23 元の居場所で
次の日、いつも通り学校に向かう翔一。
昨日まで近かった地面も、やたらと遠くなった錯覚に陥る。
(これが本当なんだけどな…)
でも、一番の変化は…
昨日まで翔一の姿をして隣に居た天乃が居ないこと。
「……」
体が入れ替わっていても、他愛のない会話で盛り上がっていた昨日までの生活が懐かしい。
天乃と連絡を取ろうと思えば取れるが、こんな朝から…と思っていたら、
「おはよう、翔一君♪」
「あ、天乃?おはよう」
学校への通学路で天乃が待っていてくれた。
びっくりしたけど…素直に嬉しい。
「今私のこと考えてた」
「だぁぁっ!」
心を読まれて、何とも言えない気持ちになる。
そこでふと思った。
「天乃って今、能力使ってたか?」
「使ってないよぉ~翔一君の力で、気持ちが外に出てただけ」
穴があれば飛び込みたい気分になったが、事実は事実だし、天乃は彼女だし、小さくしている必要もない。
(でも恥ずかしい…)
そんな翔一の心境を知ってか知らずか、笑顔の天乃は、
「私、学校に行くのはいつも1人だったから…これからは一緒に学校に行きたいな…なんて」
と、ちょっとだけ遠慮がちに言うのだ。
「俺も1人だし…じゃあ、毎日この時間にこの場所で合流するか」
「うんっ!」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる天乃を見て、翔一も幸せな気分になる。
そうして2人は一緒に学校へ。今日も他愛のない会話で盛り上がりながら、学校へ向かうのだ。
「そういえば…翔一君、私のクラスでもカラオケに行く約束したんだよね?」
「ん?あぁ、約束したよ」
「だったらさ…」
いたずらっぽい笑みを浮かべた天乃が、妙なことを言い出して、再び頭を抱えることになる翔一だった…
「おぉ…」
1週間前の金曜日、男の姿で学校に来た時と全く変わらないクラス。
自分を出迎えるクラスメイトも、変わりなく…
「昨日はお楽しみだったなぁ、翔一!」
「フラれ野郎がついに彼女か~!!」
「羨ましいぜ、あんなに可愛い彼女がお前に出来るなんてよぉ!!」
クラスに入っただけでこの盛り上がり。全く、こいつらは…と思っていると、
「あ、あの…滝沢君…」
ちょっと地味目で、眼鏡をかけた、女子のクラス委員長が声をかけてきた。
「おぉ、いきなり浮気か!?」
「川辺ちゃんに言いつけるぞ!」
「モテ男は帰れ~!」
「うるせぇぞお前らさっきから!!…なした?」
睨みを利かせたつもりはないが、その女子は委縮してしまった。だが、言わなきゃいけないことはちゃんと伝えてくる。
「先生が…職員室へだって」
「わかったよ。今から行くわ」
「あ、翔一逃げるつもりだな!」
「逃がさねぇ!!」
「みんなで押さえつけろ!!」
といって本当に押さえつけるクラスメイト達。
翔一に声をかけた女子は、オロオロするだけで何もできずにいる。
「ちょっ!お前ら!!離せ!!」
「離さねぇ!!あんな奴放っておけ!!」
確かに先生は放っておきたいが、この場を逃げ出すいい口実になると思って行こうと思ったのに…
翔一の考えはバレていたらしい。
このままでは本当に動けない。仕方がないから、翔一は最後の切り札を出すことにした。
「わかったわかった!一瞬聞け!」
「なんだ?」
「天乃が…俺の彼女が、今日向こうの女子とカラオケに行くから、お前らも一緒に来ないかって誘ってるんだ!ここで離さなかったら全員都合が悪いって言うぞ!」
「「「………」」」
それを言うと、ぞろぞろと離れていくみんな。全く、現金な奴らだ…
でも、流れで言えてよかった。こういう流れがなかったら、言い出すのに一苦労したことだろう。
(それもこれも、天乃が妙なことを言い出すから…)
天乃自身、翔一の友達と仲良くやれていたみたいだし、行くと約束した以上はカラオケに行きたかったのだろう。
最も、こいつらがカラオケに行こうと約束したのは、天乃ではなくて翔一だったのだが…
「じゃあ、そういうわけで。放課後空けとけよ?」
「「「行ってらっしゃいませ、滝沢様」」」
態度が豹変した友達たちの姿に笑いつつ、翔一は職員室に向かったのだった。
(てか、空気が変わったんなら職員室に逃げる必要なかったんじゃ…)
と思ったが、その辺は深く考えずに職員室に向かった翔一だった。
「おはようっ」
いつもの翔一のテンションを考えると、きっとこうやって友達と接していたことだろう。
だから、努めて明るく、朝の挨拶をした天乃。
「お、おはよう?元気だねぇ…」
半分呆れ顔をした、後ろの席の友達が言う。
(あ、あれ?なんか間違えたかな…?)
「最近急によそよそしくなったり、それ以上に明るくなったり、天乃変だよ?」
「あ、あはははは…」
女子ばかりに囲まれて、翔一は小さくなっていたのだろうか。ともかく、クラスでの翔一について詳しく聞いていなかったのは失敗だったかもしれない。
「そういえば、滝沢君は迎えに来てくれた?」
「え…?」
「ビックリしたよ、滝沢君が天乃を迎えに行ってくれって、いきなりクラスに飛び込んでくるんだもん。路チューしたんならそれはアンタの仕事だろ!って送り出してやったけどね」
彼女らとはそれなりに仲良くやっていた、それは翔一からちゃんと聞いていた。
男の体になっても、彼女たちと親しく接することができていたことがわかる、翔一の行動。
「ふふっ、翔一君そんなことしてくれてたんだ…」
そんな風に翔一が振る舞ってくれていたこと、そして、翔一が彼女たちと親しく接することが出来ることが嬉しかった。
「な、何?急に笑い出して…まぁ、甲斐甲斐しくて頼りになりそうな彼氏だよね」
「うんっ!私、翔一君のこと大好き!」
「おぉぅ…」
満面の笑みで、本当に嬉しそうに話す天乃を見て、ちょっと引いた友達。いや、この子はそんなことで引くような友達じゃないか…
「そういえば、カラオケの約束はどうする?行くって約束したよね?」
「うん、それなんだけどね…翔一君の友達も混ぜて、みんなで行きたいんだ」
「はぁ!?いきなり何言ってんの!!?」
「ごめんっ、今日だけ!1回でいいから!」
両手を合わせてお願いする天乃。ここまでのお願いをしたことはあっただろうか…とは思うが、周りの空気はそれでも暖かさがあったと思う。
みんなを招集しての話し合い。でも、話し合いはそんなに長く続かず…
「まぁ、天乃のお願いなら仕方がない。今回は向こうの友達も混ぜてみんなでカラオケ!」
「やったぁ、ありがとっ!」
「天乃、本当になんか変わったね…ネジが一本飛んだ?」
「だよね~なんか天乃変だよ?」
「まぁまぁ、あんまり気にしないでよっ!」
あからさまな上機嫌っぷり、こんな天乃は誰も見たことがない。
もちろん、みんなからいい返事をもらえて上機嫌なのは間違いない。
それと一緒に天乃は、自分の友達の優しさを改めて知ったのだった。
(私って…頼れる彼氏が居て、自分のことを本気で思ってくれる家族が居て、こんなに優しい友達がたくさんいる…)
「私ってホントに幸せだよね」
ボソッと言ったことだがしっかり聞かれていて、更に変な顔をされる。
だが、それでも構わない。
ホントの本当に、今を幸せに思う天乃だった。




