7 再び街へ
さっきは疲れて動けなくなっていた翔一だったが、小さくても可能性があるならば頑張れる気がする。
まずは、さっきの声が聞こえたカフェの辺りをもう一度歩き回った。
「さっきお前が声を見失ったところはどの辺だ?」
「もうちょっと行った先。姉貴は?」
「私は商店街の出口辺り。って言うことは…」
翔一が居たところと、郁美が居たところは大体100m近く離れている。間にある脇道で、商店街の外に出られるのはちょうど2本。
「……間の脇道を探すか…いや、翔一もすれ違った…?」
郁美が悩んでいる。2手に別れるほうが効率はいいと思うのだが…
「姉貴、2手に別れよう。そっちのほうが早い」
「…いや、お前女だからさ」
「ああ?…あぁ、そっか。下手なボロが出るってか」
「それもそうだけど…変なのに絡まれたりとかしたら…」
「大丈夫だって。今日は大人しくしてるし、周りにガンつけることもしないからさ」
「…商店街からあんまり離れるなよ?何かあったら速攻連絡しろよ?1コールでもいいから、連絡よこせよ?」
「わかったって、心配すんな!後でな!!」
別れ際、やはりこちらを振り向く郁美は、心配してくれているのだろう。
「…大丈夫だって、何とかするから」
郁美の後ろ姿につぶやいて、翔一は脇道に入った。
しばらく歩いていくと、そこは開けた公園になっていた。知らないわけではなかったが…ここに来るのはかなり久しぶりで、少し懐かしくなってしまった。
少しだけ自分の目的を忘れ、ベンチに座ってみた。
見える公園の姿は、自分が子供の頃に遊びに来ていた頃と何も変わっていない。
これが、元の翔一だったとしたら、公園が小さく感じただろう。だが、女になり、体も小さくなった今は、昔とほとんど変わらない風景が広がっている。
「ふぅ…」
一息ついた。物思いに耽るのも少しだけ。再び立ち上がろうとする…が。
『嘘…』
と言う声が聞こえてきた。これは…
(さっきの感覚だ!!)
勢いよく立ち上がり、周りを見渡す。すると、自分を見つめる1人の男子学生が…
(え?…嘘だろ…)
お互いに目が合う。驚いている2人が目を合わせて数秒後、男が走り出した。
「あっ…待って!!」
翔一は大声で呼び止める。だが、男は振り向かない。
急いで翔一も追いかける…だが、追いつかない。
「はぁ…はぁっ!」
全力で走ろうと思うのだが、体が追いついていかない。気持ちだけが前に進む。
学生が見る見るうちに小さくなっていく。
足が重たくなり、最後は動けなくなってしまった。
「はぁっ…なんだよ…この体!」
足を思いっきり叩くが、重たくなった足は痛みすら感じない。
近くの塀に体を預け、気を落ち着かせる。
やはり、体力も女になっていた。朝のドラゴン・スネークが決まったのは本当に奇跡だったのかもしれない。
商店街のほうとは逆…つまり、郁美が居る方向とは逆方向に走ったから、郁美がいくら探したところであの男は見つからない。
気が落ち着いたところで携帯を出して、翔一は郁美に連絡を入れた。
『もしもし!?』
郁美の驚いた声。本当に電話が来るとは思っていなかったのだろう。
「姉貴…ごめん、逃がしちまった…」
『見つけたの!?』
「見つけたけどさ、目が合った途端逃げられて…」
『バッカだなぁ~今どこ?商店街で落ち合う?』
「そうする。さっきのカフェ前で。詳しいこともそのとき話すから」
『了解。10分ぐらいで着くと思うから』
「俺も。じゃあ、後で」
翔一は電話を切った。
(さっきのやつ…まさか…)
確かめるのも考えるのも後でいいだろう。とりあえず、翔一はカフェに向かうことにした。
10分後、郁美がカフェの前にやってきた。
時間きっかり。その辺は仕事の関係でしっかりしているのだろう。
(電話で話せなかったけど…)
特殊能力を持つ人間との出会い。それは、翔一にとって衝撃であり…絶望でもあった。
自分の身に何が起こったのか、それがはっきりした出会いだったからだ。
「中に入ってれば良かったじゃん。まぁいいや。入るぞ」
郁美が先立ってカフェに入る。翔一もそれに続いた。
さっきここを飛び出した2人がまたカフェに戻ってきた…一部の店員が変な顔をしたが、そんなことを気にする姉弟ではない。
いつも通りに注文を済ませ、飲み物を待つ。
「姉貴…」
「ん?疲れたとか言ってたよな。そろそろ帰るか?」
「違うんだ…あの…」
さっきの出来事をどう話すべきか。どこから説明すればいいのだろうか。
「黙って聞いてやるから、ゆっくりでいいよ。少しずつ聞かせな」
「ありがとう。あの後姉貴と別れただろ?その先の公園でちょっと休んだんだ。そしたら、能力者が近づいてきて…」
郁美はうなずく。
「そいつを探そうと周りを見渡したんだ。いや、そいつはすぐに見つかったんだけど…」
「けど?」
「そいつ…俺だったんだ」
「は?」
「俺の顔をした奴だったんだよ…自信無さげで俯き加減だったけど…向こうも、俺のこの顔を見て驚いてた…あいつの本当の体は…今の俺だったんだと思う」
今日、郁美が驚いた姿を何度見たことだろう。異常なこの状況を再認識させられるような、そんな空気が漂った。
「……」
「……」
お互いに沈黙。次に何を言えばいいか、お互いにわからないのだ。
先に口を開いたのは、郁美だった。
「でもさ、何が起こったか予想ついてよかったじゃん。つまり、魂が入れ替わったってそういう可能性が高いって事だろ?」
「魂なら、俺の意識が向こうに行ってるはずだから、体が入れ替わったって可能性のほうが高いけど…確かにそんな感じだな」
「揚げ足取んな。じゃあ、そいつの確保は絶対だな。もしかしたら向こうは何かを知ってるかもしれない」
「…だな。でも今日は…」
「今日は休もう。じいさんの言うとおり、動転してるときに声をかけてもしょうがないだろうし。向こうもお前と出会ったおかげで、更に動転したはずだしな」
「ありがとう…」
郁美は微笑みで返事をしてくれる。2人はコーヒーを啜って、落ち着きを取り戻した。




