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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり

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7.帝

 季節は、夏の盛りを過ぎようとしていた。


 涼し気な色合いであつらえた母屋に、紫紺の瞳に黒い髪をした容姿端麗な二人が向かい合って座っていた。二人の面差しは兄妹と言ってよいほどよく似ている。妹のように見える一人は、沙羅だった。もう一人は従兄である帝だ。沙羅の容姿がまだ幼さが残り可憐さが目につくのに対し、帝はそぎ落とされた端正さが際立っている。それもお互いの年齢を考えると当然のことだった。沙羅が今年齢十四になるのに対し、帝は二十七になる。


 夏の暑い最中だが、沙羅が住まう宮に帝の御幸があった。


「主上におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう」

「苦しゅうない。沙羅、咎め立てする人はおらぬから、言葉は崩してよい」

「ありがとうございます」

「いらぬ手間をかけさせたと聞いた」

「兄上様のせいではございませぬ」


 普段、沙羅は人がいないところでは帝のことを兄上様と呼んでいる。二人が居る母屋の周りは人払いされている。ただ、今日はいつもとは違い、赤錆色の髪の異国風の随身が一人残っており、母屋のすぐ外、妻戸の影に隠れるように控えていた。そのため口調を固くしたが、普段通りでよいという許しを得て、怪訝に思いながらも口調を崩す。


「そろそろ裳着をせねばならぬな」

「覚えておられたのですか」

「行き届かぬことも多いだろうが、私も沙羅の後見。それくらいは考えるよ」


沙羅の母は、沙羅を産んで半年して後、父は、目の前の従兄に位を譲った一年後に息を引き取っている。そのため、帝が沙羅の後見をしてくれている。

 今日は裳着について言いに来たのであろうか。確かに沙羅はもう成人してもいい年頃になっている。


「できれば内々でひっそりと終わらせるよう、お願い致します」

「難しいだろう。期待するな」


 帝の立場的にひっそりとできるかは置いておくとして、大々的にやって、この間の右大臣のような輩が大人数で来られても迷惑なだけだ。沙羅としては言わずにはおられなかった。


「ここはいつも時の流れが緩やかだな」

「雑多なものは入ってこられませんから」


 言葉を探すように黙る帝に、沙羅も余計なことは言わなかった。しばしの沈黙の後、帝は口を開く。


「そろそろ、そなたに預けておる役目を戻そうかと思うておる」

「そう、ですか」


 嬉しいことのはずなのに、何故だか素直に喜べなかった。

 帝という至高の存在となった従兄に頼られて嬉しさを感じていたからだろうか。

 帝が本来の仕事を行うことができるというのは、危ない状況が落ち着いてきたと言うことで、それは喜ばしいことだ。気を取り直し、状況を伺う。


「都は、落ち着かれたのですか?」

「粗方片付いた」

「それはようございました」

「ああ。幼子の時分から、そなたには随分と負担をかけてしまったな」

「もったいないお言葉です。頼ってくださって嬉しく思っておりました」

「その分と言うてはなんだが、これからは自由に過ごして良い。もししたいことがあれば、ささやかながら応援しよう。今、都で暮らせるよう、屋敷も急ぎ用意をさせているところだ」

「ありがたく、存じます」


 嬉し気にも見えず、残念がるでもない、淡々としたいつも通りの沙羅の様子に従兄も安心したのだろう。

 機嫌良く告げる帝に、沙羅の内心は大混乱しており、礼を告げるので精一杯だった。

 幼い頃沙羅が暮らしていた後宮は、今は帝の后たちが暮らすため、沙羅は入ることはできない。四年前にこの宮に封じられたが、それ以来、外に出たことはない。出て行く場所もなかったし、変化に乏しいこの場所は、退屈だけれども居心地は良かった。沙羅としては、今後もずっとこの宮で帝を支えていくのだと思っていた。だから、急に宮を出る話が浮上し、心がついてきていなかった。


「なんぞ聞いておきたいことはあるか?」

「もう、この宮に残ることはできぬのですか?」

「無論、ここに残ることも含めてこれからどうしたいのか好きに決めて良い。危険だからと沙羅をずっと閉じ込めてきた身で何を言うかと思うかもしれぬが、一度外に出てみても良いと思うのだ。気に入らねば、戻ってきて良い。だが、この宮は人の身には神気が濃すぎるように思う。ここに残っても良いが、これからはたまに外に出るようにしてほしい」

「は、い」


 神気が濃いのは沙羅も感じていたことだが、すでに馴染んでしまっている。特に違和感を感じたことはなかった。好意で言ってくれているのはわかるが、誘拐されかけて以来、今まで引きこもっていた沙羅には外は少し怖かった。だが、帝が望んでいるのだ。断ることはできない。


「頷いてくれてよかった。外は危ないことが多い。危険からそなたを遠ざけるため、随身を一人つけようと思うて連れてきておる。迅、もう少し近く寄れるか」


 几帳を端に寄せているので、沙羅に気を使ったのだろう。

 帝の言葉に、控えていた随身がわずかにその位置を変えると、一瞬沙羅の方からは顔がはっきりと見えた。

 そうではないかという気はしていたが、やはり過日の青年だった。

 青年の方は、すぐに顔を伏せているため、表情は見えない。

 なぜ、どうしてという疑問が沸くが、随身として残るなら、これから時間はあるはずだ。その時に問い詰めよう。沙羅は動揺を帝には悟られないように表情を作ると、どうやら帝には相手の髪色に驚いたと思ったと誤解してくれたようだ。


「その見目の通り、外の国から参ったものだが、腕は確かだ。今日から置いて帰る故、詳細は本人から聞け」

「かしこまり、ました」

「急だが祭祀は秋の大祭から、われが祭祀を執り行う。そのつもりで」

「はい」

「では、これからまだ参るところがあるのだ。次に会うのは都でかもしれぬが、来れるようであればまた近いうちに参る」

「どうぞお気を付けて」


 帝はほぼ四年ぶりの御幸になるということで、他にも寄り道しながら都へと帰るらしい。

 赤錆色の髪の随身を一人残し、その日のうちに帰っていった。

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