6.二度目の儀式
前回の儀式から一月。
その間に、国境近くの井戸が枯れたという報告があった。
天候も安定せずに不作の懸念が上がっている。
精霊の加護が影響しているのかは未知数だが、不安の声は大きくなっていた。
精霊の再臨のために準備は入念に行った。
前回よりもさらに供物が準備されている。
精霊が好んだ果実の種類と量が増やされ、精霊石が山と積まれている。
沙羅だけで作った精霊石と璃桜とともに作ったものがほぼ同数。
可能な限りの時間をかけ、丁寧に作った精霊石はどれも最高の出来である。
これが最後の機会だと、全員が覚悟を決めていた。
前回と同じく、璃桜が祝詞を奏上すると、翡色の髪の少女が現れた。
「召喚に応えてくださりありがとうございます」
少女は頭を下げる璃桜を無視し精霊石の山の前に立つと、璃桜と沙羅の魔力が混じる精霊石を手に取った。
鶏の玉子ほどの大きさの精霊石をじっと見つめていたかと思うと、精霊石が光の粒となり少女を包み消えていく。
少女がどう感じているのか、その表情から読み取ることはできなかった。
「このようなことをして、私が気分を害すると思わなかったのか」
感情を乗せぬ声で少女が問う。
「もとより私どもへの信頼などございませんでしょう。
ならばせめて、今まで助けていただいた感謝の気持ちをお伝えしたく思いました。
ご気分を害されたのなら申し訳ありません」
精霊石には璃桜の魔力と共に、彼の祈りも溶けている。
言葉を尽くすよりも遥かに彼の気持ちを伝えるだろう。
どちらかというと、璃桜を試すための問いだったようで、悪くはなかったと残念そうな声だった。
「これほどまでに用意をされては沙羅を無理に連れていくことは叶わぬではないか」
満足しているのかそうでないのかよくわからない言葉だが、沙羅を連れて行くのは諦めたようだ。
「ならば――」
璃桜が期待を込めて少女を見つめるが、そう簡単なことではないようだ。
「だが、加護は前と同じには戻すとは思わぬことだな。
私の気はまだ晴れぬ。
剣は扱えるな」
中空より二振りの剣が現れる。
「しばし付き合え」
* * *
璃桜と少女以外は儀式の間の端により、部屋の中央で璃桜と少女が対峙している。
「どうした?
王家の男子が剣も扱えぬのか?」
少女の挑発に、璃桜は唇をかむ。
敬うべき精霊、しかも見た目は少女の姿を取っている。
剣を向けるべき相手ではないのにそれを望まれる状況が耐えられないのだろう。
「やる気がないのなら私からいくぞ」
そうして少女は踏み込むと、璃桜に向かって真っすぐと打ち込む。
少女からくり出されるとは思えない速さの剣筋に、璃桜もまた危うげなく立ち回る。
剣が打ち付けあう澄んだ音だけが響く。
何合かの打ち合いののちに、璃桜は少女から距離を取った。
「なぜ、このようなことを望まれるのです」
璃桜が問うと、少女は少し考えた末に話しだした。
「初めて呼び出された時、この地はひどく荒れていた。
民を飢えさせぬためにと聞かされた願いは、対価に全く見合っておらんかった。
私は怒り、呼び出した者を八つ裂きにしようと襲いかかったものの、抵抗されて、それどころか負けてしまった。
だがな、あいつはそれで私に勝った剣を捧げるといったのだ」
意味が分からないと思ったのは沙羅だけではないようで、場がざわめいた。
「意味がわからんだろう。
私もわからなかった。
あいつはそれで、対価は今はこれだけしか用意できぬが、いずれ大陸一の国にして見せる。
その始まりの伝説になるかもしれない剣を捧げる。
だからどうか、国を見守って欲しいと、そう言った。
そんな馬鹿な話はあるかと思ったよ。
でも、同時にな。この阿呆がつくる国はどんなものかと気になって見守ることにしたのだ。
お前には悪いとは思うが、私はほかに手段を知らん」
そう言って少女は静かに剣の構えを変えた。
璃桜も構えなおす。
唐突に始まった打ち合いは、まるで舞のようだった。
同じ型なのだろう。
打ち合い、距離を取り、再び近づき、同じ呼吸で繰り返される。
最後は少女の剣の切っ先が璃桜の喉元に当てられていた。
数呼吸後、ようやく少女が剣を下ろし、璃桜が頭を下げた。
「もう、あやつはおらぬのだな」
呟かれた言葉は、どこか悲しげな響きを帯びていた。
璃桜が言う。
「私は紅河王のような剣技も資質もありません。
これから何か起こるたびに先祖が築いてきたこの国が倒れぬよう、奔走することになるでしょう。
ですがこのような不甲斐ない王でもそこで暮らす民に引き続きの安寧をもたらしたいと思っております。
私ではなく、あなた様の加護のもと育ったこの国をご覧ください。
この国に、あなた様がもたらしたものを。
そこにもし、少しでも心を傾けるものがあるのでしたら、どうか、その景色を守るためにも、私にお力を貸して頂きたいのです」
少女はしばらく迷った後、口を開いた。
「お前。名を何という」
「璃桜、と申します」
「少しお前に興味が出た。
しばしこちらに留まることにする」
璃桜が下げていた頭を勢いよく上げる。
「気が向けば我が名を教える日も来よう」
そう言うと、辺りがまばゆく光り、気が付くと美しい翠玉色の羽をもつ鳥が璃桜の肩に乗っていた。




