表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

単色の虹

作者: 一兎

 空腹に錠剤を飲むと胃がやられるらしい。食欲の無い体に食パンを無感情に詰め込んでいく。千切ったパンを口腔に詰め込む指に唾液がつく。錠剤を飲むにはこの作業を数度繰り返さなければならない。

 テーブルに肩肘をつき俯いていると、母親が静かな嫌悪感を纏いながらテーブルを布巾で拭う。目を合わすことが出来ない。錠剤の入った壜を手に取り、立ち上がる。

「水」

 母親はコップを差し出した。無言で受け取る。壜を傾け、錠剤を数粒口に含み、水で流し込んだ。コップを流しへと運び、二階に向かった。仮病は本格的な病気へと移行した。


 性交の後のような気だるさ、耳鳴りがする。薬が眠気を誘う。ベッドでのたうつ。部屋の隅、ハムスターを飼っていたかごが悪臭を放っている。母親に頼み込んで買ってもらったハムスター。買い始めた当初はリビングで飼っていったのだが、父親が嫌悪したため、自分の部屋で飼っていた。あるとき、ハムスターに没頭している自分を見て父親が侮蔑した口調で「獣医にでもなるか」と言ったのを覚えている。仕事には無頓着。「何をしても面倒」が持論。北向きの部屋は春だというのに寒い、喚起を躊躇う、悪臭が充満する。窓際のサボテンは花をつけていたと思ったが、枯れていた。


 部屋に唯一の窓が夥しい羽虫で覆われていく、知能の無い羽虫は次から次へと窓にぶつかっていく。体液で張り付いた死骸で窓は黒ずんで見えた。サボテンの鉢が落ち騒々しい音をたてる、気づくと羽虫は部屋の電気に群がっている。部屋の隅のハムスターのかごにはさらに多くの羽虫がぐるぐる回っている。ベッドには羽蟻が這い、口に入ってきては砂粒の味がした。ベッドを飛び降りると、足にべとついた感覚。蚕の繭を踏んでしまった。反射的にじたばたするとテーブルに足をぶつけた。テーブルはもろく崩れ、足は流血、ヒルが膝に這っている。自棄になってテーブルを踏み壊す。足が床に貫通した。壊れた床下ではネズミとハムスターの出産、腹から湧いた新生児に蝿が集っている。眩暈、動悸がする。汗ばんだ体はいつの間にか服を纏っていない。


 布団を跳ね除け、窓を開けた、空気が青く澄んでいた。「何をしても面倒」なのではない、そう思った時点で「何もしなくても面倒」。気だるさは消えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ