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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり

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10.密談

迅視点です。

 物心ついたとき、迅の家族は母だけだった。

 母の話によると、父も生きてはいるようだが、滅多に母と迅に会いに来ることはなかったために、ほぼその存在を意識することはなかった。

 小さい頃には父様はどこにいるの、という質問をしていたようだが、母の悲しそうな顔を見るにつれ、質問すらしなくなった。

 家に仕える下人たちの噂話から、母は父の幾人もいる妻の一人で、また、もともとの身分があまり高くないために、父と頻繁に会うことすら難しいのだと知った。

 それでも父のお陰か知らないが、七つ八つになる頃にはそれなりの教育係が付き、読み書き計算、それ以上の知識を学ばせてもらった。ろくに顔も覚えていないが、そのことだけは感謝している。

 特に外国とつくにの言葉や地理はその後の人生で大いに役に立った。



 母が儚くなったのは十二になった頃だった。

 葬儀の後、なんとなく家に帰る気がせず、そのまま旅に出た。

 父は妻も多いが、子も大勢いる。教育係からは迅は八番目の息子で、娘も合わせると十五人目の子供だと教えられた。下に弟妹もおり、迅一人いなくなっても特に大事には至らないと悟っていた。むしろ、特に興味のない子供が一人残されることの方が面倒だろう、とさえ思っていた。そのことを肯定するかのように、父から探されているような気配もない。

 旅は、一人で回ることもあれば、気が向けば小遣い稼ぎに大規模な隊商に混ぜてもらったりして、各地を回った。

 そして、気まぐれに訪れた大陸の端から突き出るように飛び出た半島で、何の因果か帝という、その国の第一権力者に拾われた。

 表向きの身分も与えられたが、大抵は今までの経験を活かし、帝の私的な部分での調べごとを手伝ったり、後ろ暗い貴族の家の様子を探ったりと、いわゆる隠密、影と呼ばれる仕事をしている。

 帝はいくつか年上の青年で、底が知れない部分はあったが大抵の部分では気が合ったし、与えられた仕事は今までになく手ごたえがあり、毎日が充実していた。

 そんな中、影として受けた仕事で普段ではあり得ない失態を犯し、命を損なう傷を負った。

 帝のために命をかけるつもりはなかったが、結果そうなりそうな自分に笑いが出る。

 そんな余裕も、都から山一つ逃れたところでなくなった。

 やけに厳重な結果が敷かれている宮に少々強引な手を使い入り込み、夜の帳が下りる中、見るからに高貴な少女に出会った。

 賊とわかっていたはずなのに、その少女は何故か騒ぐでもなく、その背を晒した。

 最初は命を取るつもりで、一瞬殺意も向いていたはずなのに。

 あげく体は限界で意識を失い、命をとろうとした少女からは命を救われた。

 帝の従妹だとは、後に帝に報告に出向いた際に教えられた。

 何故宮に入り込めたのかとも勿論聞かれたが、適当にはぐらかして教えてはいない。



  *  *  *



 あれから少女のことが気になり、調べまわった。

 曰く、先帝の皇女で、現帝の従妹、精霊石の作り手であり、宮に幽閉された高貴な姫。

 だが誰も肩書を語るのみで、あの少女自身を知る者はいない。


 同じだ、と思った。

 幼く、母のもと以外に居場所がなかった頃の己が、何故だか重なる。


 それは確信。


 きっとあの少女がいる場所は乾いている。

 無味無臭で、起伏はない。

 穏やかだが、退屈な日々。


 そして孤独。


 迅には母が居たがあの少女は一人、あの寂しい世界にいるのか。

 それを思うとなんだか酷く気が急いた。

 どうしてそう思うのか、深く考えはしなかった。

 あの少女が外の世界を知ったとき、どんな表情をするのだろう。

 それを傍で見ることができれば、きっと面白いだろう。

 そんなことばかりが思い浮かんだ。

 その顔見たさに、迅はあの少女――沙羅を外の世界へ連れていくことにした。



  *  *  *



 沙羅を外の世界へ連れ出すのは、簡単ではなかった。


 もう一度あの宮に入り込むのは骨が折れたが、闇夜に紛れ入り込む。運良くまた会話を交わすことはできたが、付いて来てはくれなかった。断られるのは半ば予想していたことだが、役目に縛られ希望を言うこともできない姿に憤りを感じる。沙羅の捧げるものの代償に、報いが与えられているようにはとても見えない。より強く、沙羅を連れ出すことを心に決めた。

 既に、精霊石を投げつけられた位で諦められるような感情ではなくなっていた。


 本人の同意は後から得るとして、一先ずは、保護者に許可を取りに行く。以前従妹だと教えられた際に、帝が保護者でもあると聞いていた。まだ若い割に気難しい人が、その役割を十全に果たしているとは思えないが、曲がりなりにも保護者ではあった。


 夏の盛りに向かう頃、静かな夜に対面した。

 約束もなく訪れたのに、毛ほども驚いた様子がない。

 静かに脇息にもたれる姿が蝋燭の火に照らされている。

 その物思いにふける顔は、沙羅と似ていて麗しい。


「しばらくこの国に居させてもらったが、そろそろ旅立とうと思う」

「ほう」

「沙羅も連れて行っていいか?」


 問うと、帝の口の端が上がった。

 無礼な口調は公の場で正せば問題ないと許しは得ている。


「やらぬ、というたら?」

「別に、そのまま連れていくけど?」


 帝の口からふっと笑いが漏れる。

 滅多にないことに、これはどっちの笑いだと神妙な面持ちを崩さず計算する。


「では何故聞く」

「あんたが保護者なんだろ?」

「保護者ではあるが、はてさて」


 考え込んだのちに、帝は口を開く。


「迅のお陰で不安定だった我が立場は粗方片付いたが、まだ少し不安がある」


 迅が大分片づけてきたとはいえ、諸悪の根源ともいえる大本はまだ残っていた。

 表立っては動かない分、排除する契機をつかめない。

 迅がいなくてもこの帝ならうまくやるだろうと思っているが、続きを促す。

 今までの経験から、そうしないと話を逸らされ煙に巻かれ、進まない。


「そうだな。幾人か、表立たずにまだ何か企みを持つ者がいるようだが」

「全て綺麗にしていけ」

「うげっ」


 思わず変な声が出た。

 帝は理不尽な命令を下したと思えないほど美しく微笑んでいる。

 理不尽とも思っていないし、それを当然と思っている。

 そしてそれが許されると知っている。

 沙羅と似ているのに、そういうところに差異を感じる。


「面倒だな」


 迅も出来ない、とは言わなかった。


「それで今まで放置していたのか?」

「そういうわけじゃないさ。ただ、ま。出て行くからこそ思い切りよく出来ることもあるだろ?」

「たしかに、な」


 帝の口元が弧を描く。

 とりあえず話は付いたと迅も気になっていたことを聞く。


「ところで、心配はしないのか。今まで箱庭に囲っていただろう」

「連れて行くのがそなたであれば心配はせぬよ」

「そうか」


 沙羅のことを心配する素振りがない帝の様子は、割と情が薄い迅ですら異様を感じた。だが、一応許可を取れたと一瞬気を抜いたために、もう一言呟かれた言葉を聞き逃した。


「それにもう一方ひとかた、保護者はおられるし、の。心配はせぬ」


 こうして、迅と帝の密談は相成った。



  *  *  *



 そしてその日以降、迅は少々強引な手も使いながら貴族たちの整理を行ってきた。

 企みを持つ人物の秘密を暴き、白日の下にさらす。

 沙羅には途中で随身として引き合わせてもらったものの、まだ一人、処断しきれぬ人物が居た。

 右大臣。

 証拠が足りないわけではない。

 むしろ、罪状が多すぎて、抜けがないようにと心配ればこそ、処断が遅くなった。

 それも沙羅について都に戻る頃にようやく内密に処分が決定した。沙羅の警護と処分を実行に移すための下ごしらえを同時進行で、沙羅と共に都に戻ったのは一番慌ただしい時期だった。都に来ることができただけましだった。それまでは日中は宮で沙羅の側に侍り、夜は都で暗躍していた。持てる伝手を最大限生かし、移動に一日かかるところを数舜に短縮しているため、それなりのものを代償に支払っている。

 都に沙羅と共に移動すると、初日に帝が用意した屋敷を見て回った。事前に下見もしているが、念のためにもう一度確認を行う。危険はないと判断し、外出しがちになるが、沙羅の心配はあまりしていなかった。

 それなのに。

 都での三日目。沙羅のもとへと招かれざる客が来たのを知ったのは日が落ちきる前だった。

 続いて、沙羅がどこぞへ連れていかれたという報が届き。

 己に対する怒りが駆け巡った。


 ここはあの守られた宮ではないのに、何を安心していた。

 傍についておくべきだった。

 別にあのような男、今は放って沙羅がまた安全な宮に戻ってからで、充分間に合った。

 己は何を焦っていたのだ。

 後悔は絶えないが、できることはある。


「桜火」

「なんじゃ?」


 虚空に呼びかけた声に返事いらえはあった。


「力を貸してくれるか?」

「これは異なことを。いつもわれの手助けを拒むのは主じゃろうに。手を出して良いと言うなら、遠慮はせぬ」

「そうか。では、頼む」


 一つ、心を落ち着かせる材料が手に入り、迅の口元が酷薄に歪む。

 身を翻し、夕闇に沙羅の後を追っていった。

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