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即興シリーズ

正解も不正解も、それは答えに違いない

作者:





「補習をお願いしたいです」


切り揃えられた髪の奥から、真っ直ぐ僕を見つめて。彼女はそう言った。

学力で言えば何の問題もない。むしろ優等生、出席率も授業態度もテストの点数も文句なしだ。なのに、夏休み前の期末テストで彼女は突然ある教科で一桁の点数を叩き出した。それ以外のテストは90点越えを見せる中、そのテストは7点と書かれていた。

なぜそれが分かるのか。それが数学のテストであり、彼女のクラスの担当は僕だからだ。


そんな状況の彼女からの申し出を、担当としては受けないわけにはいかなかった。


「分かった。予定の方は僕が組む、一緒に頑張ろう」



♦︎



「先生のことが好きです」


最初の補習。僕と彼女だけの空間にそんな言葉が前触れもなく現れた。勘違いのしようがない、この言葉は彼女が僕に向けているのだと誰も否定出来ない状況。 そこで理解した、彼女がテストで一桁の点数を取ったのも高校最後の夏休みに補習をしたいと言ったのも、全ては僕のせいなのだと。



♦︎



今日は、三回目の補習だ。空き教室に向かう足取りは決して軽いものにはならない。



「…… おはよう」

「おはようございます」


一つ用意された席に、彼女は姿勢良く座っていた。机の上には教科書、ノート、筆記用具。…… 真面目なんだ、この子は。だからこそ尚更分からない。彼女が抱いた気持ちが。








「…… つまり、こうなればいいんですね」


教師として言ってはならないが、正直教えることはない。どんな教科も基礎があれば後は応用と発想だ。その基礎をしっかりと教えるのが僕の役目だと思っているのだが、彼女は理解が早い。教科書を読んで分からなかった部分を教えるだけで基礎は身につくだろう。

本来なら、生徒の理解が早いのは喜ぶことなのだが……




「先生。今日、寝坊しましたか?」

「え? …… ああ、寝癖ついてるかな?」

「はい。可愛らしいですね」


…… どうしても、雑談が多くなってしまう。彼女も本来の目的は勉強ではなく、こうした会話なのかもしれないが。

…… 好意を抱かれることを不快には思わない。ただ、その好意を受け入れることは間違いだ。彼女はまだ高校生で、僕は教師である。…… はっきりと分かってもらわなければならない。



「…… 君の気持ちは嬉しいんだけれど。やはり、それを受け入れることは出来ない」


僕がそう言うと、彼女は表情を変えることなく言葉を返してきた。

「それは先生と生徒と言う関係だからですか」

「そうだね。それに君はまだ若い、もっと普通の恋愛を」

「誰かを好きになることは普通です。それが先生に対してだとしても。私はただ、先生を好きになっただけです。至って普通のことです」


…… 真面目で良い子なのだ。これは、とても時間がかかりそうだ。

時計を確認する。補習としては今日の分は十分だろう。残り時間は彼女とのことに使ってもいいだろう。教師としては駄目かもしれないが、彼女の学力より今は僕に対する気持ちについての方が優先しなければならない問題だ。



「生徒と先生が、なんて。最悪の場合犯罪になるかもしれないんだよ?」

「好きな人と結ばれるなら前科だろうと望むところです」

…… いや、多分罪としては僕だけだと思うけど。周りからの冷たい目も、僕だけに向けられるだろう。


「先生が、私の気持ちを受け入れない理由が立場だと言うのなら納得は出来ません。先生は今、テストの採点に理不尽な理由でバツをつけているようなものです。私が駄目だと言う、納得出来る理由をお願いします」


そう言って、彼女はなぜか軽く頭を下げた。礼儀正しいのか、どうなのか。


拒む理由は、正直ない。嬉しいことだ、10歳近く離れた子に好意を抱かれるのは。それを面倒だ、うっとおしい、なんて言うほど女性慣れしてはいないし。


「逆に聞くけれど。君はなぜ、僕を…… 好きになったんだい?」


「落ち着いていて、人のことをよく見ています。大人だなと、同年代の子達はどこか子供っぽいので。安心感がある、と言うのが一番の理由でしょうか」

「それは君たちくらいの年齢なら、やんちゃなのは仕方ない。むしろ、今やりたいことをやらないと後悔するよ。それにもっと視野を広く持ってみなさい、大人っぽい男の子もいるはずだよ」


思春期にありがちな憧れ、みたいなものだろう。僕も経験はあるから分かる、それで過ちを犯した人も知っている。君には、そうなってほしくはない。教師と言う立場としては。


「勘違いしないでください。大人っぽい落ち着いた男性が好きなわけじゃないです。先生が、大人っぽい落ち着いた男性だから好きなんです。誰でもいいわけじゃありません」

「そ、うですか。…… ありがとう」

「いえ。どういたしまして」


…… 本当に、どうすればいいのだろう。どうやったら諦めてくれるだろう。生徒と恋人になるなんて…… 友人になんと言えばいい。いや、そんなこと口が裂けても言えないことか。


「…… 君が思っているほど、僕は大人ではないよ」

「知ってます。寝癖はよく見るし、お昼に職員室に行けばコンビニのお弁当しか見ないですし」

「…… お恥ずかしい。でも、ね? それならやっぱりーー」



「それでも…… 嫌いにならないのだから。やっぱり、どうしようもなく好きなんだと思います」



…… 彼女の照れた表情は、初めて見た。いつも真面目な顔や、落ち着いた笑顔くらいしか見たことがなかったのに。



「それと。私は先生として好意を抱いてないです。一人の男性として、好きなんです。なので先生も、私として見てください」


切り揃えられた前髪、その奥の真っ直ぐな瞳。…… 彼女はいつも、真剣だ。

僕が理由を逃げ道にするようになったのは、いつからだろう。…… 絶対に駄目な気がする。生徒と先生だよ? じゃあ真剣な答えに、逃げた答えを返すのか? まだ高校生の女の子に、三十歳に近い僕が。僕が彼女をどう思っているかなんて……



この場には今、彼女と僕だけだ。










「…… 前髪」

「はい?」

「………… 前髪パッツンは。個人的に、好み…… です」



「…… ありがとうございます」


彼女はそう言って笑った。…… 恥ずかしくなってきた。気を確かに持て、やっぱり生徒となんて駄目だ駄目だ。



「それから。私は先生を好きなだけで付き合うとかまではまだ考えていません。確かに年齢的には結婚も出来ますが…… そんな風に、真剣に考えてくれて凄く嬉しいですけど」

「…… えっと。ごめん、少し時間をくれ」



…… うん? 今時の子の好きと言うのは、つまりは付き合いたいってことじゃないのか? 好きだけど、付き合うとかは考えていない?それはつまり…… 僕の早とちり? 考えすぎ?


「…… いや、その、申し訳ない」

「いえ。…… そうなれたらいいな、と思わないわけではないですし。ただ今すぐそんな関係を望むのは、失礼かなと」

「そ、そうか。うん、そうだな!」


考えてみれば、彼女は僕に好きだと言うことしか伝えていない。付き合ってください結婚してくださいなんて、一言も言ってなかったのだ。



「…… ひ、一つだけ! お願いしても、いいですか?」

「うん、なんだろう」

「…… れ、連絡先を教えてほしいなって。いえ! あの、個人情報なので無理にとは! でも出来たら卒業までに教えてもらえたらなって…… 思います」



俯きながら、顔を真っ赤にしている。素直に嬉しい、僕に対しては見せる表情みたいに思えたから。


「えっと、携帯は職員室に置いてきたから。次の補習の時で、いいかな?」

「はい! ありがとうございます」

「……うん。 あ、でもね。あれだよ、過度な連絡は駄目だからね? ほら、やっぱり立場があるから。それとその…… こ、好意は受け入れるけれどスキンシップも程々にね⁉︎ ほら、立場があるから、ね!」



いいのかな、これで。もうあまり考えて言葉を選んでない。わずかに残る『教師』という意思を必死に保つのが精一杯だ。





「…… 一応、確認だけど。本当に、君はそれでいいんだね?」

「はい、自分で出した答えなので後悔はしてません」

「…… 全く。 そのためにわざわざテストで低い点数を取って補習を受けるなんてね」


担当科目だから、とても複雑なんだよ。僕個人としては。


「…… 補習は予定外でした。咄嗟に出たというか。本当は、先生と二人で話す場が作れれば良かったので」

「…… うん? どういうこと?」

「……… 問の四、問の九、問の十二。後で確認してみてください」


そう言って、彼女はなぜかまた頭を軽く下げた。




♦︎






「補習おつかれ!」

「…… あの。この問題、分かります?」

「なに? …… 俺担当英語だよ? 数学は無理無理!」


そう言って、彼女のクラスの担任は自分の席へと戻っていく。見せたのは、夏休み前の期末テストの問の四。


(確かに、苦手な人には難しいだろうな)


当然なんだけど。これはいわゆる百点阻止のための意地悪問題。問の四、問の九、問の十二の三問。


(…… これは確かに、作った側としては気になる答案用紙だよ)


知らない人が見れば、成績上位の人が赤点を取っただけ。でも僕からすれば…… 難しい問題だけを解いた答案用紙になってしまう。そりゃ、担任の先生よりも気になってしまうよ。





(本当に、これで良かったのだろうか)



生徒の好意を受け入れるなんて。間違ってると言われるのは目に見えている。はたして正解なのか、不正解なのか。


(…… それは僕らが決めることか)



人の考えは点数をつけるものじゃない。正しい、間違っていると他人から採点されようと。それが自分の出した答えに変わりはない。




彼女の気持ちを受け入れたことが、正解だろうと不正解だろうと。僕なりに悩んで出した答えだから。


「はぁぁぁぁぁ…… 」

「あれ、どうしたんすか?」

「いやぁ、ちょっと…… 」




「寝癖くらいは、しっかり直そうかなって」












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