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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第三章 慶黄国

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3.手合わせ

 喬が誓約を立ててから数日。

 短い期間だが、驚くほど距離が縮まった。


 どうやら今まで清月に遠慮をしていたらしい。

 仙人は精霊の力を必要とすることも多く、自我が芽生えた精霊からは避けられがちだ。

 沙羅にむやみに近づき、清月を刺激するのが嫌だったのだそうだ。

 それが清月を介して誓約を立てたことで、彼を気にする必要が格段に減ったのだという。


 その話を聞いた直後は、多少奇抜なところはあるが人当たりのよい喬のどの辺りに遠慮があるのかと思っていた。

 だが、すぐに「遠慮をしていた」という喬の言葉に納得することになった。

 歩いている途中だったり、迅が席を離れている間だったり、ひたすら精霊石や沙羅自身のことについて聞かれる。

 沙羅自身が今まで意識していなかった細かなことについても問われるため、意外と沙羅自身の振り返りにもつながったが、いかんせん気を抜けない。

 迂闊な返答をしようものなら質問攻めにあう。

 そのためここ数日は喬とのやりとりに終始し、精霊石を作ろうという気にもならなかった。

 一方、喬の方は余裕があるようで、日中沙羅から聞き取りを行うと、夜は遅くまで火の傍で何やら行っているようだった。


 今日も一通り歩きながら話し、区切りがついたところで、野営に丁度よい広場に到着した。

 どうやらこのままここで野宿をするようだ。

 三人で手分けして準備をしていると、迅に声をかけられた。


「喬と最近仲がいいな。何をしているんだ?」


 声は伺うような調子だが、迅の茶金の瞳は鋭く沙羅を見つめている。

 時折迅の視線は感じていたので、何か言われるのではないかと気にはなっていた。

 沙羅もどう説明すればよいか考えていたところだったが、答えを見つける前に迅が行動を起こした。

 できれば精霊石を作っていたことは言いたくない。

 だからといって、迅に心配をかけたいわけでもなかった。

 沙羅の逡巡を感じ取ったのか、迅の目線が和らぐ。


「咎めたいわけじゃない。

 沙羅も喬に大分慣れてきたみたいだし、いいことだと思う。

 だが、ちょっと急だったろ。

 そのうえ喬は調子がよさそうなのに、沙羅は疲れが溜まっているようだ。

 何か負担になっているようなら、俺から喬に言おう。

 それとも、俺に言えないようなことか?」


 沙羅は首を横に振るが、言葉は出ない。

 どう説明すればよいのか迷っていると、いつの間にか近寄ってきていた喬が助け舟を出してくれた。


「私の研究に協力してもらっているんだよ。保護者さん」


「研究、ね」


 沙羅に向けていたものよりも何段階か厳しい目で、迅が喬を見据える。

 喬はそれを気にする様子もなく提案を口にした。


「そうだな。説明も兼ねて、一戦お相手願えるかな?」


「どうして説明をするのに一戦交える必要がある。

 危ないことをさせていたんじゃないだろうな」


 不審げな様子の迅に、喬は肩をすくめる。


「もちろん、そんなことはしていないよ。

 私たちが話していただけだっていうのは知っているだろ?

 単純に、体感してもらった方が口で説明するより早いしね。

 それに私も研究の成果を試してみたかったんだ。

 さすがにそちらは沙羅にお願いするのはやめておいたほうがいいだろうし、ね」


 ほほ笑んでいる喬に、迅はむっとしたようだが、反論はなかった。

 そうして、迅と喬の手合わせが決まった。



  *  *  *



 手合わせは、野営地から少し離れたところで行うようだ。

 二人は勝敗の条件を話し合っていたが、どちらかが負けを認めるまで戦うというところで落ち着いた。


 勿論、命にかかわる怪我をさせたり、命を奪うようなことはしないのは第一条件だ。

 そのうえで、万が一どちらかが血を流すような怪我をした場合は即座に戦いをやめること、相手に怪我をさせたほうが負けとすることなど、取り決めを行っていく。

 当然この場に木剣などなく、お互いが持っている真剣での勝負となるため、条件は慎重に決めていた。


 そして、なぜかそうした取り決めの一つとして、沙羅は少し離れた木の陰から清月と共に見学することになった。

 最初は迅が野営地で待つことを提案した。

 だが、沙羅も喬の研究の成果を見てみたくもあり、結局、喬が清月を呼ぶことを提案し、条件が緩和された。

 呼び出された清月は話を聞くと面白そうに笑い、何故か迅に「期待している」と発破をかけていた。


 細かな取り決めが終わると、それぞれが位置に着く。

 二人がゆっくりと一礼し、戦いが始まった。


 迅は胡港で手に入れた反りがあり、刃先に向かい幅広になっている剣を使っている。

 対する喬がたずさえるのは細身の直剣で、鞘(さや)の飾りも多く、あまり実用的なものには見えない。

 どちらかというと、儀礼用の剣なのではないだろうか。

 よく見ると、鞘の下緒(さげお)の飾りに、精霊石が編み込まれた飾り紐が付け加えられていた。

 喬が精霊石を使って何をしようとしているのか、沙羅もまだ聞かされていない。

 そのため、あの飾りにはどんな意味があるのか想像もつかなかった。

 迅はあの飾りに気づいているだろうか。

 気になって様子を伺うも、残念ながら読み取れなかった。


 最初はにらみ合いをしていた二人だが、すぐに喬が沈黙を破る。


「動かないようだね。では、私から行くよ」


 言うが早いか、迅に向かって切りつける。

 迅は一瞬虚をつかれた顔をしたが、喬の攻撃を己の持つ剣で受け止めた。

 結構な衝撃があったのだろうが、迅にこたえた様子はない。

 それどころか、感心した様子で言う。


「手加減は必要なさそうだな」


「本気を出してくれて構わないよ」


 喬も涼しい声で答える。


「じゃ、遠慮な、くっ」


 言葉と共に、迅が受け止めたままだった喬の剣を弾き、攻撃を繰り出す。

 予想していたことだったのか、喬は最初の二、三打には対応していたが、剣の早さか、重さか、徐々に受け止めきれなくなっていき、ついに体制を崩した。

 絶好の機会とばかりに迅は追撃をしかけ、押し切ろうとしたようだった。

 だが、今度はなぜか迅が太刀を重ねるほどに、喬は体制を立て直していく。

 そしてもとの状態に戻った。


 その後、どちらが先に切り込むのかの違いはあったが、似たような流れを繰り返し、膠着状態に陥った。

 沙羅には、押しているのは迅に見える。

 だが、喬を決定的なところへ追い込むことができずにいるうえ、喬に焦った様子も見られない。


 それに、迅は打ち合うほどに、怪訝な表情を深くしていた。

 その太刀筋も、何かを探るような動きに変わっている。

 何度か確かめるように打ち込んだ後、迅は喬から距離を取った。


「何を仕込んでるんだ?」


「研究の成果だよ」


「そこを詳しく聞きたいんだが」


「私が説明しなくても、既にある程度はわかったんじゃない?」


「……刃を弾く壁、か?」


 一瞬の間の後、迅は考えを口にする。


「厳密にはそれだけではないけれど、そのようなものかな。よくわかったね」


「手応えが軽すぎる。

 しかもそれをわからせるよう、わざと俺の剣を弾くか、受けるかするように動いていただろう」


 迅の答えに喬は満足気にうなずいた。


「実力を低く見ていたからではないよ。

 動きに慣れてもらってから試したいことがあってね。

 それだけわかっているなら、そろそろ良いだろう」


 言葉と共に、それまでやや受け身で対応していた喬が攻撃的な技を混ぜ始める。

 結構な頻度で迅の剣が不自然に中空で弾かれており、迅は戦いにくそうだ。

 喬は他にも何か仕込んでいるのだろう。

 迅の攻撃の手数が明らかに減った。

 それどころか、徐々に劣勢に陥っているように見える。

 だが、致命的なところへの攻撃はかろうじて防いでおり、しばらくの打ち合いの後ようやく迅が喬の剣を受け止める形に持ち込んだ。


「切りつけても弾かれる。

 押し込んでも止められる、か。

 他にも変な術は入っているようだが、基本はそれらの動きのようだな。

 試したいことはこれで終わりか?」


「そうだね。割と満足しているよ」


「だったら――」


 言いかけた迅を喬が遮る。


「一通りは試したけど、迅は全力を出していないよね。

 なんだかそれは腹が立つんだ」


 言うが早いか、喬は迅の剣を振り切ると後方に飛び、迅と距離を置く。

 そこで何やら呟くと、淡い緑光が刃を覆った。

 見てわかるほどの力が込められているのが離れている沙羅にもわかる。


「覚悟してね」


 微笑みと共に言い放ち、迅に向かっていく。

 対する迅は、態勢を整えるとその場で迎え撃つことにしたようだ。


 喬が渾身の一撃を放ち、迅は喬にあわせた反撃を放つ。

 二人の攻撃は重なり合い、迅の持つ剣と喬の剣がぶつかりあった。


 一瞬、二人の力は拮抗しているように見えた。

 だが、実際は喬の剣を覆う緑光が迅の剣の刀身を焼き、浸食し、剣はゆっくりと形を失っていく。

 このままだといずれ迅は武器を失うことになるというのに、気にした様子は見えない。

 それどころかさらに一歩、迅は踏み込んだ。


 剣が形を失う速さも増したが、変化もあった。

 迅の剣が食い込んだところから緑光に紅の光が混じり、明滅する。

 喬も想定外のことだったようで驚いたような顔をしたが、喬も引くつもりはないようだ。

 喬が操作しているのか、緑光は時折明滅しながらも輝きを増していく。


 迅の剣が消え去るか、喬の力が尽きるか。

 どちらにしても無事に決着がつくのか、どう考えてもただ事で終わりそうにない。

 最悪清月に頼ることを想定しながら沙羅も見守っていると、次の瞬間、何かが割れる澄んだ音が響き、唐突に緑光が消えた。

 同時に喬の持つ剣が吹き飛んでいく。

 一瞬弾かれた剣の方に気を取られたが、沙羅が迅と喬に意識を戻すと、迅がぼろぼろの状態の剣を喬の喉元に突きつけ、喬が負けを宣言しているところだった。

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