2 夢
夕食を食べ終えて、早々に部屋に引き上げる翔一。
勉強したいのもあったが、郁美に翔一の新しい能力が見つかってしまいそうで怖かったから逃げてきた。
勉強は出来ないし、物覚えが悪いのだが…意外と鋭い。
最初に身に着けた能力だって、翔一が気がついたわけではない。
郁美が気づき、それを翔一に問いただしたのだ。
当時の翔一は本当にビックリした。だが、郁美と…姉と一緒に制御する練習をしたからこそ、今は自分の能力をある程度制御できるようになった。
その辺は、郁美に感謝している。この姉さんを持ってよかったな…と。
だから、もう心配させたくない。新しく身に着けた能力は、自分自身で何とかする。
「その前に、目の前のテストをどうにかしないと…」
とりあえず、勉強に集中することにした。
「入るぞ~って寝る準備かよ」
バスタオルを片手に、パンツ一丁で着替えているところに郁美が入ってきた。
「グラマで旬な女が男の部屋に1人で…よほど欲求不満と見える」
「むぅ…弟か…」
「いや、俺が嫌だし…」
「私もやだ。近親相姦で捕まるのはまだ早い」
まだってなぁ、と考えてみるが…気づかれただろうか。
「お、気持ち制御できてるな?考えが伝わってこないぞ?」
「じゃあ、俺がなんて思ったか当ててみ?」
「お前なら『そのうちとか言うな!』とか地味に期待したんじゃない?」
考えたことは見事に当たっている。だが、ニュアンスが違うから、郁美に翔一の本音は伝わっていない。
「落ち着いたな。良かったじゃん。んで?もう寝るの?」
「ああ。喧嘩もしたし、勉強もしたし、明日休みだし…寝る」
「あっそ。明日私も休みだから」
「了解」
結局、力の制御が出来ているかを確認に来ただけらしい。
ドアを閉めて、翔一はパジャマに着替える。
郁美が部屋を出た後から、翔一は強烈な眠気に襲われていた。
今日はなんだろう…喧嘩以上に、何かあっただろうか…
(メチャ眠い…ホント、明日休みだしさっさと寝よ…)
翔一は、すぐに着替えてベッドに突っ伏す。
瞼を閉じると、数秒もしないうちに眠りに落ちた。
夢の中…真っ白な空間に、自分が居る…
気持ちいい…開放感がある空間…
誰か居る…知らない女子だ…俺好み…かわいいな…
女子の目は空ろ…だが、自分を見ている…
2人の距離が…縮まる…
自分と女子…2人しかいない…近づいてわかる…
向こうは服を着ていない…一糸纏わぬ体…
それは自分も一緒で…不思議と恥ずかしさはない…
2人の体が近づき…触れる…
それでも、近づくことを止めない…そして2人の体が…
1つになった。
パチッと目が開く。何とも不思議な夢だった…
(誰だ…ありゃ)
明らかに翔一好みの女子だった。まぁ、夢だし…望みどおりの女子が出てこなければ、逆に悲しいけど…
黒髪が長く、自分を着飾ったことがないような少女のような幼い瞳。
だが、体も表情も、色気が出始める高校生そのもの。
誰とも付き合ったことがないような、初々しい女子が翔一の好みだった。
(まぁあんなの、うちの高校にいないだろうけどな)
と、自虐的になりつつ外を見れば、明るい日差しが入り込んでいる。
時計は…9時半を指していた。
「起きるかぁ~!」
(ん…声が裏返っちまった…)
妙に高かった自分の声に苦笑いを浮かべながら、ベッドからノロノロ歩き出す。
パジャマのズボンが裾を引きずっている。寝ている間にズボンが落ちてしまったのだろう。
と言うか、上着も手が隠れるぐらい長い。
更に怪しいのが頭。髪は最近切っていないが、前髪はこんなに長かっただろうか…
自分の体に様々な違和感があるが、気にすることなく立ち上がった。やっぱり、地面が妙に近い気がする…
(どうした…?俺の体…風邪でも引いたかな?)
そういえば、昨日の夜は妙に眠かった。風邪のせいで頭がやられてしまったのだろうか。
だが、頭痛でも風邪でもない、自分の違和感の正体に、鏡を見て気がついた。
寝坊したとき、洗面所に行く時間すらもったいないと感じることがあるから、自分の部屋に大きめの鏡を設置してあるのだが…
その鏡に映っていたのは、夢で見たあの女。
黒髪が長く、少女のような瞳。思春期真っ盛りの体、大人の女になりつつある同い年ぐらいの女子が、鏡の中から自分を見つめている。
「うぉっ!?どっから入ってきた!?」
驚いた翔一は慌てて部屋を見回した。
鏡に映るということは、その女が部屋に居るということ。だが、部屋には自分1人。
もう一度鏡を見る。やっぱり女の顔が映っている。
「……」
バンザイして、Vサインをして、最後に顔を引っ張ってみる。痛い…
鏡の女も、全く同じ行動を取った。顔が赤く腫れて痛そう…
自分の胸を触ってみる。ブラはない…だが、男の体では考えられないぐらい大きい膨らみがそこにある…
「…嘘ぉぉぉぉぉぉ!!!!????」
翔一は、ついにそれが現実のものだと理解した。
そして、叫ぶ。そんなことがありえるはずがない。
聞こえてくる自分の声も女の叫び声。
女になった翔一は…腰が抜けて、その場に座り込んでしまった。