22 じいさん3
2人の会話を聞いていた保健室の先生は変な顔をしていたが、それを無視して、翔一と天乃、2人で仲良く保健室を出た。
そのまま外に出て、いつも通り家へ…
「って、天乃は自分の家に帰らなくていいのか?」
「んー?だってお父さんにはテストが終わるまでって言ったんだよね?」
「そうだけど、今日でテスト終わりだろ?」
「1日ぐらいだったら大丈夫だよ!郁美さんやおじいさんにお礼も言いたいし…」
「…そっか」
翔一と遊びたいから、って言う理由なら天乃の家に連れて行くつもりだったが…
(俺もお礼言わなきゃな…)
翔一の異常をいち早く受け入れてくれた2人。本来ならば見知らぬ他人の天乃を受け入れてくれた2人。
一番にお礼と報告をしなければいけない2人だった。
忘れていたことが恥ずかしく思えてきた。
「忘れてちゃダメだよぉ~」
「心を読むな!」
これが、男に戻ってから天乃への初ツッコミになった翔一だった…
そしてじいさんの病院へ。
ついてすぐに、診察室の前に通される2人。
「体が戻ったこと、じいさんに話したら倒れるかもな」
「かもね~ついでに私たちがカップルになったことを…」
「以下略」
「翔一君冷たいよぉ…」
と、診察室が開き、先に居た患者が出てきた。
「って、姉貴?」
「お、おぅ…姉貴だ?」
中から出てきたのは、意外にも郁美だった。
「仕事早退して来たんだ。ちょっと調子悪くてな…」
「「あー…」」
2人して妙に納得。この辺はあんまり触れてはいけない話題だろう。
「天乃ちゃん今、私のこと姉貴って…」
「まぁ…中に入って、みんなの前で話すよ」
そういって、3人で再び診察室へ。
この段階で、郁美は薄々気が付いていただろうが、びっくりさせるなら2人一緒の方がいい。
天乃も同じ心境だったようで、目が合うとニッコリ笑顔で返してくれた。
「どうしたんじゃ、滝沢家一族がそろい踏みとな…」
「あんまり珍しくもないだろ…」
ここで再び翔一が喋る。郁美の予感が、確信に変わってきたのがわかった。
郁美が口を開く前に、自分たちの口から喋りたい。
これは、翔一と天乃の問題だったから。
隣に居る天乃を見ると、笑顔で頷いてくれた。考えていたことは一緒だった。
「本題に入るぞ。俺たち、体が元に戻った」
「ほ?」「…マジか…」
じいさんは完全に予想外だったらしく、郁美は信じられないことが起こったけど、予想できていたからそれほど驚いてはいない、という感じの様子。
2人が喋りだす前に畳み掛ける。
「じいさんの教えてくれた方法が有効だったよ。後は、俺たちのタイミングで戻れた」
翔一が言うと、今度はじいさんが妙に納得した様子になり、郁美が驚いた様子を見せた。
「じいさんの教えてくれた方法って?」
「それは2人がち…」
「姉貴には話しただろうが!!じいさんも言おうとするな!!」
「そっかそっか~」「なんじゃ…じじいの楽しみを取るもんじゃないぞ…」
楽しむ2人をみて、こいつらは…と、心の中で呆れていると、天乃が前に出てきた。
「お二人にはすごく感謝しています。郁美さんとおじいさんが居なかったら…私たち、元の体に戻れてなかったと思うんで…」
「そうじゃな…君がここに来なければ、この病気は治らんかったじゃろう。じゃから、わしらが居なかったら、じゃなく、君がここに来たから病気が治った。そう捉えることにしなさい」
じいさんが天乃を諭せば、
「そうだよ、天乃ちゃんが翔一に声をかけなかったら、本当に治らなかったかもしれない。天乃ちゃんは、自分の力で元の体に戻ったんだ。自信持ちな」
と、郁美が天乃を励ました。
「…はいっ!ありがとうございます!」
明るい笑顔で天乃が頭を下げる。その姿を見て、自分はいい人たちに囲まれているのだと、改めて自覚した。
「俺もさ…最初、天乃の体になってた時、どうしようかと思ったよ。姉貴に信じてもらえて、じいさんにも励ましてもらえて…ホント、ありがとう」
「感謝の気持ちを表すなら、翔一はしばらく夕飯当番ね」「まぁ、翔一にはしばらくわしのアシスタントとしてしばらく働いてもらうかのぉ…」
「天乃と態度違い過ぎだろうが!!!!!」
その場の笑いを誘う2人のボケにツッコミを入れて、翔一はふと思い出したことを聞いてみた。
「そういえばさ…じいさんってなんで俺と姉貴にこんな優しいんだ?別に親戚って訳でもないだろ?」
「嘘…翔一君」「……翔一?」「ほ?」
空気が一瞬にして固まったのがわかる。翔一も、何が起こっているのかわからない。
「え…?俺なんか変なこと言った…?」
誰が喋るともなく、変な沈黙が数秒流れた後、郁美が喋りだす。
「……この人、お前のマジじいさんだぞ?祖父だぞ?」
「え…?」
「お前、今までこの人がなんだと思ってたんだ…?」
「え…俺たちを優先して診察してくれる、いいじいさん…」
頭を抱えて、大きなため息を吐いた郁美が、じいさん…翔一と郁美の祖父の方を向く。
「じいさん、いやおじいちゃん」
「なんじゃ、郁美」
「こいつのこと、思いっきり引っぱたいていい」
ここぞとばかり、じいさんが腕まくりをして、肩を回している。
翔一は何も言えない。この人のこと、本当に他人だと思っていたから。
そして、その様子を見て肩を震わせている天乃。間違いなく笑っている。
(天乃も気づいてたのか!!!)
「気づいてたよぉ~だって、普通はそういう風に思うじゃん~」
「覚悟せぇ、翔一!!!」
スパコーン、とどこから出てきたわからないハリセンで、祖父さんに思いっきり叩かれた翔一だった。
元の体に戻った、翔一と天乃。
翔一の家で、郁美を含めた3人でご飯を食べる機会もしばらくないだろう。
「1週間だけだったけど、結構楽しかったよね」
3人で作った夜ご飯を食べながら、郁美がのんきなことを言う。
「こっちは必死だったっての。息苦しくて仕方がなかったんだぜ…」
「そう?私は結構楽しかったよ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて言い放つ天乃。
「私たち元に戻ったんだし、それはそれ、ってことで思い出にしようよ」
「まぁ…そうだな。それはそれで俺も楽しかったし。女子になるなんて経験、もう一生できないしな」
「翔一君、私の体を弄ったりしたの?」
「ぶはっ!」
天乃のいたずらが、日に日に酷くなっている気がする。
これでも学年1恐れられている不良だったはずなのだが…
「ふふっ、嘘だよぉ~私の体を傷つけないことを最優先にしてくれてたもん。ありがとね」
「あ、あぁ…」
「早速、尻に敷かれてるなぁ、翔一」
郁美と2人きりならもっといろいろなことを言えたのに、天乃がいるだけで自分の立場がこうも変わってくるものなのだろうか…
と思っていたら、天乃に読まれてしまうからあんまり考えないことにした。
「そういえば…俺たちの能力ってどうなったんだ?」
「元通り…じゃないかな。私には、他人の心を読む能力だけが残ってるよ」
「じゃあ、俺は…」
(自分の心を他人に伝える能力だけ残ったってことか?)
その疑問は郁美から答えがあった。
「そうだな。今、口を動かさなかった時の気持ちもちゃんと伝わって来たぞ。自分の心を他人に伝える能力だけ残ったってことか?って思ってただろ?」
「うん。やっぱり元通りなんだな…」
それならば、一抹の不安が残る。
「俺たち、また体が入れ替わる危険があるってことだよ…」
「だったらまたキスしようよ!」
「ぶぶっ!」
天乃の屈託ない笑顔を見ると、別にそれでもいいかって思う翔一。
「じゃあ、決まりだね~」
「心を読むな!」
自分の弟に出来た、優しくてしっかりしていて、翔一を支えてくれる最高のパートナー。
姉としてはちょっとだけ寂しいが、それでも…
「安心した」
「「ん?」」
2人が疑問の声を上げたが、その後は全部、ノリでごまかした郁美だった。
夜、天乃は荷物を持って、自分の家に帰って行った。
何度も何度も頭を下げる天乃に、郁美がいつでもおいで、と言って送り出していた。
すごい遠くに感じて居た日常だったが、これで本当に元通り。
翔一に彼女が出来た以外は、元通りの生活に戻るのだ。