4 商業ギルド
本日感謝を込めて2話目。
不定期ですが、どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
クリスは冒険者ギルドの斜め前に位置するレンガ造りの商業ギルドに足を踏み入れた。
土地・建物希望申請書に記入して受付に並ぶ。
「必要なのは、200㎡前後の土地だけですか?」
希望を記入した書類に目を通した後、怪訝な顔で尋ねてくるのは受付の男性。
「はい。洗浄付きログハウスを持っていますから。100㎡あれば足りますが、庭の畑部分も出したいと思いまして」
「洗浄も庭も付いているログハウスですか! 貴重なものをお持ちなんですね」
目を丸くして言われる。
八千万キリという金額だけの問題ではなさそうだね。異空間に収納できるログハウスだものね。下水道などが必要ない洗浄付きの建物がどれ程のものかまったく分かっていないクリスはぼんやりと貴重なんだなと思うくらいだった。
ログハウスには庭が付いていて、畑も耕すことができる上、場所が足りなければ畑は出さない選択も可能だ。そんなゲーム仕立てのログハウスがそこらへんにあるわけではないと思いもしないのはクリスだから……。
使用していけば大きくなる畑も最初は小さい。畑を育てながらハウスごと異空間に収納できるのに、倉庫や畑の作物はそのままなのもさすがはゲームの世界だ。ただ、本当にゲームの時と同じかは試して見ないと分からないが、あるのは間違いないし、炎焔剣は新品にしか見えなかったから、ログハウスも新品状態なのだと思う。
畑だけでなくログハウスも大きさが少しだけ変えられる。二階建てなのは変わらないから最低でも十坪は必要だが、日本製なのに、中世の建物だからか広い間取りと土地だったはず。2LDKから7LDKまで自由に部屋数も変えられる。ただし、使うことで上がっていくのでこの建物も成長型。
確か町中でも200㎡の土地が半年で3万キリだったなと思い出すクリス。これが400の広さになると一か月で10万キリになったりする。半年で実に60万キリ。二十倍。300を超えると途端に値段が跳ね上がるのは、300以下は百坪もない土地で、半端ものという感覚らしい。お陰で、ログハウスを持ってからは重宝した。課金させる罠にはまっただけとも言えるが……。
ログハウスがガチャで当たるまでは【始まりの町の部屋】暮らしだった。
【始まりの町の部屋】というのは実は宿屋の一室という設定になっていて、ログイン時間が24時間超えると3000キリ減る仕組みになっていた。寝る時間は? と言う突っ込みは誰もしなかったらしく、24時間フルに活動できていた。
町の中に居ればいつでも【始まりの町の部屋】に移動できて、その家の中でポーションを作るのはもちろん、畑や魔物からとれた糸を紡いで布を織り、服も造った。もちろんミシンといった道具は買ってこないといけないし、料理をするにも料理道具一式というのを購入した記憶がある。長いこと冒険だけすると、食事の時間ですと表示されて、食事を促されたが、料理を持っているときは、催促されることもなくただ料理が減っていた。家に居るときには食事を促す表示は一度もなかった。
たぶん、3000キリの中には食事も込みのホテル代だったのだろうなぁと今となっては思う。
そういえばお腹空いたかも。この世界でも空腹になるらしい。さっさと決めて食事に行こう。
「草原の門からここら辺の間にある土地がいいのですよね? 値段は中心になるにつれて高いですが、草原の門から西南西へ三分程の処の土地が220㎡で半年毎に銀貨二枚と大銅貨三枚からありますよ」
「ではそれでお願いします」
「実際にご覧にならなくても宜しいのですか?」
「その土地の南側は畑と小川がありませんか?」
「……ええ、そのようですね」
地図を確認しながら受付の男性が肯定する。
「でしたら、そこでいいです」
ゲームの時と同じ土地があるらしい。クリスは即決した。
東門にある草原側の門からほぼ真西に一本道を十分歩くとギルドの集まる町中になる。メイン通りより二ブロック程南寄りで冒険者の私にはちょうどいい場所なのだ。
魔物の出る草原に近い程土地は安い。後は余りの土地だからお得という説明。
実際に見てはないが、ログハウスの話を出して紹介してくれた土地。どうせ半年契約と思うクリス。住まいが決まれば余計な出費も抑えられる。何しろ所持金はたったの10万なのだ。ゲームの時とは違って、宿をとれば実際の生活では一か月の金額にもならない。65坪オーバーの土地で半年分が23000キリ。畑も出せる。
クリスは土地を契約して、契約書と簡易地図をもらった。
家を出す前に先ずは、食事処かな。
クリスはギルドまでの道すがら通った中でいい香りがしていたシチュー専門店へ向かうことにした。
シチューの店に入ってまず目についたのは11時を指す時計。
「営業中であってますか?」
「あってるよ。ひとりかい? じゃ、好きなところへどこでも」
ちりり~んと鳴ったドアベルで気づいたおばちゃんが笑顔で答えてくれる。良かった。ゲームだと笑顔なのか仏頂面なのか分からないし、気にしたこともなかったけれど、現実の世界として生きて行くのなら笑顔の方がいい。
中は木目の美しいテーブルが六席とカウンター席があったので、カウンター席を迷わず選んだ。
日本ならまず間違いなくテーブル席に座ると思うのだけど、人もいないし出来たら情報収集したい。
席について、おばちゃんに声をかける。
「おすすめは何ですか?」
「ミルクシチューだね。パイ包みが一番人気だよ」
「では、それで」
おばちゃんは満足そうに微笑むと厨房にいるおじちゃんに声をかけて、水を持ってきてくれた。
何を聞こう。
あまり考えてなかったなと思うけれど、ゲームの知識と同じならあまり急ぐこともないかな。クリスはここでも通常運転のマイペース。
それでも、彼女にしては頑張り、とりあえず日用雑貨と食料店でおすすめの店を聞き出した。冒険者に聞かれるのは慣れているのか、すらすらと近場の店を答えてくれる。
出てきたミルクシチューは貝柱の味が優しいクリームシチューだった。バターの香り高く、体の芯から温まるなと思うクリス。【始まりの町】は常春設定だから、寒いとかはないのだが……。
パイもサクサク感が素晴らしい。この世界の味がこんな感じなら、食事の不満はなさそうだとクリスは嬉しくなる。料理屋の町娘選択の世界なら、発展する余地を残されていたのかもしれないけれど、冒険者じゃぁ料理スキルの伸びしろは低い。
ちなみに、選べる職業が料理や冒険者なのはイケメンたちの胃袋を掴む設定と、ポーションなどで助けることで好感度を上げて攻略するための職業設定だった。
はふはふっと少し多めの量を完食したら「美味しそうに食べるんだね。これは初めてのあんたにサービスさ」そう言って差し出されたのはプリンだった。
クリスはぱぁっと輝く笑顔でお礼を言う。
「大好物です! ありがとうございます!」
小さめだけど、キャラメル部分を掬うとプルンっと揺れて、中まで滑らかなのが分かる。カスタード味は何だか懐かしい感じがした。
お値段は400キリ。パイなしシチューのみだと300、パイ付き大盛で500キリ。貨幣計算はまだぎこちないけど、横の壁にあったメニュー表にはちゃんとキリでの値段が書かれてあった。
一泊3000キリのホテルも広さは画面でしか知らないけれど、二部屋はあったし大きさから言っても、この世界の物価は日本の半分以下かもしれないと思う。
地球すら国が違えば物価なんてどれだけでも変動するが。
クリスがプリンを味わいながらもメニューをぼんやり眺めていると、ドアが開いてちりりーんとベルが鳴る。
「レイアさん、いつもの一つ」
常連さんが来たらしい。クリスは無駄にイケボだなぁと思って振り返り、「ぶほぅおっ」とプリンを吹き出しそうになる。何とか押しとどめてごくんっと飲み込んだ。小さいのだから無駄にできないプリンを吐くなんて勿体ない。そして無駄じゃなかったイケメンボイス。
イケボのキラキラしい人物はこの町唯一の攻略者――ただし名前忘れ、だった……。