20 元の体
「鍵をもらってきたぞ!」
「あれ、先生は…?」
「事後報告で構わないってさ」
「だったら開けるぞ!もしかしたら情事の途中かもしれないから、カメラの準備」
「素直にセックスって言えよ!」
変に盛り上がる志藤たち。
外は、翔一リンチを再開できると思って盛り上がっている。
そんな騒ぎを聞きながら、気を失ってしまった天乃を寝かせる翔一。
「打撲…でもねぇじゃんか。まぁ、ちょっと痛むけど、すぐに治るな」
あいつらが鍵を開ける前に出て行こう。
多分、強気に何か言ってくるんだろうな…と思いつつ、翔一は物置のドアを開けた。
「お…?」
ドアを開けて、志藤たちの顔を見回す。
翔一の異変…不敵な笑みを浮かべて、余裕の表情をしていることに、2人ぐらい気が付いただろうか。
だが、ほとんどのメンバーは気づいていない。
志藤本人も、何も気づいていないようだった。
「よぉ、天乃さんに変なことしてないよな?」
前にボコボコにした時とは違い、見下すような態度で翔一を見る志藤。
「…ああ、するわけねぇよ」
笑みは崩さず、ちょっと間を置いてから返事をした。
これで異変に気が付いたのは半分ぐらい。それでも、志藤本人は気が付いていない。
やはり、翔一を一番憎んでいる志藤は、小さな変化にも気づかないぐらい、冷静さを失っているようだ。
(逆に俺は冷静すぎか?まぁ、こんなひ弱な奴ら10人ぐらい普通に負けないけどな…)
そろそろ黙っているのも飽きてきた。
志藤の隣、最初に異変に気が付いた男子の方を向く。
気丈に振る舞っているみたいだが、やはり怯えている。
でも、関係ない。天乃を殴ったのは事実だから。
「許さねぇよ。天乃を殴ったんだからなっ!」
まずは1人。これで、志藤も含めて全員気が付いただろう。
「あ、あれ…?滝沢…?」
「ま、待てよ…みんなでかかれば負けないって!」
「そうだ、またみんなでタコ殴りにすれば…」
といいつつ、全員及び腰になっている。
数日前、翔一にボコボコにされた記憶がよみがえっているのだろう。
「ダメだって、弱気じゃ!みんな、いけぇぇぇ!!!」
志藤の一声で、全員が翔一に向かってくる。
だが、喧嘩の場数ならば、こいつら全員合わせても翔一には勝てない。
気が付けば、立っているのは志藤1人になっていた。
「よぉ、先週と同じ状況になったな。あれ、あんときはお前もう倒れてたっけ?」
倒れている仲間たち。さっきまで自分たちが優位に立っていたはずなのに…という表情をしている。
(あれ…?これって天乃の…)
力を使いこなせているわけでもないみたいだが、志藤の心が何となくわかる。
(2人の力が、半分ずつ分かれたとか…?まぁ、後で天乃に確認すればいいか)
「なんだよ…滝沢…」
「今日は打撲じゃ済まさねぇよ。覚悟しろ、志藤」
「お前…さっきまでのお前はなんだったんだよ!!」
1歩、2歩。志藤との距離を詰めながら考える。
(天乃の性格をした、気弱でずる賢い滝沢?違う、今までの俺がなんだったなんて誰にもわからない)
なぜなら、何が起こっていたかは、翔一にすらわからないのだから。
「なんだった?それはな…」
最後の抵抗、志藤が翔一に殴りかかってくるのをかわしながら、翔一は叫んだ。
「俺が一番知りてぇよ!!!!!」
バキッ!っと、いい音を立てて、志藤が倒れた。
これで全員。だが、のんびりしている暇はない。
(さて、早く天乃を連れ出して逃げなきゃな…)
翔一1人ならばいつも通り反省文で済むだろうが、天乃がいると話がややこしくなる。
幸い、この騒ぎの中、志藤たちのグループ以外で天乃の姿を見た生徒は居ない。
人目が無いのを確認して、物置で眠っている天乃を抱え上げる。
「よいしょっと。思ったよりも軽いな…姉貴…と比べるのが間違いか」
天乃を抱き上げて、翔一はその場から逃げ出した。
そのまま天乃を保健室に連れて行った。保健室の先生にいろいろ問い詰められそうになったが、
「川辺が気絶した、だから介抱頼む!」
の一言でゴリ押して逃げてきた。
翔一のケガを理由に引き留めようとする保健室の先生を振り切って、すぐに天乃のクラス…さっきまで翔一が居たクラスへ。
ほとんどの生徒が帰った中、天乃が戻ってくるのを待っていたクラスメイトの友達数人は、翔一の姿を見て、驚愕の表情を浮かべている。
(そういえば、こいつらの中だと俺って渦中の男子なんだよな…)
天乃と噂が立っている男子が突然やってきたのだ。
ビックリしてくれない方が、逆に寂しかったかもしれない。
(とか考えてたらバレるってな…)
と言うわけで、用件だけ伝えてすぐに居なくなることにした。
「よぉ」
「っ…」
(ビビられてる?…まぁ、仕方がないか…)
「天乃が保健室で寝てるんだ。迎えに行ってやってくれないか?」
それだけ伝えて、踵を返す翔一。さっきの様子だと、何も言えないだろうから、そのまま逃げてしまえばいいだろう…
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「っ!?」
今度は翔一が驚く番だった。まさか、逆に声をかけられるとは…
振り向くと、天乃とよく絡んでいた、気の強めな女子がこちらを見ていた。
「天乃と路チューってホントなの?」
「あー……」
学年では不良として有名人かもしれないが、女子と浮ついた噂なんて、一度も流れなかった翔一。
だから、こんな質問、たじろぐ以外の反応が出来なかった。
「ふ、ふーん。女子にフラれ続けてついに路チューで変な噂を流して、天乃と付き合おうって魂胆なんだ。ヤンキーも本当は器の小さい男子だったってことだ!」
周りの女子が慌てふためくのがわかる。そして、この女子の意図も読めた。
(俺を試してるってか。ホント、この能力は反則だって…)
力を抑えきれない翔一にも原因はあるが、その問題は考える必要は無い。
この女子が求めている答えと、翔一が言おうとしている答えは見事に一致しているのだから。
翔一は、臆することなく、女子に言った。
「さっき天乃に、ちゃんと好きって伝えたぜ。路チューのタイミングは間違えたけど、天乃は俺が守るって決めたんだ。だから、これからは堂々とお付き合いさせてもらうからな」
「……」
周りの女子全員、絶句している。その意味を探るのは…怖くてできない。
じゃ、頼むぜ!と言って、再び踵を返した翔一を、再度呼び止める女子。
「じゃあこれはアンタの仕事じゃないの?」
と言って、天乃の鞄を差し出してきた。
「…そっか、そうだよな」
確かに、保健室で眠っている天乃は、友達がクラスで待っていてくれていることは知らない。
それは、女子だった頃の翔一が約束したことなのだから。
天乃が何も知らない以上、翔一が迎えに行ってもよかったのだ。
鞄を受け取って、今度こそクラスを出ようとした翔一。
このまま無言で去るわけにもいかないと思った翔一は、女子の方を向いて一言。
「ありがとう。一緒にカラオケ行けなくてごめんな!」
「えっ?ええっ!?それってどういう…」
後ろの方で、女子が騒いでいるのを尻目に、翔一はクラスを出たのだった。
次は、本当の自分のクラス…さっきまで天乃がいたクラスにやってきた。
「翔一!!!」
と…こちらにも男子が残っていた。
こっちは、本当に翔一の友達。面と向かって話すのは、1週間ぶりだろうか。
「よぉ、久しぶり」
「久しぶり!?って、その前にお前!天乃ちゃんとどういう関係だ!!」
「…は?」
「帰ってきたら話すから待ってろよ、って言ってたよな?話してもらうぞ?」
「学年1の秀才女子とどんな関係なんだぁぁ!」
「お前がいくら追いかけても一生追いつけない相手とどうして…」
「路チューなんて羨ましいぞコンチクショー!!」
(天乃の奴!!!火消ししてねぇのか!!!!!)
いや、翔一も大して火消しはしていなかったが…
一体、こいつらのテンションの正体は…何を聞き出そうとしているのか、全く読めない。
「さぁ話せ!天乃ちゃんとお付き合いしてるのか!?」
「そこかよ!」
という翔一の本気の突っ込みも効果なし。
さっきは、女子の真摯な思いを知ってしまった以上、本気の答えを返すしかないと思ったが…
(こいつらの頭の中は…ダメだ!)
本当に、興味のみで聞いているだけなのが丸見えだった。
だったらそれなりの返事がこちらにもある。
「さぁ、話せ!翔一!!」
一体天乃が何を話すつもりだったのかわからないが…
翔一が言えることは、これだけだ。
「もしも俺よりテストの点数が高かったら教えてやるよ。忙しいから行くぞ、じゃあな!」
と言って、鞄を持って、逃げるようにクラスから飛び出した翔一だった。
「逃げるなー!!」
「あだ名つけるぞ!路チューオタク!!」
「秀才同士付き合えばいいさ!うらやましいぞコノヤロー!!」
「お幸せになー!」
「カラオケの約束忘れんなよー」
「たまには一緒に遊ぼうなー!」
なんか、最後の方は普通の応援になっていた気がしたが…
本来のクラスメイトの後押しを背に、翔一は天乃を迎えに行くのだった。