5 すれ違い
「何で」
「まだ言うか!」
翔一は、女になって初めて街に出てみた。
いや、こんな経験、出来たほうがおかしいのだが…
「何でスカート…」
「皆まで言うな!今の現実を受け入れなさい!」
1人で居るわけじゃないからまだマシなのだが…
「小さな女の子には、こういうスカートが似合うの。だからってゴスロリは嫌い」
「オイ」
翔一はこれを「ゴスロリ」だと思っていたのだが、違うのだろうか。
「ゴスロリはもっと暗い?黒い?感じのイメージとかって聞いたな。ロリータとか…なんだったかなぁ…色々あるんだけど、とりあえずこれはゴスロリじゃない」
「あっそ。興味ねぇ」
ぶっきらぼうに翔一は答えた。
(はぁ…俺って姉貴に遊ばれてる…)
服を着せられている時点でもう遅いのだ。翔一は郁美の着せ替え人形になっていた。
そしてこの状況。もはや恥ずかしくないのは、女であることを受け入れた証拠だろうか…
(……)
頭を抱えたくなったが、商店街の人ごみの中でそんな事をするわけにはいかない。
だから、石ころを蹴って我慢することにした。
「石なんか蹴るな!女らしくないぞ!!」
「あ~!うるせぇ!!少しは自由にさせろ!!」
「相当ウサが溜まっているようで」
郁美は笑顔で喋っている。全く、この姉貴に知られたのが最悪だったな…
さっき姉貴に一番に知られたことを嬉しがったが、それは過去の事だ。
「……」
「黙り込んでどうした?」
返事がないと張り合いがないのだろう。今度は文句を言い出した。
正直、いちいち対応するのも面倒になってきた。
「はぁ…なんか、悩むのが面倒になった…」
「そうですか~だったらランジェリーショップにでも行ってみる?」
「ランジェリー…下着…ブルブルブルブル」
翔一は勢い良く頭を振った。
「じゃあ、私と同じのを使う?」
「グッ…」
痛いところを付かれた。それは絶対に嫌だ。
だが、郁美に買出しを頼んでも…
(土下座しても絶対に買ってこないな…)
そう、翔一がランジェリーショップに行くところを見たいのだ。
郁美はそんな姉だ。間違いない。
「……」
郁美は、沈黙を了解と勝手に解釈した。
「さて、決まり~派手なのを選んでやるからな~」
「せめて地味なのにしろよ!」
「じゃあ、イチゴ?」
「……行くのやっぱやめた」
「もう遅い!」
笑顔の姉にずるずる引きずられ、翔一は商店街を歩き回った。
それは遠くから…だが、確実に近づいてきた。
『たすけて…助けて…』
最初は、どこかの誰かが声に出して何かを喋っているものだと思った。
しかし、空気を伝わってきているわけではない。人ごみの中でも、小さな声でも、2人の耳には確実に届いてきた。
そう、この感覚。これは郁美が一番よく知っていた。
「…マジか」
郁美が最初に反応した。翔一は何のことなのかよくわからない。
「なんだよ…」
ここは、商店街にあるカフェの中。下着を買い込んだ後、ここで一休みしていた。
結局、翔一は郁美に引きずられてランジェリーショップで色々な下着を着せられてげんなりしていたのだが…
買った下着を入れた袋を持って、郁美が立ち上がる。
「翔一、聞こえるだろ?助けて…って弱々しい声が」
「ん…?ああ…」
「人がたくさん居るのに、小さな声がはっきり聞こえる。これって、お前の能力の特徴なんだ」
確かに、少し不思議ではあった。小さな声だが、耳にははっきり届いている。
「声が小さいのは、力使ってる本人が遠くに居るって事。少しずつ…大きくなってるな…近づいてきてる…会計は任せた。私、声の主探してくる」
「あ、オイ…」
財布と荷物を置いて、郁美はカフェから出て行く。
翔一は、慌てて会計を済ませて郁美を追いかけた。
とりあえず、郁美の後を追いかけてみる。確かに、声は少しずつ大きくなっていく。
既に郁美の姿は見えなかったが、声が聞こえる方向に行ったのは間違いないだろう。声の主に近づけば、郁美にも追いつけるはず。
声はどんどん大きくなっていく。助けて…以外にも、苦しい…と言う声まで聞こえるようになってきた。
相当近いな…と、思ったその時。
(あれ…声が小さく…)
声がだんだん聞こえなくなってきた。どうやら、すれ違ってしまったらしい。
もしくは、翔一とすれ違う前にわき道に入ったのか。
どちらにしろ、声はどんどん小さくなって聞こえなくなってしまった。
「…見失った…姉貴はどうなったかな…」
しょうがないから、ベンチのある場所まで歩いた。どうせ携帯もあるし、夜になれば家で落ち合えるだろう。
「ふぃ~疲れた~…」
日が高い。時計を確認すると…2時。
まだ半日しか経ってないよ…と、心の中でため息をついた。
実感なく過ごしているが…今日の朝、翔一は女になったのだ。
喧嘩っ早い、周りにいつもガンを飛ばしているようなヤンキーっぽい翔一が、今はいない。
髪を長めに伸ばして、男を知らないような初々しい顔をした、思春期を過ごしているっぽい女子が、今の翔一なのだ。
「…全然実感湧かねぇ…」
声もか細い女声。翔一は、男に戻れるのだろうか…
戻れなかったとしたら、いつかこの生活が当たり前になるのだろうか…
と言うか、学校でなんて言い訳しようか…
考えれば考えるほど、抱える問題がたくさんあることに気がつく。
今考えると、頭が痛くなりそうだ…
「翔一。ごめん、見失った…」
前から郁美がやってきた。
「うん、俺も見失った…まぁ、この辺うろついてたらまた会えるんじゃないか?」
「そうだけど…力を制御されたら手がかりなくなるぞ?」
「だけど、今考えたって頭痛くなるだけだから…」
「は?」
ついつい、考えていたことを口にしてしまった。
「ともかく、見失ったもんは仕方ねぇから、今度探そうぜ?疲れた…家帰りたい」
「……」
郁美は立ったまま動かない。翔一が見つめると、郁美は意を決したように、
「もう一箇所、行きたいところがある。頑張ってくれないか?」
いつになく郁美が真剣だから、断りにくい。疲れていたが、仕方がない。翔一はうん、とうなずいた。