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3 女になるために

 叫び声を聞いて、郁美が階段を駆け上がってきた。

 言い訳を考える暇もなく、バン!といい音を立ててドアが開いた。


「どうした!しょう…い………?」


 翔一…といいかけた郁美の動きが止まった。

 そこに居たのは、郁美の見知らぬ少女。当然、翔一だったころの面影は一切ない。

 そんな少女が、半泣きになって、腰を抜かしつつも上目遣いで郁美を見つめている。

 その目は、どうしよう…と、訴えかける瞳に見えた。

 郁美は、そんな少女の状況を一瞬で判断したようだ。


「あ…あね…」


 さすが姉貴!と、状況判断の早さに感心しかけたのも束の間、郁美は全く違う解釈をしてしまったようだった。


「あの馬鹿野郎!!!!!」

「…は?」

「翔一に変なことされたんだろ?今すぐ捕まえて土下座させてやる!!!」


 そう言うなり、郁美は部屋を飛び出して行ってしまった。


「あの…郁美さん…?」


 気がつけば、翔一も立ち直っていた。立ち上がることも出来る。

 女になったこの状況よりも、まずは郁美を止めなければ。

 状況が状況だし、こうなってしまったものは仕方が無い。郁美にだけは、理解してもらおう。

 とりあえず、翔一は階段を降りた。郁美は、家中を探しまくった挙句、外に飛び出すつもりらしい。

 そんな郁美に声をかける。


「姉貴!」

「ちょっと待ってな。今あの馬鹿を…って、今なんて言った?」

「姉貴。俺なんだ。翔一なんだ」


 郁美の表情が固まる。は?と、数回繰り返した後、沈黙。


 ………………


 …………


 たっぷり1分近く固まった後、


「は…ははっ、変な冗談は…」


 と、ようやく返事を返してきた。

 だが、郁美ならわかってくれる。そう信じて、できるだけ元の翔一らしく振舞った。


「いや、マジ」

「いくら翔一に強引なことされたからって、あいつを庇うことはないよ。姉である私がきっちり反省させないと…」


 この郁美の表情、全く信じていない。


(この状況を信じろって言う方が難しいかな…)


 やっぱり、信じてもらえないような気がしてきた。だったら、翔一にも考えがある。

 女の体でうまく行くかどうかわからないけど…やるしかない。

 一歩、二歩と郁美に近づく。

 靴を脱いで、郁美も翔一に近づいてきた。

 今の翔一は150センチ後半ぐらいの身長。もう一歩ぐらいか…郁美が更に一歩踏み込んだところで…


「ドラゴンスネークっっっ!!!!」


 は?…と驚く暇すら与えず、翔一の足が郁美の首に絡まり、そのまま体を捻って半回転。

 空中で見事に反転した郁美の体は、背中からフローリングの床に叩きつけられた。

 一方の翔一は…やはり、体がついて行かなかった。体中が悲鳴を上げている。


「「いってぇ~!!!」」


 2人で全く同じ台詞を吐いた。

 この技は、郁美が翔一にかけ続けた郁美の十八番だ。

 これで何度泣かされたことか…

 ともかく、痛みに呻いている郁美から体を離す。

 翔一もそれなりに痛かったが、ダメージは郁美のほうが大きかったようだ。

 少し回復した郁美は、こちらをにらみつけた。


「やったな…この野郎…」

「話聞くか?」

「……ああ」




「……お前…本当に…翔一?」


 夢の話をして、起きたら女になっていたという、一連の流れを郁美に話した。

 当然、それだけでは信じてもらえないから、翔一自身のことをひたすら語った。

 翔一の性格、癖、身長、体重、郁美の秘密、翔一の秘密、そして翔一の特殊能力…

 だが、一番説得力があったのは、さっきの技だった。


「ドラゴン・スネークを知ってるのは翔一だけだからな…」

「…確かに」


 ドラゴン・スネークと言うのは造語で、本当の名前は知らない。

 小さい頃、テレビを見ていてその技に興味を持った郁美が、翔一を練習台にして練習し始めたのがきっかけ。

 1ヶ月ぐらい練習した後、郁美はその技をマスターしたのだが…

 練習台だった翔一も、いつの間にかその技を使えるようになっていた。


「あの名前、私が作ったんだもんな…」

「そうだったな。俺は練習台にさせられてたっけ…」


 女の体で、男のような動きが出来るか不安だったが、案外うまく行った。

 少し鍛えれば、男のときと変わらない筋力や体力がつくのだろうか…

 そんなことをボーっと考えていたら、郁美が口を開いた。


「ホントなんだな…本当に…本当…」

「オイオイ…そんな、泣きそうにならなくても…」

「………」


 郁美は口を開きかけたが、その言葉を飲み込み、俯く。


「あー…」


 気まずい空気になる。だが、それを打ち破ったのは郁美のほうだった。


「…よし、だったらお前を徹底的に女にしてやる!」

「あぁ!?」


 突拍子もない郁美の言葉に、翔一は驚く。


「俺が女に!?何言って…」

「だって、今のお前、女だろ?違う?」


 いきなり何を…と思うが、実際そうだから否定できない。


「だったら、元に戻れるまで女をやってても損はないんじゃないか?男が、正真正銘の女になれるなんて滅多に経験できないぞ?」

「いやいやいや…でも…」

「でもとか言うな!男に戻ったらいつも通りにすればいいだろ?」

「ったく……戻れなかったらどうするんだよ」

「それでも、女としての振る舞いを知らないよりはずっとマシ。ほら、まずは部屋に戻って着替える!」


 郁美に女を教えられるとは…悔しさとやり場のない怒りを感じながら、翔一は部屋に向かった。

 当然、女物の下着なんて持ってないから、下着は男物のパンツしかない。

 その上から、ジーパンと半袖のTシャツで何とかすることにした。

 着替えて下に行くと…啜り泣きが聞こえてきた。


「うぐっ…ひっく…」


(姉貴……)


 翔一が降りてきたことに気づいてないみたいだから、一旦部屋に戻ることにした。

 郁美の涙なんて初めて見た…強い姉だと思っていたから、軽くショックを受けたが…


(心配…してくれてるんだな…)


 姉である自分が弱気になってはいけない。翔一を不安にさせてはいけない…

 常識的に考えれば、こんなに異常な状況、すぐに受け入れられる人などいない。

 と言うか、普通は信じる人もいない。

 だが…郁美は翔一を信じてくれた。

 信じてみよう、そう思ってくれたのだ。


(姉貴に信じてもらえなかったら…どうしてただろう…)


 家を飛び出し、友達に状況を説明して…恐らく信じてもらえないだろうから、そのまま1人になって……

 やっぱり、郁美には頭が上がりそうにない。弟だからって、信頼してくれている。

 俺もこれ以上心配させないようにしなきゃ…心の中で誓った。




 改めて下に行くと、郁美はもう泣いていなかった。

 瞼が腫れている…と言うこともない。涙の後も無いし、表情も普通。完璧に隠している。

 だが、目は赤い。さすがにそこは隠し切れなかったのだろう。

 翔一は、敢えて突っ込むことはせずに、郁美の前に座った。


「何で信じてくれたの?男がいきなり女になるとか、普通信じないだろ?」

「…1つ1つの仕草とか。全部翔一なんだよ。そこまで演技できる女の子なんてそうはいない。性別が変わっても、雰囲気とかしっかり残ってるしな」


 ふーん、とうなずく。郁美はそんな仕草とかも含めて、ちゃんと翔一を見てくれていたのだ。


「…とりあえず、信じてくれてありがとうな」

「男に戻ったらこき使ってやるからな」

「うはぁ…怖い怖い」


 そして、本題に入る。


「女って…どうするんだよ」

「態度、生活習慣、服のセンス、そして男にはわからない女の苦労とかを全部教えてやる」

「生理、とか言うやつか?」

「それは時期が来ないとわからないだろ?無駄毛の処理とか、化粧の仕方とか、髪の洗い方とか…他にもたくさん」

「面倒くせぇ…男の頃と変わらない生活でいいじゃん…」

「それが甘い!女の子は、かわいくなろうと日々努力してんだから!男だって、カッコよくなりたいって思うだろ?それと一緒だ。手を抜いたら、すぐにブサイクになるぞ!」


 確かに…翔一好みのかわいい女になれたんだから、無駄にすることはないだろう。

 最も、郁美の迫力に押され気味になっているのだが…


「わかった、少しだけ努力してやる」

「少しといわず、全力でな。まずは、無駄毛の処理と髪の洗い方を教えてやる」


(姉貴って本当は妹が欲しかったのかな?)


 そう思えるぐらい、郁美は張り切っていた。

 どうせ今日は2人とも休みだし…とりあえずは付き合うことにした。

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