

 立って沙羅を見下ろす星藍の向こうに、明け方に白く染まる空が見えた。


「精霊に、好かれすぎるというのも、考えものですね」


 星藍の息が乱れている。

 それでも沙羅を咎めることはせず、星藍はそのまま沙羅を抱き上げた。


「ですが、それでこそ。あなたは我が国の光となるでしょう」


 星藍はそのまま沙羅を抱いたまま、歩き出した。

 結局逃げることはできなかった。

 星藍の腕の中、沙羅は再び意識を失った。



 次に気が付いた時、腕の枷には元通り鎖が通されていた。

 星藍たちも駱駝をむやみに急かすようなことはしていないが、日中に移動する時間が長くなり、先を急いでいるようだった。

 半月後、砂漠を抜けた。

 


  *  *  *



 荷車の振動が変わったのを、迅は寝転がったまま感じていた。

 車輪に砂が絡みつくような重さが消え、硬い大地を走っていく。

 砂漠で、荷車に詰め込まれていた半数近くが亡くなった。

 男たちも西国の言葉に変わり、言葉がわからないと暴行がひどくなる。

 皆、短い単語だけだが、返事が出来る様になっていた。

 砂漠を抜けた荷車は、真っ直ぐ進んでいる。

 荷台の隙間から見えるのは、所々緑が見えるが、大体は乾いた大地だ。

 時々、緑のある場所に家が建っている。

 代わり映えしない景色のまま幾日か過ぎて、ようなく馬車が止まったのは、そうした家の一軒だった。


「今度奴隷が入ったら欲しいと言ってたろ」


 迅を含む体格の良い五名ほどを表に引き出し、男が家主と交渉している。

 立っているだけで精一杯で、ぼんやりとそれを聞いていた。


「こいつとこいつはいくらだ?」


 家主は迅ともう一人に興味があるようだ。


「こいつは金貨四枚、こっちは金貨五枚」

「金貨五枚だと? 傷だらけのこいつが? 騙そうとしてるんじゃないんだろうな」

「こいつは魔力が多い。最近精霊様のお力が落ちてるだろ。代わりに役に立つと思うぞ。

 いらんならこのまま市場に連れてって売るだけだ」

「ふむ。金貨三枚と大銀貨五枚」

「安すぎる。ここまで運んできたんだ。

 金貨四枚と大銀貨五枚」

「こいつを使うにしても怪我の手当てに余計な出費がかさむ。金貨四枚だ。これ以上はだせん」

「わかった。それでいい」


 迅はその男に売られることになった。

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