1. 嫁がロリでした
小さい頃からいつも一緒にいた幼なじみとの結婚を迎え幸せ絶頂だった俺の人生は飲酒運転の車によりあっけなく幕を閉じた。
最後に思い浮かぶのはやっぱりあいつの顔で…俺が居なくなったら泣くだろうな、とか、金がないからって結婚式はやらなくていいって言ってたけどやっぱりやっときゃよかった、新婚旅行だって行ってやればよかった、なんて頭の中を駆け巡っていった。何でもいいからあいつとずっと笑って生きていきたかったな。
ブツリと音を立てて全てがシャットアウトされた。
と、まあ前世の俺はあっさりお亡くなりになってしまったわけだ。そして新たに人生をスタートさせた俺の名前は久世一高校1年生だ。
高校の入学式当日の朝、俺は唐突に前世の記憶を取り戻した。そのせいで高校デビューして彼女を作ろうと企てていた俺の計画はとん挫してしまった。
前世の嫁愛が復活したせいだ。ベッタベタのデロデロに嫁好きだった俺には嫁以外の女と付き合うことが想像も出来なかった。自分でもどうかしていると思う。
ああ、さらば俺の青春よ。
というわけで俺は1人寂しく下校していた。
自宅のマンションの側にはわりと広い公園があり、そこを突っ切るとかなり近道になるので俺はいつもと同じように公園に入っていった。
俺が帰る時間、公園はいつも子供たちの声で賑わっている。うんうん、元気なのはいいことだ。
ドンっ
と後ろから強い衝撃に襲われた。
元凶はなんだと後ろを振り返ると……
天使がいた。
推定年齢5歳の天使は幼稚園の制服に身を包んでいる。
「ご、ごめんなさい……まえ、みてなかった…」
あわあわと挙動が落ち着かない。
俺の頭もビックバンを起こしている。
俺にはわかる。この幼女は紛れもなく俺の前世の嫁であると。今、前世の嫁の顔が幼女の背後に見えたからね。完全に背後霊みたいだったからね。
どうにかお近づきになりたい。だが今のご時世幼女と話しているだけで通報される可能性すらある。いや、高校生はセーフか? …よし、まずは親御さんに挨拶をしてお友達になるところからはじめよう。
「大丈夫だよ。でも前を見て歩かないと危ないからね」
彼女の目線に合わせてしゃがむ。
「パパやママは一緒じゃないの?」
その瞬間彼女の目にみるみる涙が溜まり止める間も無く溢れ落ちた。
「うえ……ママときた…でも、スウがちょうちょつかまえてたら…ぐす……わからなくなっちゃった……」
ぐすぐすと鼻をすすりながら精一杯説明しようとする姿は愛らしい。…では、なくて、どうやらこの天使は現在進行形で迷子らしい。彼女の制服に付いているネームプレートには「はるみ すみ」と書かれているので、スウというのはあだ名のようだ。
まあ、ともかく嫁が困っていたら救うのが旦那の務めだ。
「よし、わかった。じゃあお兄ちゃんとママを探そう!」
「……ママがしらないひとについてったらダメっていってた…」
うん!偉い!その通り!
「そうか。じゃあこれ見て」
僕は内ポケットから生徒手帳を取り出してみせ、自分の名前を指差した。
「俺の名前は久世一 。○△高校1年A組出席番号8番、あそこに見えるマンションの5階に住んでるよ」
一応自己紹介をしてみたが幼女にこんなもの見せたところでわからないか、と別の信用を得る方法を考え始めた時、ポカンと生徒手帳を見つめていたスウが
「スウこれよめるよ!いちだよ!」
突然大声を出した。
「お……おお、漢字が読めるなんてすごいな!」
この際、俺の名前が間違っててもいいだろう。
「スウ、おねえちゃんにカンジおしえてもらってるんだよ!」
当人は誇らしげだ。ちょっと前に自己紹介したばかりなのにそれは耳に入っていなかったようだ。
「おにいちゃん、イチっていうんだね! ふふ、へんなおなまえ〜」
と、笑う。まあ笑顔が見れたのでいい。しばらくスウの漢字談義―漢数字が読めるという自慢―を聞いていると、
「スウ! どこ行ってたの!!」
女性が駆け寄って来た。
「ママ!」
「1人で離れちゃダメでしょ! ……心配させないでちょうだい」
ギュッとスウを抱きしめる。スウは涙目になりながらもごめんなさいと謝ることが出来た。
「あなたも迷惑を掛けてしまったみたいでごめんなさいね」
スウの母親はこちらに向き直るとそう言った。
「いえ、俺は何もしてないですよ。気にしないでください」
俺はこの状態からどのようにしたらスウとお近づきになれるか頭をフル回転させていたがそれも虚しく2人は俺に頭を下げると帰ってしまった。
「イチくん! またね!」
スウはそう言って俺に手を振った。俺は手を振り返しながら明日から公園で待ち伏せをしようと考えていた。
家に帰って落ち着いて今日のことを考えてみると、これはまさに運命なのでは?やはり俺と彼女は結ばれるさだめだったんだ。前世ではあっさり死んでしまったが今生では絶対幸せにしようとひとり誓った。
まずはやはり待ち伏せ作戦か、と計画を練ろうとしているとインターホンが鳴る。
「はいはい。ちょっと待ってくださいー」
ドアを開けると天使がいた。
「イチくんこんばんはー!!」
後ろにいたスウの母親が
「あら。さっきの! 私たちお隣に引っ越して来たんです。すごい偶然ですね。引っ越しの挨拶に来たんですけどご両親はいらっしゃる?」
「あー。うち共働きでどっちも帰り遅いんで俺から言っておきますよ。わざわざありがとうございます」
手土産を受け取りつつ答える。
「そうなの。じゃあいつもひとりなの?」
「まあ、そうですね」
俺は前世から親との縁が薄いらしく、もう慣れたものである。
「ご飯とかどうしてるの?」
「……自分で作ったり……買ったりですかね」
そんなに凝ったものは作れないが一応自炊はしている。
「……じゃあ今日のお礼も兼ねてウチでご飯食べていかない?」
思ってもいなかったお誘いに
「よろこんで!」
食い気味に答えた。
「イチくんとごはん!? やったー!」
スウが俺の手を握って言った。俺は天にも昇る気持ちだった。
スウの家に行くと
「おかえりー」
奥から女の子がニュッと顔を出した。
「……誰?」
不審者を見る目で見られた。
「お隣の久世くんよ。昼間公園で迷子になったスウを見つけてくれたの。そのお礼に食事でもと思って」
「ふーん」
俺への不信感は拭えないようだ。
「イチくん!スウのおねえちゃんだよ!」
スウが元気いっぱいに紹介してくれたので俺も元気いっぱい自己紹介をしよう。
「お隣の久世一です!よろしく!」
ついでに飛び切りの笑顔も付けよう。
「よ、よろしく……晴海明です」
食事を頂きつつも俺は情報収集に必死だった。
まず、スウの本当の名前は晴海澄といって祖母が名付け親らしい。スウの母親静流さんは、もう少し可愛いらしさを出したいと思ってスウと呼んでいるようだ。
そしてスウの父親も帰りが遅いらしくいつもちょっぴり寂しいので俺のような客人が来てくれて嬉しいらしい。
将来的に家族になる人達なので今からいい関係を築きたいものだ。
食事を終え
「そろそろ帰りますね」
と言うと
「えー!! イチくんもう帰っちゃうの!?」
スウがまた俺の手を握る。
「ふふ。スウは一くんのことがよっぽど気に入ったみたいね。いつもはすごく人見知りする子なんですよ?」
静流さんが言う。
何せ俺たち前世で夫婦だった仲ですから、なんて言ったらこの家を出禁になるので言わない。
「嬉しいです。また遊びに来てもいいですか?」
「もちろんよ」
まだぐずるスウの頭を撫でまた遊びに来ることを約束すると俺は家を出た。
空高々拳を突き上げ
「俺はスウの家に遊びに行く権利を得た!!」
と、心の中で叫んだ。