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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第ニ章 龍を祀る島

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14.決闘

 決闘が行われる王城前の広場というのは、王城への入り口から少し町側に下りた場所にあった。

 町から上がってくる小道の頂点にもなっており、ちょっとした広さがある。

 王城に来るときは馬車に乗って通り過ぎたために特に何も思わなかったが、広場に立って王城を見上げると、露台がよく見える。

 おそらくは王族が民衆の前に姿を見せる必要がある際に使われる場所なのだろう。


 約束の時間よりも四半刻程早くに王城前の広場に赴くと、既にちらほらと見物人が集まっていた。

 決闘の話は昨日の時点で大勢に広まっていたようなので、これからもっと見物に来る者は増えると思われる。


 沙羅がそっと隣に居る迅の様子を窺うと、迅は特に気負った様子もなく、周囲を見渡している。

 その落ち着いた様子に何となく安堵するが、沙羅の方ではやはりどこか落ち着かない。

 迅にならって周りを見渡してみるが、特に変わったものも見つからなかった。

 何を気にしているのだろうか。

 ここに来る前にした会話で決闘自体の心配はしていないようだったので、きっと他のことなのだろうけれど、沙羅には迅が気にしているものが何かはわからなかった。


 その後も特に話すこともなく、迅と並んで広場に人が増えていく姿を眺めていた。

 話しかけて集中を乱すようなことをしたくない。

 それに迅のことが心配だが、迅には負けるつもりはないから心配するな、と言われている。

 たぶん口を開けば、心配の言葉が出てしまうだろうから、余計に話しかけづらかった。

 今日の決闘で迅が血を流すことなく終わってくれればよいと思う。


 それに、心配事はもう一つある。

 経緯はどうであれ、この決闘は名目は王女の婚約者の座をかけて行われる。

 迅には負けないでほしいと思うが、では、勝てばどうなるのだろう。

 怪我を負うようなことにはなって欲しくないが、だからと言って迅が勝ってもその後のことが不安ではある。


 そうこうしているうちに、約束の時間が近くなってきた。

 予想はしていたが、時間が経つごとに広場には人が増え、今では人垣が二重になり、三重になっている場所もある。

 迅が広場の中央付近に移動し、沙羅は人垣の近くまで下がった。

 周囲が気を使ってか、沙羅を一番前の場所に入れてくれる。

 一応、事前に言われて姿を消した清月に傍についてもらっているので、沙羅は人垣の中に居ても不安はなかった。


 もうすぐ約束の時間なのに、飛涛はまだ現れない。

 しばらくの間、迅も集まった人々も息をひそめて飛涛の登場を待っていた。

 だが次第に彼らも痺れを切らし、遅いと騒ぎ始める頃になって、飛涛は悠々と歩いて現れた。


 女官たちが噂していたように、その整った容姿から一部に人気があるのだろう。

 飛涛の登場にちらほらと黄色い声が上がる。

 人垣が割れて、飛涛が広場の中央、迅の正面に進み出た。

 飛涛の後ろからは先日の従者が小走りで付いてきていたが、人垣の反対側の沙羅の反対側の位置で足を止めた。


「待たせたな、皆の者。

 皆には、どちらが王女殿下に相応しい剣の腕を持っているのか、存分に見届けてもらいたい。

 この決闘の勝敗は、この場の全ての人の名において語られるだろう」


 飛涛の言葉に広場の人々の歓声が響く。

 それに迅が挑発する。


「遅れてきた割にたいそうなご演説だな。

 それを覚えるために遅くなったのか」


 飛涛は自信があるのか、迅の挑発を鼻で笑って言う。


「負けるのが怖かろうと思って、逃げる時間を与えてやったんだ。

 感謝してほしい位だ。

 逃げなかったことを後悔するがいい」


 迅に挑発を返し、飛涛は声の大きさを落として続ける。

 本来なら会話は聞こえない距離だが、清月が会話を拾って聞こえるようにしてくれているらしい。

 沙羅にははっきりと聞こえた。


「それと、安心していいぞ。

 今回は決闘と言っても、人死が出ては王女殿下の名声に傷がつく、戦闘不能にするぐらいでやめろと父に命じられた。

 貴様をぶちのめすのは簡単だろうが、命までは取らん。

 怖かったら今からでも降参していいんだぞ。

 ああ、それと。万一精霊に助力を乞うた場合はお前の負けとする」


「精霊に関してはもとよりそのつもりだ。

 それにしても、すごい自信だな」


「誰が勝つのか、わかりきっているからな。

 それに、父には悪いが、このような場で勢いのあまり手が滑って、という事故もままあることだ。

 父も事故までは咎めまい。

 そういうことで、どのような決着であれ、恨みっこなしでいいよな?」


 迅の唇が酷薄に歪んだ。


「そうか。もし俺の手が滑ってもお前も俺を恨まない、ということだな」


「その可能性はないが、な」


 迅と飛涛は同時に声を出して笑った。


「さて、では、そろそろいくぞ?」


 言葉と共に飛涛が腰の剣を抜く。

 迅が持つものと同じく湾曲した刃を持つ刀のようだ。

 そのまま、まだ抜刀していない迅に向かって切りかかる。

 それを迅は背後に飛んでかわす。

 飛涛は切りかかった勢いを利用し距離を詰めると連続で刃を振るう。


「油断したな」


 にやり、と嫌な笑いを抑えられない風の飛涛に、迅は軽く言う。


「これくらい、想定内さ。

 で、まさかこれで終わりじゃないよな?」


「っち」


 飛涛の舌打ち。

 一瞬、迅と闘っている飛涛の視線が沙羅に向けられた気がした。

 周囲を見渡すが、異変はない。

 気のせいだったのだろうか。


 その間に、迅が抜刀した。

 切りかかる飛涛を軽くいなし、そのまま何合か切り結ぶ。

 刃がぶつかる甲高い音が鳴り響く。


 いつの間にか広場の人も固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていた。


 最初はただ打ち合っているだけに見えたが、徐々にであるが、迅の方が飛涛を押しているようだ。

 刀の打ち込みが飛涛が打ち込むより迅が打ち込む回数が多くなり、飛涛の顔が余裕をなくしていく。


「くそっ」


 らちが明かないと思ったのか、飛涛が大きく距離を取った。


「舐めるなよ」


 飛涛は今までの余裕が嘘のように、真剣な表情を作る。

 構えを正し、叫び声と共に、迅に切りかかる。

 がむしゃらに繰り出される刃は、先程より力も乗っているのだろう。

 大きな体躯から勢いよく繰り出される飛涛の剣に、迅もまともに受けようとはしていない。

 徐々にではあるが、今度は迅の余裕がなくなってきているようにも見える。

 そのまま数合打ち合ううちに、迅と飛涛の間に奇妙な静寂が訪れた。


 どちらも動こうとしない。

 次の一合が勝敗を分ける。

 観衆にもわかるほどの緊張感が漂っている。


 叫び声と共に飛涛が刃を繰り出し、迅が呼吸を合わせて飛涛の刃を弾き、その勢いのまま、飛涛の首を狙う。

 迅の剣は確実に飛涛の急所を貫くかと思われた。

 だが、実際には迅と飛涛の間に割り込んだ人物が居た。

 キン、という澄んだ音が響き、その人物が迅の剣を弾き軌道を逸らしたようだ。

 両手に剣を持ち、飛涛の喉元にも剣をつきつけている。

 それは、沙羅も知っている人物――青桐だった。


「なんだ……?」


「一体どうしたんだ?」


 観衆はざわめく声が高まる。

 青桐は迅が体制を整え、飛涛が戦意をなくしたことを確認して、両手に持っていた剣を下ろした。


 飛涛は青桐の刃が下ろされると、身体を折って大袈裟に咳き込んでいる。

 一瞬の間に何かあったのだろうか。

 迅の方を見ると、迅も沙羅の方を見ていた。

 沙羅が視線で大丈夫なのかと問うと、迅は一つ頷き、青桐の方へ視線を向けた。

 ひとまず青桐の話を聞くらしい。


 飛涛の方は落ち着いたのか、不服そうな眼差しを青桐へと向けている。

 青桐はそれを確認し、観衆に向け一礼すると話し出す。


「神聖な決闘に割って入ったことは詫びる。

 私は王女殿下の近衛をしている青桐という」


 その言葉に広場はざわめく。


「近衛がなんだってこんなところに」


「邪魔しに来たのか」


 などと言葉が聞こえるが、誰かが「前将軍のお孫さんだ」と呟いたことにより、それが徐々に広まったのか広場は静まった。


「王女殿下はこの決闘が行われることを入り、己のために血が流れることを嘆いておられた。

 自らこの場に降りて止めるとさえおっしゃられていたほどだ。

 さすがにそれは思いとどまってもらい、代わりに私が見届けに来ることになった。

 決闘に割って入ったのは私の判断だ。

 王女殿下もそこまでは命じられていない。

 だが、十分ではないか?

 決闘のために稀有な剣士の命を散らす必要があるだろうか。

 二人の戦いぶりで、飛涛殿も迅殿もどちらも王女殿下に相応しい優れた剣の腕を持っていることは十分にわかったと思う。

 これ以上の戦いは不要と思われるが、どうか?

 不服があるものは!」


 声はあがらない。

 誰もが沈黙するなか、どこかから王女殿下万歳の声が上がった。

 その声は次第に大きくなり、王城まで届くのではないだろうかと思われるほどに大きくなった。


 落ち着くまでしばらく時間を有したが、観衆が落ち着くと再び青桐が声を張り上げた。


「では、二人の勇士と王女殿下への熱意は私がしかと殿下へ直接伝えさせていただく。

 二人には詳しい話を聴くために着いてきてほしい」


 その声を合図に迅と飛涛の周りも兵士が取り囲む。

 周りを兵士に取り囲まれて、王城へと戻ることになった。

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