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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第三章 慶黄国

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14.襲撃

 森に入り三日目。

 日は中天に差し掛かり、薄暗い森の中でも一番明るい時間帯だ。

 今日は森を抜けるまで昼食などの大規模な休憩は取らないようだ。

 それでも森を抜けるのは夕方になる。

 早く、無事に森の外に出られますように、と沙羅は祈りにも似た気持ちで願っていた。


 それは異変というには些細な変化だった。

 馬のいななきが前方から聞こえた。

 徐々に隊商の歩みが落ち、沙羅が乗っていた馬車も停車する。

 苛立った馬の嘶きと、それを落ち着かせようとする誰かの声が聞こえ、沙羅たちの馬車を曳いてきた馬も何か感じるのか不安げに耳を動かしていた。

 どうやら隊商以外の集団とかちあったようだ。

 静かに、しかしいつでも動けるようにと気配を窺っていると、前方から隊商の護衛を受け持っている若い衆の一人が後方へと走っていく。

 彼はそう間を置くことなく、最後尾に控えていた頑珪がんけいを伴い、前方へと駆けていった。

 何が起きているのか知りたいのは皆同じのようで、それから間を置くことなく前方の状況が伝わってきた。


「どうやら、お役人が森の様子を見に来たらしいね」


 杏の声には安堵が滲んでいた。

 伝わってきている話では、沙羅たちが通ってきた道を超えて中央から南部へ入る商人がここひと月程全くいないらしく、不審に思った南部の村の住人がお役人に報告をあげたようだ。そして調査のための兵が派遣され、それらの者たちと『遼遠の轍』の隊商とが丁度かち合ったということだった。

 勿論、あの村でも何らかの対応を図っているのだろうが、南部の方が国境を接しているだけあり、このような事態への対応が幾分か早いようだ。

 そういったことを、杏に補足してもらい理解する。


 南部の村でも沙羅たちが通過してきた村と同じ現象が起きている。

 つまり、森の中にいる何者かが、森を通る人間を殺めるかもしくはどこかに連れ去っているのか――。

 そのことに気が付き、背筋に冷たいものが走る。

 杏も同じことに気が付いているのか、厳しい表情をしていたが、沙羅が怖がっている様子を見て、微笑んだ。


「お役人様たちが無事にここまでたどり着いたんだ。

 私たちも一応その道を通るわけだし、そこまで心配せずとも大丈夫さ。

 ただ、気になることはあるけどね。

 沙羅も怖がる必要はないが、気は抜かないでおいで」


 確かに杏の言うように、彼らが南部側からここまでたどり着いたということは、残りの行程の安全はある程度保障されるとみていいだろう。

 道幅が狭いため、彼らとすれ違うためには道の端に寄り、互いに譲歩する必要はあるだろうが、それでも、今まで南部から来る人に出会うことがなかったのもあって、これからの行程が少し気楽なものになる。

 同じように考えるのは他にもいるようで、隊商の緊張が僅かにゆるんでいる。

 だが、杏の言う気になることとは何だろう。

 考えていると、隊商の空気が緩んだのを感じ取ったのか、寛元の怒声が飛んだ。


「おい!

 まだ森を抜けたわけじゃないんだぞ。気を引き締めろ」


 思わず杏の様子を伺うと、彼女は前にいる馬の様子を熱心に眺めている。

 馬の様子は先程と変わりなく、どこか不安そうにしている。

 その様子に疑問を抱く。

 先程は沙羅も何が起きているのか不安に思っていたために気にならなかったが、普通、馬が前方から人が来たくらいで不安になるだろうか。

 周りを見回してみると、森の方をじっと見つめ、何かを警戒しているものが数頭いる。



 ――何か、居るの?



 沙羅は不安な気持ちを抑えるため、喬と迅に貰った首飾りを握り締めた。

 いざとなったら障壁を展開できるよう、心構えをしておく。


 そして、それは唐突だった。


 轟音と共に沙羅たちの少し前の馬車が何かによって吹き飛ばされ、道を外れ半ば森に突っ込んでいた。

 沙羅は咄嗟に馬車を守るよう障壁を展開する。

 森から黒い毛でおおわれた塊が馬車を負うように飛び出し、先程まで馬車があったところへ下り立つ。

 身の丈は馬車の倍ほど。

 全体的に猿に似て、赤い顔をしている。

 その大きさと、一見してわかるほどの凶暴性は間違いなく魔物だろう。

 そいつが森に吹き飛ばされた馬車を見、ゆっくりと沙羅たちがいる方を見ると、不気味な笑い声に似た鳴き声をあげた。

 沙羅はその隙に、障壁を自分たちの乗る馬車だけではなく、魔物に面している数台先の馬車の前から自分たちのいる集団を包むように障壁を張りなおす。

 そのように障壁を張ると逃げることができないが、後ろは二日かけて通ってきた道である。

 逃げても、あの巨体だ。すぐに追い付かれてしまうだろう。

 それに先頭集団の方には迅がいる。

 きっと大丈夫だと信じ、沙羅は己ができることだけに力を注いだ。


 魔物は最初、前方の集団と沙羅たちのいる集団を見比べていたが、沙羅たちがいる集団に狙いを定めたのか、こちらに向き直ると手を振り上げた。

 次の瞬間襲ってきた衝撃に、何とか耐える。

 魔物は、攻撃が何かに弾かれたのが予想外だったのか、何度も同じように攻撃し、そして目の前の馬車に危害を与えられないことに不思議そうにしている。

 繰り返される攻撃に悲鳴が上がるが、今のところ被害はない。

 他の人間も守られていることに気づいたのか、衝撃から立ち直った寛元の指示が飛ぶ。


「戦えない者は先に南に逃げろ!

 荷より命を優先しろ!

 だが、あいつを倒す気概のあるやつは残れ!

 襲われている者たちを救うぞ!!」


 そうして全体が指示通りに動き出そうとしたとき、再度悲鳴が上がった。

 今度は先頭の南部の役人たちがいる方だ。


「挟み撃ちだ!」


「もう一匹いやがった」


「ひぃいぃ」


「助けてくれ」


 先程の比ではない悲鳴が上がる。


「全員、覚悟を決めろ。

 生き残るにはこいつらを倒すしかない!」


 寛元の声は、このような時でもしっかり聞こえる。

 予期せぬもう一匹の登場に、やけっぱちのような指示だ。

 それに喬の声が返答する。


「後方、沙羅が障壁を張っている。

 私も微力ながら加勢するので、前方の魔物を速やかに討伐されたし!」


「承知!

 急ぐ!

 沙羅、それまですまんが任せる!」


 応じたのは迅だ。

 沙羅に答える余裕はない。


「伯父貴!

 それでいいか!」


「任せる!」


 そして頑珪の声が響く。


「お前ら!

 俺がいないからって、客人にばかり負担かけさせんなよ!

 俺は目の前にいるやつを倒したらすぐそっちに行くからな」


「おう!」


 答える声が響き、生き残るための戦いが始まった。

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