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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり

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間話 交易の町 2

 気が付くと、寝台で寝ていた。

 窓の外は白く染まり、どうやら朝を迎えているようだった。

 迅が寝台まで移動させてくれたのだろうか。

 はっと気が付き、隣の寝台を見ると、誰もいない。

 迅はどこへ行ったのだろう。

 気にはなったが、迅の荷物は置いたままで、帰ってくる気はあるようだ。

 沙羅は一晩ゆっくりしたことで、疲れが表に出て来たらしく、動かすと体の節々が痛く、再度寝台へと沈んだ。

 帰ってきたら、どこへ行っていたのか聞いてみようか。

 そのまま動く気になれず、迅が行く可能性のある場所などつらつらと考えていたら、再度眠ってしまっていた。

 たくさん寝たと思っていたのに、まだ疲れはとれないらしい。


「起きたか。良く寝てたな」


 起きたら、迅が帰ってきていた。

 沙羅が寝ている間に、この町でよく見かけた大陸風の衣服に変わっている。

 帯で締める形の服だが上下別れており、前開きで洗いざらしの藍色で短めの上着と、生成りの穿袴ずぼんに着替えていた。

 迅の赤錆色の髪色と藍の上着の取り合わせが彼の存在を際立たせており、妙に似合っている。

 いつの間にか腰に差している刀も、刀身が広く、湾曲したものに変わっていた。


「どれくらい寝てしまっていましたか?」

「一日近いんじゃないか? 今はあれから一晩経ってもうすぐ昼になる」

「そんなに眠ってしまっていたのですか」

「疲れてたんだろ。体調はどうだ?」

「体調はまだよくわかりませんが、お腹がすきました」

「ま、起きたばかりだしな。しばらくはここでゆっくりするつもりだから、何か不調を感じたら言ってくれ」

「わかりました」

「あとこれ。好みかわからないが、その服は目立つだろ。俺と沙羅のを古着屋で見繕ってきたんだが、こういうのを選ぶのは苦手でな。気に入らなければ交換にいってくるが、どうだ?」


 沙羅はまだ、攫われたときの服のままだ。

 瑞東国の伝統的な服装でもあり、質が良いのが一目でわかるため、確かに昨日も町中まちなかで浮いていたような気もする。

 迅が用意してきたのは、昨日見かけたこの辺りの子供が着ていたのと似たような服だった。

 迅が今着ているものより長めの上着と穿袴で、帯も細い。

 上着は朱色、穿袴は迅と同じ生成りのままの色で、沙羅にも似合いそうだ。

 古着屋で見繕ってきたと言う割には布地の痛みも少なく、古着を初めて身に着ける沙羅でも抵抗はない。


「ありがとうございます。気に入りました」


 そう言うと、迅は明らかにほっとした顔をした。

 苦手だと自ら申告するくらいなので、よほど自信がなかったのだろう。


「着替え方とかはわかるか?」

「たぶん、今着ているものと似ていますから、大丈夫だと思います」

「じゃ、扉の外にいるから、着替えたら声を掛けてくれ」


 沙羅が着替え終わり、身だしなみも整え終わると、食事と買い物にでかけた。

 今まで来ていた服も、一緒に古着屋に売りに行くようだ。

 それでよいかどうか聞かれたが、問題ないと頷いておいた。

 これから迅について旅に出るのに、瑞東国風の服をもって移動するわけにもいかない。


「とりあえず、昼食の後は旅に必要な道具やら何やらを買いそろえよう」


 沙羅はゆっくりと歩く迅の後をついていく。


「最低限、雨や風を防ぐために体を覆う外套はあったほうがいいし、保存食もいるだろ。ナイフは、小さいやつなら持っててもいいかもしれないな」


 迅は一人で買う物を考えているようだった。

 沙羅には何が必要かなどわからないが、ついていくだけでも楽しそうだ。

 露店など見て回るのだろうか。期待に胸が弾む。


 昨日と同じように、屋台で昼食を調達し食べ終わると、沙羅の予想通り、露店が並ぶ地区へと向かった。

 露店が狭い通路にひしめくように立ち並び、人の出入りも多い。

 人混みに苦労しながら迅の後を追っていると、迅が振り向く。


「沙羅、人が多くて危ないから、手をつなぐぞ」


 そのまま手を捕まれ、諾を告げる暇すらない。

 なんとなく気恥ずかしく、少し先を歩く迅の足を見ながら歩く。


「とりあえず、今日は沙羅のものを中心に見るつもりだ」


 そういって連れて回られ、小物やらいくつか迅が候補に挙げたものから好みのものを選んだり、草履や脚絆などは沙羅の足に合うものを購入した。

 一通り買い物が終わったところで、ふと、一件の露店に目が留まる。

 髪結いの紐が露店の台だけではなく、軒先にも吊るされ、色とりどりのそれらが風に揺られていた。

 見るともなしに眺めていたところを迅にも見られてしまっていたようだ。

 髪紐の露店の方向へ向かい歩き出す迅に、そちらの方に何か用事でもあったかと考えていると、髪紐の露店の前で立ち止まる。

 戸惑い、迅の顔を見上げるも、何を考えているのか表情からは読み取れない。


「おっ、よってくかい? どれもいい品だよ。これとこれなんかおすすめさ。こっちは瑞東国の絹で、これは南方諸島の絹だね。どっちも正絹しょうけんのものだからかなりお得さ。他は麻だったり木綿だったり混じり物があるからね」

「ちょっと見せてもらうよ」


 店主の流ちょうな大陸の言葉に迅も軽く返し、沙羅には瑞東国の言葉でと使い分けてくれている。

 沙羅も話を聞く分にはほとんど問題がないことがこの買い出しでわかったので、今は早く話せるようになりたい。


「沙羅、これなんかどうだ?」


 素っ気ない口調だが、迅が勧めてくれたのは、店主が瑞東国産の正絹と言っていたもので、色は迅の髪に似た臙脂色だ。端に房がついており、結ったら房が程よい具合に飾りになりそうだ。


「色々買ってもらっているのに、これも買ってもらってもいいの?」


 高価な髪紐はなくて困る品ではない。


「別に、これくらいたいしたことじゃないさ。俺がその紐で髪を結ったところを見てみたいだけだし」

「にぃちゃんそれにするのかい? それに決めるんなら、こっちも少し勉強させてもらうよ」


 少し考えたが、結局「それにします」と返事をしていた。

 値引きを言い出した店主の言葉が聞こえ、頷きやすかったのもあるし、嫌いな色ではなかった。

 別に迅の言葉を気にしてのことではない、とは思うも、言い訳だったかもしれない。



 そうして、買い物を一通り終え、夕飯も屋台で済ませて宿に戻った。


「今日は色々買ってもらって、ありがとうございました。私に、何が返せるでしょうか」


 一日買い物についてまわり、一番気になったのはそこだった。

 沙羅はほぼ着の身着のままの旅立ちで、持って行く荷物など何一つもっていないし、手持ちのお金などいうまでもない。

 支払いは全て迅が行ってくれている。

 精霊石を売りに出せば大金が手に入る可能性もあるが、そのようなことしたくはなかった。

 代償なく精霊に願いを聞いてもらうことを可能にする精霊石をどこの誰かもわからないものに渡す気にはなれない。


「沙羅を連れ出したのは俺だしな、気にする必要なんてないさ。それに、これでも今まで稼いできているからな。懐具合も心配しなくていいぞ」

「頼り切り、というのも気が引けます」


 言い募る沙羅に、迅も少し考え込む。


「ならさ、髪紐、俺が結んでみていいか?」

「それでよろしいのでしたら」


 正直、それだけのことでいいなら対価に見合っていない気もする。だが、他にいい考えは思いつきそうになかった。迅が気にしないなら沙羅が覚えておき、何かの時に返せばいいと自分を納得させる。


「じゃ。こっちでしようか」


 促され、椅子に座ると、迅が背後に立ち、櫛を手にしている。

 最初は無防備な背をさらすことに緊張していたが、暖かく大きな手に丁寧に髪を梳かれ、次第に心地よくなっていった。

 清月などが毛づくろいを喜ぶのも、こういう理由からだろうか。


「できたぞ」


 これまた今日買ってもらった手鏡で確認すると、髪を高い位置で結い、髪紐もただ結ぶだけではなく、花の形に結び目を作り、それで結ってある。髪紐の臙脂色が沙羅の黒髪に映え、自分でも似合っていると思う。


「このように髪紐で飾ることもできるのですね」


 正直、ただ結わうだけだと思っていた。

 今日はもうあと寝るだけなのに、崩すのが惜しいくらいに可愛く凝った結び方だ。


「気に入ったのなら、また結ってやるよ」

「お願いします」


 最初、緊張していたことなど忘れてお願いする。

 そうして、今日の買い物や今後のことなど話しているうちに、眠くなり、残念だが髪紐はほどいた。

 今日準備してもらい、迅に眠る時も体に括り付けるよう言われた荷袋に、大事にしまう。


「沙羅ももう寝るなら俺も今日は休むかな。灯りを消そうか」


 そうして部屋の明かりが消され、眠る寸前、朝方迅がどこにいっていたのか聞くのを忘れたことを思い出した。

 明日、聞いたら教えてくれるだろうか。

次回更新 7/3予定

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