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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第四章 比翼

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33.流星

 空に浮かぶ月の満ち欠け。

 それだけが沙羅に時の流れを教えた。


 沙羅自身、昼も夜も、時間を気にすることがなくなった。

 暇があれば宝石箱に精霊石を補填している。

 それくらいしかすることがなかった。


 ある夜、星が流れた。

 それが異変の始まりだった。

 雲一つなかった空の向こうに、一握の暗雲が見えた。

 

 異変はそれだけではない。

 沙羅は宝石箱に精霊石を補填した後、いつものように淡い光が集まるのを眺めていた。

 普段ならしばらくして消えていく光のいくつかが、その日は消えなかった。

 それらの光――小さき精霊――は、沙羅の傍に留まると、沙羅のやることを明滅と共に見守っているようだ。

 以降、ぽつぽつと沙羅の傍に留まる光は増え、銀の砂浜は数多の光に彩られていった。


 振るような空の星と銀の渚。

 地上を舞う精霊の輝き。

 そこだけを切り取ると、まるで楽園のようだった。


 しかしそれから幾たびも空から星が降り、黒雲は増えていった。

 ここに留まる精霊は依然として増えている。

 相変わらず精霊石はあっという間に消えていくが、その分留まる精霊が増えていた。

 精霊が留まるようになって、沙羅も退屈な作業にやり甲斐を感じていた。


 そしてそんな日常が続いたころ。

 再びの変化があった。


 とうとう海の向こうに暗雲が満ち、そこから穢れがやってくる。

 それがよくないものだというのはわかったが、沙羅になすすべはない。


 穢れは風に乗ってあっという間に沙羅たちのいる東屋の近くまでやってきた。

 沙羅がどうしようか考えていると、精霊の小さい光が複数集まって、穢れに取り付いた。

 明滅し、戦っているようだった。

 戦いは静かに進行し、精霊はなんとか穢れを浄化し戻ってきたが、その光は弱々しいものに変わっていた。

 沙羅は、精霊石を作り、奮闘した精霊たちに手渡す。

 光は明滅し、もとの強さを取り戻した。


 なんだったんだろうか。

 その日、穢れがやってきたのはその一度だけだった。

 けれど、一抹の不安が離れなかった。




  *  *  *




 迅が玄水と知り合った翌日。

 その日は一日準備にあたる予定だった。


 神官が申請を行い、王との面談の準備を整える。

 迅は体調を整え、神官は剣に浄化の力を封じ込める。

 どれほどの効果が見られるかはわからないが、少しでも勝率を上げるために準備をすすめていた。


 喬のところへ行くのは、明日の昼と決めていた。

 もう一度、明日の打ち合わせをしているときだった。

 外は晴れているというのに雷が落ち、直後に不吉な気配が溢れ、王宮を満たした。

 鴉が騒がしく鳴いている。


「まさかっ」


 喬に何かがあったのだろうか。

 腰を浮かす迅に、玄水がいう。


「喬ではない。

 まだ、絆は保たれておる。

 この穢れは、あちらの方からだ」


 玄水が冷静に指摘する。


「あちら、というと、宝物庫でしょうか」


 宝物庫には、水の精霊が眠る精霊石があると聞いたばかりだ。


「宝物庫に、精霊石があるって言っていたな。

 あの穢れの中に置いておいて、精霊が無事で済むとは思えない。

 悪いが、俺は行く」


 喬を助けてから、精霊石を回収に行く予定だったがそう悠長なことを言っていられないようだ。

 浄化の力が込められた剣を取り、立ち上がる迅を玄水が見上げる。


「我も行こう」


「いいのか?」


「予定変更だ。

 あの穢れは良くないものだ。

 今は大丈夫でも、喬も引きずられる可能性がある。

 宝物庫で精霊石を取ったら、すぐに喬のもとへ向かってほしい」


「わかった」


 玄水の言葉に、神官も立ち上がった。

 彼らも共に来てくれるらしい。



 雷が落ちたというのに、王宮の中は人が少なく、閑散としていた。

 もうそれほど人が残っていないのだろう。

 誰とも行き会うことなく宝物庫の前に着いた。

 扉の前に、警備をしていた兵士が血を流し倒れている。

 もう息はないようだった。

 誰かが侵入している。

 呼吸を整え扉を開けると、そこには星藍がいた。

 肩に鴉を止まらせ、その足元には以前苦戦したあの黒い獣がいる。


「何故、こんなところにお前がいる」


 迅の顔を見て驚愕した様子だ。


「彼は……、牢屋にいれられていたはずでは……」


 後ろから、神官の呟きが聞こえた。

 どうやったのかはわからないが、脱獄したのだろう。


「また私の邪魔をしにきたのですか。

 しかし、もうよいのです」


 どこか虚ろに呟く星藍の視線が、安置されている宝物の間を彷徨う。

 迅もまた、精霊石を星藍より先に見つけようと棚に目を走らせる。


「もう、何もかもが遅い。

 この国の王たちには失望しました。

 玉座に座ることがあのような者たちに許されるならば。

 私は、私の手で。

 精霊に愛し愛された私の祖国を取り戻します。

 私がすべての采配をふるいます」


 見つけたのはほぼ同時。

 だが、残念なことに、水の精霊が眠る精霊石は星藍のすぐそばにあった。


「ああ、あった。

 これで、私も――」


 星藍が精霊石に手を伸ばす。

 迅も、急ぎ近寄ろうとするが、間に合わない。

 鴉と黒い獣が邪魔をする。

 抜刀しそれらに切りつけると、神官による浄化の力が込められているおかげか、黒い獣は以前苦戦したときとは異なり、復活することなく塵となり消えた。

 だが、その間に、星藍は精霊石を手にしていた。


「それを返せっ」


「もう一つ、私が手に入れそこねたものはその精霊が持っているではないですか?

 それにもともとこれは私が献上したもの。

 こちらは私がいただきます」


 星藍が袖に手を入れ、何かをばら撒いた。

 黒い結晶だ。

 それが落ちたところから黒い獣が立ち上がり、迅たちに襲い掛かってくる。

 迅は獣に対処し、神官たちが剣に込められた浄化の力を保ち強化するため祈りの言葉を唱えだす。


「さぁそこで私が力を手に入れるのを見ていなさい」


 星藍は黒い獣を追加すると床に何か模様を描きはじめた。

 模様を描きつつ迅の様子を伺い、獣の数が減ると追加していく。


「急ぐのじゃっ」


 玄水のせかす声が聞こえる。

 迅も応戦するが、獣の数が多すぎた。

 神官たちのもとへと獣を通すことはないが、星藍にも近づけなかった。


「さぁ、これで準備はできましたが……」


 星藍が顔を上げ辺りを見渡すと満足げに頷いた。

 そして再び袖口へと手を差し入れる。


「ああ、残念。

 黒牙獣はこれで最後のようです。

 特別にあなたに差し上げましょう」


 星藍が取り出した結晶を迅に投げつける。


「くそっ」


 後ろにいる神官を庇うために避けることができず、迅はそれを体で受けた。

 黒い結晶は迅の体にあたると獣に変わり、その牙を、爪を、迅につきたてた。


「……ぐっ」


 咄嗟に対応できたのは一、二匹で、それ以外のものに腹や足、腕など体中に噛みつかれる。


「まずいっ

 迅、あいつを止めるのじゃっ」


 玄水の声が響くが、獣の対処に追われる迅にそれに答えることはできなかった。

 一瞬、模様の中央で精霊石を手に捧げ持つ星藍が見えた。

 とぎれとぎれに何事か呟いているのが聞こえる。

 何か良くないことをしようとしているのはわかったが、黒い獣に牙をむかれ、噛みつかれている体は自由が利かない。


「無理のようだな。

 ならばせめてあの精霊石から精霊は解放せねばならん。

 精霊ごとあいつに取り込まれるぞ」


 玄水の指示で神官の祈りの言葉が変わる。

 星藍が呪文を唱える速度が速くなる。

 迅がようやく体にとりついた獣を始末し終えた時にはもう、事態が進行していた。


 星藍の手にある精霊石は淡く輝いている。

 それを目を爛々と輝かせて星藍が見つめている。

 星藍の口元が、笑いの形に歪んだ。

 呪文を唱える速度がさらに速くなる。

 神官たちの唱和も合わせて速度が増した。


 清月の解放と星藍の呪文の完成と、どちらが早いか。

 精霊石の末端が、星藍の手に溶けていく。

 そのとき、神官の唱和が終わった。

 精霊石の輝きが一際強くなり、澄んだ高い音を立てて、割れた。


 強い輝きが部屋に満ち、それが収まると薄い青色の皮毛に白い縞が入った優美な虎が姿を現す。

 反対に、星藍が絶叫を上げる。


 割れた精霊石はそのまま星藍にとりこまれていくのだが、それに従い、星藍の体がいびつに膨れていく。

 膨張はとまらず、肩にとまらせていた鴉をも飲み込んで成長していった。

 清月は事態を飲み込めないようだったが、迅の姿を見つけると、傍に跳んだ。


「な、ぜ……なぜ、

 失敗、だと――――」


 そのような状態になっても意識はあるようで、くぐもった声は己の変化を受け入れられていないようだった。


「人の手を出してよい領域を超えたからだ」


 玄水が、呟くようにその声に答えた。


「精霊は、人の、ため……に――――。

 ……なぜ、のぞ……で、は、……ない………」


「精霊は俺たちのためにいるわけじゃない。

 力を借りることはあるが、無条件に搾取していいものじゃない」


 迅が星藍に剣を突き立てると、星藍だったものは一瞬体を蠢めかせ、空気が抜けるようにその体積をしぼませていき息絶えた。



  *  *  *



 後味の悪い戦いのあと、星藍については神官達が浄化を行った。

 このような状況のため、一旦はここに安置するが、後日埋葬することになる。


「ひとまず。精霊石から精霊を呼び出すのはうまくいくことがわかったな」


 玄水の言葉に傷の手当てをうけている迅が頷く。

 清月が力を貸し、深い傷はすべて綺麗に癒えたが、細かな傷までは治してもらっていない。


「水虎殿、眠りを妨げてすまなかった」


「まったくその通りだ。

 だが、この場合は仕方なかろう。

 大分傷は癒えておったし、あのままではわしごと飲み込まれておっただろうからな。

 厄介なことに巻き込まれおってとは思うが、良い判断だった」


「そういってもらえると助かる」


「ところで沙羅は――――」


 言いかけた清月の喉から唸り声が漏れた。


「まずい、沙羅が危ないようだ。

 迅、わしは先に行くが、おぬし、急げよ」


 そう言って、清月は中空に姿を消した。

 沙羅に何が起きているのだろうか。

 だが、迅には沙羅の元に行く手段がない。

 そして、まず喬を何とかするのが先だった。

 休息を取った神官と玄水が力を合わせ、精霊石から桜火を呼び出す。


 清月の時と同じように、桜火も無事に呼び出すことができた。

 一通りの事情を説明された桜火はため息をつき迅を見る。


「まったく、無理に起こされた上にこのような事態に巻き込まれておるなど、迅は何をしておるのじゃ」


「ほんと、悪い。

 けど桜火の力が必要なんだ」


「ううむ、……」


 唸り声をあげる桜火に、玄水も頭を下げる。


「我からも、お願いする。

 どうか炎の精霊殿、力を貸してほしい」


「玄水殿。桜火でよい。

 傷は粗方癒えておるし、悪い判断ではなかった。

 必要とされるべきときに必要とされるのは精霊冥利に尽きるのだが、一言いうておかぬと主殿は精霊遣いが荒いのじゃ」


「なるほど」


「いや、精霊殿、そこは納得しないでほしい」


 そうしながら、連携なども確認していく。


「穢れは玄水殿が引き出すから、吾はそれを焼き払えばよいのじゃな」


「そのようにお願いしたい。

 我一人では、そこまでする余力はない」


「それで、万一穢れを全て引き出すことができず、喬がもとに戻らねば、どうするのじゃ?」


 桜火は迅をまっすぐ見つめている。

 迅もその視線を受け止めた。

 長い沈黙のあと、口を開く。


「もう、どうすることもできないってわかったら、俺が、あいつを止める」


「……そうか」


 桜火は頷いた後、玄水の方を向く。


「玄水殿もそれでよいな?」


 玄水は、一度目を伏せると、頷いた。


 支度を整え、急ぎ迅たちは喬の元へ急いだ。

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