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転校生と留学生(後半)

 一目で高級なものだと分かるペルシャ絨毯に複雑な模様の入ったカーテン、ふかふかの大きなベッドにウォールナット材の机にクローゼット。贅を凝らした一人暮らしの個室がそこにあった。


「これが、日本のフラットなのですね」


 アリシアは、感嘆と共に、宮殿と比べれば高級ホテルと野宿以上の差がある、これでも最大限の装飾が施された、一人暮らしにしては豪華なマンションの一室を見渡す。因みに、最上階である。


「これで明日から、私も日本のハイスクールに通うのですね……」


 一人の寂しさを紛らわせるように、独り言を呟いたその時、マンションのチャイムが鳴ってアリシアがインターホンに出る。


「は、はい⁉」


 郵便物の対応など、いつもは侍女などに任せているせいで、配達員の応対という初体験に緊張して声が震える。


『こんにちは、王立運輸ですー』

「はい、アシュリーです……」


 緊張の中、偽装の為に与えられた新しい名前を口にする。すると、インターホンの向こうから、女性配達員の間延びした声が聞こえてきて、ほっと一息つく。


『お届け物ですー、ちょっとドア開けてもらっていいですか?』

「あ、は、はい……」


(ドア、ドアを開けるボタン……)


 手元を十秒ほどかけて目的のボタンを見つける。そして、意を決して押し込んでみる。


『ありがとうございますー』

「で、できた……」


 ほっとするのも束の間、すぐに玄関の方のチャイムが鳴る。


「は、はい」


 急いでチェーンと二つの鍵を開けてドアを開けると、黒い短髪のアメリカ人女性が立っていた。


「はい、ここ。サインお願いねー」

「はい……」


 彼女は流ちょうな日本語で言い、国際宅配便に使われる伝票を挟んだクリップボードを手渡してくる。その伝票に、たどたどしい日本語のカタカナで偽装の名前を書き込み、渡す。


「ど、どうぞ」

「はい、ありがとうございましたー。荷物多いんで、中入れちゃいますねー」


 その配達員はそう言って、カートにのっけた段ボール箱を持って部屋の中に入り、玄関で荷物を次々に下していく。


「ご利用ありがとうございましたー」

「あ、ありがとうございました……」


 まるで日本人かと見紛う謙虚さで、配達員の女性と一緒に腰を折る。その配達員は、さっと上体を起こすと、そそくさと撤収していった。


 それを見届けたアリシアはドアを閉め、ちゃんとチェーンと二つの鍵を閉めて中に入り、えっちらおっちらと段ボール箱をリビングに運び込む。


「英国王室から? 何でしょうか」


 そして、危なっかし気にカッターを握り、封を開けていく。その中には、様々な生活用品や、化粧品、日常で使う衣服などが大量に入っていた。


「まあ、これはカリーナかしら」


 そして、最後にクスッと微笑む。最後に出てきたのは、手書きでまとめられた生活マニュアルというものであった。中を開くと、買い物から料理、洗濯などの家事、はたまた交友関係といった生活に付いてのABCが書かれていた。


 その、丁寧な筆跡に心を温め、ここまで自分を慕ってくれる可愛らしい小っちゃな従臣の姿を思い浮かべて頬を緩ませる。でも本人にこのようなことを言うと頬を膨らませて、両手を上げながら怒り出すに違いないから、黙っておくことにした。


 代わりに、彼らに対する手紙を英文でスラスラと書き留める。そして、封筒に入れ、切手を糊付けし、同封されていたクリアファイルの中のコピー用紙に印刷されていた住所を書く。なにか入り用の時には、その住所に物を送ってほしいとのことであった。


「これから、この街に暮らすのですね」


 淡い期待と、たった今届いた荷物から感じる頼もしさ、そしてほんの少しの不安を胸に、封筒を持ってアリシアは玄関を出た。

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