Interrogation:自白の罪
「アリシア姫、あなたの護衛です」
何のこともなげに、さらっと、淡々と言ってのけた天城イオリの顔をまじまじと覗き込む。
「護衛……?」
「はい、護衛です。自分は、あなたの身辺警護を極秘裏に行うために派遣されました」
背中の、左胸。心臓の位置を銃口で突かれているというのに、尚も彼は余裕を残している。そのことが、胸の中に得も知れぬ気味悪さを掻き立たせる。
「……ッ! 所属を答えなさい!王立陸軍ですか⁉」
「それについてはお答えできません」
「私は護衛対象なのでしょう⁉」
「ですが、我々の詳細は姫殿下に対してでも秘匿される必要があります」
どこから来るのかわからない冷静さを保っている彼に、腹立たしさと本能的な恐怖を覚えて、奥歯をかみしめる。
「信用できません」
「ならば、手に持っているそれを使ってください」
「あなた……ソレを正気で言っているのですか⁉」
自分が今手にしている、カーアームズPM9ピストルの引き金を引けば、自分の下で倒れている天城イオリの生命を絶つことができる。
そうすれば確かに、今の悩みの種は消え去るが、その提案を種が自らしてくるという異様さが、背筋に気持ちの悪い汗を伝わせる。
「あなたがそれを撃てば、自分は死に、事件は内々に処理されます。その後、新しい担当者が派遣されるまでです」
「正気の沙汰じゃないですよ」
「それが、軍人というものです」
軍人、という言葉を彼は口にした。そして、他者からの自己を規定する。軍人ならば、任務で死ねと言われれば死なねばならないのだと。
「…………ッ」
自分が組み倒した軍人という狂気の塊を目の前にして、今更ながら狼狽えてしまう。
「その前に、言い残すこととかないんですか?」
「特にありません……、と言いたいところですが」
「……?」
語調を変えず、天城イオリは淡々と言う。
「そのスライドが引かれた状態ですと、ハンマーは上がらず、激発も起きませんよ」
「……ッ!」
「一旦、自分の背中から離してから撃つことをお勧めいたします」
自分を殺そうとしている者に向かって助言をする。それが軍人というものなのか。
だとすれば、軍とは狂気の集団に他ならない。
その狂気に、自分は抗えなかった。そして、負けを認めてしまう。
「分かりました。あなたを信じましょう」
「……? ありがとうございます。姫殿下」
天城イオリ軍曹は、何か不思議に思ったのか小首をかしげたが、拘束から解かれた体を起こして手首を伸ばしたりしていた。
× × ×
「本当に、手の込んだことですね。同じマンションに引っ越してくるなんて」
帰り道、無言ながらも護衛を名乗る天城イオリを引き連れてマンションに戻ってきたら、彼が同じマンションの、自分の部屋の丁度真下の部屋に住んでいることが発覚した。
「任務のためですから。この部屋は用意されたものです」
淡々と事実を説明する彼に向かって、冷たい視線を浴びせる。恐らく訳がわかっていないのであろう彼は、ただただ困惑していた。
「ふーん、わかりました。護衛の話は信じます。ですが、今度からはストーキングなんてことはしないでくださいね」
「……、それが、オーダーなのなら。護衛任務は続きますが」
尾行について禁じると、彼はあからさまに動揺する。その反応を見るに、護衛という言葉は真実なのだろうが、夜道のストーキングなんて真似は二度と御免だった。
「それでは、また明日」
そう言い放って、彼の部屋のドアを少し乱暴に閉じる。彼の、少し困っていたような表情に後ろ髪を引かれたが、ストーキングのことを思い出してその場を後にした。
× × ×
翌日、朝から校内の男子生徒からの視線を一点に浴び、なにか理解できない黒い感情を孕んだ視線を度々浴びる午前の授業を終え、昼休みに入る。
「ねえ、アシュリーさん。おひるごはん、一緒にどうかな?」
すると、手に弁当を持った大人し目な女子と学食のパンを二つ手にした体育会系の女子が声をかけてくる。名札を見ると、大人し気な方が松江ミヤビ、体育会系の方が涼波レンと書いてあった。
「ええ、どうぞ」
「そう?じゃ、遠慮なく」
「あ、バヤコバー席借りるねー」
許可すると、その二人は近くの男子生徒の椅子を引いてこちらに向けて座る。そして、自分の机に手にしていたものをどっかりと置いた。
「ねえねえ、アシュリーさんってイギリスから来たんだよね?ごはんが美味しくないって本当?」
いきなり身を乗り出して質問してくる涼風から若干身を引きながらも、笑みを浮かべて答える。
「是非アリシア、と呼んでください。でもまあ、そうですね……」
初めて砕けた仲の友達らしい友達ができそうな予感に、胸を躍らせながらも、彼女の質問に頬を膨らませてみせる。
「貧しい方々はそうなのかもしれませんが、料理が美味しくないということはありませんよ」
「ふーん、でもフィッシュパイとか、見た目グロい食べ物とか一杯あるよねー」
「食べてみると美味しいですよ。帝国時代に世界中の植民地から入ってきた料理とか、最近ではSUSHIとかワショクもあるので、お料理のレパートリーは多いんですよ」
「でも、それを変にアレンジしてるのよく見るけど」
それを聞き、驚きで目を見開く。
「そうなんですか?私がよくみるSUSHIとかワショクって、日本の物じゃないんですか⁉」
「うーん、日本が発祥の物ではあるんだけどねー。ロブスター寿司ってあるでしょ、あれ日本じゃどこ行ってもないから」
「そ、そうなんですかぁ⁉……あ、ある意味カルチャーショックです」
本国で見てきた日本食と呼ばれる物とかけ離れた本場の真実を聞き、本気で衝撃を受けて絶叫する。その様子を見た二人はクスクスゲラゲラと笑い、自分は周囲からの視線に気づいて少し赤くなる。
「あー、アリシア。キミってホント面白い」
「うんうん。ねえ、他に日本について知りたいことってない?イギリス人から見た日本って気になる!」
松江さんが、目を輝かせてこちらに顔を出してきた。その様子を見て、私は自分から見た日本観を話す。喋っては笑い、時にわざとらしい小芝居を挟んで。
すると、あっという間に時間は過ぎていき、昼休みが終わり、午後の授業が終わり、放課後になる。
二人は帰る方向が別であるとのことで、校門から別れた。
(お二人も優しい方のようですし、安心できました。カリーナに伝えられれば良いのだけれど、郵便は必要最小限にと言われていますし)
遠く離れた地での無事を伝えられない。あの健気な少女の事を思うほど、そのことがもどかしい。
しかし、自分のわがままで通せるほど、事は軽くない。自分のわがままは、下手をすれば自分の身に災いとして降りかかり、最悪の場合は王室に仕える者やお兄様、お姉様。現代の女王陛下に迷惑がかかるかもしれない。
だからこそ、王族として耐えなければならない。それが、王女としてたくさんの人からの期待を浴びている者の義務。
「カリーナ、私は大丈夫ですから。あなたはあなたでしっかり生き延びて」
代わりに、英語で空を飛ぶ鳩にカリーナへの言葉を託す。
× × ×
帰り際、炊事のための食材と、洗剤などを千鳥駅前のサミットで悩んでいたら、外がすっかり暗くなっていた。冬空に、肌寒くなった夜道を少し早歩きで歩いていると、本国のことを思い出す。
昔は、仲の良い近衛兵に手引きしてもらって、宮殿の者に内緒でよく外出していたものである。そして、帰るのは暗くなってからであり、乳母からよく叱られていた。
「懐かしいものですね。この街も、あそこも、地球の反対側にあるのに、よく似ている」
そう呟きながら、久が原の静かすぎる夜道を歩いていると、後ろから小さな革靴の足音が聞こえてくる。それは、意図的に隠しているように聞こえる。
昨晩の出来事を思い出し、頭の中を怒りがよぎる。そして、口をへの字に曲げて、眉をひそめて背後を振り向き、叫んだ。
「天城さん!ストーキングはしないって言ったじゃないですか!」
「……ッ⁉」
言った瞬間、前方で何かがぴくっと動くのが見えた。彼がストーキングを見破られて必死に言い訳を考えているのだと思ったが、どうにも様子が違う。
天城イオリにしては図体が大きい。特に、横の幅が……
「え……ッ⁉」
そう思った瞬間、その何者かが走り寄ってくる。
そこで、私の意識は途切れた。