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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第ニ章 龍を祀る島

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12 .庭

 迅と飛涛が王女の婚約者の椅子をかけて決闘をする。

 その一報は瞬く間に王宮を駆け抜け、噂として広がっていた。


 沙羅が朝食から客室に戻りしばらくすると、入れ替わり立ち替わり城内で働いている人々が話を聞きに来るようになった。

 彼らも話を聞くばかりでは、ということで、色々と話をしてくれる。


 それらをまとめると、なんでも飛涛は父が宰相であるだけでなく、飛涛自身も軍部の中将の地位におり、仮に王配にならずとも今後の出世は約束されているだろうということだった。

 飛涛本人は普段から王女の婚約者を自称しており、二人が幼いころから最有力候補として名前は上がっていたらしい。

 宰相の持つ権力もあり、九分九厘決まっているだろうといわれているが、正式に王家からの発表はされていないそうだ。

 だから、女王も迅に王配にならないかと尋ねることができたのだろう。

 それに飛涛も必ずしも王配になると決まっているわけではないため、その整った容姿を利用して意外と遊んでいるようだ。

 だが、身分が低いものには高圧的な態度を取ることも多く、近くで働く者などからは嫌われているようだった。


 今も部屋に女官が三人、連れだって来ている。

 彼女たちは反飛涛派のようで、沙羅が一通り決闘になった顛末を話した後、普段の飛涛の理不尽な話や飛涛に捨てられたという女性の噂話などを教えてくれていた。

 ひとしきり話して満足したのか、落ち着いたところで女官の中の一人がふと気づいたように漏らした。


「そういえば、王女殿下には密かに恋い慕う方がいると聞いたことがあります。だから、婚約者が決まらないとか」


「そうなの?」


 驚いたように二人の女官は声をそろえる。


「どこで聞いたの?」


「確か、洗濯場で。

 厨房から聞いてきた人がいて一時期流行っていたらしいわ。

 それがどこから漏れた話なのかは分からないけれど、大っぴらに言えることじゃないからすぐに噂も消えたみたいだけど」


「噂って言っても、洗濯場と厨房じゃ、王女殿下から大分遠いじゃない。本当なの?」


「最初に誰が言ったっていうのもわからないんでしょ?」


「ええ」


「ならそれはただの憶測よ」


「そうね。もしそれが本当なら尚更噂になんてならないでしょうし」


「でも、もし本当なら、王女殿下は今どんなお気持ちでいらっしゃるのかしら。

 なんだか悲しくなってきたわ」


「あなたは恋愛小説に影響されすぎよ」


 他にもたわいない話をしばらく話した後、女官たちは仕事に戻っていった。

 その後も何人か客が訪れたが、沙羅には何故かその話が頭に残った。



  *  *  *



 人が途切れた折に、話をするのも聞くのも疲れてきた沙羅は庭に出ることにした。

 それまで特に気にしていなかったが、一晩過ごした部屋は山側に位置したようだ。

 昨日、謁見の前に通された部屋で見た場所とは別の庭だが、こちらも植生は南方の植物が多い。

 赤や黄など原色の花をつけている草木が多く、見慣れない美しい瑠璃色をした小鳥なども見かけた。


 迷わないように気を付けながら庭をしばらく歩くと、少し開けた場所で珠花と護衛の青年が歩いているのが目に入った。

 護衛の顔にも見覚えがある。

 確か昨日の晩餐の際に控えていたはずだ。

 ちらりと見えた顔は、日焼けはしているが、黒髪の精悍な顔立ちの青年だった。


 二人は何か話しているようだ。

 あいにく護衛は沙羅に背を向けてしまい表情は確認できないが、珠花の方は昨日見ることのなかった柔らかな微笑をその口元に湛えている。

 その様子を見て、脳裏には先ほどの女官達の噂話が蘇る。

 距離は正しく護衛と王族の距離であるのに、珠花の微笑みは青年のことが護衛以上の存在なのだろうと思わせる何かがあった。

 なぜ、このようなところにと思うも、覗き見の趣味はないので引き返そうと身を翻すが、珠花たちの方も沙羅の存在に気が付いていたようだ。


「沙羅殿、お待ちを」


 意外なことに、立ち去ろうとする沙羅に向かって引き留める言葉が投げられた。

 振り返ると珠花は友好的な様子を出そうとしているのか、先ほどとは別の、王女然とした微笑みを浮かべている。

 護衛は王女の一歩後ろで待機していた。


「良ければ二人だけで少し話はできないだろうか。

 ちょうどあちらに東屋もある」


 珠花が指し示した先に、目立たないよう整えられた東屋があった。

 沙羅は内心では断りたかったが、珠花の立場を考えると断るという選択肢は選べなかった。



  *  *  *



 東屋は建物と樹木が一体化したような不思議な形状をしていた。

 近くで見ると東屋と言っても白く塗られた建材で枠が組まれているだけで、柱や天井は蔦性の樹木が巻き付き、その木の葉が茂っているためそのように見えたらしい。

 その下に木製の椅子と机が並べられ、暑い昼間でも涼しく過ごせそうな場所だった。

 沙羅は珠花と対面の位置に座った。


 護衛は少し離れたところで待機するらしい。

 東屋自体奥まった場所にあり、こちらへやってくる人がいればすぐに対応できるような位置にこちらに背を向けて立っている。

 大声で話さない限り、会話の内容は届かないだろう。

 珠花自らその位置に下がるよう伝えていた。


「ここでは、ただの珠花と沙羅として話をしたい。私のことは珠花と呼んで欲しい」


 よいか、と尋ねる珠花に沙羅も承諾の返事をするが、内心では珠花の話し方に驚いていた。

 女王の話し方に似ているが、わざと似せているのだろうか。


「まずは詫びを。昨日は母上が、申し訳なかった。不快な思いをされたであろう」


 珠花は単刀直入に切り出した。


「昨日の会食で、女王陛下のお考えはわかりました。

 為政者として、仕方のない部分もあるかと存じます」


「そう遠慮してかしこまらずともともよいが、難しいか。

 沙羅殿にそう言ってもらえると助かるよ。

 私も母上の考えは理解できる。

 それに私には母上のような案も、代案も出すことができなかった。

 ならば、次期女王として、その施策には従うのみ。

 ただ、いささか。胸につかえるものもあるのだ。

 この国の苦境を大陸からの訪問者である沙羅殿や迅殿に頼るのは、何かが違うと思う」


「それは」


 沙羅が言いかけるのを制して、珠花は続ける。


「だから、もし沙羅殿と迅殿がこの国を出たいと思っているのならば協力しよう。

 今日、明日には無理だが、数日中には大陸へと向かう船の準備をさせることができる。

 もちろん、母に隠して。

 今そこで護衛をして貰っている青桐というものは私の意を汲んで動いてくれている。

 表立っては難しいが、彼を通じて便宜を図ろう」


 護衛の名は、青桐というのか。

 先程は親し気に見えたが、それが腹心だからなのか、それ以上の存在だからなのか、沙羅には判断できなかった。


「それでは、この国が困るのではないですか?」


「迅殿という英雄が現れなければ、この話はなかったのだ。

 それがもとに戻るだけだ」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 迅が莱紅国を訪れたのは偶然だ。

 迅という、この国にとっての英雄が現れなければ、どうしていたのだろうか。


「もとに戻る、というと?」


「もともと私には宰相の息子が婿に来ることが、王家の内ではほぼ決まっていた。

 ただ少々問題があり、宰相家も含め、対外的にはぎりぎりまで内密にすることになっていた」


「えっ飛涛様ですか?」


 驚く沙羅に珠花は首をかしげる。


「そうだが、面識があったのか?」


 沙羅はそこで今朝あったことを簡単に説明する。


「そうか。そのようなことが。

 明日の決闘は見に行ってみたいが、難しいだろうな」


 考え込む珠花に、沙羅は疑問に思ったことを聞く。


「その『問題』というのはどういうものですか?」


「飛涛殿に会ったのならわかるだろうが、彼は宰相と同じく権力志向が強く性格にも少々難がある。

 父親の宰相も何を考えているかいまいち信用できない部分があるのだ。

 王配に彼の息子を迎えて王家にとっての問題がないか、慎重に見極めるために、婚約者は選定中であるとされていた。

 だが、宰相の妻は慶黄国の出身で、かの国の高位貴族の娘だそうだ。

 母の考える施策を実行に移すには宰相家と縁を結ぶのが一番良いのも確かだ」


 確かに、話を聞くと納得できるが、疑問が浮かぶ。


「慶黄国から婿を取ることはできなかったのですか?」


「最初に思い至り、使者を出したが条件に大量の翠魔石の献上を告げられて、諦めるしかなかった。

 向こうも翠魔石の輸出が減っていることには気づいていただろうから、体のいい断り文句だったのかもしれない」


「珠花殿下のお父君は、その、大陸との縁はないお方なのですか?」


 亡くなっている可能性も考えながら恐る恐る聞くと、珠花の返答はあっさりしたものだった。


「私の父はもともと島に居た部族の血が濃いのだ。

 伝承によると神龍様は、始めはこの島に暮らしていた民が祀っていたらしい。

 そのため、神龍様との関係を深めるためにもと、私らの祖先が何代かに一度、婚姻を結んできたそうだ。

 父は島の南東にあるもう一つの街の管理をしているので、年に何度かしかこちらに戻っては来ない。

 私の婚約に関しては何度も話し合ってきたが、やはり父も同じ判断だ。

 迅殿に関しては母の独断だが、父も反対はしないだろうし、迅殿が出て行ってしまっても一応の目途はあるのだ。

 困りはしないだろう」


 理由はわかった。

 だが、話を聞く限り、迅の方が何倍も王家にとって都合の良い人物だろう。

 それなのに、そのような人物を珠花の判断で手放してしまっていいのだろうか。

 なぜなのか聞くべきか否か、悩んでいる気配を察したのか珠花は微笑みを浮かべて言った。


「そうだな。失礼な話だが、王配に迎えるには、迅殿の方が飛涛殿より何倍も良い結果に繋がるだろうな。

 だが、迅殿でなくてはならない、という理由があるわけでもない。

 それに、全く下心がないわけでもない」


 首をかしげた沙羅に、珠花は続ける。


「母上の案で一番心配なところは、失敗した場合の次善の案が頼りないということだ。

 一応神龍様に命を懸けておすがりして、神域を一部でも良いから開放してもらうよう頼むとおっしゃられていた。

 だが、すがって手を差し伸べてくれるような神ならば、そもそも翠魔石を授けてくださらなくなったりしないと思うのだ。

 なので、もし、母上の案がうまくいかず国が傾いた場合に、少しでも大陸側で生きていくための保証が欲しい。

 沙羅殿と迅殿にはその際に協力してほしいのだ。

 例えば、島を出たいという民の受け入れを慶黄国にお願いした際の後押し、とか。

 慶黄国にも、私の婿を取る際に法外な条件を出されている。

 ここで沙羅殿と迅殿に少々恩を売っておいたところで、意味のないことかもしれないが、動かないよりは良いだろう」


「それでよろしいのですか?」


「私にも感情はあるし、できることならば、と祈ることもあるよ。

 だが、国を導く責任を考えると、取れる手段は全て実行し、国のために手を尽くしてから、自分のことを考えるべきだろう。

 これは先程も言ったが、己が後悔しないためでもあるし、ね。

 それに、やはり」


 それは呟きのようだったが、確かに沙羅には聞こえた。


『犠牲になるのは私一人で良い』


 その言葉に、沙羅は気が付く。

 珠花も、内心では色々なものを抱え込んでいるはずだ。

 だが、次期女王になるものとして、自らの心を抑えて問題に向き合っている。

 母である女王と違って、異邦人である沙羅たちにはもともと頼る気はないのだろう。

 先ほどの下心の話も、ただ沙羅の心を軽くするために、言ってくれたのかもしれない。

 沙羅が黙り込んでいると、今度は珠花が尋ねる。


「沙羅殿こそ、ここに残った場合は迅殿が私に婿に入る可能性が高いが、それは良いのだろうか?」


 何故そのようなことを聞くのだろうか。

 沙羅は疑問に思いながらも答える。


「迅が納得しているのでしたらば」


 嫌ならば、どうしたって迅は出ていくだろう、とも思った。

 迅のことを沙羅が決めることはできない。

 そういう意味を込めて返答するも、珠花は何やら納得できないような顔をして頷いた。


「そう、なのか……?」


 だが、それ以上尋ねることもせず、言葉を続けた。


「いずれにしても、今すぐには決められないだろう。

 迅殿と相談して決めると良い。

 今日沙羅殿と話ができて良かった。

 本当なら、青桐に沙羅殿を呼びにやらせてこの東屋に来てもらおうと考えていたが、来客が多いようだったのでどうしようかと考えていたところだった。

 では、私はこの後予定があるので先に失礼するよ。

 決心がついたらこれを落とし物だと言って侍女に渡してくれ。

 少々待たせるかもしれないが、私のところに届けられたら青桐が夜に迅殿の部屋へ行くよう手配しよう。

 船の手配が必要かどうか聞かせてくれ」


 そう言って、香り袋を渡された。


「そうだ。ここは客人用の庭で滅多に人も入ってこないから、好きなだけ居るといい。

 あと、わかっているとは思うが、このことは迅殿以外には他言無用でお願いするよ。

 では、また」


 最後に、庭について言い置くと、珠花は立ち上がった。

 沙羅も慌てて立ち上がり、礼を取る。

 珠花は青桐を連れて颯爽と去っていった。

しばらくは月曜日に投稿します

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