ファントム分隊
イギリスドーバー海峡沖、高度6000メートル。三機の爆装したF15‐Eストライクイーグル戦闘爆撃機が、三角形の編隊を組んで雲上を渡り鳥の編隊と共に飛行する。
『全隊、こちらファントムリーダー。目標を発見。送れ』
『ファントム各員、こちらコントロール。了解した、目標に対し攻撃を開始せよ』
『コントロール、こちらファントムリーダー。もう一度言ってくれ』
『繰り返す、目標を攻撃せよ』
『コントロール、了解。ファントム各員、こちらファントムリーダー。攻撃を開始する。全機、我に続け』
「ファントムリーダー、こちらファントム3。了解」
前方の隊長機が右にロールを打って降下に入る。
「ファントムリーダー、こちらファントム03.目標を視認」
『ルーキー、ビビッて引き上げんじゃねぇぞ』
『ファントム02、軽口を無線でやるんじゃない』
『ファントムリーダー、それでは軽口を伝える手段がありません』
『ファントム02、手信号があるだろ』
『ファントムリーダー、それは不可能であります、サー』
『ファントム02、やれ。隊長命令だ』
『ファントムリーダー、了解であります、サー!』
降下途中の僚機を見やると、そのパイロットが激しいGがかかっている中で、器用に身振り手振りで下品なジェスチャーをしている。それを見て、小さくため息をつくと、マスクのせいでくぐもった音がする。
「…………。」
『ファントム各員、爆撃用意』
HUD越しに見る目標の強襲揚陸艦。HUDの上をふらふらと彷徨う緑色のカーソルを、操縦桿とラダーを使って機首方向を調整し、CIWSとMFVが降下中のこちらに向けて銃口を向けてきている飛行甲板に合わせる。
『ドロップ・ナウ!』
操縦桿のスイッチを押し、胴体元と両翼のパイロンに懸架された3発のMk84 2000ポンド爆弾を目標の強襲揚陸艦に向けて投下する。拘束を解かれた9つの2000ポンドの火の玉が、ゆっくりと空から舞い降りていく。
直後、CIWSとMFVのライフル射撃による激しい対空砲火が襲い掛かってきて、操縦桿を横に引き倒す。激しい重力加速度に、歯を食いしばって耐える。
『全機、散解! 迎撃が上がってくるまでに戻るぞ』
「ファントム03、了解」
操縦桿を倒し、対空砲火を避けながら来た空路を戻る。
空から降ってきた2000ポンドの悪魔は鋼鉄製の甲板を喰い破り、腹の中でその狂的な嗤笑と共に破裂する。その膨大な熱量が、格納庫のMASと弾薬に火をつける。その燃焼ガスが薄い装甲を内部から押し上げ、鋼板のあちこちが盛り上がったかと思うと、勢いよく破れた。
3機のワシの背後に、巨大な火柱が上がる。
イギリス王立空軍レイクンヒール空軍基地の格納庫。自機からタラップを伝って降りたところで、先に降りていた僚機のパイロットから声を掛けられる。
「ルーキー、生きて帰ってきたようだな」
「ジャック、作戦行動中の無線の私的利用はやめろ」
ジャック・アリューシャン。ファントム分隊の二番機。ファントム大隊の中でのコールサインはファントム12。階級は軍曹。
「おいおい、アマギ。ルーキーの緊張をほぐそうという先輩の粋な計らいが理解できないのかい?」
「なら、今度の作戦からは無駄なおしゃべりは止めてくれ。耳障りでしかない」
「おいアマギ。つれないこと──」
「アマギ、アマギ・イオリ軍曹!」
格納庫入り口の方から女性の声が聞こえてきた。
「ここです、カレル大尉」
「アマギ、今すぐブリーフィングルームに来い」
「了解しました」
言って、その場で敬礼をする。
「アマギ軍曹、入ります」
ノックをし、中からくぐもった返事がしたのを確認してから、ブリーフィングルームの重い鉄の扉を開ける。
「来たか、アマギ」
中で煙草を吸いながら壁にもたれかかって書類の束に目を通している女性。カレル・ドールマン中尉。年齢不詳、今回の作戦のファントム大隊側の指揮官。ファントム大隊でのコールサインは3。
「察しているだろうが、次の作戦だ」
「今度はどちらへ? これから前線の拡張でも?」
少し茶化して言うと、カレル中尉は遠い目をして言った。
「いや……今回は、もっと遠いところだ」
「潜入でしょうか?」
その含みのある言い方に、ただならぬものを感じ、意立ち住まいを正し、眉をひそめる。
「いんや。お前にはこれからストライク・イーグルでブライズ・ノートン基地まで行き、そこからグローブマスターで日本に飛んでもらう」
「は?……日本、でありますか?」
予想外の回答に、一瞬口を開けて呆然としてしまう。が、カレル中尉はそれを無視して続きを話す。
「ああ。詳細はグローブマスターの中で読め。重要任務だ。お前にしかできない、な」
「了解、アマギ軍曹、着任します」
「ああ、達者でな」
鉄の扉をまた開けて、一礼してからブリーフィングルームを後にして、三段ベットしかない居室に向かう。
「おいアマギ。また出撃か?」
「任務だ。これから日本へと飛ぶ」
荷詰めをしている途中、上の段から声をかけてきたジャックに事務的に答える。ジャックはそれを聞くと、目を輝かせて身を乗り出してくる。
「日本? なんのために」
「わからん。詳細は機内で読めとのことらしい」
「ほーん、ま、死ぬなよ」
「また生きて戦場で」
「ああ」
ファントム大隊伝統の、別れの挨拶をして、居室を後にする。そして、荷物を持って甲板へと向かった。
「軍曹、機体の準備はできています。チェックを」
整備士が手渡したクリップボードに挟まれたチェックリストの中の項目を、一つずつ機体をチェックして確かめる。
「問題ありません」
言って、整備士にクリップボードを返す。そして、コックピットシートに座り、ベルトを締めてヘルメットを装着した。
コックピットを閉鎖、最後に安全確認をし、両方のエンジンを始動させ、回転数を上げる。それから、地上にいる作業員の合図の誘導で滑走路まで出てから一旦止まり、管制員の指示に従って、スロットルを上げる。
滑走路上の機体がゆっくりと動き出し、それから一気に加速し出す。揚力が溜まるまで機首が上がらないように操縦桿を押し込みつつ、ラダーで機首を滑走路に描かれた白線に沿うように調整する。
やがて、十分な機速に達した時、操縦桿を引き倒し、揚力を解放させた。僅かな重力加速度が体にのしかかってくる。
蒼天の空に、一匹のワシが舞い上がっていった。