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転校生と留学生がやって来た!

 2026年1月10日。冬真っ盛りの、寒々しく人々が上にもう一枚羽織るような一日の朝。


 都立多摩高校一年五組の朝は騒がしい。他の教室からも始業式の後に出張してきた生徒も混じって談議に花を咲かせる。派手なグループ、携帯ゲーム機を黙って弄る暗いオタクのグループ、男子だけで卑猥な話に爆笑しているグループ。


 一つ一つのグループが騒ぎに騒ぐものだから、教室は鳥園もかくやという喧しさになっていた。


「はーい、皆、席についてねー。三田さんは教室に戻って、野方君、ゲーム機しまってね」


 英語教員の伊吹ナオが、前の扉から教室に入ってきて、教卓に付いてなんとか鳥園の騒音を収めようとする。が、そんなもの焼け石に水のようなもので、騒ぎは一向に収まらない。


「ほら、静かにしてー。ね、後生のお願いだから……静かに、静かに……」


 煮えたぎる感情を必死に抑えつけて、穏やかに、平静さを装って注意をする。


「ぎゃんっ⁉」


 平静さを務めていたが、教室のどこかから飛んできた上履きが頭を直撃した瞬間、それが爆発した。


「静粛に!静粛に、静粛にーーー!!」


 バァンと机を思い切り叩くと、驚いた生徒たちが一斉に黙ってナオの方を振り向く。


「同志諸君、傾注!傾注せよ!」


 同時に、生徒たちが自分の席に戻り、出張していた者は自分の教室へと戻っていった。見事に洗練された無駄のない動きである。


「これよりホームルームを始める、日直号令ッ!」

「起立、礼ッ!」


 鶴の一声と共に、日直の男子が休めの姿勢で立ち上がり、号令すると生徒たちがピシッとした機敏で鋭角的な動きでそれに従う。


「今日は同志諸君らに良いニュースと悪いニュースがある」


 ナオは、教卓の周りを手を後ろで組んで、海兵隊の先任士官を連想させるようなゆっくりとした足取りで回る。端に来たらつま先でターンし、また端へと歩いていく。生徒たちはその様子を、かたずをのんで見守る。


「どちらから先に聞きたい?」


 問うた瞬間、一人の女子生徒が手を上げる。


「カナエ君」

「良いニュースから聞きたいです!」

「語尾にマムを付けなさい!」

「良いニュースから聞きたいです、マム!」


 カナエと呼ばれた女子生徒が、ナオから厳しい注意を受け、慌てて言い直す。


「良いでしょう」


 ナオが教卓の前で立ち止まる。そして、ドンと両手をついて身を乗り出した。


「喜べ男子諸君、金髪碧眼美少女留学生だー!」

「おおおぉぉぉぉおおおお‼‼」


 言った瞬間、教室の男子たちが一斉に獣の雄たけびのような歓声を上げ、女子たちがそれを白々しい目で見る。


「そして女子諸君、喜べ草食系イケメン男子の転校生もいるぞ!」


 言った瞬間、女子たちの目が一斉に輝き、男子よりかは静かに歓喜する。


「総員、静粛に!」


 今度は全員がナオの指示ですぐに沈黙する。


「じゃ、入ってきて」


 そう言い、ナオが教室のドアを開ける。すると、無表情を引き攣らせた日本人の少年と、困ったような笑みを張り付かせている金髪のイギリス人の少女が入ってくる。


「はい、アシュリーさんから自己紹介お願いね。男子が待ちわびているから」

「は、はい!」


 教室の異様な興奮と、変に訓練されている生徒たちに気圧されてカチコチに固まったアリシアが黒板に英語の筆記体でアリシア・アシュリーと書く。


「あ、アリシア・アシュリーです。留学生です。よろしく……お願いします」


 今まで、大衆の前に出たことはあるが、軍人の集まる部屋で自己紹介などしたこともない。そのせいで硬い挨拶になり、考えていたことが頭からすっぽりと抜けてしまう。が、男子たちはそれを謙虚さととらえたようで、逆に大盛り上がりする。


「静かに、静かにィ‼」


 ナオが怒鳴ってなんとかその場をいさめるが、男子たちの嬉々とした視線は無遠慮にアリシアに突き刺さってくる。


「ほら、次は天城君。自己紹介」

「はっ!」


(さっきの統制……この女、先任士官か?)


 ナオが一喝して生徒を治めたのを見て、彼女を現役軍人か、退役した軍人と勘違いする。


「多摩高校一年五組六番、天城イオリであります!」


 完璧な気を付けの姿勢で、思い切り言い放つ。すると、教室中が水を打ったように静まり返った。


「…………。」

「…………。」


 気まずい静寂で満たされた教室に、額から一筋汗が流れ落ちる。


(一体どういうことだ?彼らは軍隊教育・・・・を受けているのではないのか?まさか、彼らが教育されたものと違ったか⁉)


 天城は一人、見当違いな心配を重ねていく。先ほどから背中を冷汗が伝い、額を伝う脂汗が量を増していき、全身を不快感が襲う。


「え、と……アシュリーさんの席はそっちで、天城君はその隣ね」


 ナオがその沈黙を破り、困ったように言う。釈然としないものを感じたが、言われた席へと歩いて行って座る。


 すると、わっと周囲の生徒たちが席の周りに集まってくる。


「ねえ、アシュリーさん。イギリスから来たんだって?」

「イギリス人って金髪の人多いの?」

「今度、一緒にご飯でもどう?」

「え、えっと、あの……」


 教室中の男子たちから詰め寄られてアリシアがどう対応していいのか分からず困惑し、あたふたする。


「ねえ、天城君ってミリオタなの?」

「でも、そういう意外なところもいいかも~」

「ねえねえ、彼女とかっている?」

「…………。」


 こちらにも女子が押し寄せてきて、その中で固まることしかできない。


(なんだこれは、新手の人海戦術……これが新入生イジメというやつなのか?)


「ちょっ、男子!ミヤさんたちも!席に、席に戻りなさい!」


 黒髪の女子が立ち上がり、叫ぶが、全くもって教室中の男女は聞き入れない。


「静粛に!静粛に、静粛にぃーーー!!!」


 ナオが机を叩いて叫び、チョークを投げることで、ようやく騒ぎが鎮圧された。しかし、生徒による転入生と留学生に対する暴動はそれくらいしないと収まらなかったもので、彼ら彼女らの熱狂ぶりは過激化したデモの暴徒のようであった。


(な、なんなんだ、この学校は……)


 転校初日から打ちのめされ、早速訓練よりも多くの体力を消費してしまい、今後の任務に対して若干の不安を抱えてしまった。


(空に偵察機はいないのにな……)


 何の脅威のない、日本の平和な空を見上げて嘆息する天城イオリなのであった。

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