1 翔一の生活
昼休みも終わり、翔一が1人で教室に戻ってくる。
喧嘩をした直後だというのに、1発も殴られせ無かった翔一の様子はほとんど変わらない。
だが不思議なことに、クラスに居る大半の生徒は、
(また喧嘩してきたな)
と、心の中でため息をつくのだった。
こんな翔一だが、クラスに溶け込めていないわけではない。
翔一がどこかで喧嘩をしてくるのは、クラスの中では日常化していた。
クラスの仲良したちのところに向かい、会話に加わり普通に話す。
そんな翔一の姿は、喧嘩っ早い点を除けば普通の学生だ。
喧嘩っ早く、見た目もそれなりのヤンキーである翔一だが、クラスで一番の点数が取れるほど、頭がいい。
学年1…とまでは行かないが、学年でも5本の指に入るぐらい勉強が出来る。
顔もイケメンだし、喧嘩っ早いのと他を寄せ付けない鋭い目力が無ければ、学年のアイドルなのだろうが…
その喧嘩っ早さと目力のせいか、女の子はほとんど寄って来なかった。
翔一だって、思春期を過ごす高校生。彼女の1人もそろそろ欲しい…
「あー!彼女が欲しいー!!!」
翔一が、帰り道で誰もいないことを確認して叫ぶ。
友達とも別れ、1人家に向かって歩いている最中の奇声。
誰も聞いてないわけなど、全くない。
翔一のフラストレーションは、明日にでも近所の噂となることだろう。
家に到着。ドアを開けると靴が…姉は既に帰って来ているようだ。
「今、『彼女~』って叫んでなかったか?」
居間に入ると、翔一の姉がお菓子を頬張っていた。
「ただいま」
とりあえず、ドキッっとしたが、何か喋ると不利になるから喋らない。
「ん?お前また喧嘩か?」
「ああ」
そっちはすぐに見抜かれてしまった。
話が逸れるなら、むしろそっちのほうがいいかもしれない。
「『彼女が~』は?」
「……」
と思った翔一が甘かった。
「近所迷惑だから止めとけ。お前ってただでさえ顔に出るタイプなんだから」
「顔って…出てるのかよ」
「うん、出てる」
「嘘つけ!」
姉の名前は、滝沢郁美。身長170センチ、足が長くて美脚の持ち主。
胸が大きく、腰が細く、尻が大きく、顔立ちは大人っぽい色気を出す美人。21歳。
文句なしに、魔性女…もとい、モテる美人である。
今は、姉と2人暮らし。両親は海外へ出張に行っているため、半年近く2人きりの生活が続いている。
「で?喧嘩は?ケガ無かった?」
「ん?ああ。大丈夫」
「冗談抜きでさ…最近また酷くなってきたね…」
「また…か」
また…とは、翔一が幼いときから持っている、ある「能力」のことだ。
まだ翔一が小さかった頃…自分の気持ちを言葉にしていないのに、郁美に伝わっていることがわかった。
すなわちそれは、翔一の思っていることを口に出さず人に伝えられると言う事。
黙っていても、周りに自分の意思を伝えられる特殊能力。
普段は自分の意思でコントロールできる。
だが…イライラしたり、楽しい気分になったり、泣きそうになったり、興奮したり…
感情の起伏が激しくなると、その特殊能力をコントロールできなくなる。
さっき、クラスのみんなに喧嘩してきたことを知られたのは、その能力の所為。そして今、郁美に気づかれたのも…
「まぁ、気づかれて問題あるようなことは考えてないし」
「『彼女が欲しい~!!!』って叫んだくせに?悶々としてんじゃないの?」
(わざわざ全部言うのかよ!)
いい加減腹が立ってきたが、確かにその通りだから反論できない。
(こういう場面ほど、この力を恨むときはないな…)
「私が彼女の代わりになるか?」
「絶対無理」
雑な返事を繰り返し、翔一は部屋に戻った。
かばんを机に放り投げて、ベッドに突っ伏す。
(バレなかったか…都合がいいといえば都合がいいけど…)
最近はそれだけではなかった。
自分の感情が表に出てしまっているとき…つまり、感情の起伏が激しいとき…
他人の心まで読めるようになってしまったのだ。
最近、自分で能力が制御できない時があるのは、新しい力を身につけたからではないかと翔一は考えている。
時には便利だが、誰かの知りたくない本当の気持ちまで知ってしまいそうで怖かった。
(早く制御できるようにならないとな…)
とりあえず、郁美に見つからなかったことに安心して、翔一は勉強を始めた。
「テストかい?」
郁美が、ノックもせずに部屋に入ってきた。
「ああ。来週から」
「勉強は教えたつもりないんだけどなぁ…」
そういいながら、部屋を出て行く。
「何しに来たんだよ」
「忘れてた。ご飯、出来たから」
翔一とは逆に、郁美は全く勉強が出来なかった。
(いい反面教師だ)
郁美は、勉強をしないおかげで色々苦労していた。
大学にも行けず、専門学校も中途半端なところ。やっと就職したかと思えば、小さな会社で普通の営業。
一体、専門学校で身に着けた知識はどうしたのだろうか…
(昔は美容師になりたいって言ってたのになぁ…)
今の郁美を見ると、自分の目標だけは絶対に見失わないようにしたいと、心から思いつつ…
「お前、今無茶苦茶失礼なことを考えて下りてきただろ?」
「ん?そんなことねぇよ」
どうやら、まだまだ力を制御できていないらしい。
郁美がテーブルに皿を並べて、翔一はイスに座った。
「いただきます」
気持ちを落ち着けるため、のんびりと気持ちを落ち着けて、夜ご飯を食べる翔一だった。




