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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第四章 比翼

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1.波立つ心

 あれから、穏やかに時は過ぎた。

 大分復調した迅は体を動かした方が治りが早いと言い、屋外で兵と共に訓練を行っており、喬は相変わらず璃桜のもとで働いている。

 沙羅も、もうすぐ予定されている儀式に捧げるための精霊石を作り日々を過ごしていた。

 清月と桜火はまだ眠りについたままだが、それでもいつかは目が覚めると、沙羅と迅、それぞれで彼らが眠りにつく精霊石を肌身離さず持ち歩いている。


 冬の終わりが近いのか、昼間の寒さは緩み、整えられた庭には春の訪れを告げる花が芽吹いている。

 五枚の花弁を持つ春待香と呼ばれる花からはよい香りが漂っていた。


 迅の怪我の状態が安定した早い段階で、沙羅と迅、喬にはそれぞれ内宮に近い一角に一棟ずつ独立した建物が与えられ、そちらで過ごすようになっている。

 独立した建物といっても、それぞれが回廊で繋がり、広い庭で繋がってる。

 使用人たちにもその一帯の立ち入りを制限し、沙羅が精霊石を作ろうと、喬が少々騒ごうと問題のないよう取り計らわれていた。


 いつもなら沙羅はあまりこの一角から出歩かないようにしているが、今日は瑞東国の使節から呼ばれ、外門に近い位置にある面会の場に向かっていた。

 いくつかの回廊と建物を通り抜け、回り道をして訓練場の側も通り、目的地に向かう。


 平らにならされた土の上で、兵たちは槍を使った訓練を行っていた。

 皆、同じ装備をしているのに、自然と迅だと思う人物に目がいってしまう。

 大分激しい動きもできるようになっているようで、大柄の兵士相手に大立ち回りをしていた。

 自然と周りの兵士たちも注目していき、ついには喝采を浴びている。

 表向きには王兄というのは伏せられていたが、噂は出回っているようで、最初は腫れ物に触るように距離を置かれていたそうだが、今は想定以上に馴染んでいるようだ。

 沙羅相手には大丈夫としか言わない迅の回復具合も確認でき、楽し気な迅に沙羅も嬉しくなるのだが、同時にほんの少しだけ、寂しさが胸をよぎっていく。

 それが何に由来するのかうっすらと自覚していたが、あえて深く考えるのはやめていた。

 勝敗の行方を見届けると、使節の待つ部屋へと急いだ。



  *  *  *



「このような異国の地で、姫殿下にお目見えすることができ、大変光栄です。

 本日はこのような場までお越しいただき、ありがとうございます。

 私のことは雲恵とお呼びください」


 沙羅を自国の姫と扱い、丁寧な礼を取る雲恵に、沙羅も返礼する。


「私は帝の許しを得たとはいえ、国を出奔している身です。

 また、表向きにはただの平民としてこちらには滞在しております。

 私のことは、どうぞ沙羅とお呼びください」


 沙羅が瑞東国の先帝の姫だということは、迅の容態が落ちついた早い段階で璃桜に伝えており、そこから瑞東国から外交のために遣わされている使節に連絡がなされた。

 一応確認のためということで、瑞東国には確認のための早馬が出され、帝から直接確認が取れたようで本日の面会が設定された。


「それはあまりに恐れ多いことです。

 ご事情もわかりますが、こちらの新王陛下の即位の手助けをされ、客人として滞在されておりますお方を呼び捨てにすることはできません。

 沙羅様とお呼びいたします」


「承知いたしました。雲恵様」


 これ以上の固辞はできそうにないと判断し、沙羅が答えると雲恵は頷いた。


「こちらを帝よりお預かりしています」


 差し出されたのは分厚い封書だった。


「確かに受け取りました」


「できれば返事を頂きたく存じます。

 国への手配は私が行いますので、声をおかけくだされば取りに伺います」


「承知いたしました」


「それから、国から茶葉を持ってきております。

 もしお時間が許されるなら、一服されていかれませんか」


 雲恵の言葉に、沙羅は頷く。

 慶黄国では瑞東国と同じ種類の葉を発酵させて作られた茶が一般的で、沙羅が瑞東国でよく飲んでいた種類の茶はあまり見ない。

 こちらの国で出される茶も嫌いではないが、飲みなれたものを久々に口にできるのは嬉しい。

 お茶うけは、木の実が練り込まれた餡の入った平らな丸い形をした饅頭だった。


「此度の沙羅様のご活躍のお陰で、使節としても大変助かっております」


「それは、どのような?」


 沙羅は全く見当がつかずに問い返した。


「沙羅様のお立場については隠されておりますが、瑞東国の御出身ということまでは隠されておりません。

 我が国の者がこちらの陛下をお助けしたということで、私たちもこちらの国から好意的に見て頂いております」


 思いもよらない返答に驚くも、悪い結果になっていないことに安心する。


「ただ、これは言いにくいことなのですが、璃桜陛下はまだ妻帯されておられません。

 市井の間では既にどなたと婚姻されるのか噂になっている状態です。

 主にこちらの大臣方のご令嬢の名が聞こえることが多いのですが、沙羅様の名も挙がることがあります」


 思いもよらない知らせに純粋に驚きを見せた沙羅に、雲恵は璃桜との間に何もないと判断したようだ。


「陛下の即位を支えた方として、市井の間では人気があるのです。

 実際にはありえない話だとしても、そう思わない輩もおります。

 どうぞ身辺にお気を付けください。

 沙羅様の選択を尊重するよう帝からもいわれておりますので、何かありましたらどうぞ安心して頼られてください。

 もちろん、もし気が変わられてこちらの陛下との婚姻を結ばれるなら、早めに私どもにもお教えくださいね」


 最後は彼なりの冗談なのだろうか、判断がつかないながらも沙羅も返答する。


「思ってもみないことで驚きましたが、承知しました。

 今は陛下から頼まれた仕事もあり、また一緒に行動している方の怪我もあり、しばらくはこちらに留まりますが、いずれは旅立つことになると思います。

 それまでは頼りにさせていただきます」


 そして思いもよらない衝撃を受けた会談は終わった。

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