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19 逆転

 言われた通り、放課後の体育館裏にやってきた翔一。クラスの友達には、少し待っててと言って待たせてある。

 行き先も相手も伝えてあるし、帰ってくるのが遅ければ、探しに来てくれるだろう。

 本当は天乃を連れてこようと思ったのだが、天乃がクラスに居なかったから、1人で来ることにした。


(体育館裏って案外人が多いから1人でも大丈夫)


 体育館裏には、部活用の倉庫が並んでいて、放課後になれば、道具を取りに来る生徒で結構にぎわうのだ。


(そういえば、前にあいつらがリンチしてた場所も体育館裏だったな…)


 あの時はまだ放課後ではなかったし、その前は昼休みだったから、人気は全くなかった。

 翔一が通りかかったのは、本当にたまたま。

 いつも通りの散歩コースを歩いていたら、通りかかっただけなのだ。

 そんなことを思い出しながら、体育館裏に居た志藤たちを見つけた。


(やっぱり1人じゃないんだな…)


 しかもみんな、壁際に固まって立っている。やり方は全く変わらない。

 翔一がやってきたことに気が付いたメンバーの1人が、志藤に声をかける。

 先ほど見せてきた、余裕の表情を浮かべながら、志藤はこちらにやってきた。


「よく来たね、天乃さん」


 志藤と天乃の普段の関係なんて知らない。だが、わざとらしく『天乃』と行った辺り、普段は天乃のことを名前で呼ぶことはないのだろう。

 そんな志藤に、軽くうなずいて先を促す。


「君には是非見て欲しかったんだ。これを見てくれよ」


 壁際に固まっていた志藤グループの連中が、隠していた壁際を翔一に見せる。

 そこに居たのは…


「えっ…?」


(クラスに行っても見かけないわけだ…って、そこじゃない!)


「ぁ…ちょっ…どうして…!?」


 天乃、と言いかけたのを寸でのところで飲み込んだ。

 壁際でうずくまっているのは、翔一の姿をした天乃。しかも、かなり殴られた跡がある。


「こいつ、天乃さんに酷いことされたくないからって自分が殴られるって言い出したんだ。馬鹿な男だと思わない?」

「…違う、アンタらが脅したんだ!!!」


 体が入れ替わっていることはバレずとも、今の翔一が気弱でケンカが出来ない事は、雰囲気でバレてしまっていたらしい。

 そこに付け入った志藤。つくづく下衆な男だ。


「だからって君に何かできるのかい?自分がこうなることを選んだのかい?」

「くっ……」


 これが翔一の体だったら、迷うことなくそれを選んだだろう。だが、これは天乃の体…


(こいつら…!)


 翔一の怒りが頂点に達する。だが、何もできない。代わりに殴られてやることも…

 なぜなら、今の翔一は女子だから。


(女子が酷いことされるほうがもっと傷つく…)


 だから天乃は、自分が傷つくことを選んだのだろう。それが翔一の選ぶ道だと、翔一なら同じく立ち回ってくれると信じてくれて…


「どきなよ。僕らの恨みはこんな痛みじゃ晴らされないよ」


 いつものグループ、少なくとも自分に…天乃という女子に好意を持ってくれていた人からの裏切り。


「よくも天乃さんの心を奪ってくれたなっ!」

「ぐっ」


 天乃は傷ついただろう。

 いらずら好きだが、普段の天乃は大人しい女の子だ。暴力なんて好きじゃない。

 1週間足らずだが、天乃と生活していればそんなのすぐにわかる。

 だから…翔一よりも本当に苦しいのは…


「やめろ!それ以上滝沢…君を傷つけないで!!」


 そういって、翔一は志藤と天乃の間に入った。


「そんなことして何になるのよ!先生に見つかったら…!」

「大丈夫だよ」


 冷たい目で翔一を見下ろす志藤。普段なら何も思わない程度の威圧なのに、それがすごく怖い。


「テスト終わりに先生も生徒も来るわけないじゃん。普通の部活は今日まで休みだよ」

「だったら…私が先生の所に…!」

「行かせるわけないじゃん。逃げだしたらみんなですぐに捕まえるさ」

「…つくづく卑怯な…!」


 1人1人は全然強くない。1人じゃ何もできない秀才連中なのに。

 人数が集まると、ここまで強気になれるのか。


(弱い連中なのに…何もできない…!)


 1対1ならば、女子の翔一でも何とかなるだろう。だが、多人数…相手は10人ぐらいのグループ。

 どうにかしようとしても、翔一が逆にやられるだけだ。


「僕の怒りはこの程度じゃ収まらない」


 何も言えず、志藤を睨みつけるだけの翔一。


(私は大丈夫…もう少ししたら彼らは塾に行かなきゃいけなくなるから…思ったよりダメージは少ないから、逃げることだって簡単だよ…!)

(……天乃?)


 心の中に響いてくるこの声は…特殊能力を使った天乃の声。


「滝沢?何言ってるんだ?塾なんてサボるに決まってるじゃん。テスト終わりで遊びに行くって、みんな親に伝えてるんだよ」


 だがやはり、この声は志藤たちにも届いている。

 でも、翔一の声は天乃に伝えることができる。


「退きなよ、天乃さん」


(……右の奴、眠たそうにしてる。俺が逆関節を決めて道を開くから、合図とともに右に走り出すんだ)


 天乃に伝わっただろうか。いや、この状況で2人が助かる道はこれしかない。

 翔一と天乃、2人しか知らない天乃の特殊能力だ。気づかれるはずはない…

 天乃がわかってくれていると信じて…


「逃げるぞ!!!」


 翔一は大声を上げて、眠たそうにしているやつの膝に思いっきり蹴りを入れた。


「うっ…?」


 思った通り油断していた男子が、呻きながらその場に蹲る。

 同時に天乃も起き上がり、翔一と一緒に駆け出した。


「あっ…待て!!」


 全く予想外の展開だったらしく、一瞬遅れて志藤たちも走り出す。


「はっ…はっ…」


 だが、この体はやはり天乃の体で…


「だ、大丈夫?」

「はぁっ…はぁっ…」


 すぐに息が上がってしまった。

 でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。立ち止まったら、志藤たちに捕まる…!


「一旦、あの物置に逃げようよ!」


 そういって、翔一の手を引き、グラウンド横に置いてある物置に逃げ込んだ天乃。


「はぁっ…はぁ…」

「この物置、鍵がかかる…少しはこれで大丈夫…っ?」

「お、オイ…天乃…っ」


 どこか打撲してしまったのだろうか、天乃がお腹を押さえてうずくまった。

 いくら翔一の体とはいえ、10人相手に殴る蹴るの暴行を無防備に受けていたら…


「だ、大丈夫…っ。これくらい…!」

「見せてみろ」


 翔一が天乃の服をめくろうとしたとき…


『どうする?壊すか?』


 追い付いてきた志藤たちの声が聞こえてきた。


「チッ…」


 翔一の舌打ち、壊されたらもうどうにもならない。

 逃げるならば、安全なところまで走り続けるべきだったのだ。そう、校舎内とかに。


『壊すなんて…僕らのせいってバレるじゃんか。鍵を先生から借りてこいよ。滝沢が川辺さんをこの中に連れ込んだとか言えばいい』

『そっか、そうだよな。わかった、行ってくる』


 1人、先生の所へ向かったのだろう。走り出す音が聞こえてきた。


(今までの俺は暴れすぎだし、秀才のあいつらの言うことが信用されるのは筋か…)


 例え翔一がそういう人間ではなくても、ここに誰かが閉じこもったと知ったら先生が鍵を渡すのは間違いない。

 翔一はどうなっても構わないが、天乃が傷つくのはこれ以上見たくない。

 賭けに出るか。翔一が志藤たちと向き合って、土下座でもして天乃を解放してもらう…いや、翔一が出て行った時点で天乃リンチが再開するのは明白…


(こんな時なのに…俺は役立たずなのかよ!)


「翔一くん……」

「動くなって、天乃!」

「いいの…ここで私が外に出るのがベストだよね…すぐに翔一君は逃げて…」

「ダメだ!2人で逃げるんだ!」

「嘘…翔一君、自分が外に出ていくこと考えてた…」


 天乃には何もかも見透かされていた。それはそうだ、それが天乃の特殊能力…


「私が出るのがベストなの…だから…」


 でも、本当に天乃の力で見透かされたのか?


(天乃さ…落ち着いて聞いて欲しい)


「落ち着くって…翔一君…お願い…変なことを考えないでよ…っ!」


 翔一の本気を、口に出さず心の中で伝える。


(俺さ…天乃とならうまくやれる気がするんだよ)


 天乃を不安にさせない、翔一の気持ちを天乃に伝える。


(元の体に戻ったら、付き合ってくれ。天乃の事が好きだ!!)


 決して口にはしなかった。

 そして、この意味を理解できるのは天乃だけ。


「っ…翔一君!?こんな時に何を…?」


(お前は今、自分の力を使ってないだろ?)


「あ………」


 外もにわかに盛り上がっている。翔一の気持ちが、外に響いているのだろう。


『滝沢の奴…こんな時に…』

『くっそ、天乃さんに酷いことしてるんじゃないよな!?』

『鍵はまだか!!!』


「翔一君、もしかして…」


 無事に助かる最後の方法。これは奇跡なんかじゃない。

 2人が、本来の姿に戻るのだから。


「元に戻るぞ。顔上げろ」

「うん…っ」


 涙目でうなずく天乃の姿は、夢で見た通りの理想の女子…

 そして、翔一が心から好きな相手だ。

 キスすることに、抵抗などなかった。


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