5. 恋愛相談-中編-
翌日、悟とファミレスにて報告会を行った。悟は自前の手帳にびっしりと何かを書いているが細かすぎて読めない。
俺の報告できることは
・安森先生は優しい
・目が綺麗
・チョコが好き
これくらいしかない。調査員失格である。
「安森先生は小さい頃に親を亡くしている苦労人らしいな。ちょっとなよなよした所があるがそういう所が女子は母性本能をくすぐられるらしいぞ」
悟が自慢気に語る。
「お前何処からそんな話聞いてくるんだよ……別に俺が情報収集する必要なくないか?」
と、ため息混じりに言うと
「ばっか!おまえ、俺の探偵の眼を使えば全てを見通すことが出来るけどな、一つの視点からしか物事を見ないのはマヌケのすることだぜ」
はいはい、と受け流し報告会は終わった。
「久世くん。ちょっといいですか?」
ろくな進展も見せていなかったが、笹原さんに呼び出された。あの日以来、文芸部にはちょくちょく顔を出すようにしていたため部員(仮)状態だった。
「久世くんと明は付き合ってるんですか?」
笹原さんと安森先生の周りを嗅ぎ回ってることがバレたのかと思って身構えていたがそうではないようだ。
「いや、それはまったくの誤解だ」
「でも仲良いですよね」
これはまさか笹原さんは俺のことが好きなのでは!?悟、ごめんな!そしてごめんな、笹原さん!俺にはスウという嫁がいるんだ!
「もしかして、笹原さん俺のこと……好き….とか?」
「え?違いますけど」
いや、そうですよね!知ってた知ってた。恥ずかしー!!
「忘れて!いや俺、笹原さんの好きな人知ってるし!俺じゃないことも知ってたけど、まあ洒落みたいなもんで……」
「え!私の好きな人知ってるんですか!?」
しまった。完全に口を滑らせた。
「いや、まあほら最近、俺、文芸部によく顔だしてただろ?それでまあなんとなく…….」
悟のことは話さない方がいいだろう。
「私そんなにわかりやすかったですか」
「でも、誰にも言ってないし言わないから」
笹原さんは俺の肩を掴み
「お願いですから明には絶対に言わないでください!」
と懇願してきた。意外なことに明に好きな人が誰かは言っていなかったようだ。例え友達でも隠しておきたいことの一つや二つあるものだろう。
「わ、わかった。絶対に言わない」
俺がそう言うと笹原さんは安心したようにホッとため息をついた。
「これは好奇心からの質問だから答えたくなかったら答えなくていいんだけどあの人のどういうところが好きなの?」
調査員としてろくな成果を上げてない俺は名誉挽回のために質問を投げかけた。
「ふふ、それくらいなら構わないですよ。これは本人にも言ったことがあるんですけど、優しいところと、好きなものの前では目がキラキラするところですよ」
俺には好きな人のことを思って話している笹原さんもキラキラして見えた。
「でも……」
笹原さんはギュッと口をつぐんだ後
「告白するつもりはないですから」
吐き出すように言った。
「……なんで?」
俺は堪らず聞いた。
「言っても困らせてしまうだけですから。優しい人だからたくさん悩んで私を傷つけないように振ってくれると思います。でもその後、前と同じように笑いかけてはくれない気がするんです」
先生と生徒で付き合ってる人も世の中にはいるだろうが実際難しいところもあるのだろう。笹原さんは諦めたように呟いた。
「笹原さんから告白されたら同年代の男子なんかならイチコロなのにな……」
悟とかな。
「私もクラスの男の子とかを好きになれたらよかったんですけど、うまくいかないものですね。恋人でも作ってくれたら諦めがつくんじゃないかと思ったんですけど……」
笹原さんは俺の方をチラッと見て直ぐに目を伏せた。
「好きになったら止めようと思って止められるもんでもないしな」
「久世くんも好きな人がいるんですか?」
笹原さんはスッと顔を上げた。
「まあな。」
幼女だけどな。今は。
「久世くんはどうしてその人のことを好きになったんですか?」
今度は俺が質問される番らしい。
どうしてスウのことを好きになったかと言われると前世で嫁だったからってことになるんだろうな。スウは貴美子だし貴美子はスウだ。それだけのことだ。
「その人がその人だったから、かな」
笹原さんは不思議そうな顔をしている。
「その人に会ったとき、運命だと思ったんだ。それだけだよ。……笹原さんの方はどうなんだよ?」
やられっぱなしという訳にはいかない。
「私ですか?……バカな話だと思われるかもしれませんけど最初会ったとき名前に共通点があるねって話かけてくれて、私、友達作るの下手で一人でいることが多かったから、それだけで運命を感じてしまったんです」
安森 隆幸と笹原 雪、ゆきが被ってるってことか。
「その後文芸部でずっと一緒に居てどんどん好きになってしまいました」
笹原さんは困ったように笑った。
「ふふ、でも久世くんと恋バナをすることになるとは思いませんでした。こんなこと誰にも言ったことないですし」
俺もこんな話になるとは思ってなかったがこれも何かの縁だろう。
「俺たちがこうして会えたことも運命かもな」
「そうかもしれません。運命の大安売りですね」
俺たちは笑って言った。
笹原さんが本気で安森先生が好きなことはわかったし、悟には諦めてもらおう。そもそも夢で見たからって二人の周りをこそこそ嗅ぎ回るのも申し訳ないしな。
昼休み、俺は文芸部には入らないことを安森先生に伝えに職員室へ向かった。散々期待をさせていて心苦しいところもあったのでせめて直接伝えようという思いがあった。
「安森先生居ますかー?」
「安森先生なら今、愛妻弁当食べてるよ」
近くにいた先生がからかいまじりに言う。ん?愛妻?
安森先生の机には確かに手作りのお弁当が置いてある
「もう、やめてくださいよー」
からかってきた先生にそう言うと俺の方に向き直った。
「ごめんね久世くん。それでどうしたの?」
「先生、そのお弁当自分で作ったの?」
「え、ああ〜えーっとこれは彼女が作ってくれたんだ」
頭をかきながら先生は言った。
「一緒に住んでるの?」
「う、うん」
顔を赤くしながら安森先生は言った。
俺は踵を返して職員室を飛び出した。後ろから安森先生の声が聞こえたが構って居られない。
教室のドアを勢いよく開け放ち笹原さんの方へズンズンと歩み寄り大声で言った。
「安森先生、同棲してる彼女いるぞ!」
「え、知ってますけど。どうしたんですか?」
そのとき、笹原さんが安森先生を好きだという前提条件が悟の夢だったことに俺はようやく気がついた。