エピローグ
「この間のカラオケは本当に酷いことになったよな…」
「でも、楽しかったからいいよね~」
金曜の放課後にカラオケに行った、翔一グループと天乃グループ。
プチ合コンになるんじゃないかと心配した翔一の予想と違い、主に天乃が大はしゃぎして、歌う踊るの卒業パーティのノリになったのだ。
帰るころには、疲れて誰も動くことが出来ないぐらい騒ぎ続けて、当の天乃は声がほとんど出なかった。
「喋ったこともほとんどないメンバーであれだけ盛り上がれたんだから、まぁよしとするか!」
「うん、また行きたいねっ!」
「……」
「あれぇ?返事が聞こえないよ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるが、その笑みはあくまで甘い笑みだ。
こちらもいたずらで抱きしめてやろうかと思ったが、朝からそんなことは出来ない。
代わりに、黙って頭をくしゃくしゃにしてやった。
「にゃーん…」
目を細くして気持ちよさそうにするというのはこういうことだろうか。
とりあえず、次のカラオケの約束はしないで済んだ。
(俺だってたまにはしてやったりするんだぞ!)
この声は天乃に届いただろうか、何も言わず笑顔で隣を歩く天乃の表情からは何も読み取れない。
(まぁ、行きたくないわけじゃないんだけどな)
「じゃあ行こうよ!」
「やっぱり聞いてんじゃねぇか!」
不思議な能力を持ったカップルの朝は、不思議なやり取りから始まるのだった。
テストが返却されて、学年順位が発表された。
翔一は…学年2位だった。
「天乃越え!?マジか!!」
と、驚きの声を上げると、クラスの連中が寄ってきた。
「お前、天乃ちゃんと一緒に家で勉強してたらしいな」
「ああ、してたよ。…ん?待てよ…?」
確かに、天乃と一緒にテスト勉強はしていた。だが、その時はお互い体が入れ替わっていたわけで…
(これって天乃の点数なんじゃ…)
翔一の頑張りではなく、天乃の頑張りが今回の順位だ。
「はぁぁ…」
「どうした?ため息なんかついて…」
「いや、ちょっとした事実に気が付いてな…」
ということは、天乃はいつも通りの点数で、いつも通りの順位を取っただけなのだ。
(素直に喜べないじゃんか…)
恐らく、発表された天乃の順位は、翔一の定位置である4位。
(順位下がったし…天乃の父さんに別れろとか言われるんだろうなぁ…あの時約束したし…)
土下座でもしに行こうかと思うと、ちょっとテンションが下がる。
「なしたなした、翔一のテンション下がり過ぎだぞ!」
「天乃ちゃんに勝ったら嫌われるってか?お前らそんな小さなことでケンカするカップルなのかよ!」
ほっとけ…と言い返すのが精一杯。
いきなり2人の関係に大きな壁が…と思うと、気が滅入る翔一だった。
「……」
「……」
天乃たちのグループ全員、天乃のテストの順位を見て絶句していた。
思わず、志藤の方を見る。
志藤たちのグループは…
「……」
向こうも絶句していた。
志藤を含め、志藤たちのグループの連中は秀才ばかりで、全員が学年20位以内に入る。
その中でも、飛び抜けて頭がよかったのが志藤だった。この学校の中でも、飛び抜けて頭がよかった…ハズなのだが。
その志藤が絶句している。
「どうして…」
そのつぶやきは、志藤たちも一緒なのだろう。
「天乃、やったじゃん!やっと学年1位だよ!!」
「う、うん…ありがとう」
でもこれは、翔一の頑張り。複雑な気分になったが…
(…帰るときに思いっきり褒めてあげる!)
翔一が自分で取った順位だ。褒めてあげたら、天乃も翔一も幸せな気分になれる。
今日の話題はこれで決まり、きっと翔一は喜んでくれるだろう。
そう思うと、朝だって言うのに、放課後が楽しみになってきた天乃だった。
どんよりと暗い空気で校門にやってきた翔一と、明るい空気で校門にやってきた天乃。
「よぉ、元気だな…」
「うんっ!」
「……」
どうしたの?と、翔一の顔を覗き込む天乃。
(ふーん…そういうことなんだ…)
暗い表情のまま変化が無い翔一が心配になった天乃は、悪いと思いつつも翔一の心を覗いた。
すると…考えている最悪のシナリオが見えてくる。
(そういうことか…ふふっ、少しだけこのままで居てもらおうっと)
この翔一をからかうのもまた、楽しいと思った天乃。
「……」
「ねぇ…」
「あん?」
「うち…来る?」
「うっ…」
「元気にしてあげるよ♪」
「いやぁ…まだ覚悟が…」
噛み合っているようで、微妙に噛み合ってない会話が成立する。
いい加減、いじめるのがかわいそうになってきた。
天乃の気分がいい理由を、そろそろ話すべきだろう。
「翔一君♪」
「…ん?」
翔一の暗い空気を変える一言を、天乃は元気に言った。
「学年一位おめでとうっ!」
「……へ?」
そう言って、順位表を翔一に見せてあげた。
その順位表を見て、たっぷり数秒固まった翔一は、一言。
「…マジかよ…」
と言って、途端に顔が明るくなってくる。
「よかったぁ~!これで土下座しなくても済むぞ~!!」
本当に嬉しそうに喜ぶ翔一。心を覗かなくてもわかる、翔一は本当に喜んでくれている。
それだけで天乃も嬉しくなった。だが…
「ごほうび、欲しくない?」
「ごほうび?」
人気が居ないことを確認し、天乃は歩くのを止める。
翔一の目をまっすぐ見つめて、唇に人差し指を当てた。それで、翔一にも意味が伝わっただろう。
一歩二歩…翔一に近づき…
「お疲れ様、翔一君」
お互い目を瞑り…
2人の影が重なった。
目を開けると、天乃を見上げる翔一。そして、翔一を見下ろす天乃…
「って…あれ?」
目の前に立っていたのは…自分。
その瞬間、人生で2回目の悲劇を体験したと悟った翔一が、絶望の淵に立たされたことは言うまでもないだろう。
「またかぁぁぁぁあああああ!!!!!」
2人の奇妙な生活は、まだまだ終わらない。




