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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり

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8.外出

 帝が帰って三日が経ったが、沙羅はまだ迅と話すことができないでいた。

 迅は宮の人間からの引継ぎなどで慌ただしく、周りも、帝が連れてきたとはいえよく知らぬ人間を沙羅に近づけようとしなかった。そのためなかなか二人きりにならない。

 最初は迅を問い詰めようと昂っていた沙羅も時間が過ぎるごとに落ち着いてきた。

 帝とは知り合いだったのか、なぜ、沙羅のところへ随身として来たのか。

 それに迅自身についても、疑問は尽きない。

 全部を知りたいが、今はただ、あの時のように二人きりで話をしたいと思っている。


 そんな折、帝から文が届いた。

 支度を進めていた都の屋敷の準備が完了したらしい。

 しつらえの確認と、外出の練習がてら、遊びに行ってみてくれと書いてあった。

 つい先日話したばかりなのに。沙羅が知らされていなかっただけで、随分前から準備を勧めていたのだろう。でなければこのような短期間で用意が完了するわけもない。

 手際の良さに感心すればよいのか、知らぬところで決められていく己の処遇を嘆けばよいのか、複雑だ。帝なればこそ、許さざるを得ないのだろう。

 ただ一つ、よいことがあるとすれば、出かける際には迅も仕事としてついてくる。

 おそらくは話す時間も取れるはずだ。

 外出は憂鬱だったが、そこだけは楽しみなのだった。


 帝の文に諾と返すと数日後には牛車が迎えに訪れ、外出の準備が恙なく手配された。

 沙羅も日々行っていることの引継ぎなど、細々としたことを行う。

 宮からついてくるのは、迅一人。

 あとは帝が手配した人々が牛車を動かしてくれている。

 もともと沙羅に侍女はつけられておらず、宮にいる女官たちは沙羅ではなく宮に仕えるための人員のため、沙羅の個人的な用事については来ない。

 それでも、何故かしら不安はない。

 御簾の影から外の風景を楽しみつつ一日牛車に乗ると、都へはあっという間だった。


 屋敷は、内裏にもほど近い位置に建てられているようだった。

 久々の都で、どのあたりか検討はつくが正確にはわからなかった。

 十日ほど滞在した後に迎えが来ると聞いているので、それまではゆっくりと過ごすことになっている。

 すぐにでも屋敷を見て回りたかったが、移動の疲れでその日はすぐに寝てしまった。


  *  *  *


 屋敷は一町(一二〇m四方)ほどの土地をゆったりと使い、贅沢に建てられていた。

 一日かけて屋敷の隅々を見て回り、しとねに戻り脇息にもたれ一息つくと、声がかかった。


「お屋敷はお気に召されましたか」

「ええ」


 まごうことなき迅の声だった。

 人払いをしているわけではないが、夕刻の忙しい時間に重なるのか、他の人間は出払っているようだ。

 誰もいない時間を狙ってきたのか、身のこなしも軽く沙羅の側へと寄ると、ひざまずく。

 庭を眺めるために御簾は巻き上げたままだったが、気にはならなかった。

 今まで何度も言葉を交わしたが、明るいところで会うのは初めてだ。

 ちらりと見えた顔は彫りが深く、茶金色の瞳は楽し気だ。


「帝が、沙羅姫のためにとこのお屋敷に随分力を入れておられました」

「そのようね。調度品の一つとっても、わたくしの好みです。あなたはいつ頃から、ここを知っていらしたのかしら」

「少しは驚いてくださいました?」


 質問には答えず、迅は問う。


「大変驚いております。あなたにも、帝にも。あなたは何を考えているのですか? それとも、帝が、でしょうか」

「帝が何を考えてるかは俺にもわかりません。俺はただ、沙羅姫に外の世界を見てもらいたくなっただけ、かな? あわよくば一緒に見て回りたいと思ってるのは変わらない。そのために色々手順を踏む必要があったから、今はそれに従っているのです」

「迅殿は自由ですね」

「諦めが悪いって思ったろ?」


 笑いを含んだ悪びれもしない声に、沙羅もくすりと笑いが零れる。


「うらやましく思います」


 迅の驚いたような気配に、沙羅は自分の発言を思い返すが、特におかしなことはいっていないはずだ。


「なにか変なことを申しましたか?」

「いや。そんな風にも笑うんだなと思って」

「なるほど。表情が乏しいとはよくいわれますが、笑って驚かれたのは初めてです」

「悪い、そういうつもりじゃない。沙羅姫は笑っていた方がずっと可愛いと思ったんだ」

「まぁ」


 迅の直球の言葉に沙羅も照れてしまい、沈黙が落ちる。

 風に乗って、くりやの方から夕餉の支度の声が漏れ聞こえてくる。


「そろそろ夕餉か」


 誰にともなく迅が呟く。


「また来てもいいか?」

「はい」

「では、また来る」


 沙羅の返事も聞かず、迅は立ち上がると足早に去っていった。


 残された沙羅は、再び庭を眺める気にはならなかった。

 迅との会話は楽しい。

 だが、普段平静を心がけて過ごす沙羅の心を揺らす。

 会話を重ねるたびにその揺れは大きくなるばかりなのに、それを不快だとは思えない。

 今しがた別れたばかりなのに、既に次に迅が来るのも待ち遠しい。

 このままでよいのだろうか、とも思うが、なすすべを持たなかった。

 本当に、どうしたものか、と沙羅は一つ息を吐いた。

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