17 不安
家に帰ってから、天乃は黙ったままだ。
郁美が家に帰ってきていないため、郁美に頼ることもできない。
「……」
気まずい空気に耐えかねて、翔一の当番ではなかったが、今日の夜ご飯を作ることにした。
リビングに響くのは、野菜を炒める音のみ。
(俺…天乃にかける言葉が思いつかないや…)
女子と付き合ったことがないから、どうすればいいかもわからない。
人生で初めて、彼女ができたことがない自分を恨んだ。
特殊能力のこともあるし、本気で女子に告白できなかったのは事実。
女子に告白するとき、鋭い女子にこういうことを言われたことがある。
『滝沢君、本気で告白してくれてる?』
特殊能力のせいか、告白の仕方がまずいのか、どっちなのかはわからない。
だが、翔一が本気ではなかったのを見透かされた。
もしかしたら、今まで自分が告白してきた女子全員、その気持ちを見透かしていたのかもしれない。
「ただいまぁ~」
そんなことを考えていたら、郁美が帰ってきた。
「お、翔一が自発的に夜ご飯を作ってる。珍しいこともあるもんだ~」
翔一が料理を作る姿を見て、郁美は上機嫌でリビングにやってくる。
スーツ姿のまま、化粧も落とさずにソファの上へ。
料理は後、盛り付けるだけだったから、翔一も程なくしてテーブルへ。
「さて、何があった?」
翔一がテーブルについたタイミングで郁美の一言。
「何って…」
「天乃ちゃん泣きそうじゃん。アンタが頼みもしないのに夜ご飯作るのも不自然。まぁ、気まずいからご飯作ったってとこだよね。そこから察するに…2人に何かあったってことでしょ?」
やっぱり郁美は鋭かった。
さて、どうやって話そうか…と、真面目に考え始めたとき、天乃が先に口を開いた。
「翔一君…実は私…志藤君に告白されたことがある…」
天乃の突然のカミングアウト。さっき、志藤が言っていた気がするが、この雰囲気でその話題に踏み込む気にはなれなかった。
「さっき、志藤が言ってた…」
「私、お付き合いは断ったんだ…元のクラスメイトのままで居たいって」
郁美は、静かに2人の話を聞いている。口を挟めることではないと判断したのだろう。
「その直後…だったんだよね…体が入れ替わったの」
「関係、あるかな…?」
「わかんない…でも…ごめんなさい…」
「気が動転してそれどころじゃなかったしな…」
「覚えてた…けど、黙ってたの。言うタイミングなかったし…ホントは…」
歯切れが悪い天乃。翔一はそれ以上の詮索をしなかった。
「私はまだ話が見えないんだが…」
会話が途切れたところで、郁美が話題に参加してくる。
確かに、この会話だけだったら何が起こったのか、郁美にはわからないだろう。
かいつまんで、郁美に状況を説明した。
体が元に戻る可能性がある瞬間にキスをしようとしたら、志藤に見つかった、そこで天乃は走り出し、取り残されたらまずいと思って、翔一も逃げ出したこと。
「まぁ、逃げるしかないわな…2人きりの時のことを聞かれたら、どうしようもないし…」
話を聞いた郁美は、とりあえず納得してくれたようだ。
代わりに、天乃のほうを向く。
「天乃ちゃんは逃げちゃダメ。翔一と一緒だったんだから、ホントは2人で乗り切らなきゃいけないとこだったと思うよ」
「ごめん…なさい…」
珍しく、郁美が天乃に厳しい言葉をかけた。
だが、天乃の性格を考えてか、すぐに笑顔を取り戻して、
「ダメだったら翔一が何とかする!一応、私の弟だ、信用あるでしょ?」
「…はい!」
「ってことで、翔一。この先天乃ちゃんに何かあったらアンタのせいね」
「待て、どうしてそうなる!!」
突然の無茶ぶりに焦る翔一。
「翔一君…信じてるから…!」
「だから、俺の顔でそういうことを言うなぁ!!!」
「ほぉ、だったら天乃ちゃんは守らないわけだ。そんなこと言うなら、これからしばらくご飯当番は翔一だな!」
「だぁぁぁぁぁ!!!」
女2人(?)には相変わらず弱い、女子の翔一だった。
(守る…か)
その後は2人で勉強。ただ、落ち着いて勉強ができるわけもなかった。
翔一の頭の中は、色々なことでグチャグチャだ。
(志藤…の告白を断った…天乃…今日のことは絶対問い詰められるよな…どうしよう…)
一番はそれが心配だった。
なんて答えよう、誤魔化しようのない聞かれ方をしたらどうすればよいのだろうか。
そもそも、下手に誤魔化さない方がいいのだろうか。
そうなれば付き合っているようなフリをしなければならない。
(付き合う…か。天乃と、今の状態で…いや、元に戻ってからも…)
「翔一君」
「ん?」
と、集中していないのがバレてしまったのだろう。天乃に声をかけられた。
「何考えてたの?」
「明日さ…志藤に問い詰められたとき、なんて答えようかって思ってさ」
「なんだ、そんなこと…」
翔一の気も知らないで、天乃は何事も無いように言う。
「そんなことってなぁ」
意外な反応に、思わずため息が出そうになったが、それを遮って天乃が一言。
「私たち、付き合ってることにすればいいじゃん」
「なっ…」
「ごめん、間違えた。俺たち、付き合ってることにすればいいじゃん」
「違う!そこじゃない!」
間髪入れずにその返事が返ってきたと言う事は、鋭いのか、もしかしたら…
一方の天乃は、何を気にしているの?という表情をしている。
その表情に気付いた途端、頭に流れ込んでくる、翔一と天乃の登下校の風景。
「って、お前何を…」
そして、商店街で抱き合い、キスをしようとする2人の姿が…
傍から見れば、人目を憚らない若いカップルだ。
更に、それを遠くから呆然と見つめている志藤。
「ごまかしなんて、効かないと思う」
「俺の心…読んでたのか…」
「ごめん…でも、翔一君そんなことばっかり考えてるんだもん」
確かに、勉強そっちのけでそのことばかり考えていた。
「私はもう大丈夫!だから堂々としようよ!ビクビクしてるほうが余計に怪しまれるよ!」
「でも…」
「翔一君らしくない!郁美さんに言いつけるよ!」
一瞬、翔一に説教する天乃の姿が女子に戻っているような気がしたが、本当に一瞬だけ。
すぐに、天乃は自分の顔のままだと気が付く。
「そうか…」
(俺らしくない…か。天乃は俺の事、どういう男だと思ってるんだろうな)
本当の翔一は、彼女と言う存在が怖い臆病者。心と特殊能力がバレてしまうのが怖い臆病者。
だが、それに負けて天乃を不安にさせてはいけないのだ。
翔一が守らければ、誰が守ると言うのだろうか。
「カップルってことにしておいていいよな。どうせ登下校も一緒だし、小さくなることないか!」
「そうだよ、堂々としてるほうが翔一君らしいよ!まぁ、体は小さいままだけどね」
「オチをつけるな!!!」
思わぬ天乃のボケに、大声で突っ込んでしまった翔一。
いつ体が元に戻るかわからない不安はある。だけど…
(天乃となら…何とかうまくやれるかも…)