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アリシア皇女殿下

 青い空を、一機の飛行機が通り過ぎる。それをぼおっと目で追っていると、傍からの自分を呼ぶ声にハッと気づく。


「姫様、聞いているのですか⁉」

「あ、うん、ごめん。カリーナ」


 脇でぷんすかかわいらしく頬を膨らませて、いかにも怒っていますと精一杯表現する、まだ幼い十二歳くらいの少女。


「アリシア姫様。姫様のお仕事は、国民の為に──」

「国民の為に常あるべし。そのために公務がある。でしょ?」

「ひーめーさーまぁ! 私は真面目な話をしているのですよ⁉」


 本人は、自分が威厳をもって説教をしているつもりだろうが、その背伸びをしている様子がなんとも可愛らしくて、どうしても頬が緩んでしまう。


「真面目に聞いてください! 今日は、その……」

「アリシア姫殿下。お支度のほどはいかがでしょうか」


 カリーナの話の腰を折る様に、部屋の扉から侍女のマイラが入ってくる。


「問題ないです」

「そうですか。出立は15時、2時間後です」

「分かりました。マイラさん」

「それでは、アリシア姫殿下。ご体調にお気をつけて」

「あ、そうだマイラさん」

「なんでしょうか?」


 マイラが部屋から出ていこうとするのを、呼び止める。


「ちょっと、髪を切るのを手伝ってくださいな」

「んなっ⁉ 姫様、正気ですか⁉」


 マイラとカリーナが目を見開いて驚愕する。その意外な反応に、頬を膨らませて不満を伝える。


「なんですか、人が髪を切るのがそこまで意外ですか?」

「いえ、姫様……でも、髪ですよ? 女性にとって、髪は宝のようなものですよ!?」


 カリーナの説教に、嘆息して、自分の床まで届く長すぎる金髪を一房つかみ取る。


「日本への留学生になりきるのに、こんなに長い髪があったら、怪しまれてしまうでしょう?」

「でも姫様。姫様のそのお髪は本当にお宝なんです!それを……」

「カリーナ。私は名を捨て、別人となるのです。ならば、成りきるためにはこの髪ごとき、捨てる覚悟が無ければならないでしょう?」

「分かりました。姫殿下、鏡の前にお座りください」

「お願いします。マイラさん」


 マイラに指示され、部屋に付いている大きな鏡の前に椅子を持ってきて、マイラに背を向けて座る。背後にマイラが立ち、私の長髪にはさみを入れる。


「姫様……お辛いでしょうに」


 × × ×


「では、マイラさん。後は滞りなく」

「承知しております、姫殿下」


 新たに与えられた日本のハイスクールの制服を着て、ロンドン・ヒースロー空港の滑走路で大型ジェット機に搭乗するためのタラップの前でマイラとカリーナと別れの挨拶を交わす。

 マイラはいつもと同じ仏頂面で、カリーナは今にも泣きだしそうな顔をしている。


「カリーナ、泣かないで。永遠のお別れじゃないんだから。また、会えるわよ」

「でも、でも……姫様ぁ!」


 泣きじゃくるカリーナを抱きしめ、まだこの子も子供なのだと、頼りない背中を抱いて実感する。


「大丈夫。戦争が終われば、また会えます。その日まで」

「はい、強く、生きます。生き延びて、戦争に勝って、また姫様に、会います!」

「ええ……でも、私はあなたが生きていれば、それだけでいいから」


 頭を撫で、優しく言葉をかければかけるほどにカリーナは泣きわめく。よしよしと、頭を撫でて慰める。

 しばらくそうした後、カリーナは自分の胸を突き放す。


「もったいないお言葉……はい、はい。私は、強く、強く生きます。この戦争が終わって、あなたとまた出会ったとき、私は強くなって、また……」

「ええ、私も、強く生き抜いて見せます」


 それは、今まで一緒にいて、最高の笑顔だった。涙でぐしゃぐしゃになっていたけれど、包み隠さない、12歳の少女カリーナの本当の笑顔。


「やっと、見れた」


 そして、抱き寄せる。今度は強く、抱きしめる。


 一機のBAe146が滑走路から飛び上がる。


 一匹のイヌワシが、そのボーイング789を追いかけて飛び立つ。

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