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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第四章 比翼

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34.決着

 迅が玉座への扉を開け放つ。

 濃い穢れをまとわりつかせ、喬は玉座に頬杖をついて座っていた。

 黒銀に変わってしまった長い髪を一つにくくり、紅の瞳をつまらなさそうに薄く開いている。


「喬……?」


 思わず迅の口から声がこぼれた。


「違う。体は喬のものだが、中身は別人だ」


 玄水が、迅の認識を正すように、だが不服さが滲んだ声で言う。


「これはこれは、玄水殿。

 この間は世話になったな。

 それで、今回はお仲間をつれてどうしたのだ?」


「闇珠殿。お願いだ。喬を返してほしい」


「それは難しいとこの間わかったはずだ。

 私が消えれば可能だろうが、玄水殿はそれをお望みか?」


 闇珠の言葉に、玄水はためらうも、頷いた。


「……それでも、我は喬に戻ってきてほしい」


「そうか。ならば話すことなどない」


 闇珠が玉座から立ち上がり、剣に手をかけた。

 同時に、玄水の生みだした水と、桜火の生みだした桜色の炎が喬と迅たちの周囲を緩く取り巻く。

 玄水の生みだした水に、喬の体にまとわりつく穢れが引き寄せられ、水に取り込まれる前に桜火の炎で焼かれた。


 計画は、うまくいきそうだった。

 あとは、穢れを浄化しきるまでこの状態を保つ必要がある。


「このような小細工、この間は無駄だったではないか」


 闇珠は己から引きはがされていく穢れを無感動に眺めると迅に向き合った。


「そこの赤髪のおまえ、望みがあるなら叶えてやるから、私の方に味方せぬか?」


「俺の望みも、その精霊様と一緒だ。

 喬を返してほしい、それだけなんだが」


 喬の中にいる精霊は哄笑した。


「皆そんなにこの者が大切か。

 この国のために身を削り、献身してきたというのに、私のことなど誰一人気に掛けぬ。

 もうよい。

 ……もうよい。

 そなたらを葬り、すべてを私が無に返そう。

 ひとまずはお前からだ」


 言葉と共に、闇珠は抜刀し、迅に襲い掛かる。

 それを迅も剣を抜き受け止める。


「喬! 本当に、意識がないのか?」


 諦めきれず声をかける迅に、闇珠が言う。


「私にもこの者の声が聞こえぬというのに、おまえの声など届くものか」


 何度か剣を交えた後、唐突に闇珠が目を伏せた。

 禍々しい気配が薄くなる。

 そして、小さく声がこぼれた。


「……迅?」


 一瞬迅の動きが止まる。

 迅の見せた大きな隙に、闇珠の剣が深々と右肩を貫いた。

 心臓を狙ったそれを直前でなんとかかわしたが、防ぐことはできなかった。

 迅の体から剣が抜かれ、悲鳴を抑えつつ飛び退く。

 辛うじて、剣は落とさない。

 それでも握っているだけで精いっぱいだった。

 右手を諦め、剣を左手に持ち変えると、闇珠に向き直る。


「このような演技に引っかかるなど、人間は本当に他愛ない」


「……悪趣味だな」


「よく似ておっただろう?

 このようなことしかすることがないのだ。

 それに、この体はなかなか役に立つことを知っておる」


「そのようなことをしておるから、穢れを濃くしておるのじゃろうに」


 玄水が叫ぶ。


「絆を結んだ者すらろくに助けられない精霊が何を言う」


「そうだ。面白い余興を考えた。

 先におまえの心臓が止まるか、私が殺すか、賭けをしようか」


 闇珠は、迅がよく知る喬の穏やかな微笑みを浮かべた。


「いずれにしてもおまえは死ぬ。

 さすれば、少しぐらいは私の心も慰められよう」


 賭けになっていない要求を、迅は鼻で笑った。


「大分穢れに影響されているようだな」


「私にも、なんでここまで穢れに侵されていてまだ意識があるのかわからないのじゃ」


「そうか」


「おまえが諦めるというのなら、話は早いが」


「俺は諦めない。俺は死なないし、喬も助ける。

 あんたのことも、できたら救いたい」


 迅の言葉に、闇珠がはっと目を見開いた。

 だがそれは別の感情を呼び起こしたようだ。


「そんなこと、できるものかっ」


 喬の体を借りている精霊が激昂した。

 猛然と迅に斬りかかる。


 戦いにくい相手だった。

 迅は喬と何度か手合わせをしたことはあった。

 沙羅に渡したお守りを作った際などは、割と本気で剣を交えている。

 けれど、あの時ですら本気ではなかったのだろう。


 星藍のように体格差があるわけではないので、一撃一撃は重くはない。

 だがその分速度がある。

 切り込みは的確で、受け損ねるとすぐに致命傷を負ってしまいそうだ。

 傷つけないように相手をするのは至難の業だった。

 しかも利き手は傷つき、今は左手で剣を振るっている。尚更だった。


「迅、どうしたの?

 いつものあなたは、もっと動きに鋭さがあるのに」


 小馬鹿にするような微笑みを浮かべて闇珠が言う。

 喬の口調を真似ていたが、今度は動揺することなく対処できた。

 答えない迅に、精霊は微笑みを濃くする。


「そういうつもりだったら、覚悟を決めてもらうしかないかな。

 こういうのは、どう?」


 言うと、それまで躱し、弾いていた迅の剣をあえて避けることはしなかった。

 躱されると思って繰り出された迅の剣が、避けられることのないまま喬の体をつらぬいた。

 迅の持つ剣に、喬の腹から鮮血が滴る。

 剣には浄化の力が込められているため、喬の腹から浄化された穢れがわずかに煙として立ち上っている。


 喬はうめき声一つあげない。

 予想外の事態に迅は動くことができなかった。

 ようやく一言絞り出す。


「なんでだ……」


 その言葉を聞き、闇珠が嗤う。


「どうせ死ぬのなら、一人でなんて寂しすぎるだろう?」


 固まったままの迅の手を闇珠が掴む。

 ずるり、と自らの腹に刺さったままの剣を引き抜いた。

 迅はされるがままだ。

 剣が抜けると同時に大量の血が、大量の穢れと共に腹からこぼれる。

 玄水と桜火、神官達の浄化に間に合わない穢れが、玄水と桜火で作り出した渦の中にあふれていく。


「そんな顔をして、どうしたというのだ?

 ああ、私は痛みを感じない。

 この体を借りているけれども、感覚まで繋がってはいないのじゃよ。

 でもこのままにしておけば死んでしまうだろうがな」


「おまえっいい加減にっ――――」


 言い終わる前に、穢れは濃い闇を呼び、迅と喬を飲み込んだ。

 桜火が、迅の名を呼ぶ悲鳴のような声が聞こえた。



  *  *  *



 深い暗闇の中、迅は落ちていた。

 周りは濁った闇に包まれており、視界は効かない。

 直前の行動を思い返してみるが、ここがどこなのかはわからなかった。


 何を、しようとしていたのだったか。

 朧げな記憶から、喬を助けに来たのだと思い出す。

 体の痛みから、利き腕の肩に傷を負っていることも思い出した。

 何がどうなったのかはわからないが、今、迅もまた穢れに取り込まれていた。


 ふと柔らかな風の気配が取り巻く。

 闇の中を落ちる速度がゆるまった。

 その風からは、よく知らないのにどこか懐かしい気配がした。


 闇の底に、迅は降り立った。

 長い時間がかかったようでも、一瞬のようでもあった。


 そこに、会いたかった人がいた。

 喬は何かを、一心に祈っているようだった。


「喬、か……?」


「……迅?」


 先ほどまでのことがあるため、恐る恐る喬に近づく。


「どうして、ここに?」


 顔を上げ、立ちあがった喬は、迅の知る喬そのものだった。

 顔色はひどく悪い。


「どうしてってお前がここにいるからだろ」


 喬は意味が飲み込めたようで、驚いた顔をした。


「助けに来てくれたんだ――。

 って、その怪我」


 言いかけた言葉を遮るように、迅が言う。


「別に、ちょっと下手しただけだ。

 喬の方こそ、大丈夫なのか?」


「あんまり、大丈夫じゃないかな。

 精霊様のこと、助けられると思ったんだけれど、私の力が足りなかった」


 迅は答えずに、喬を見つめる。


「結構色々試したんだけど、駄目みたいで。

 でも、迅が来てくれたんだ。

 あなたに精霊様の欠片を預けてもいいかな。

 それがあれば、きっと――」


「喬はどうなるんだよ」


「私は、大分長く生きた。

 もう諦めてもいいのかもしれない」


「馬鹿なこと言うなよ。

 いつも自信満々なのに、どうしたんだ」


「色々試したのに全部うまくいかなくて、自信なんてなくなってしまったよ」


 肩を落とす喬に、迅も肩をすくめる。


「そう言われてもな。

 俺も精霊様の穢れに飲み込まれてここに来たんだ。

 だから、精霊様の欠片を預けられてもどうしたらいいかわからないし、そもそも帰り方なんてわからないんだよ」


「なにそれ。

 それは助けに来たって言えないんじゃないかな」


 喬が笑った。


「助けるつもりではあるんだが、俺にもさっぱりどうやっていいのか」


 迅も口元に笑みを浮かべた。

 その時、穢れの渦巻く闇の中、桜色の炎がひとひら舞い落ちてきた。

 近くに落ちてきたそれを、迅は手のひらに受け止める。


(まったく、そなたらは本当に手がかかる)


 桜火の声が聞こえた気がした。

 続いて、幾ひらもの花びらのような炎がゆっくりと落ちてくる。

 闇の中淡く輝き舞い落ちてくる桜色の炎は、本物の桜のようでもあった。

 それらは美しいだけではなく、炎としての性質ももっているようで、穢れに触れるとぽっと炎があがる。


(そうじゃ。喬は、まさか名を交わした我よりもその精霊のために命をかけるつもりか)


 亀の精霊の声も聞こえた。


「玄水……」


 喬が呟く。

 その間にも桜色の炎は落ちてくるその量を増している。

 迅がまとっていた風が花びらを乗せ、穢れに満ちた空間を吹き上げる。

 暗闇に薄く緋色に色づいた花弁が舞う。

 次第に花びらはその量を増し、満ちていた穢れは浄化されていった。


 ずいぶん長いこと、喬と二人その光景を眺めていた気がする。

 闇に満ちた空間に薄日が差してくる頃、玄水の声が響いた。


(我を、崇めよ。そして祈れ)


 その声に、迅は自然とひざを折っていた。

 喬も同様に祈りを捧げている。


 何を祈るべきか。

 闇の精霊の安寧や喬とともに無事に帰ることなど、願うべきことは沢山あったはずだった。

 けれど、心に満ちるのは、このようなことになっても迅や喬のことを見捨てず、なんとか救おうとしてくれている桜火やあの精霊への感謝だった。

 彼らにこの気持ちが伝わればよいのにと願わずにはいられなかった。


 どれくらいそうしていたのかはわからない。

 いつの間にか穢れは消え去り、清浄な空気が圧倒的な質量でもって、この場に満ちていた。

 光があふれ、目を開けても視界は白で塗りつぶされている。

 

(喬、そなたに礼を)


 迅の知らない、優し気な精霊の声が聞こえた。


「闇の精霊様……?」


(そなたのお陰で、私は精霊として消えることができる)


「待って、でも」


 言いかけた喬の言葉を遮るように、精霊の声が続ける。


(言うてくれるな。

 生み出してしまった穢れは、浄化してもらった。

 だが、私がこのままでは穢れが生まれ続けてしまう)


「そんな……」


(消えるというても、源に還るだけだ。

 いずれ機会があればまた生まれることもあるだろう。

 そなたのおかげだ。

 達者でな)


 そして精霊の気配が薄くなっていった。

 視界を焼く光は、ますます強くなっていく。

 瞳を閉じ、迅は今度は精霊の安寧を祈った。



  *  *  *



 気が付くと、喬の体を借りた精霊と戦っていたあの玉座の間に帰ってきていた。

 背中に固い感触があり、どうやら床に直接寝かせてあるようだった。

 肩の傷も癒えている。


 喬は、どうなったのだろう。

 飛び起きてまわりを見渡すと喬と並んで床に横たえられていた。

 喬の方はまだ意識がない。

 髪色はもとに戻り、穢れの気配も残っていない。

 腹部の傷は塞がっているようだが、喬の腕の一部には結晶が残ってしまっていた。


 少し離れたところに桜火と亀の精霊、神官達が固まって何か話し合いをしているようだった。


「起きたか」


 桜火が迅の方を見ていたので、迅もそちらへと向かう。


「桜火」


「まったく、無茶ばかりする」


 その言葉とは異なり、声の調子は柔らかい。


「すまん。でも、助かった。ありがとう」


 桜火の尾が、大きく揺れた。


「桜火、疲れてるところ悪いが、もう一働きお願いしてもいいか?

 俺を沙羅のところに連れて行ってほしい。

 先に行かれた水虎殿は急ぐよういわれていた」


 桜火は思案するように目を細めた。


「なるほど。

 確かに急いだが良さそうじゃ」


 迅は神官と玄水の方に向き直る。


「喬のこと、お願いしてもいいか?」


「任せておれ」


「承りました。ご無事でお戻りください」


 神官の丁寧な対応に戸惑いながらも、迅は桜火の背にまたがった。

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